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双子星  作者: 泣村健汰
22/28

☆9月3日★ その5

 皆の持ち寄ったキャンプ用のランタンが、洞窟の中に明かりを灯す。

 暖かな明かりが全体に広がり、洞窟内は幻想的な彩りを見せる。

 大多数はもそもそと夕食の準備に取りかかっていたが、僕は雅人に連れられて舟の近くまで来ていた。

 ブルーシートの下に眠っている舟を見つめながら、思わずため息が漏れる。

「これ、僕達で作ったんだよね……」

「あぁ、仲間がいれば、怖いもの無しだな」

 これで、明後日には他の国へ旅立つのかと思うと、感慨深くもなる。

 新天地がどんな場所なのかは分からないけれど、雅人と一緒なら怖いものなんか無いように思えた。

 ブルーシートの上から舟を撫でる。固い木の感触が指の腹に伝わり、それが力となって身体に沁み渡ってくるように感じた。

「他の国にはどの位で着くの?」

「そうだなぁ、当日の風量はそこそこ強い筈だから、帆を張って、舟に乗ってる10人でのんびり漕げば、予定では6~7時間で着くはずだ」

「へぇ、割とすぐに着くんだね……」

 そんな言葉を吐きながら、僕は微かな違和感を覚えた。

 そう、それに、僕は雅人に、どうしても確認しておかなきゃいけない事がある……。

『それぞれの事は、またお互いに話しあってくれ!!』

 先程の雅人の言葉が、一瞬頭の中で爆ぜる。

「ねぇ、雅人……。一つ質問なんだけどさ」

「おう、何だ?」

 僕は、努めて冷静に、言葉を放った。

「僕達は、一緒に別の国に行くんだよね?」

 当たり前だろ?

 俺達が離れ離れになる訳無いじゃないか。

 当然だと言う風に、そう笑い飛ばす雅人の姿を期待していた。僕もそれに、そうだよね、変な事聞いてごめん、と返す。

 でも、そうはならなかった。

「今言っただろ? この舟に乗るのは、10人だ……」

 目の前の雅人は、いつもの元気な笑顔の雅人では無かった。

 そこには、穏やかな微笑みで、僕を元気付けようとするように笑う、知らない表情の双子がいた。

 この笑い方は、見覚えがある。

 昨日、父さんと母さんが、僕達に見せてくれた笑顔だ。

「……雅人、どういう事?」

 分かり切った質問を、してしまう。

 雅人は一つ大きく息を吐いてから、同じ言葉を言う。

「この舟に乗るのは、10人だって事だ。いくら大きめに作って、俺らはまだ小学生だって言っても、荷物もあるし、積載量を考えたら……」

「そんな事を聞いてるんじゃないよ!!」

 僕は思わず、声を荒げていた。

 周囲の好奇の目が寄せられるのを感じる。視界の端に、不安そうにこちらを見つめる由香里と、それを窘めるように肩に手を置く里美の姿が目に入った。

「叶人がそんなでかい声出すの、泣いた時以外だと初めて聞いた」

 雅人は、穏やかな笑顔を崩さない。

「……雅人」

「叶人、ちょっと外に出ないか? 今日はきっと、星が綺麗だぜ」

 そう言うと雅人は、僕の返事を待たない内に、踵を返して洞窟の外へと向かって行った。

 皆の視線に気付かないふりをして、僕はその背中を追いかけた。


 夜の海辺は、宛ら星の展覧会だった。

 空に散らばる満点の星の下、僕達は歩いた。

 洞窟から出て大分経ち、夜の闇が色濃くなった辺りで、雅人が砂浜に横になるのを見て、僕もその隣に腰を下ろした。

「星すげぇなぁ。叶人も寝転がってみろよ」

 雅人の口ぶりが、いつもの雰囲気に戻っていた。

 若干ささくれ立っている自分の心を鎮める為、雅人の言葉に従った。

 まだ昼間の温もりが僅かに残っている砂浜に横になり、空を眺める。途端に星が降って来たかのような錯覚に陥る程、目の前には星空が眩いばかりに広がった。

 手を伸ばせば届きそう、とはよく言ったものだ。

「叶人……、お前はどうしたい?」

 雅人の方を見るが、雅人はこちらを見ずに、星空に目を向けたまま呟いていた。

「どうしたいって、どういう事さ?」

「もう分かってるんだろ? あの舟には、双子の片割れずつしか乗れない。だから、舟に乗るか、ここに残るか」

「昨日、一緒に逃げようって、言ったのに……」

 雅人はそこで、大きく息を吐いた。

「そんな事言ってねぇよ。俺は、この国から逃げようと思ってるって言っただけだ……」

 僕は身体を起こし、雅人を睨みつけた。

「じゃあ何だよ! 雅人は僕の事、舟を作る為に利用してやろうって位にしか思ってなかったのかよ!」

「叶人……、そんな訳ないだろ?」

「だって、そうじゃないか! 僕には一言も、相談してくれたり、話してくれたりしなかったのに、逃げようと思う、舟が出来た、そしたら片割れずつしか乗れないって、ふざけないでよ!!」

 悲しみと怒りと悔しさが入り混じり、僕は随分興奮していた。

 そのまま、雅人に馬乗りになる。

「これからもずっと、雅人と一緒にいられるって喜んでた僕はなんなのさ! ずっと、ずっとずっと一緒に居たいって思ってたのは、僕だけだったって事? 僕一人だけ、勝手にそんな事思って、そんな僕を見ながら、雅人は、僕と離れる事なんて、何とも思ってなかったのかよ」

 雅人の胸倉を掴み、それを手前に力任せに引きつける。

 自分でも、こんな事を本心から思っている訳じゃない。だけど、視界はどんどん滲み、それと共に黒い物がどんどんと湧き上がって来て、それを無遠慮に吐き出してしまう。

「何とか言えよ!!」

 不意に、拳を振り上げる。

 本当は、こんな事がしたいんじゃない。

 そんな考えとは逆に、僕は、振り上げた拳を雅人の左頬に下ろした。

 右手に、嫌な感触が広がりる。骨の軋む痛みと、皮膚の擦れる痛みと、右手を通じて感じる、雅人の身体と、心の痛み。

 そして、僕自身の心が、悲鳴を上げながら軋む痛み……。

 僕が本当にぶん殴りたいのは、僕だ。

 諦める安らぎに考え無しにしがみついて、救いの手を述べようとしてくれている雅人に理不尽な怒りをぶつける事しか出来ない、愚かで、矮小な僕を、思い切りぶん殴ってやりたい……。

「何か、言ってよ……」

 雅人が僕を利用しただんて、本当はこれっぽっちも思ってなんかいない。

 雅人が、僕が居なくても平気なんだなんて、思いたくない……。

 僕がどれだけ雅人の事を大好きかと言う事が、雅人に少しも伝わっていないなんて、思いたくない……。

「雅人は、何にも、感じないのかよ?」

 次の瞬間、僕の左頬に雅人の拳が飛んできた。

「痛っ!」

 痛みと衝撃で、思わず身体が仰け反る。

 食いしばっていなかった口の中に、鈍い鉄錆びの味が広がる。左頬が、大きく膨らんでいきそうな鈍痛に支配される。

 砂浜に倒れた僕に、今度は逆に雅人が馬乗りになり、同じように、僕の胸倉を持ち上げた。

「……そんな訳、ねぇだろ」

 絞り出したように漏れ出た雅人の声は、明らかに濡れていた。

「俺だって、俺だってなぁ、叶人と、ずっとずっと一緒に居てぇよ……。だけどな、もし俺達が二人共居なくなったりしたら……、残された父さんと母さんが、寂しがるだろ……」

 雅人の言葉を聞いて、窓から覗き見てしまった両親の姿が、フラッシュバックした。

「雅人……」

「舟には、俺が乗る……」

 僕の頬に、雫が一滴降って来た。

「叶人、父さんと母さんの事、頼むぞ」

 雅人は僕から片手を離し、自身の目元を乱暴に拭った。

「僕には、無理だよ、雅人……」

 僕は雅人のようには生きられない。

「僕は、雅人がいないと、駄目なんだよ……」

 一人では何も出来ず、いつも雅人の後ろを付いて歩いていた僕が、雅人の代わりなんて、出来る筈がない……。

「そんな事言わないでくれよ……。俺は、叶人なら大丈夫だって、思ってるんだからよ……」

 雅人は再び、僕の胸倉を強く掴んだ。

「頼むから、大丈夫だって、言ってくれよ……」

 雅人の顔が、月明かりに照らされる。

 その顔は、涙でぐしょぐしょだった。

 幼い頃から、いつも雅人の笑顔に助けられて生きて来た。

「お前が言えないなら、俺が言ってやるよ!」

 僕を助ける為に目を怪我した時にも、僕が助かってよかったと笑ってくれた。

「叶人! お前は、大丈夫だ!」

 その雅人が、僕の為に、

「お前はもっと、凄い力を持ってるんだ! ちゃんと、優しさ以外の、強さも持ってるんだ!!」

 顔をグシャグシャにして、

「お前は、本当は、強い奴なんだよ!!」

 涙を流していた。

「双子の俺が保証してやる! お前は、俺が居なくても大丈夫だ! 絶対大丈夫だ!!」

「雅人……」

 潮騒が、僕らの鳴き声を海にばら撒く。

 雅人と二人で、声を上げて泣いた。

 そこからは何も考えずに、ただひたすらに、お互いの為に泣いた。

 雅人が大事だ。

 雅人と一緒に居たい。

 だけど、それは叶わないのだ。

 余分な物を出し切り、全てを受け入れられるように、僕達はただただ、涙で会話をした。

 僕は雅人が大好きだ。

 雅人もそう思ってくれている。

 だからこそ、零れる涙なんだ。

 だからこそ、溢れる涙なんだ。

 零れ落ちる涙は、音も無く砂浜に吸い込まれ、そのまま海の一部となる。

 満点の星々の見守る中、僕達はこの夜、一つの儀式を終えた。

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