☆8月31日★ その1
☆8月31日★
目を覚ますと、部屋の中は雨の音に満ちていた。
身体を起こし、枕元の目覚まし時計に目を移すと、デジタルの表示は6時50分を示していた。アラームが鳴りだす10分前に、今日の任務終了を言い渡すように、後ろのスイッチをオフにする。
ベッドから出て、部屋の隅に設置されてあるトイレに入る。
儀式の際に閉じこもる事が出来るように、双子の部屋のどちらかにはトイレを設置するように義務付けられている。我が家の場合は、両方の部屋に設置されている。僅かだが、裕福な証だ。
普段は一階まで下りなくていいので便利なのだが、儀式の日がすぐ近くに迫った今となっては、その存在に言い知れぬ迫力を感じる。
用を済ませてからカーテンを開ける。だけど空は厚い雲に覆われていて、部屋の中はちっとも明るくならなかった。
部屋を出て一階へと向かう。
居間からは蛍光灯の明かりと、何かを焼く音が漏れ出していた。
キッチンへ向かうと、母さんが目玉焼きを焼いていた。
「おはよう」
母さんは僕に気付くと、フライパンの火を止めて僕を抱きしめた。
「おはよう叶人。どうしたの? 今日は早いわね」
「何となく、目が覚めちゃった」
「そう。朝ごはんまでもうちょっと待っててね」
「うん」
僕は居間に戻り、ソファに座ってテレビを付ける。
丁度流れ出した天気予報は、この雨が午後には上がる事を教えてくれた。
少しして、母さんがホットミルクを持ってきてくれた。口に含むと、ほのかに甘く、優しい味がした。
外の雨をぼんやり眺めながら、母さんが朝食を作る音を耳に溶かす。少しずつ冷ましながらホットミルクを飲んでいると、何だか時間がゆっくり流れていくように感じた。
ホットミルクが半分程になった頃、居間に父さんが入ってきた。
「おはよう父さん」
「おはよう叶人、朝から美味そうなもの飲んでるな」
父さんは僕のマグカップを覗き込み、ボサボサの頭を掻きながらそう笑った。
「あら、あなたも飲む?」
母さんがお皿を器用に両手に乗せて、居間に入ってきた。
「いや、いい。何だかまた眠くなりそうだから、俺はコーヒーにしておく」
「ちょっと自分でやってもらっていい? 私、雅人を起こしてくるわ」
「ああ、分かった」
そんな会話が僕の頭の上で飛び交った。
僕は父さんの方に付いていき、キッチンに入る。
父さんがコーヒーをドリップしてる横で、用意されていたトーストやサラダを、居間のテーブルの上に運ぶ。ちょっとしたお手伝いだ。
「お、叶人は偉いなぁ」
そう笑いながら、残りの分は父さんも手伝ってくれた。
全部を移動し終わった時に丁度、母さんが雅人を連れて来た。
「ういっす叶人、おはよう」
雅人はまだ眠そうな目を擦りながら、欠伸混じりに言った。
「あら、叶人お手伝いしてくれたの?」
テーブルの上に運ばれた朝食を見て、母さんが嬉しそうな声を出す。
頷きを返すと、母さんはしゃがんで、どうもありがとうと言いながら、僕の頭を撫で撫でしてくれた。温かい手の感触が心地いい。
「ほら雅人、シャキッとして、ご飯食べるぞ」
父さんが眠そうな雅人を抱え上げ、椅子に座らせる。
朝食を前にしてやっと目を開けた雅人は、自分の顔をパチパチと叩きながら、必死で身体を覚醒させようとしていた。
「それじゃ、頂きましょうか」
母さんの言葉を合図に、みんな食卓に着く。
「はい、いただきま~す」
父さんの号令に続いて、みんなでいただきますをする。
8月最後の朝食。