☆9月3日★ その4
太陽が真上を少し過ぎた頃、少しずつ形を成してきた舟を眺めながら、僕達は昼食をとる事にした。
これだけの人数が音を出しながら作業をしているのだから、海辺で誰かに見つかってしまうのでは無いかと言う一抹の不安は、杞憂に終わった。海水浴のシーズンも過ぎ去った為、疎らに建っていた海の家もがらんどうとしていたし、血の一週間で外出禁止となれば、見咎められる可能性なんて皆無だろう。
息の合った双子同士が集まっている為、作業は順調に進んでいた。
舟ごとのグループに分かれて作業をしていたが、どのグループも6~7割程の進行状況と言ったところだろう。
「叶人、お茶でいいか?」
「ああ、うん」
洞窟の中で、これは早めに食べてね、と包み紙に書かれた母さんお手製のおにぎりを食べる。
「やっぱり母さんは鮭だよなぁ」
雅人が嬉しそうに呟く。
母さんは、おにぎりには鮭しか入れない。
「一先ず、予定通りだな」
雅人は外の舟を見つめながら、そう一人ごちた。
僕も雅人の目線を追いかけるように、外に並べてある作りかけの舟に目を移した。
防水加工等も予め済ませている舟は、本当に組み立てるだけで良かった。大きなパズルをみんなで慎重に作っていると思えば、楽しくさえ感じた。
「さて、食い終わったらラストスパートだな」
そこで雅人が二個目のおにぎりに取りかかる。
「あんまりもたもたしてる時間は無いからな」
「でも、もう大体出来あがってるし、あんまり慌てなくてもいいんじゃない?」
「いや、明るい内じゃないと、作業はやり辛いし、それに……」
雅人はそこでお茶を飲み、口の中のおにぎりを流し込んでから続けた。
「厄介な事に、天気予報では明日は雨なんだよ。だから、今日中に組んじまわなきゃいけないんだ」
「雨?」
ふと、空を眺める。
今は雲も無く、突き抜ける程にいい天気だ。
だけど、これだけの大きさの物を屋外で組むのなら、確かに雨の中では無理だろう。
「まぁ明日降ったら、明後日は晴れるみたいだから、出発する時には何の問題もないだろうけどな」
雅人がそう言って、2つ目のおにぎりを平らげ、立ち上がって伸びをした。
「このまま続ければ、日暮れ前には作業終わるだろうし、もう一頑張りだな」
僕も手元のおにぎりを口の中に放り込んで、雅人に倣うように立ち上がった。
「叶人は一個でいいのか? もっと一杯食っとけよ」
口の中のおにぎりをお茶で流し込み、もうお腹いっぱいだよ、と言い返す。
「よっしゃ、じゃあ、やるか~!」
雅人は顔を両手で叩いてから、再び舟に向かって行った。
その背中は、いつもよりも更に大きく、逞しく見えた。
「出来たぁ!!」
太陽が水平線に飲み込まれる前に、最後に残っていたチームから鬨の声があがった。良平と公平のいるチームだった。
その声に呼応し、全体が歓喜の渦に包まれる。皆三々五々に固まり、騒いだり飛び跳ねたりしながら喜びを外に発散させていた。
「よっしゃ、そんじゃ日が沈まない内に、洞窟の中に入れちまおうぜ」
雅人の声が、2組の生徒を通じて全体に伝播していく。
舟を持ち上げるのは流石に大仕事の為、一つずつ慎重に運んで行った。殆ど手を添えるだけの生徒も多かったけど、最後の作業に少しでも関わっていたかったのだろう。
全員で一つずつ舟を運びこみ、5つ目を運び入れる頃には、辺りはすっかり薄闇に包まれていた。月と星が、次は私達の出番だと、早くも空で夜の準備をしている。
運び終わった舟には、誰かが持ってきたブルーシートが掛けられた。
雅人は舟の近くで、2組の男子達と共に笑い合っている。
「叶人君、お疲れ様」
声を掛けられて振り向くと、由香里が笑っていた。
「うん、お疲れ様」
「舟、出来たね」
由香里がブルーシートを眺めながら、そう漏らした。
「叶人君、雅人は?」
由香里の後ろから、里美が顔を出す。
「ああ、あっちで、2組の男子達と一緒だよ」
「あ、本当だ。あいつ頑張ったからねぇ。いつの間にかリーダーみたいな事やってみんなを引っ張ってたからさぁ、大変だったと思うけど、よくやったよ」
「そうなんだ」
里美の言葉に、胸が熱くなるのを感じた。
遠くで級友に囲まれてる僕の双子を、より一層誇らしく感じた。
「凄いね、雅人君……」
由香里が、ほぅっと息を吐くように呟いた。
その視線は雅人を追っていて、瞳は微かに潤んでいるように見えた。
「よっしゃ! みんな! 聞いてくれ!!」
その時、雅人が大声を出した。
洞窟の中に居る為、声が反響して、きっとこの声は隅々にまで行き届いている事だろう。
「今日はお疲れ様!! これで準備は整った!! それぞれの事は、またお互いに話しあってくれ!! 明日は雨らしいから、風邪ひかないように温かくすること!!」
そこで雅人は、二組の男子達に目配せをした。直後、二組の男子が全員で大音声を出す。
「それじゃ、かいさーん!!」
その言葉に、何処からともなく拍手が鳴り響いた。
僕も両の手を叩き、空気に倣う。だけど僕は、雅人の放った言葉が、ふと引っ掛かっていた。
それぞれの事って、何だろう?
洞窟の中を包んだ拍手の渦は、暫くの間鳴り止む事は無かった。




