第十六話:アトリエ
リビングのような部屋だが、他に扉が見当たらないのでここしか部屋が無いのだろう。
インテリアは左側に机と椅子が一脚ずつ。机にはいくつか道具が置かれていた。その道具が共同工房で使った錬金術用の道具だとすぐに気づく。
その横には本棚があるが、本は一冊も収納されていない。
右側にはソファがあり、そして部屋の奥には大きな窯がある。すぐ近くにはかき混ぜる用なのか、石突がスプーンのように曲がっている杖も飾られている。
「ここは?」
未だに状況がつかめず呆然とする俺。そんな俺の耳に老人の笑い声が聞こえてきた。
「先ほども言ったがここは儂の以前の〝アトリエ″じゃよ」
だから〝アトリエ″ってなんですか?
そんな俺の心の声が聞こえたのか、老人は説明してくれた。
「〝アトリエ″とは【錬金術】専用の工房の名称じゃよ。 儂も【錬金術】を使う者での。店の商品はすべて儂の作品じゃ」
「!!」
あれが全部錬金術で出来たモノ!? もしかしてこの老人とんでもない人なんじゃ!?
「まあ、実際には素材となる鉱物だけで武器に製造したのは知り合いの鍛冶師じゃが」
思わずずっこけた俺は悪くないと思う。
「使わなくて久しいから掃除と点検はしておいた。 好きに使うといい」
「ってもらえませんよ、こんなの!」
どう考えてもこれはおかしい! 先ほど〝フェアリーガード正式装備(旧式)″で苦労したばかりだ。当然何かあるに違いない!
しかし老人は笑うだけだった。
「いいんじゃよ。儂以外にもかつての場所を客人に譲っておる者もおる。 これは客人を迎え入れる際に儂らで決めたことじゃからの」
「決めたこと?」
「かつての儂らが過ごした場所を新しい世代の活躍の場として提供することじゃよ」
その言葉に、その目に、嘘や試そうしている感情は見えなかった。
「……本当にいいんですか?」
老人はただ頷いた。その仕草がミシェルと重なる。
しかし、あの時と違い、老人はまるで我が子を見るような温かい眼差しで俺を見つめている。
「ありがとうございます。ありがたく使わせていただきます」
俺は老人に頭を下げる。老人は一度頷くと腰につけたポーチから蒼い石を取り出した。
「これは〝転移石″と言って同じエリア内ならばどこにでも転移できるアイテムじゃ。今のお前さんでは調合するのは到底無理じゃが、いつか出来るといいの」
老人の目が口よりも語っている。“どうだ? 出来るか?”と問いかけているのが分かる。
「はい。 いつか必ずお見せに行きます」
その瞬間、クエストが表示された。
その内容は“〝転移石×1″を調合し、成功すること”。期限はゲーム時間で3か月、90日。すなわち現実時間でちょうど1か月だ。
「待ってるからの。未来ある若者よ」
その言葉と共に老人は姿を消した。
しばらく老人がいた場所を眺めていたが、気を取り直し、アトリエを調べることにした。
道具は工房で使ったものと同じだったので問題無し。本棚は空なのでスルー。
ソファは近づくと『背もたれを倒すことでベッドにもなる』とウィンドウが表示された。試しに背もたれを倒すと確かにベッドになったのでこれで宿屋を使わずにダイブアウトできると喜んだ。
最後は釜。想像通り錬金釜で、これも近づくと『錬金術専用の窯。中身の調合水はいくら使っても無くならない』と表示された。
そして飾られた杖は装備できることが判明した。
鑑定してみると初心者の杖よりもはるかに高性能だった。
〝錬金術師の杖″・武器・UC
【錬金術】専用の杖。これ以外の杖で【錬金術】を使うことはできない。
*合成することでランクアップ可能*
攻撃力+10・消費魔力-5%
さっそく装備する。紫色の柄に赤い宝石が先端に付けられただけのシンプルな杖だがようやく“本物の”錬金術師になれたと感動し、しばらく杖に見惚れていた。
〝アトリエ″獲得クエスト
発生条件:
1.【錬金術】のスキルをランク3まで上げる。その際に特典として付いてくる。(すでに個人の工房を持っている場合はその工房にないアイテムか、工房内のアイテムより上のアイテムを寄贈される)
2.【錬金術】関連のNPCに錬金術関連の話を持ちかけ、錬金術についての覚悟を問われる質問に相手が満足する答えを返す。
その後、期限当日までに該当NPCの機嫌を損ねる行動をしない限りは獲得可能。
(同じようなことが生産職プレイヤーに発生し、条件をクリアしたプレイヤーには該当する工房が与えられています。詳しくは次話で)




