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パイロットの娘

作者: 澄永かくこ

今夜は、やけに飛行機が家の上を飛んでいく。

テレビを消して、寝室に入った私は、

枕のくぼみを整えながら、ベッドに横になろうと、

ゆっくり腰を下ろした。

今日は何があったかしら。

そういえば、町内のおばあさんが、救急車で運ばれたのは、夕方だった。

夫は、おととし亡くなった。

子供は独立した。

私は、50にして、夫が建ててくれた家を守る孤独な女になってしまった。

さて、問題は、玲子のことである

中学生の頃からの友人だった玲子。

最近、その玲子が、家を出たきり帰らない、というのは、私の心に、

少なからず動揺を与えた。

あの幸せに満ちた生活をしていた玲子に、

一体何があったのだろう。

孤独な私の唯一の話し相手だった玲子。

消息が気になる。

玲子は、パイロットの娘だった。

中学生の頃は、スチュワーデスになるの、が、口癖だった。

しかし、背丈が足りなかった。

10センチ足りない。

その分、大きな瞳と、小柄なお洒落な娘になり、

社内恋愛の末、すんなり結婚し、波風が立ったこともない。

どこか、寂しげで、繊細で、びくついたような弱々しさが、

よくこんなすさんだ世界に生まれてきたもんだ、

と私はよく思った。

玲子は、会社一のハンサムな男を手に入れ、女の子の双子を産んだ。

イラストや絵を描くことが得意で、彼女がくれた年賀状や手紙は、箱に入れて、

大切にしまっている。

50を前にして、玲子は何を思ったのだろう。

だんだんと体にお肉がついてきた私と違って、

いつまでも、小柄でかわいらしい女性であった。

いつも素敵な帽子をかぶり、上品なスカートをはいた、

彼女は、自分に似た二人の娘を大切に育てた。

一体何があったのだろう。

あ、飛行機の音がしなくなったわ。

ふとそう思って、時計を見たとき、電話が一回だけ鳴って切れた。

非通知と表示された。

こんな時間にかけてきたのは、玲子のような気がした。

何をしているの、四半世紀かけて作り上げた、幸せな家庭を捨ててしまうの?

私は、ベッドから立ち上がって、玲子から来たハガキや手紙が入っている箱を取り出してきた。

そして、そこに描かれているイラストや絵を、何度も見た。

イラストに描かれた女の子は、みんな背が高かった。

ズボンをはいて、野山を走り回っていた。

私は、ふと違和感がした。

玲子は、自分が嫌いだったのではないかしら。

上品なスカート、小さな靴、細い足首、小柄な体。

私にはわからない。

しかし、次第に、玲子の持っていた幸せが、疑問に思えてきた。

人の気持ちはわからない。



胸板の厚い男が、割った木を、暖炉にくべている。

山の中の煙突のある家。

前掛けをした足の太いおばさんが、パイを焼いている。




玲子は、たくましい女になりたかったのか。

自分を嫌いでたまらなかったのか。

小柄な華奢な娘であることを演じていたのか。

ああ、もう玲子は帰ってこないだろう。

どこかの山奥で、木こりの男と暮らしているかもしれない。

夜の沈黙の中で、体が冷えてきたことに気づき、

熱い紅茶を欲した。

どうして、嘘を演じていたの?

本当の自分を見つけたのか。

もうスカートは、はかないのか。

あなたにそっくりの、二人の適齢期の女性が、路頭に迷っているよ。

とりついたんだね。

木こりの男。

荒々しい男に抱かれると、もう帰って来れないこと、なんとなくわかるよ。

昔、地元の高校生が、高島(駅名)の君、と玲子の事を呼んで、会社帰りの玲子を見に来ていたことを思い出した。

自分の気づいてきた25年の幸せな家庭を捨てるほど、

自分が嫌いだったの?


前掛けをした足の太いおばさんになりたかったの?

神様、なんで彼女の背を伸ばしてくれなかったの?

あれからが、嘘の生活であった気がした。

涙がこぼれ落ちた。

荒々しい男に抱かれると、帰って来れない。

いつか、パイロット姿のお父さんの写真を自慢げに見せたくれたね。

それでも、そのお父さんと打ち解けられなかったこと。

あなたの、びくついた感じは、そこら来ているの、私はわかっていたよ。

あなたの苦しみわかるから、もうスカートなんかはかなくていいから、

娘さんたちの元に返ってきて。

嗚咽して泣いていた私は、遠くで鳴ったクラクションの音で、我に返った。

木こりの男は、お父さんには、似ていないだろう。

玲子の人生だ、好きなように、おやり。


                      終わり      

読んでくださり、ありがとうございます。

もしよろしければ、感想をお待ちしています。

よろしくお願いします。

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