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認めたくないものだな。若さ故の朝勃ちというものは……

朝勃ちが若さの証明だと言うのであれば

まだ二十代である私の息子の低血圧具合はどういうことなのだ――?


                        byアーマードコアラ



 「……恐ろしい夢を見た」

 

 目が覚めて開口一番にそう独りごちた。思い出すのも恐ろしい、子供の頃の記憶だ。背中に浮かぶ不快な汗の感触に舌打ちしたくなったが口の中が乾ききっている事に気づき、止める。

 

 辺りを見回して、ここが埃っぽい本殿ではなく見慣れた自室である事に魔羅は安堵あんどし息をついた。時計を見ると朝の五時。ちょうど目覚ましが鳴り始めたので慌てて停止させる。

 

 「あーっ、朝から嫌な始まりだよちくしょう」

 

 がりがりと両手で頭を掻き毟るが嫌な記憶は消えない。

 

 夢見が悪かったせいかまだ眠たいがそうは言っていられず、魔羅は布団から起き上がった。母が亡くなってからというもの、反勃家の切り盛りは彼の仕事だった。その仕事の中にはもちろん朝食の準備だって含まれてる。


 布団から立ち上がり眠気覚ましに体を伸ばすとぼきぼきと小気味いい音が全身から鳴ったので、そこはかとなく得をした気分になる。こんな気分になるのは俺だけだろうか? そんなどうでもいい事を考えて、そしてやはりどうでもいい事かと思い記憶の彼方へ追いやった。

 

 自分の部屋から出てそのまま台所へ向かう。魔羅の部屋は二階にあり、他の部屋はすべて無人だ。母親は魔羅が幼い頃に亡くなっており、父親は八年前から修行にいくと言ったきり帰ってこない。二か月に一回程度だが手紙が届くので、元気ではいるらしい。兄弟はおらず、ペットも飼っていない。だだっ広い家に自分だけが住んでいるうすら寒さはすでに過去のもので、今ではもうなれてしまっていた。

 

 洗面台の前で顔を洗ってから歯を磨き、壁にかけてある鏡と向き合う。

 

 あの悪夢の日から年月が経ち、今では魔羅も十七歳。幼かった姿から想像もできないような立派な姿に成長していた。運動部に所属する同年代の男子よりも逞しいぐらいだ。


 両肩に女子を乗せてもびくともしない広い肩幅。


 包丁で刺されても弾き返す(試した事はないが)ほどに発達した逞しい胸板。


 見事八つに割れた腹筋。


 某幼稚園児が得意とするケツだけ歩きを余裕で繰り出せる引き締まった臀部。


 そして、未だ萎える事を知らぬ朝勃ち現象…………。

 

 「さすがにそろそろ落ち着けよ我が息子マイサン……生理現象とはいえ歯磨きしてる時までテントを張られちゃ気まずくてしかたないんだが」


 そう愚痴るものの、反り立った一物からの返事は無言の否定だった。ビクン! と一度だけ揺れるだけだ。自己主張の激しい聞かん棒から視線を外し、もう一度鏡を見る。


 顔立ちも大きく成長した。自分自身ではそこまで思わないが、よく周りからはポ○ケモンのイワー○みたいに厳めしいと言われる。もしくはモアイ。むしろモアイ。中学時代から生え始めた髭は最近では二日に一回は剃らねばならないほどの成長速度を誇り、毎朝の貴重な時間をそれに費やす事が非常に面倒だった。その時間を少しでも睡眠に回したいと常々思う。


 「髭を伸ばすのも手だろうが、う~ん。そうすると絶対に学生には見えないだろうしなぁ」


 老け顔とは思わない。思いたくない。思いたくはないのだが、周りの評価というものはえてして残酷な場合が多い。やはりこれからも髭は剃る方針を固め、魔羅は髭剃り機に手を伸ばした。




 「ん~。もうちょっと味噌を入れるか。白菜を入れ過ぎたせいか味が薄くなってるな」


 味噌汁みそしるの入った鍋の中に味噌を追加投入してから、茶の間へ行って座卓の上に二人分の箸を用意する。それからもう一度台所へ戻り、お玉ですくった味噌汁に口をつけてその味を吟味する。及第点かな、と自己評価を下し、味噌汁をお椀に入れた。


 ちなみに魔羅が身につけているピンク色のエプロンは彼自身のお手製である。こう見えても手先は器用なのだった。


 座卓の上へ朝食を運んでいると廊下から無遠慮な足音が聞こえてきた。音はこちらへ近づいてきて、これもまた無遠慮に襖が開かれた。


 「ん? なんだ小僧まだ朝食の用意ができていないではないか。さっさと準備せんか儂は腹が減ったぞ」


 「……おぉう」


 老獪ろうかいな口調に、不躾な物言い。


 襖から現れたのは青黒い肌をした絶世の美女。それは記憶に新しい今朝方の悪夢に登場したシヴァ様と名乗った人物その人だった。


 「どうした? 儂のことをそんなにじっくり見つめて……ははん。朝からお盛んだの坊主。儂の姿を見て欲情するとは……人の身ならぬ神の身にそのような滾った獣の目を向けるなど、まさに見境なしだの」


 「ちっげーよ! 誰がお前なんかに欲情するか! そんな目でお前を見た事なんてこれまで一度もねーよ! なに勝手にしたり顔でうんうん頷いてんだ!」


 大きな声で怒鳴るが、シヴァ様は飄々《ひょうひょう》とした態度を変えずにそのまま座卓へ向かって腰を下ろした。お盛んなのは否定しなかった。ついさっき自分の股間がヴォルケイノ一歩手前だった事が原因である。


 「……ティッシュのご利用は計画的にな?」


 「ぶっ飛ばすぞテメー」


 魔羅は使い終わったお玉を全力で投げつけるが難なく回避され舌を打った。ちなみに回避された際にシヴァ様の非常に豊かな乳房がバインと揺れており、その激動の瞬間はばっちり魔羅の脳内HDに保管された。


 「ほれほれ。用意ができたならさっさとこっちにきて飯にするぞ。朝は腹が減ってかなわん」


 「あんたはいつでも空腹だって騒いでるだろーに」


 「それはそれ。これはこれ。儂は神であるからの。存在するだけで消耗するエネルギーが人間とはダンチであるからに、な。…………別に、食事以外にもエネルギーを摂取する方法はあるんだがの?」


 好色そうに舌舐めずりをしてこちらに流し眼を送るシヴァ様を意図的に無視して、魔羅は頂きますと一言添えてから朝食を開始した。


 「毎朝変わり映えのしないレパートリーで悪いけど」


 「不味ければ問題だが、美味ければ悪くないぞ。そして小僧の作る飯は美味い」


 「そりゃどーも」


 「ん」


 素直に褒められる事になれていないのか、魔羅は照れたように視線を反らすと黙って箸を進めた。シヴァ様も「美味である」と鷹揚に頷きながら満足げに座卓に並べられた料理を平らげていく。


 ――――あの悪夢の日から、十年。


 あの時から魔羅の生活は、大きく変わってしまった。


 活発だった魔羅は恐怖のあまりに引きこもりがちになり、子供同士の交遊関係はほとんど消えてしまった。今でこそ平然としているが、初めのころは対人恐怖症と言っても過言ではない様子だったのだ。そして父親は、息子にかけられた呪いを解く為に修行へ出てしまった。


 そして何よりも大きな変化が、目の前の存在だった。


 反勃神社が崇め奉る、神。自らをシヴァ様と名乗り、そして自分に呪いをかけた、人ならざる美貌の持ち主。


 (だけどなぁ。俺の家が信仰してるのはヒンドゥー教のシヴァじゃなくて反勃魔羅真処乃そりたちまらまこのかみっていうマイナーな神様のはずなんだけどなぁ)


 その事を本人に告げても、彼女は自らをシヴァ様であると言う事を曲げなかった。


 シヴァというのはヒンドゥー教の三最高神の一柱で、名前だけでも知っている人は多いだろう。シヴァは破壊を司り、世界の寿命が尽きた時に全てを破壊し次の世界を創造する前準備をするという役割を持っている。また男根崇拝という一面も持ち合わせている。


 (たぶん、反勃魔羅真拠乃神はヒンドゥー教が日本に伝来した時に誤って伝えられてできた神様なんだろうな。反勃神社は子種、子作り、男根崇拝とかそういう方面の神社だから、おそらくそんなに的外れな回答ではないと思う)


 余談だが、反勃神社では祭祀施設として以外に反勃流格闘術という胡散臭い格闘技を公開していたりもする。魔羅は自分以外の門下生を見たことも聞いた事すらないのである意味一子相伝の格闘術といってもいいのかもしれないが。


 「馳走であった。ところでデザートはないんかの?」


 「朝から太いこと言ってんじゃないよ。そんなもの漫画やアニメにしか登場しない架空の存在だ。現実と一緒にするんじゃあない」


 「むぅ……一度でいいから食べてみたいのぉ……」


 残念そうに腹をさするシヴァ様を呆れたように魔羅は見つめる。反勃家の家計ではデザートなんて嗜好品は二次元の世界の産物なのだった。


 「ところで……そろそろあやつが来る時間じゃないかの? 用意はできておるのか」


 食器を片づけていると朝アニメを見ていたシヴァ様がそう声をかけてきた。


 「うん? あぁもうそんな時間か……わざわざ迎えに来なくていいっていつも言ってるんだけどな」


 時計を見ればもう少しでいつも登校する時間だった。そうこう言っている内に玄関から呼び鈴がなり、魔羅は慌てて残っていた食器を片づけた。


 「今日は帰りにスーパーへ寄るからいつもより遅くなる。悪いけどシヴァ様はそれまで晩飯は我慢してくれよ。昼飯は冷蔵庫の中に作り置きしてるからレンジで温めてから食べてくれ」


 魔羅は返事を待たずに鞄を肩に下げて玄関へ向かった。こんな時間に我が家のチャイムを鳴らす人物を魔羅は一人しか知らない。

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