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双子星  作者: 泣村健汰
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☆8月31日★ その3


 お昼を過ぎる頃には、雨はすっかり上がっていた。

 雅人が今日は掃除当番だと言うので、放課後になったら僕が迎えに行こうとした時、由香里を迎えに来た里美に声を掛けられる。

「叶人君達、良かったら、今日私達と一緒に帰らない?」

「え? いいけど、雅人が掃除当番らしいから、ちょっと待たせちゃう事になるけど、いい?」

「うん、その位なら大丈夫。ね、由香里」

 里美に促され、由香里も頷いた。

 そうして僕達は一度2組まで移動し、賑やかに行われていた2組の掃除の様子を見守った後、4人で学校を出た。

 あちらこちらに点在している水溜まりを避けながら歩く。

 帰り道の途中、里美が公園を指差しながら声を出した。

「ねぇ、折角だから、ちょっと寄ってかない?」

 何が折角なのかは分からないが、反対する理由も無いので、僕達は里美の提案にしたがい道の草を食む事にした。

 公園は雨の影響で、ところどころぬかるんでいる個所があり、滑りやすい。

 雅人がジャングルジムに登って行く姿を眺めながら、僕は濡れていない東屋のベンチに腰を下ろした。

 幼い頃、僕達はよく両親に連れられて、この公園に遊びに来ていた。以前は僕も一緒にジャングルジムに登っていたのだけど、川に落ちた一件以来、登る事はしなくなった。雅人は雅人でそんな臆病者の僕に気を遣っていたが、僕の所為で雅人が遊びを我慢するのは嫌だと言った結果、雅人はそんな僕に更に気を遣い、公園に来る度に真っ先にジャングルジムに上るようになった。

 何ともおかしな話だ。

 僕がジャングルジムに登らないのは、雅人に余計な心配を掛けたくないからだ。

 ジャングルジムに限らない。

 僕が怪我をしたり、病気になったりすると、雅人は自分の事以上に僕を心配する。僕を助けようとする。自分が怪我をしても、勲章だと笑っているくせにだ。

 そんな雅人を誇らしいと思い、少しだけずるいとも思う。

 ジャングルジムでは、雅人の少し後を里美が登って行き、その後ろからゆっくりと由香里が着いて行く形になっている。

 微笑ましくその様子を眺めていると、里美があっと言う間に頂上に登った後、すぐに降りてこちらへ向かってきた。

「叶人君は登らないの?」

 僕の隣に腰を掛け、里美は明るくそんな事を尋ねて来た。

「うん、僕は運動得意じゃないし、怪我したりすると、雅人が心配するから」

「そっか」

 正面に再び目を移すと、雅人が由香里の手を取って、徐々に引っ張り上げている。由香里も運動が苦手そうなのに、頑張っている姿がなんだか微笑ましい。

 ジャングルジムの遥か向こうの空は、少しずつ赤みがかって来ている。

「里美、こんな話知ってる?」

「何?」

「太陽が、オレンジが大好きだって話」

「え~、何それ?」

 前に、雅人が僕に話してくれた事を、僕は里美に話した。

 太陽は実はオレンジが大好きで、だけど自分の仕事が終わる時にしか食べる事が出来ない。だから太陽は、夕暮れ時、大好きなオレンジを毎日食べる為、身体がオレンジ色になってしまうんだと言う話。

「え~、何それ?」

 里美は話を聞いた後、さっきと同じ言葉をもう一度呟いた。

「その話、雅人が作ったの?」

「うん、僕達が幼稚園生の時、僕が一生懸命描いた絵を馬鹿にされて泣いてた時に、雅人が話してくれたんだ。作り話だってすぐに分かったから、あんまり馬鹿馬鹿しくて大笑いしちゃってさ」

「で、叶人君は元気になったんだ」

「うん」

「雅人は、叶人君の事大好きだからね」

「そうかな?」

「そうでしょ?」

 聞き返されてすぐ、そうだね、と言葉が出たのは、僕もそれはよく分かっていたからだ。

「ねぇ叶人君。ちょっと、変な事話してもいい?」

 里美が、少しだけ神妙な面持ちで僕の顔を見つめてくる。

 里美がそんな事を僕に持ち出すなんて初めての事だった為、僕は多少なりとも緊張した。

「うん、何?」

「誰にも言わないでね?」

「うん……」

 里美はそこでジャングルジムを一度ちらりと見た。彼女の目線を追った先には、ようやく半分程まで登った由香里と、一歩ずつ慎重に手を貸している雅人が居た。

 里美はそこで僕の方へ再び振り向き、一度深く息を吐いてから呟いた。

「由香里ってさ、可愛いよね?」

「へ?」

 質問の意図が分からず、間抜けな返事をしてしまう。

「可愛いんだ、とっても。双子の私から見てもね、お淑やかだし、守ってあげたくなる感じがするし、ああ、私が男だったら絶対に放っておかない、って思うのよ。まぁ、私が男だったら、由香里も男になっちゃうんだけどさ」

 そこで里美はあははと笑ってから、そうじゃなくてね、と言葉を繋げた。

「何て言うのかな……、だから、由香里が、何かね、私の可愛いところとかも、全部持ってっちゃった気がしちゃったりして……、あ、勘違いしないでよね。由香里の事が嫌いな訳じゃないのよ。うん、由香里の事は好き、大好き。だからさ、別に由香里の所為ってわけじゃないし、どうしようも無い事だってのも分かってるんだけどさ……、あそこまで可愛い子が自分の双子だって言うのはさ、ちょっとコンプレックスになったりしちゃう訳で……」

 そこで一度言葉を区切った里美は、僕の方へずいと顔寄せた。

「本当に、本当に、誰にも言わないでよ!」

「う、うん、言わないよ」

「お願いね……」

 里美はそこで、両手をパンと合わせて、僕を神様に見立てた。

「でも、何で僕にそんな話をしてくれたの?」

「ん~、何だろう。叶人君なら、茶化したりしないで、ちゃんと聞いてくれるような気がしたから、かな? うん、そうだね、信用出来ると思ったのよ」

 そう言いながら、里美は照れくさそうに笑った。

「ほら、私ってさ、いっつも男子と一緒に馬鹿ばっかりやってるじゃない? そんな私がさ、こういう、何か変な事で考えたり悩んだりしてるのとかをさ、由香里が知ったら心配すると思うのよ。だけどさ、ちょっと、自分だけで抱え込むのが、辛くなっちゃって……」

「里美……」

 悩みを吐き出した里美は、普段明るく笑っている彼女よりも、少しだけ小さく見えた。

「由香里ね、雅人の事が好きなんだってさ」

 か細い声が、緩やかに僕の耳に届く。

「え?」

「もうすぐさ……、お別れの日じゃない?」

 彼女は続ける。

「由香里にさ、雅人の事が好きだって言われたのよ……、それでさ、由香里の事大好きな私としてはさ、やっぱり、何とかしてあげたいって思うじゃない?」

 由香里が、雅人の事を?

 里美はそこで顔を上げ、空を眺めた。その目の端には、微かに輝く物が光っている。

「何とかしてあげたい……って?」

 僕の問いかけに対し、里美は何も言わなかった。その代わり、僕の顔を見て、晴れやかに笑って見せた。

「本当に、誰にも言っちゃだめだからね」

 里美はそう言って、僕の目の前に自らの小指を差しだした。

 その指に、僕はおずおずと自分の小指を絡める。

「ありがとう」

 里美はそう呟いてから、さて、由香里を助けに行くか、と宣言して再びジャングルジムへと向かって行った。

 その後ろ姿を眺めながら、僕は服の袖で目元を拭った。

 理由は勿論、涙が零れてきたからだ。

 自分でもどうして泣いているのか分からない。だけど、先程までの里美の言葉に、決意に、その笑顔に、僕は少なからず感動していた。

 あんな風に、僕も雅人の為に、動けるんだろうか?

 そんな自問自答にすぐ応えられるはずも無く、僕はただ、今日もオレンジを食べ過ぎた太陽を見つめながら、涙を零していた。


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