第三十二話:ピクニック
ピクニックと聞くとどんなイメージを浮かべるだろうか。
弁当が入ったバスケット。家族団欒の車内。目的地の花畑。
そんな懐かしくも楽しかった思い出が蘇る。そう、まるで走馬灯のよう……
「アルケさ~ん? 生きてますか~?」
楽しかった思い出に浸かっていた俺の意識が浮上し、現実を目視すべく閉じた瞳を開けさせる。
目の前に広がるはよく見てきた光景。草が生えた道、その道にそびえ立つ木々。
そう、俺は今樹海の中にいた。
正しくは、俺達だが。
「あの~?」
「あ、生きてます」
「そうですか。それじゃ行きましょうか」
今ここにいるのは俺とエイミさんの二人。今俺が倒れている現在地は樹海入口からすでに30分以上は歩いた場所。俺にとってはまさに未開の地だ。
さて、なぜこのような状況になっているのか回想しよう。
始まりはエイミさんの一言だった。
「ピクニック、ですか?」
「そう。申し訳ないけど、今のアルケさんでは【魔方陣魔法】を習得するのはほぼ不可能です」
確認したが〝記録水晶″が覚えた量は魔方陣全体の2~3%くらいだ。つまり、最低でもあとこの作業を50回行う必要がある、と思っていた。
しかし、実際は〝記録水晶″は時間が経つとその記録を忘れていく、つまり永遠に記録するモノではないのだ。
そしてこのサイズだと覚えていられるのは精々2日程度。このペースだといくらやっても覚えきれず、また初めからということを繰り返すことになるかもしれないらしい。
元々〝記録水晶″はその場限りでの記録を目的としたモノで、その記録は後で永遠に記録できる〝記録結晶体″に保存され、その中で管理されている。
そういうわけで、現状で俺が【魔方陣魔法】を覚えられる確率は相当低く、その状況を打開するための手段がピクニックなのだと言う。
聞いただけでは平和そうな響きだが、その実体は『樹海での実施訓練』で、しかもスキルを一切使わないことが条件の結構厳しい訓練だ。
その説明を聞いただけで遠慮したいと思ったが、次の一言が俺の興味心を刺激した。
「鍛えるのもそうだけど、目的はもう一つあります」
「もう一つ?」
「実は、樹海の中にスプライトとは別の街が存在します」
なんだと!?
「そこは樹海に生息する植物や魔物、つまり生態系を研究するために創られた街なんですが、もう一つその街にはある特徴があるのです」
「もう一つの特徴……」
「その街は太古の昔、妖精族が住んでいた建造物などが多く残されている遺跡が近くにあるのです。当初はその遺跡を守るために街を創ったんですよ」
なるほど、そのまま放置したら魔物に破壊されるかもしれないからか。
「どこまで古いかはいまだに調査が続いています。古代魔方陣も時々見つかってるくらいは古いってことが判明しているけど」
「つまり、もう一つの目的は古代魔方陣を見に行くことですか?」
「正解。でも半分だけ」
エイミさんはいまだに倒れている俺に手を差し出し、俺はその手を握って起き上がろうとした。
「実は見つかってるけど解明されていない古代魔方陣もあります」
完全に起き上がった俺はエイミさんが地面に突き刺した杖から魔方陣が刻まれている光景を目の当たりにした。これが【魔方陣魔法】か。
わずか数秒で一つの魔方陣が完成した。大きさは先ほど俺が挑戦した魔方陣と変わらない。しかし、その魔法陣は何の効果も発揮しない。
「これが解明されていない魔方陣の一つなんですが……」
エイミさんは魔方陣に足を踏み入れる。実は地面を掘っているわけではないので魔方陣が崩れることはない。
「ここ、見てくれませんか?」
エイミさんの杖が指した先は魔方陣の中心部分。そこには☆の形が刻まれ、それぞれの頂点には記号が付いている。
「これはあるモノを表す記号なんです。一番上が火、右上が水、右下が石、左下が草、そして左上が粉です」
火・水・石・草・粉。エイミさんが言ったそれぞれは俺にとってとてもなじみがあるモノばかりだった。
そしてエイミさんの指が☆の中央部分を指す。そこにあったのは記号ではなく図。
「これ、もしかして錬金窯ですか?」
これまで言ってなかったが、【錬金術】の窯は水瓶や貯蔵用の他の窯とは違う点がある。それは“必ず∞のマークが存在する”だ。この魔方陣の図にもそのマークが存在した。
「そうです。見つかった当初はこれが何を意味するのか全く分かりませんでしたが、アトリエで錬金窯を見た瞬間に確信しました」
エイミさんが振り返り俺を見る。気づけば俺もその瞳を見つめ返していた。
「これは、私個人の依頼です。この魔方陣の解明に協力してくれませんか」
そんなことがあったので、俺は樹海にあるという街を目指しているのだが、ここでピクニックが関連してくる。
どういう事かと言うと、そこに至るまでの道が相当きついのだ。
まだ半分にも達していないにもかかわらず、ロッククライミングやら沼越えやら時にはここら辺では最速の肉食魔物から全力で逃げることもした。なんでもその魔物は皮膚に【魔法対抗・大】を備えもつ魔物で、エイミさんですら戦わず逃げる選択をするくらいだ。そのためついたあだ名が『魔法殺し』。なお、冒頭で倒れていたのは運悪く遭遇したその『魔法殺し』から全力で逃げていたからだ。
ちなみに、その特性から想像できるようにその皮は対魔法用の素材として結構有名で、フェアリーガード副隊長以上の隊員が持つ盾にはこの皮が表面にコーティングされているし、エイミさんのように盾を使わない人は皮を使ったローブを持っている。動きにくいと思うが極秘の技術で軽くしているようだ。
今度〝スノープリズム″を多めに納品して皮を少し分けてもらえないか交渉してみよう。
ようやく半分に到着したところで少し休憩することにした。なお、ここまでかかった時間は約1.5時間。帰りが心配だが、なんとスプライトに転移できる魔方陣があるらしい。しかし、研究成果漏えいを懸念してスプライトからそこに転移できない。つまり片道転移魔方陣とのこと。
しかし、あと半分で目的地に着けるとわかると活力が復活してくる。
「さて、ここから本番ですけど大丈夫?」
「本番?」
「そう、ここまでが準備運動のようなモノですから」
活力が一気に低下しました。マジですか。
「そろそろ見えてくると思うのですが……」
前を歩くエイミさんは慣れているのか汗一つ書かずに進んでいるが、俺は満身創痍に近い状態です。
先程より険しい岩壁を登り、当然ながら入口より強い魔物との戦闘を繰り返し、ようやく平地かと思ったら茂みの中から小型の魔物が大量に飛び出して来たり、それを突破したと思ったらイバラみたいな枝の木々が行く手をさえぎったりと正直二度通りたくないと思えるような過程を歩いてきた。
そのおかげか、基本パラメーターがわずかに上昇していた。
確認すると〝特殊ダンジョン突破ボーナス″と書かれていた。特殊ダンジョンと聞くとゴブリンキングと闘った記憶を思い出すが、今回はそんなことはないだろう。
「ほら、見えてきましたよ」
エイミさんの指の先には確かに門のようなモノが見える。ここより高度が低い場所なので小さいが、間違いなく門だろう。
しかし、同時に最大の障害も見えた。
「エイミさん?」
「? どうかしましたか?」
「なんですか、アレ?」
エイミさんの指よりも下、門の手前を指す俺。そこに視線を移すもエイミさんはいまだに疑問顔だ。
「アレって吊り橋のことですか?」
そう、門の前は渓谷のように道が途絶えており、その両端が吊り橋でつながっているのだが、ここからでもわかるくらいに揺れている。
「あそこを渡るんですか?」
「ええ」
「一応訊きますが、落ちたら?」
「私も詳しくは知りませんが、一応死にはしないみたいですよ」
「具体的には?」
「『使いモノにならない』と言われてフェアリーガードから除隊されています」
さて、俺の明日はどっちだ?
次の更新は11月7日(金)です。