☆9月3日★ その3
「叶人君?」
肩を揺する振動と、呼ばれる声に反応し、僕は目を擦りながら身体を起こした。
ゆっくりと開けた瞳に、朝焼けの光と共に、こちらを覗き込む由香里の顔が飛び込んで来る。
「え? 由香里?」
「おはよう、叶人君」
「……あ、うん。おはよう」
由香里の微笑みに返事をするが、まるで状況が掴めないままだった。
潮騒が耳を擽る。
そうだ、昨夜の内に雅人と共に、海まで走ってきたのだ。
思い出し隣を見るが、雅人の姿は無かった。
「あれ? 由香里、雅人は?」
僕の寝ぼけた声に、由香里は海岸の方を振り向いて、あそこにいるよ、と呟いた。
そちらへ目を凝らすと、朝陽に照らされた海岸には、沢山の人影が犇めいていた。目を凝らすと、7組のクラスメートの姿がちらほら映り、その双子、つまり2組の生徒も点在している。更に、良平と公平の姿も見つけた。1組と6組も混ざっている事が分かり、もしも4クラスの全生徒が集まっているのなら、この海岸には約120人もの人間が集まっている事になる。
それぞれ三々五々固まっている集団の、一番大きいグループの中心に、雅人の姿を見つけた。
何やら数人のメンバーに指示を出している雅人の手には、一枚の紙が握られている。よく見れば、周りの人間も同じ紙を掴んだまま、真剣に雅人の顔を見つめている。
「由香里、どういう事?」
寝起きの働かない頭には、混乱の質量が多すぎて処理が追い付かず、思わず由香里に助け船を出した。
「ごめんね。私も、よく分かんないの……」
そうして二人で首を傾げていた所へ、グループを解散した雅人と里美が戻ってきた。
「うっす、起きたか」
「うん……。ねぇ、雅人、どういう事?」
「まぁ結論から言うとだな、脱出をする為に、これから船を作るんだ」
「船?」
自信ありげに笑う雅人に、でも、どうやって? と言葉を返す。
「実はな、学年が上がってすぐ位の時に、面白い本を持ってきた奴が居たんだよ。船に乗って国外に脱出するって言う話が載ってたんだけど、それが本当によく出来ててよ。だから、どうせ駄目元なんだから本気でやってみるかって話しになったんだ。とりあえず、ここまではいいか?」
「え? あ、うん」
正直まるで良く無かったが、一先ず雅人の話を先に促す事にした。
「でも普通に考えたら、何の準備も無しに、いきなり2~3日で船を作るなんて無理だと思うだろ?」
雅人の楽しそうな語り口は、明らかに勝算のある口ぶりだった。
「だけど、雅人の事だから、無理じゃ無い方法があるんでしょ?」
自分の双子の優秀さは、僕がよく知っている。
雅人は僕の言葉に、とても嬉しそうに頷いた。
「叶人は本当に頭がいいよな」
褒められる理由が分からない。
雅人は続ける。
「準備無しじゃ辛いなら、準備をしておけばいい。新学期明けて早々くらいから、俺達2組で準備を進めておいたんだよ」
新学期明けから、と言う事は、半年も前から?
雅人がいつも放課後にクラスメートと遊びに行っていたと言うのは、この計画を秘密裏に進めていたのかもしれない。
「まぁ、後はおいおい話して行くさ。とりあえず、向こうに大きめの洞窟があるんだ。そこに荷物を纏めてある。作業もそっちでやるから、とりあえず移動しようぜ」
雅人が自分のリュックサックを背負う。
歩き始めた雅人に、追いかけるようにして声を掛けた。
「作業って、何するの?」
雅人は一度里美と顔を見合わせてから、楽しそうに言った。
「言っただろ? 船を作るんだって」
洞窟に向かう途中、雅人から作戦の詳細を聞く。
計画はこうだ。
まず、2組のメンバーだけで動いていた理由は、あまりに大人数で動くと、流石にばれてしまうのでは無いかと言う危惧があり、それならばクラスの中で纏めてしまった方が情報交換もスムーズの為、自分の双子にも他言無用と言う鉄のルールが課せられたらしい。
堅苦しく言ってるけど、スパイごっこのみたいな緊張感が楽しかったからそうしたんだ、と雅人は楽しそうに笑ったけど、その真意は定かでは無い。
次に、材料となる木を2組のみんなで少しずつ集め、小さいパーツを作る作業に移ったと言う。
海に下見に来た際に、丁度いいこの洞窟を見つけた為、奥の奥にそれらを隠して居たと言う。洞窟に潜って行くと、中はひんやりとしていたが、太陽の当たる個所も奥にはあり、そこで材木の乾燥と作業を行っていたらしい。
組み上げられたパーツの総数は、大小合わせて180。
それらを設計図の通りに組み合わせれば、6つの船が出来上がるらしい。
「不確定な要素が多いと思ってるなら大丈夫だ」
僕の考えを見透かすように、雅人が微笑む。
「設計図も何度も練り直したし、模型も何度も作った。実際に組んだパーツを使って、一度2組の奴らで作ってるしな」
実に楽しそうに、雅人は洞窟の奥に閉まっている完成された一艘の船を指差した。
鎮座していた船は、大型のボートをイメージさせた。
船と言うよりは、舟の方が近いだろう。
「一週間の天気も調べたし、食糧も目的地までの距離も計算済みだ。自然は絶対じゃないから、勿論どうなるか分からない部分もあるけど、無謀なだけの作戦じゃねぇぞ」
雅人は荷物の中から金づちや釘を取り出しながら、得意気に笑う。
他のクラスの事を尋ねると、別の海岸で3組を中心に動いているらしい。
「うっし、それじゃやるか!」
元気よく洞窟を飛び出した雅人の背中を追いかけながら、心の奥底から、不安よりも大きな感情が湧き上がってくるのを感じた。
この感情に名前を付けるなら、きっと、ワクワクとドキドキが近いだろう。
そう、僕もやっぱり雅人の双子なのだと感じた。
こんなギリギリの状況で、どうなるか分からない計画に身を委ねようとしている。なのに僕は、雅人や友達と一つの作業を進めると言う行為が、楽しくて仕方無くなっていたのだ。




