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第07話 介入

 アパートの裏手で、排水溝に溜まった落ち葉を掻き出している最中の出来事だった。


 透の胸の奥がチリッと焼けるような感覚があった。ダンジョンで敵を察知したときの感覚に似ている。さて、これは何だ。その正体を、すぐに理解する。あのペンダントが発動したのだろう。持ち主の危険を仲間に知らせるアイテム。しかも、かなりの緊急度。


 あれを渡した相手は、あの子しかいない。つまり、日和ちゃんが危ない。


 手に持っていた道具を静かに置いて、周囲に意識を巡らせる。住人の気配はない。通りにも人影はなかった。誰も見ていない。


 反転召喚を発動する。日和に渡したペンダントを媒介にして、彼女のいる場所を特定する。居場所を特定すると通常の召喚を反転させて、対象のいる場所に自分自身を跳ばす手段。万が一のために用意していたものだ。使う日が来ないことを祈っていたけれど、残念ながら必要になってしまったらしい。


 そして、透の視界が塗り替わった。



***



 視界が見えるようになると、薄暗い洞窟の中。


 空気が湿っている。岩の壁が視界を囲んでいて、足元は硬い岩盤。知っている感覚だ。ダンジョンの空気。毎晩潜り続けてきたあの場所と、よく似ている。でも、少しだけ違うような気もする。


 到着と同時に、透はスキルを起動していった。


 思考加速。思考の速度を数十倍に引き上げる。世界がゆっくりと流れ始めた。これで周囲の確認と考える時間を確保。


 気配遮断。自分の存在を周囲から完全に溶け込ませる。


 それと同時に、気配探知で周囲の全てをスキャンする。ステータス隠匿。万が一、スキルでステータスを見られないように。ただ、対人の経験が皆無なので、ちゃんと隠せているのかどうか少し不安だと透は思った。外見変化で体格と雰囲気を変えて、声質も変えておこう。


 緊急用のボックスから装備を取り出す。細身の剣を一本。スピード重視の構成だ。今の状況ならコレが一番合っている。それと仮面。念には念を重ねて、顔を隠すためのアイテムを装着する。


 到着してからここまで、一秒も経過していなかった。


 アパートの管理で使う作業着のままだったが、動きやすい格好。だから、ちょうどいい。むしろ好都合だな。


 加速された意識の中で、透は状況を把握していく。


 日和は——いた。無事だ。まだ立っている。よかった。


 その場にいる人間は七人。子どもが六人に、大人の男が一人。全員がかなり消耗しているようだけど、致命傷を負っている者はいなかった。


 敵はゴリラに似た体躯のモンスター。暗灰色の体毛。地面に届くほど長い腕。かなりの数が群れている。声を上げて仲間を呼んでいるようだ。叫ぶたびに、奥の通路から新しい個体が走ってくる。


 日和のグループの最大実力者は、大人の男である彼だろうな。けれど疲弊が酷い。子どもたちを守りながら戦っていたのか。限界が近そうだ。


 他に、気配を消して隠れている者はいないか。探知の範囲を広げる。——なし。


 ここまでの判断を、一瞬で終えた。


 それじゃあ、介入しようか。


 思考がみんなと同じスピードで流れ始めて、透は行動に移った。



***



 体力を消耗した日和に、モンスターが襲いかかろうとしていた。


 透はその軌道の間に剣を入れて、力を込めて振るう。音速を超えた一閃。


 あまりにもあっさりと、モンスターの体が真っ二つに割れた。上半身と下半身が別々の方向に飛んで、地面に叩きつけられる。そのまま光の粒子になって消えていった。


「え?」


 唖然とする声。周囲の空気が凍りついた。子どもたちの視線が透に向けられる。


 指導官の男が素早く身構えた。透を睨んでいる。警戒するのは当然のことだった。正体不明の仮面の人間がいきなり現れて、目の前で敵を簡単に両断したのだから。


 指導官の男はモンスターへの警戒はしたまま、透に対しても警戒を向ける。どうするべきか状況を見極めようと武器を握り直す。


 そんな視線は特に気にせず、透はモンスターに向かって力強く踏み込んだ。


 猛スピードで駆ける。最も近い的に一瞬のうちに接近して、横薙ぎ。斬撃が胴体を両断する。振り抜いた勢いのまま次の一体に踏み込んだら、突きを叩き込む。貫通。引き抜くと同時に身を翻して、背後から迫っていた三体目を斬り上げた。


 指導官の男の目には、何が起こったのか見えていないだろう。もちろん、子どもたちにも。三体を倒すのに流れるような同時攻撃で、一瞬で終わったから。


 透は敵を倒しながら、頭の中では冷静に情報を処理していた。


 ここに集まっているモンスター。強さは、そこまでじゃない。動きが単調だ。突進して殴ろうとする攻撃だけか。それしかしてこない。厄介なのは、仲間を呼び集めて集団で襲ってくる点ということ。周囲から次々と集まってくる。なるほど、数の暴力で押し潰すタイプ。


 透が毎晩潜っているダンジョンにも、よく似た特性を持つモンスターがいる。ただ、目の前のコイツらとは少しだけ違っていた。サイズ、体毛の質感、目の光り方、筋肉の付き方。似ているけれど、同一種ではないと思われる。


 それに、ダンジョンの雰囲気も違う。壁の質感。空気の匂い。魔力の密度。透の知っているダンジョンとは、細かい部分で色々と違いがあり、別物だと思えた。


 当然と言えば当然か。こっちは現実世界のダンジョンなのだから。


 今回、透は初めて現実世界のダンジョンに足を踏み入れた。


 これまでだって機会はあった。実力的にもバレずに侵入することも可能。けれど、踏み込まなかった。普通でいるために。探索士の資格も持っていない一般人が、ダンジョンに侵入する理由はない。透の常識が、ダンジョンへの侵入を避けてきた。


 透でも予想できないようなことが起きて、正体がバレたりするのも嫌だったから。


 だが今回は別だ。うちの住人が危ない。介入する理由は、それだけで十分だった。危険に備えてペンダントも渡していたから、見捨てることは最初から考えていない。


 それに、せっかく現実世界のダンジョンに足を踏み入れたんだから。色々と情報を集めておこう。透は好奇心に身を任せて、モンスターとの戦闘を繰り広げながら折角の機会を存分に味わっていた。


 奥から走ってくるモンスターを迎え撃つ。踏み込みと同時に斬り上げる。敵の体が宙を舞い、落ちて消えた。振り向きざまに二体同時に接近してきたのを、横一文字で両断する。


 右側の通路から突進してきた一体。コイツは少し体のサイズが大きい。だがスピードが足りない。その攻撃が届く前に、透が一閃を放つ。すれ違いざまに敵の首を刎ねた。敵の命を刈り取っていく。


 奥の暗がりからさらに三体が飛び出してくる。言葉にならない奇声を上げながら。攻撃と同時に、仲間を呼ぼうとしているようだ。仲間を呼んでも、まとめて倒すだけ。透は敵との距離を一気に詰めて、三閃。三体が同時に崩れ落ちて倒れた。


 視界の端で、子どもたちが唖然としているのが見えた。口を開けたまま固まっている。目が見開かれている。指導官の男も、透に対する警戒を忘れて立ち尽くしていた。それほどまでに見事な剣技だった。見惚れても仕方ない。


 だけど、呆然としている彼らを気にしている暇はない。まだまだ来るぞ。どれだけ来るというんだ。けれど、この程度のモンスターがいくら集まっても負けることは皆無。ちょっと面倒だけど。


 洞窟の奥から地響きが聞こえる。まだ走ってきている。五体、十体——いや、もっと多い。でも、やっぱり問題ない。焦るようなことではない。


 来る端から斬る。斬った端から次が来る。それだけのことだった。一体一体は脅威にならない。群れで来ようが同じこと。増えるスピードよりも、透が倒すスピードの方がずっと速い。


 この程度のモンスターは、透にとっては毎晩のダンジョンでウォーミングアップに倒す程度の相手でしかなかった。


 左から二体。右から一体。正面から三体。同時に来た。それぞれ、一撃で沈める。密集していたら複数同時に。


 倒すたびにモンスターの体が光の粒子になって消えていく。その跡に魔石やアイテムが残された。足元にドロップ品の山が積み重なっていく。


 この戦い方を続けていれば、いずれ増援が終わる。呼ぶ仲間がいなくなれば、それで終わりだ。


 しばらく黙々と透は敵を斬り続けた。


 やがて、増援の間隔が長くなってきた。奥の通路から走ってくる足音が減っている。呼ぶべき仲間が尽きてきたのだろう。想像以上に時間がかかったけれど、戦いの終わりも見えてきた。


 最後の一体が、通路の奥から飛び出してきた。


 それを正面から迎え撃って、やはり最後も一閃。


 その場所に静寂が訪れた。


 洞窟の中に響いていた叫び声も、地響きも、全てが消えた。聞こえるのは、天井から水滴が岩肌を伝い落ちる音だけ。透も聞き慣れた音。


 足元には魔石とアイテムの山。かなりの量が溜まっている。


 透は剣についた汚れを払い、落ちている物をボックスに仕舞った。


 周囲をもう一度探知する。残敵なし。全て倒しきった。子どもたち六人と大人の男、全員の生存を確認。致命傷を負っている者もいない。


 間に合ってよかった。本当に、そう思った。


「助けてくれたんだ、よな。感謝する。だけど、あんたは何者だ……?」


 大人の男が、透に対する警戒の色を隠さないまま声をかけてきた。


 さて、どう答えようか。透は戦いで使っていた剣を収めつつ考えながら、その大人の男と向かい合った。

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