第十話:失敗&失敗
噴水広場を後にした俺は妖精族、といってもプレイヤー専用の工房に行くことにした。
各エリアには共同で使える工房があり、そこでは鍛冶や薬剤など生産系を主にするプレイヤーたちがアイテムを作っている。
生産関連に特化したドワーフ族の工房を借りるのが一番いいのだが、彼らの絆は深く、余所者には工房はおろか道具すら貸してもらえない。なので、ドワーフ族以外のプレイヤーは共同工房を使うか、自分で工房を建てるしかないのだ。
もっとも、β版から引き継げる中に建物は含まれていないので、現状工房を持っているプレイヤーはいない。そのため、共通工房には人が大勢いる……と思っていた。
「人が少ないな」
空いているスペースを示した室内図を見てみると使用中なのは大体半分くらいだ。これならばすぐにでも作業できると思いさっそく場所を借りてみた。
そして真実を知った。
「素材が無い……」
【錬金術】用の窯や道具がある部屋に入り、いざ調合と思ったところでようやく気付いた。アイテムを作成するには当然それを作るための素材となるアイテムが必要だ。しかしこの工房には道具しか置いてなく、アイテムの販売はしていない。
つまり、人がいないのではなく、みんな素材集めに行っているのだ。
よく見れば今ここで作業している人たちは皆初心者装備ではない。
「効率の良い採取場所は抑えてあるってことか」
場所を借りるためのレンタル料がもったいないが、俺も素材を集めるために工房から出た。
しばらく歩いて道具屋と思われる店を見つけた。
店先にポーションが展示されているから間違いないだろう。
「すいませ~ん」
ドアを開けるとベルの音が響く。
その音が鳴り終わると同時に二階から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
「ごめんなさい。ちょっと上で作業してたから」
現れたのはこれまで街中で見てきた妖精族よりも背が低いが、スタイルが良い女性。長い金髪の髪をポニーテイルが階段を降りるたび左右に揺れている。
「いらっしゃい。 どんなものが必要かしら?」
息を整え営業スマイルを浮かべる女性。その笑顔に見惚れながら【錬金術】に必要な素材を思い出す。
「〝薬草″はありますか?」
生産系のスキルにはレシピがあり、それらは該当する本を読んだり、その手のNPCから製造方法を教わったりしないと増えていかない。
稀に組み合わせが成功した“オリジナルレシピ”なるものもあるが、それを公開するお人よしな人は生産職にはいないだろう。
もちろん始めたばかりの俺が知るわけもないため、現状俺が作れるのは〝ポーション″しかなく、それを調合するには〝薬草″が三枚必要なのだ。
すると女性は笑顔のまま固まってしまった。なにかしたかと思った直後「あはははははは」と笑い声が響き渡る。
声の主は先ほどの女性だ。営業用ではなく、素顔の笑顔(正確には笑い顔?)を浮かべている。
「ご、ごめんなさい。 あなた、もしかして今日来たばかりの客人さん?」
「そうですけど……」
正直それだけで笑われる理由が思いつかず、ずっと笑い続けている女性を見つめることしかできない。
ようやく落ち着いたのか、女性は再び俺を見つめてきた。
「先ほどはごめんなさい」
「いえ、それよりなぜ笑われたのですか?」
その質問をするとまたしても口元が緩んだ女性がすこし意地悪そうな顔をした。
「樹海にはまだ行ってないの?」
「はい。 スプライトを見学していたので」
本当は調合したかったが素材が無かったなんて言ったらまた笑われると思い、少しだけ嘘をつく。
すると女性はある方向を指さした。それは樹海の入口がある方角だった。
「樹海の入口から右に進むと“薬草の畑”と呼ばれている場所があるわ。そこに行けば簡単に手に入るから〝薬草″を扱う店なんてないのよ」
衝撃を受ける俺に「これ、スプライトの住民ならだれでも知っていることよ?」との追い討ち。思わずその場でひざから崩れてしまった。
「まあ元気出しなさい。 これあげるから」
そう言って女性はポケットからある物を取り出した。
「これが〝薬草″。 “薬草の畑”と言っても〝薬草″以外も生えてるから気をつけてね」
〝薬草″を受け取り、お礼を言う。すると「いいのよ、面白い物見せてもらったし」と言われ思わず赤面してしまい、俺は逃げるように店を飛び出した。
『工房にアイテムが運よく落ちてるのは無理がある』との指摘があったのでアリアさんの登場を早めました。