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魔女との邂逅

 英雄、鬼神、火の悪魔―――。


 様々な名で呼ばれた初代準騎士もまた、山向こうの人間であったという。

「あ……悪魔だ! 緋の悪魔だぞ!」

「逃げろ!」

「ひ……がぁッ」

「ええ、どうぞ逃げてください。どうせ僕の役目は―――」

 ぶん、と血を剣から払い落とし、彼はこの場に似つかわしくない穏やかな微笑みを頬に浮かべる。

「―――あなた方の殲滅ですから」

「いっ、嫌だ、助けぇ……ッ!」

 逃げ惑い、自棄になって襲いかかってくる人々。響く怒号。一人、また一人と倒れ伏す、兵士と呼ばれたモノ達。白い雪の上に散った無数の赤。そして死の匂い。

 いつもの、殺戮の風景。

「……ふぅ」

 彼は一つ息を吐いて、目の前にどこまでも聳え立つ山を見上げた。途中雲に遮られ、山頂があるのかすら分からない“神無山”。

 不意に背後でさくりと雪を踏む音がして、彼はゆっくりと振り返った。神経質そうな、眼鏡を掛けた青年がそこに立っている。

「―――マーラー様。主人がお呼びです」

「僕に様付けは必要ありませんよ、リストさん。貴方は神も悪魔も信じないでしょう?」

「私は主人のものですので。主人が白いというなら赤い貴方も白いと思いましょうし、主人が神は居るというのなら私は神の存在を信じましょう」

「……つまり、様付けは御主人の意思と?」

 静かに首肯してみせた青年の瞳には、憎しみのような暗い炎が燃えている。だがその炎はすぐになりを潜め、青年は踵を返し歩き出した。

「……貴方は、我が主人の客人であらせられますので」

 呟くように付け加えられた言葉に苦笑して、赤い彼は後に続いた。


 ヴィルヘルム=マーラー。

 それが赤い彼の名だった。けれど、ざんばらな赤毛と元の色が分からないほど血に染まった外套、的確かつ冷徹な太刀捌き。それ故に彼は緋の悪魔と呼ばれるようになっていた。……正直彼は人からどう思われても気にしなかったので、極最近、顔も知らない他人からそう呼ばれて初めて気付いたのだが。

「やぁマーラー、お疲れ様。立て続けに悪いのだがもう一仕事、お願い出来るかい?」

 断る理由も無かったので頷くと、“御主人”は緊張していたのかほっと息を吐いていた。

 別に斬るつもりも無いのに、何を緊張するのか。

 そう思うも、彼の噂を知っている“御主人”は彼を恐れても無理はない。彼は大人しく続きを待った。

「魔女から、君を寄越すように要請があってね。何の仕事かは分からないが、魔女のことだ。難しい要求をしてくるだろう。それでも行くかい?」

「僕が帰ってくることをお望みですか、“御主人”?」

 にこりと笑って見せたのに、“御主人”の顔は凍りついた。その反応に、これ以上ここに留まることはできないな、と悟る。

 ―――残念だ。フリードリヒ=リスト、“御主人”の執事は面白そうだったのに。

「……では、ごきげんよう、“御主人”」

 当然返事は、聞こえなかった。


「貴方が緋の悪魔なの? 意外とふつーね、トリ」

「モノ、客の前では大人しくしろと言われたろう、脳足りんが」

「あーっ、トリがモノを脳足りんって言ったー! ねぇ、オルティア、」

「しばらく黙っておいで、モノ。トリ、客に茶を」

「分かった」

 それまで甲高い声で喋っていた少女が突然静かになり、少年が彼と魔女にお茶を運んでくる。彼は会釈してカップを受け取ると、正面に腰掛けた魔女をまっすぐに見つめた。

「貴女が魔女さんですか?」

「そう呼ばれることもあるね。ヴィルヘルム=マーラー君」

「……僕をご存知なんですね」

「じゃなきゃここに呼んだりなどしないよ。それより君、自己紹介をさせてくれないか?」

「……そういえばそうでしたね、失礼しました。どうぞ」

「モノ、トリ、おいで。……まず私が魔女のオルティアだ。そして、次の魔女を継ぐ二人。こっちがモノで、こっちがトリさ。……まぁ、好きに呼んでくれて構わないがね。トリ、何か言うことはあるかい?」

「……緋の悪魔の名の所以は、貴方の容姿ではない」

 少年の鋭い言葉に、彼は驚いて目を瞬かせた。

「貴方の魂の色だ。緋色……そして、この地にそれを中和できる者は居ない。けれど山向こうならば、あるいは」

「山向こう……“神無山”の、向こうということですか?」

 三人が一様に頷く。

「もともとあの山は世界の果てだと思われていてね。まぁ、ちっぽけな人間の世界なんてそれくらいで十分なのだろうが……貴族と呼ばれる人間が居るだろう、その人間達があの山を神聖視し、神無山と呼ぶようになったんだよ。もう五百年も前の話だけどね……そしてあの山の向こうにもまた、人間が居て国があるのさ」

「……オルティア、それは―――」

「良いんだよトリ。この青年は知るべきなんだ。緋の悪魔、なのだからね」

「……緋の悪魔は、確かに僕の渾名のようなものですが……、実際僕はただの人間ですよ」

「そうであろうさ。けどなひよっこ」

 ぴたりと指先を眉間に当てられ、彼は身動き出来ずに固まった。

「そのただの人間が一番世界を動かすんだ。私ら魔女は全てを見知っているが、変える力は持たないからね」

 魔女がそう言って指を戻す。途端にどっと汗が噴き出してきて、彼は慌てて肩口で頬を拭った。それを見た魔女は微かに笑って、少女へと視線を移す。

「さてモノ、彼はどうすべきだと思うね?」

「山を越える! 緋の悪魔は死なないよ、山向こうにたどり着くよ!」

「ではトリ、君はどう見るね? 彼を」

「変えるかどうかはまだ分からない。けれど素質はある。山向こうの彼とこの青年が出会うなら、世界は変化を要求する。……オルティア、」

「私はそこまで見られないのさ。さぁ……ヴィルヘルム=マーラー君、君に珍しいものを見せてやろう。魔女の―――」

 そこで深く息を吸って、魔女はニヤリと不敵に笑んだ。

「―――代替わりだ」

 その瞬間、彼の腕は勝手に剣を抜いていた。


 きぃ、と木の軋む音がして、小さな少女が顔を出した。

「ヴィルヘルム=マーラー君って長いよねぇ、ヴィル君で良いかな?」

「……君は」

 魔女の血に濡れた剣を見つめたまま、彼は小さく口を開いた。ん? と少女は無邪気に問い返してくる。

「……僕が……憎く、ないんですか?」

「どうして?」

 無邪気な少女の笑みをちらりと見て、彼は何が起こったのか分かっていないのだろうと説明しかけ……

 口が、動かない事に気付いた。

「オルティアを斬ったからかな? でも、オルティアはあそこで貴方に斬られなきゃいけなかったし、オルティアはそのために貴方を呼んだの。だからモノもトリも貴方を憎まないよ。そういう運命だったんだから」

「……モノ、いい加減金縛りを解いてやれ。緋の悪魔とて人間だ」

 は、と唐突に呼吸が楽になって慌てて肺いっぱいに空気を入れる。ひとしきり呼吸に専念した後、扉の所に立っていた少年に目をやる。

「……言い忘れていたが、小僧。私は少年でもあるが少女でもあるぞ。見た目は少年そのものだろうが」

 少年に小僧と言われたことにも、その後の話にも驚いて彼は絶句した。

「信じらんない? だよねぇ、モノも最初は信じなかったもん。でもねヴィル君、トリの言ってることは事実だよ。両性器具有者、ってどこかでは言われてるみたい。……ごめんね、モノもトリもまだ代替わり直後で、情報の洪水に持って行かれそうなの。もう少しここに居てね?」

「まぁ、どうせ外は吹雪だから外には出られまいがな。私からも頼むか。―――ヴィルヘルム=マーラー君、一晩、ここで過ごしてくれるか?」

 少女と少年―――リョウセイキグユウシャ、と言うのだったか、長いので少年で勘弁して欲しい―――に縋るように言われて、断れる程彼は悪魔ではない。……戦場では確かに、一瞬の迷いもなく斬り捨てるけれど。

「分かりました。僕がここに居れば良いんですね?」

 元より帰る場所の無い身だ。暖かい屋根の下一晩を過ごせるのなら、彼にとっても得である。

「抜け目ないね、小僧」

 少年に面白そうに笑われたのに苦笑を返す。考えを見透かされることを不思議には思ったが、魔女の後継なのだ。金縛りにあわせることが可能なら当然、考えを読むことも出来るのだろう。

「お世話になりますね、モノさん、トリさん」

「大歓迎だよー! ねぇ、トリ!」

「モノはうるさいけどね」

「あっ、トリが酷い! 酷いよねぇ、ヴィル君っ」

 少女に鼻息も荒く問いかけられて、彼はくすりと笑って……

「……えぇ、そうですね」

 穏やかに、そう言った。



 初の三人称……というかよく分からない地の文になりました。

 世界観、自分の中のイメージは紅玉いづきさんの文庫、「雪蟷螂」ですね。……パクりになっていないことを願いますがどうでしょうか……(汗

 とりあえず、最後まで気長にお付き合いください。

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