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双子星  作者: 泣村健汰
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☆8月31日★ その4

 太陽が落ち切る前に、僕達は無事に家へと到着した。

 目にゴミが入ったと言う僕の言葉を、雅人は疑う事無く受け入れてくれた為、余計な心配をかけずに済んでホッとした。

 別れ際に里美が、由香里にばれないように再び僕を拝んだ。僕も雅人にばれないように、そっと手を振って応えた。

 キッチンでは母さんが今日の晩御飯の用意をしている。今日のメニューは、どうやらクリームシチューのようだ。

 雅人は居間で、ボールを広げながらジャグリングの練習をしている。僕はソファに座りながらその様子を暫し眺めていた。

『由香里ね、雅人の事が好きなんだってさ』

 先程の里美の事を思い出す。

 雅人はとても優しくて、明るくて、好きになる要素はそれこそ沢山あるだろう。だけど、女の子の言う好きと言う感情は、正直僕にはまだよく分かってはいなかった。

 僕も雅人の事が大好きだ。

 そして、由香里の事も好きだし、里美の事も好きだ。だけど、きっとそう言うことじゃないんだろう。

 雅人はどうなんだろう?

 僕と雅人は双子だ。

 だけど、何から何まで同じ人間だと言う訳ではない。

 趣味嗜好も違うし、考え方や得意科目も違う。

 だけど、心の奥深くでは、僕達は共鳴しているんじゃないかと、感じる事がある。それはとても温かく、心地よい事だ。

『由香里の事大好きな私としてはさ……』

 何とかしてあげたい、か……。

 僕も雅人の事が大好きだし、雅人の為になるなら何だってしてあげたい。

 だけどもしその時になったとして、自らの身を投げ打ってでも、雅人に尽くすと言う決断を、弱い僕に出来るのだろうか?

 里美に気付かされる。

 本当に僕は、いつまでも雅人に頼っている、どうしようも無い人間なんだな、と。

 きっと雅人にそんな事を話しても、雅人は僕の為に衒い無く笑い、喜んで身を投げ出してくれるだろう。

 でも、それじゃ駄目なんだ……。

 僕はソファから立ち上がり、部屋の隅に置いてあるカレンダーを眺める。

 8月の日付が書かれているその端を摘み、一度深呼吸をしてから破く。

 9月の暦は、想像していたよりも随分と恐ろしく感じた。

 9月6日の下に、小さく書かれた赤い文字。


 『双子星の日』


 その言葉の意味は、嫌という程分かっている。

 この日に僕は、雅人とさよならしなきゃいけないんだ。どういう結果になっても、その事実は変わらない。

 双子星の日の前後3日間は、暦の上でも祝日となり、この日は誰も外出してはいけない決まりになっている。今年は6日が週の真ん中の水曜日に当たる為、9月の2週目が、全て真っ赤に染まっていた。

 通称、血の一週間。

 その恐ろしげな名称は、強ち間違いではない。

 この一週間で、どちらの血が残るのかを、決めなければいけないのだから。

 心の奥底に氷を埋め込まれたように、身体が底知れぬ恐怖に震える。

 その時急に、後ろから抱きしめられた。

 振り返ると、母さんだった。

「叶人、ご飯出来たわよ。もうすぐお父さんも帰ってくるから、お手伝いして頂戴」

 そう微笑む母さんに頷きを返し、僕はキッチンへと向かった。

 途中で振り向くと、母さんは壁に掛けてあったカレンダーを外して、そのままゴミ箱に捨ててしまった。

 急に不安を感じ、母さんの元へと戻る。

「母さん、どうしたの?」

 母さんは僕の質問には答えずに、もう一度僕を強く抱きしめた。

「叶人、愛してるわよ」

 その時玄関から、ただいま~と言う、父さんの声が聞こえて来た。

 そこで母さんは僕を解放して、いつもの調子で笑った。

「お父さん帰って来ちゃったわね。早くご飯にしましょ」

 そう言ってキッチンに向かう母さんの後ろ姿を眺めながら、僕は思いの外強かった母さんの両腕の感触を思い出していた。

 ふと雅人に目を移すと、雅人も僕の事を見つめていた。

 そして少しだけ困ったように笑った後、ボールを片付けに部屋へと一度戻って行った。

「叶人~、ただいま~」

 父さんは居間に入ってくるなり、僕の事を抱き締めて持ち上げた。

 視線が空中を彷徨う。浮遊感が少しだけ気持ち悪いが、おかえりなさい、と言う言葉だけは何とか返した。

「あなた、すぐご飯だから、先に着替えて来て」

 母さんの呼びかけのおかげで、父さんから解放された僕は、さっきの雅人の困ったような笑顔を思い出していた。

 雅人は、今何を考えてるんだろう?

 僕と同じように、儀式の日の事で、悩んだりしてるんだろうか?

 母さんがキッチンからシチューの入った皿を持ってくる。

 テーブルに並べられたそれは、温かな湯気を立てていて、見ているだけで幸せな気持ちになった。

 これを食べたら、もう9月は目の前だ……。

 不意に、そんな現実が頭を掠める。

 不安が味を消し去ってしまわぬように、僕は頭を振って暗い考えを追い出した。


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