☆9月2日★ その1
☆9月2日★
目が覚めて最初に、天井の木目が目に映った。
横になったまま身体を伸ばし、辺りを見回すと、自分の部屋のベッドの上だった。
目を擦り、身体を起こす。
ベッドに入った記憶は無いので、昨日はあのままソファで眠ってしまったのだろう。そんな僕を、きっと父さんが運んでくれたに違いない。
枕元の時計に目を移すと、時計の針は6時を少し過ぎた辺りをさしていた。
身体を起こし、ベッドから降りて、カーテンを開き外を覗く。
窓の外から見える空は青く、点在している雲は優雅に泳いでいた。
今日はいい天気になりそうだ。
だけどそんな青空とは裏腹に、僕の心は曇ったままだった。
この曇り空の正体は知っている。でも、それは抗う事も拭い去ることも出来ないものだ……。
少しでも気分を晴らす為、鍵を外して窓を全開にした。
部屋の中に入り込んでくる風は、早朝の所為か少し肌寒いが、寝起きの身体には心地いい。深呼吸をすると、全身を新鮮な酸素が巡って行く。たったそれだけで、少しだけ心持ちが軽くなるから不思議だ。
5分程窓辺で風を浴びてから、窓を閉めパジャマのまま一階へと降りる事にした。
居間では、父さんが一人でコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。
「おはよう」
声をかけると、父さんは僕に気付いて、おはようと返してくれる。
早い時間なのに、父さんはもうスーツ姿だった。
「父さん、もう仕事?」
「ああ、今日は早めに帰って来る為に、ちょっと早めに行くんだ」
「そうなんだ。母さんは?」
「まだ寝てるよ、ちょっと、疲れてるみたいだからな」
そう笑う父さんは、少しだけ切なそうだった。
父さんはそこでテレビを消し、僕の頭に手を伸ばした。
「叶人、大きくなったなぁ」
僕の頭を撫でながら、感慨深げに呟く。
「そうかな?」
「そうだとも、最初はこんな小さかったのにな、あっという間に大きくなった」
ごしごしと僕の頭を撫でる父さんの手は、母さんよりも大きくて、固くて、力強い。
「今日、遊園地に行くんだってな?」
「うん」
「いい天気になってよかったな。でも、あんまり遅くなっちゃ駄目だぞ」
「うん、分かってるよ」
「そうか、思いっきり楽しんで来いよ」
そう笑った父さんは時計を見てから、そろそろ行ってくると告げて、立ち上がり背広を着た。
玄関まで父さんの見送りをすると、父さんは僕の事を思いっきり抱きしめて、いってきます、と笑った。
「いってらっしゃい」
返事を返すと、父さんは僕を離して、ドアの外へ消えていった。
いつもよりも強かった父さんの腕の力を感じて、僕はそのまま暫く動けずに、閉められたドアを眺めていた。
30分程して、母さんが起きて来た。
「あら、叶人早いわね。お父さん行っちゃったのかしら?」
僕が頷くと母さんは、そう、とだけ呟いてから、朝食の準備に取り掛かった。
それから更に30分後、7時を過ぎた頃に、雅人が起きて来た。
「う~っす」
眠そうに欠伸をしながら、母さんのいれてくれたホットミルクを飲んでいた僕の横に座る。
キッチンから母さんが顔を出して、さっき僕にした質問と同じものを雅人にも問いかけた。
「おはよう雅人、朝トースト焼いてるんだけど、どれくらい食べる?」
「とりあえず2枚~」
ダルそうにそう返す雅人に、はいはいと嬉しそうに母さんは応えた。
雅人と僕は、食の太さが随分と違う。
僕はいつも雅人に小食だと笑われるが、僕から言わせれば、どうして同じような体型なのに、そんなに入るのかが謎だ。運動量の違いなのか、それとも天性のものなのかは分からないが、雅人は僕よりもいつもご飯一杯分程多く食べる。
それなのに、食事の終わる時間はほぼ一緒なんだから、おかしな話だ。
「今日の待ち合わせの時間とかは?」
「おお、バス停前に8時半集合。叶人、昨日そこで寝ちまったもんな」
そう笑いながら僕の問いかけに若干気だるい感じで答えた雅人は、母さん、コーヒー頂戴と言いながらキッチンへと向かって行った。
「あら、雅人はコーヒー飲めるの?」
「あったり前だろ。眠気覚ましに濃い目のをいれてよ」
キッチンから、二人の声が漏れてくる。
「はいはい、でもあんまり濃いと身体に悪いから、普通のにしようね」
クスクスと笑いながら受け答えする母さんの元へ、僕は一気に飲み干し空にしたマグカップを持って行った。
「母さん、僕にもコーヒー」
「あら、叶人も飲めるんだ」
僕のマグカップを受け取りながら、母さんは目を細くした。
「叶人もわかってんなぁ。やっぱり、朝はコーヒーだよなぁ」
雅人が得意気に呟く。
朝はコーヒーと言う雅人の意見は、正直僕にはまだよく分からないけれど、何だか不意に、雅人の真似をしてみたくなったのだ。
「じゃあ先に、これを持っていってくれるかしら?」
そう言って母さんは、僕達に目玉焼きが二つと焼いたベーコンが2枚乗ったお皿を一枚ずつ手渡した。
慎重に受け取り、二人で食卓まで持っていく。
その僕達の後ろから、母さんがトーストを数枚乗せたトレイを持ってくる。
「コーヒー入れておいたから、自分のカップ持ってきてね」
「はーい」
キッチンに戻って、黒い液体の入ったマグカップをそっと持ち上げる。それを慎重に、先程のお皿の横に運ぶと、再びキッチンに戻った母さんが僕達に声をかけた。
「二人共、砂糖とミルクはいくついれるの?」
「2つずつ~」
雅人がそう返したので、僕も~、と返す。
母さんが持ってきてくれた角砂糖とミルクを、雅人と同じ数だけ自分のコーヒーの中に溶かし、掻き混ぜる。黒かった液体が、ゆっくりと乳白色色に染まっていく姿は、見ていて不思議な気持ちになった。
「いただきま~す」
雅人の声に合わせ、僕もいただきますをした。
コーヒーを口に含んだけれど、苦くてあんまり美味しくなかったのは秘密だ。




