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第05話 入学と学校生活※日和視点

 すごく立派な校舎だ。


 校門をくぐった日和の第一印象は、それだった。真新しい校舎はとても綺麗だった。この世界にダンジョンというものが現れたのが8年前。それからすぐ、ダンジョン探索士という職業が生まれて、急ピッチで学校まで建てられた。


 ダンジョン内で入手できる魔石や特別なアイテムなどが今の日本の経済や生活を支えているらしい。探索士というのが、それだけ重要な仕事。期待されているということ。


 2018年4月。国立探索士高等専門学校・中部校。日和はここに入学した。


 入学式も、ごく普通の式典だった。来賓の挨拶があり、在校生の代表が歓迎の言葉を述べ、新入生の代表が宣誓する。中学の入学式と大して変わらない。ただ、次の言葉は普通の学校とは大きく違っているだろう。


「皆さんは、命を懸ける覚悟を持ってこの学校を選びましたか。ダンジョンというのはそれだけ危険が多い場所です。それを必ず覚えておいてください」


 校長の発した言葉。講堂の空気が一瞬で変わった。周りの生徒たちの表情が強ばるのが、視界の端に映った。日和も背筋が伸びた。


 覚悟。そうだ、自分はそのためにここに来たのだ。



***



 最初の数ヶ月は、想像よりもずっと普通の学校生活だった。


 国語、数学、英語、理科、社会。時間割に並ぶのは一般科目ばかりで、探索士らしい授業は見当たらない。ただし、授業のスピードが尋常ではなかった。中学とは比べ物にならない速さで内容が進んでいく。


 理由はすぐにわかった。一年目の中盤から探索士としての訓練がスタートするので、そっちに集中できるように、今のうちに高校課程の基礎的な部分を可能な限り詰め込むのだ。


 日和は勉強が得意だったから、なんとかついていくことができた。けれど、周りには顔を青くしている生徒も少なくなかった。


「朝倉さんって、勉強もできるんだね。運動だけじゃなくてさ」


 声をかけてきたのは、同じクラスの桐谷美月(きりたにみつき)だった。入学して間もない頃から、美月は日和に気さくに話しかけてくれた。明るくて、軽そうに見えるのに、芯がしっかりしている。日和は美月にすぐに好感を抱いた。


「ねえ、今度の数学のテストに向けて、教えてくれない? このままだとマズそうなんだよね」


「いいよ。放課後、一緒にやろう」


 美月の成績はそこそこだったが、教えてみると飲み込みが早かった。わからないところを素直に聞いてくるし、教えたことをきちんと復習してくる。一緒に勉強を続けていくうちに、美月の成績はどんどん上がっていった。


「いやあ、数学のテストがメッチャ良かったよ。これだけ良い点数が取れたの、日和のおかげだよ、ほんとに。感謝してる。ありがとう」


「美月が頑張ったからだよ」


 美月からの素直なお礼を受け取る。学校で最初に親しくなった美月と、こうやって仲を深めていった。他にも何人かの女の子と仲良くなり、学校生活は思っていたよりも楽しかった。


 ただ、自宅からの通学は少しだけ遠い。朝は早く家を出て、帰りも遅くなる。お母さんと一緒に過ごせる時間が減ったし、凪原さんと顔を合わせる機会もめっきり少なくなった。


 それが、少し寂しかった。



***



 ゴールデンウィークの期間が終わってしばらく、一般科目の授業が一段落した頃、ついに探索士の授業が始まった。日和は、いよいよだなと気合を入れて授業に臨んだ。


 最初は座学だった。ダンジョンの基本構造。モンスターの分類と特性。魔石の取り扱い方。教壇に立つ指導官は、それまでの一般科目の教師とはまるで違う空気を纏っていた。


 元自衛隊のダンジョン探索士。実際にダンジョンを攻略してきた人間だ。実戦の人。


「いいか。ダンジョンで気を抜けば死ぬ。これだけは絶対に忘れるなよ」


 指導官は何度も口酸っぱく、その言葉を繰り返した。授業のたびに、手を変え品を変え、命の危険について叩き込まれた。実際のダンジョン内部の映像が教室のスクリーンに映し出されたとき、教室中が静まり返った。


 日和も唇を引き結んだ。映像の中で動き回るモンスターは、自分たちがこれから相手にするものだ。


 モンスターだけではない。座学を通じて、日和は次々と初めてのことを知っていった。ダンジョン内部で発見される特別なアイテムの数々。そして、魔法。


 レクリエーションの時間に、指導官の一人が魔法を実演してくれたことがあった。指導官の掌から淡い光が生まれ、空中に浮かんだ。教室中からどよめきが上がった。


 あれが魔法。日和は目を見開いたまま、その光を見つめていた。話には聞いていた。ダンジョンの出現以降、魔法を扱える人間がいるということは知識としては知っていた。けれど、目の前で実際に見ると、全然違う。本当にあるんだ。魔法なんてものが、本当にこの世界にあるんだ。


 自分は非日常に足を踏み入れているのだと、否が応でも思い知らされた。


 座学の次は実技訓練だった。訓練施設には、剣、槍、弓、盾、短剣と、様々な武器が並べられていた。防具の着け方も一から教わる。


「全員、ひと通り触ってみろ。直感で、自分の体に合う武器を探せ」


 日和は順番に手に取った。どれも想像していたよりも重い。


 剣を握ったとき、少しだけ手に馴染む感覚があった。中学の体育の授業で、剣道に触れたことがある。ほんの数回だけだったけれど、振り方の感覚が微かに残っていた。これかもしれない、と思った。指導官からも筋が良いと褒められたので、武器をそれに決める。


 魔法の才能検査も行われた。日和は魔法の適性そのものはあると判定されたが、特別クラスに選ばれるほどの才能は確認されなかった。ごく少数の、飛び抜けた素質を持つ生徒だけが専門的に魔法を学ぶことになる。日和はその中に入ることはなかった。少しだけ残念だったけれど、すぐに気持ちを切り替えた。自分の武器は剣にしよう。まずは、剣で強くなればいい。


 訓練を重ねていくうちに、日和の中で覚悟が形になっていった。


 お母さんを心配させてはいけない。絶対に死んではいけない。けれど、強くならなければ、お母さんを楽にすることもできない。


 夜、帰宅してから首元のネックレスに触れる。凪原さんがくれた、ダンジョン産のお守り。あの穏やかな声で「気をつけて頑張って」と言ってくれた顔を思い出すと、気持ちが落ち着いた。



***



 夏休み中も勉強の日々で、あっという間に時間が過ぎていく。そしてとうとう、学校から実地訓練の予定が発表された。実際にダンジョンに足を踏み入れて行う訓練。


 初めてのダンジョン攻略。日和は成績優秀者の中から選ばれ、パーティーを組んで訓練用ダンジョンへ入るようにという指示を受けた。


 胸の奥に、期待と緊張が入り混じる。座学で学んだこと、訓練で体に叩き込んだこと。その全てが試される。


 今回の訓練には攻略経験のある指導官が一緒についてきてくれて、安全にも配慮されているらしい。けれど、死の危険がゼロではない。


 首にかけたネックレスの小さな石を指先で確かめてから、日和は深く息を吸った。


 大丈夫。やれるはず。生き残って帰ろう。日和は強く、その言葉を刻み込んだ。

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