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双子星  作者: 泣村健汰
17/28

☆9月2日★ その7

「ちょっとトイレ行ってくるわ~」

 里美は観覧車を降りてすぐ、待っていた雅人達の横を駆け抜けて行った。

「なんだあいつ? そんなに我慢してたのか?」

 雅人が僕にそんな事を呟くが、僕は何て言っていいかわからずに、そうかもねと適当な同意の言葉を出した。

 少しして戻って来た里美に、由香里が近づいて行く。少し遠くで何か里美に言っている由香里と、軽く謝っているような仕草をしている里美。恐らく、突然のサプライズに対する嬉しい抗議だろう。

「里美と二人で、何の話してたんだ?」

 雅人が軽い調子で聞いて来る。

「雅人と由香里の事だよ」

 嘘は言っていない。

「なんだ、俺らと一緒か」

 雅人はそう言って笑った。

「もうすぐ沈んじゃうね」

 改めて合流した由香里が、目線を空に向けて呟いた。

 彼女の目線を追いかけると、先程までの太陽は山の向こうになりを潜ませ、菫色の空は夜の色へと変化していた。

「あ~、今日は遊んだなぁ!」

 里美が気持ちよさそうに叫ぶ。

「それにしても、今日は本当ラッキーだったよな。叶人のお陰だ」

 雅人はそう言って、ポケットから黒いボールを取り出して、自分の左目蓋に擦りつけた。

 ステージに上げられた僕は、そのお礼と言う事で、好きなヒーローの武器を一つサイン付きで貰える事になったのだ。折角だからと、僕はブラックのボールをリクエストして、それを雅人にプレゼントした。

「俺、一生大事にする」

 雅人が僕を見ながら、嬉しそうな笑みを見せる。

 雅人がボールを目蓋に擦りつけ、愛おしそうに微笑む姿を見て、僕も嬉しくなった。

 元々は、僕の所為で失ってしまった左目なのに、雅人はそれすらも大切だと言うように振舞うのだ。その心意気が、愛おしかった。

「んじゃ、そろそろ帰るか」

 雅人が慈しむように擦りつけたボールを鞄にしまい、名残惜しそうにそう言った。

 僕達は同意して、出口へと向かった。

 一度振り返り、観覧車をもう一度見上げる。薄日を背にしたまま、未だに悠然と動いているその姿を見ながら、ふと先程の里美の声がフラッシュバックする。


『叶人君……、今日が……、終わっちゃうよ……』


 その言葉が、僕の心の深い所に、一つ雫を垂らし、波紋となって広がる。

 ポケットから、ショーの終わりにジャグレンジャー達と4人で撮った写真を取り出した。

 笑顔で写っている僕達の写真は、まるで何年も昔に撮った、遠い過去の記憶のように感じられた。

 今日が、終わってしまう……。

 沈み行く夕陽は、いつもと変わらない。だけど、今日と言う日が、堪らなく愛おしく感じる。

 それは僕が、今日のこの日を素晴らしく過ごせたと言う証。

 精一杯楽しむことが出来たと言う証。

 だから、本来なら悲しむ事も沈む事も、無いはずなのに……

「叶人ぉ!!」

 気づけば遠く離れてしまっていた雅人が僕を呼ぶ。

 観覧車に心の中で別れを告げて、僕は駆け足で皆の元へと戻った。


 電車に揺られている間にすっかり夕陽は沈み、バスに揺られている内に辺りには星が煌めき始めた。

 今日は天気がいいからか、星が綺麗に見えた。

 バス停に到着した所で、由香里達とはお別れだ。

「それじゃ、またな」

 雅人が二人に、そう声を掛ける。

 由香里は暗い顔で無理矢理に笑顔を作り、里美はいつものように、ん、また、と雅人の言葉に返事をした。

 僕は二人に、何て言葉をかけていいのか分からなかった。だけど、何か言わなきゃいけないと思って、必死に頭を巡らせてから、言葉を出した。

「二人共、今日は楽しかったよ。ありがとう」

 二人の顔を見つめながら。

 そんな事しか言えない自分を歯がゆく思いつつ、二人が笑ってくれたから、よしとする事にした。

 固く握手を交わし、僕達は両親が待つ家へとそれぞれ歩きだした。

「叶人、後でちゃんと言うけど、変な心配はしなくていいからな?」

 雅人が家に着く直前に、そんな事を呟いた。

「それって、どういう意味?」

 僕の問いかけに雅人は、まだ秘密、と笑わずに、真剣な面持ちでそう言った。その真っ直ぐな眼差しに、思わず言葉が詰まる。

 雅人は一体、どういう意図で僕にそんな事を言ったのだろう。

 僕のそんな思考は、すぐに雅人のただいまぁと言う言葉と、ドアを開ける音で停止した。

「お帰り」

「お帰りなさい」

 家に帰り着いた僕達を、父さんと母さんは二人揃って出迎えてくれた。

「疲れたでしょ? さぁ、先にお風呂に入ってらっしゃい」

「今日はお父さんが一緒に入るぞ!」

 そう子供のようにはしゃぐ父さんと一緒に、僕達は荷物を置いて浴室へと向かった。

 身体の隅々まで綺麗に洗って、久しぶりにお風呂の中で遊んだ。

 お風呂から上がると、母さんが僕達の好きなハンバーグを用意して待ってくれていた。

「今日は夜更かししていいから、一杯お話しようね」

 母さんはとても楽しそうに言って、僕達はご飯を食べながら、テレビを消して沢山の話をした。

 食事が終わった所で、母さんがリンゴを切ってくれた。

 4人で温かな時間を穏やかに過ごし、こんな幸せな時間があっていいのかとすら思ってしまった。

 そんな時間を壊すように、11時半を知らせるアラームが、セットしていたのだろう時計から鳴り響いた。

 一瞬だけ哀しそうな顔をした父さんが、テーブルの上のそれを止める。

「もうこんな時間か、早いなぁ……」

 父さんはそう呟いて、僕達の方を向いた。

「部屋は、どっちの部屋にする?」

「俺の部屋がいい」

 父さんの問いかけに、雅人がすぐに声を出す。

「叶人は、それでいいかい?」

 父さんが僕にそう尋ねたので、いいよ、と返した。

 父さんは頷いて台所に向かい、僕達の3日分の食糧の入った箱を持ってきた。それを父さんが一度雅人の部屋に運び込む。

 その間に僕は、母さんから一本の瓶を手渡された。

 母さんは何も言わなかった。

 ただ笑顔で、本当に温かな笑顔で、僕の手にそれを握らせた。

 すぐに父さんが戻ってきた為、中身を確認せずにそれをポケットに突っ込んだ。

 11時45分。

 父さんと母さんと、僕と雅人。

 4人で居間で対峙していると、父さんが僕を力強く抱きしめた。

「叶人、お前の事を愛している。心から愛しているよ。お前は小さい頃から、とても優しくて、周りに気を遣う事が出来る素敵な子だ。お前は、本当に素晴らしい子だ。父さんも母さんも、お前のような息子がいる事を、心から誇りに思う」

 父さんの温かな声が、僕の心に沁み渡ってくる。

 父さんは僕を離すと雅人へと向き直った。そして僕は、母さんの腕の中にいた。

「ああ、私の可愛い叶人。愛しているわ。もしもあなたが、自分は愛されて無いんじゃないかなんて事を考えているのなら、そんな事は一切無いからね。母さんも父さんも、本当に心から、あなたを愛しています。私の叶人、可愛い叶人……。あなたは私の誇り。私のところへ生まれて来てくれて、そして沢山の素晴らしい思い出を、本当にありがとう」

 母さんの柔らかな声と、その想いに、僕は嬉しさと共に、申し訳無さで一杯になって、涙が次から次へと溢れて来た。

 こんなに想われていた、こんなに愛されていた、なのに、僕はまだ何の恩返しも出来ていない。

 雅人も父さんに抱きしめられながら、溢れ出るものを抑えきれないでいた。

 いつまでも、いつまでもこうしていたいのに、時間は無情にも過ぎ去ってしまう。

 僕達がどれだけ泣きじゃくっても、母さんも父さんも、穏やかな笑顔のままだった。

 まるで最期の思い出を、笑って迎えようと堪えているように……。

 そろそろか、と言う父さんの呟きに、僕達は肯き、雅人の部屋へと移動した。

 12時の直前に、母さん達の笑顔を残り香に、その扉はゆっくりと閉められ、ガチャリと、重い鍵のかかる音がした。

 これから3日間、この扉が開く事は決して無い……。


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