☆9月3日★ その2
どれだけの時間が過ぎたか分からない。
途中何度か小休憩を挟みつつ、僕達は無事誰にも見つからずに、目的地へと辿り着いた。
雅人が目的地に指定していた場所、それは、海岸だった。
足は震え、立っているのもやっとだった為、僕は雅人が、着いたぁと呟く声を合図に、その場にへたり込んでしまった。
思いっきり走ったせいか、頭は強制的に無思考状態だ。
「一番乗りか……」
雅人が荒い息と共にそう呟く。
一番乗り?
疑問に思うが、頭がまるで働かない。
無理に考える事を止め、僕は目の前の海をぼんやりと眺めた。
闇が支配する夜の海は、浜辺と汀の区別さえ覚束ない。海水浴には少し遅い時期の為、潮風は若干肌寒いが、大量にかいた汗の手助けをしてくれているのは確かだ。すぐに敵に変わってしまうのだろうけど。
「叶人、とりあえずこっち側に来いよ」
雅人の指示された場所に移動する。そこは若干草が茂っていて、腰を下ろすには持って来いの場所だった。
雅人が自身のリュックサックからタオルを取り出し、一つ僕に放り投げてくれた。
どうやら雅人のリュックサックには、食糧以外にも様々な物が入っているようだ。
汗を拭きながら少しだけ復活を見せた思考能力を使う。
「雅人、一番乗りって、どういうこと?」
「そのまんまの意味さ。俺達が一番」
「他にも、誰か来るの?」
「そう言う事だな。まぁ、誰が来るかは、朝になってのお楽しみだな」
雅人は再びごそごそとリュックサックを漁り出し、僕にペットボトルのお茶を一つ放ってくれた。
「ゆっくり飲めよ」
そう言った後に、雅人は大きな欠伸をした。
「流石に疲れたな……。叶人、俺寝るわ。お前も寝とけ」
雅人はリュックサックからコートを二つ出すと、一つを僕に手渡して、そのままゴロンと横になってしまった。
「え、ちょっと雅人……」
そう言った直後、雅人はスゥスゥと寝息を立ててしまった。
よっぽど疲れていたのだろう。
その寝顔を見ていると、やはり僕は雅人に頼り切りなんだと、感じざるをえなかった。
つられたのか、僕も欠伸が出た。
今朝は早かったし、流石に走り疲れた。正直、頭もまだ全然回らない。汗も引いた事を確認し、お茶を一口だけ飲んだ後に、僕もコートを手に取って、横になる事にした。
これから、どうするんだろう?
そんな当然の疑問が浮かびもしたが、襲ってくる睡魔の波には勝てず、いつしか眠りについていた。
遥か上を見上げると、滲んだ景色の先に綺麗な星空が広がっていた。
周囲には、自分を取り囲むように魚達が泳いでいる。流れていく鱗に星が映り、まるで自分が宇宙に包まれているような錯覚を覚える。
共に泳ごうとしても、僕の身体には鰓も鰭も鱗もありはしない。
僕の身体を覆っているのは、堅いカルシウム質の殻。
僕は、貝だった。
時折魚達が、口を寄せながら僕をからかいに来る。まるで話しかけているような仕草だが、彼らの言葉は僕には分からない。
僕も彼らのように、この広い海を自由に泳いでみたい。
だけど、僕は所詮貝だから、そんな願いは叶わない。
綺麗に光る鱗も、自由に泳ぐ為の鰭も無い。
それは、馬が鈴虫の鳴き声に憧れるような、傍から見れば他愛の無い程の無謀な願い。どれだけ雨露を飲んだとしても、叶う事の無い過ぎた願い。
その時、僕と同じような形をした貝が、口をパクパクさせながら海面へと上がって行くのが見えた。
貝が泳いでいる。
鰭も鱗も鰓も無い貝が、泳いでいる。
そうとしか、形容のしようが無かった。
その貝は、一度口をこちらに向け、まるでにやりと笑うように、僕に語りかけた。
『諦めてないで、お前も来いよ』




