表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双子星  作者: 泣村健汰
19/28

☆9月3日★ その2

 どれだけの時間が過ぎたか分からない。

 途中何度か小休憩を挟みつつ、僕達は無事誰にも見つからずに、目的地へと辿り着いた。

 雅人が目的地に指定していた場所、それは、海岸だった。

 足は震え、立っているのもやっとだった為、僕は雅人が、着いたぁと呟く声を合図に、その場にへたり込んでしまった。

 思いっきり走ったせいか、頭は強制的に無思考状態だ。

「一番乗りか……」

 雅人が荒い息と共にそう呟く。

 一番乗り?

 疑問に思うが、頭がまるで働かない。

 無理に考える事を止め、僕は目の前の海をぼんやりと眺めた。

 闇が支配する夜の海は、浜辺と汀の区別さえ覚束ない。海水浴には少し遅い時期の為、潮風は若干肌寒いが、大量にかいた汗の手助けをしてくれているのは確かだ。すぐに敵に変わってしまうのだろうけど。

「叶人、とりあえずこっち側に来いよ」

 雅人の指示された場所に移動する。そこは若干草が茂っていて、腰を下ろすには持って来いの場所だった。

 雅人が自身のリュックサックからタオルを取り出し、一つ僕に放り投げてくれた。

 どうやら雅人のリュックサックには、食糧以外にも様々な物が入っているようだ。

 汗を拭きながら少しだけ復活を見せた思考能力を使う。

「雅人、一番乗りって、どういうこと?」

「そのまんまの意味さ。俺達が一番」

「他にも、誰か来るの?」

「そう言う事だな。まぁ、誰が来るかは、朝になってのお楽しみだな」

 雅人は再びごそごそとリュックサックを漁り出し、僕にペットボトルのお茶を一つ放ってくれた。

「ゆっくり飲めよ」

 そう言った後に、雅人は大きな欠伸をした。

「流石に疲れたな……。叶人、俺寝るわ。お前も寝とけ」

 雅人はリュックサックからコートを二つ出すと、一つを僕に手渡して、そのままゴロンと横になってしまった。

「え、ちょっと雅人……」

 そう言った直後、雅人はスゥスゥと寝息を立ててしまった。

 よっぽど疲れていたのだろう。

 その寝顔を見ていると、やはり僕は雅人に頼り切りなんだと、感じざるをえなかった。

 つられたのか、僕も欠伸が出た。

 今朝は早かったし、流石に走り疲れた。正直、頭もまだ全然回らない。汗も引いた事を確認し、お茶を一口だけ飲んだ後に、僕もコートを手に取って、横になる事にした。

 これから、どうするんだろう?

 そんな当然の疑問が浮かびもしたが、襲ってくる睡魔の波には勝てず、いつしか眠りについていた。


 遥か上を見上げると、滲んだ景色の先に綺麗な星空が広がっていた。

 周囲には、自分を取り囲むように魚達が泳いでいる。流れていく鱗に星が映り、まるで自分が宇宙に包まれているような錯覚を覚える。

 共に泳ごうとしても、僕の身体には鰓も鰭も鱗もありはしない。

 僕の身体を覆っているのは、堅いカルシウム質の殻。

 僕は、貝だった。

 時折魚達が、口を寄せながら僕をからかいに来る。まるで話しかけているような仕草だが、彼らの言葉は僕には分からない。

 僕も彼らのように、この広い海を自由に泳いでみたい。

 だけど、僕は所詮貝だから、そんな願いは叶わない。

 綺麗に光る鱗も、自由に泳ぐ為の鰭も無い。

 それは、馬が鈴虫の鳴き声に憧れるような、傍から見れば他愛の無い程の無謀な願い。どれだけ雨露を飲んだとしても、叶う事の無い過ぎた願い。

 その時、僕と同じような形をした貝が、口をパクパクさせながら海面へと上がって行くのが見えた。

 貝が泳いでいる。

 鰭も鱗も鰓も無い貝が、泳いでいる。

 そうとしか、形容のしようが無かった。

 その貝は、一度口をこちらに向け、まるでにやりと笑うように、僕に語りかけた。

『諦めてないで、お前も来いよ』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ