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第21話 野心※先輩探索士視点

 朝倉日和の反応を、先輩探索士である田村は注意深く観察していた。


「師匠のこと、ですか?」 


 少女の表情が微かに硬くなる。それだけで十分だった。触れられたくない話題か。隠したい何か。田村は内心で笑みを深めた。やはり、予想通りだな。


 田村悠介。三十七歳。トップクラスの探索士に名を連ね、安定した実績と調整能力で業界内の評価は高い。大きな失敗がなく、組織と揉めず、現場を回せる人間。便利で優秀な頼れる人材。それが周囲からの評価だった。


 だが、田村自身はそんなものに満足していない。


 ダンジョン攻略は儲かる。しかし、一人で稼げる額には限界がある。身体は一つしかないし、歳を取れば衰える。だからこそ、人を集める側に回るべきだ。有望な探索士を囲い込み、探索士を束ねる組織のトップに立ち、利益を吸い上げる仕組みを作る。田村が三年前から動いている計画だった。


 そのためには駒が要る。優秀で、若くて、将来性のある駒が。


 朝倉日和。一年目にして仮資格を取得し、パーティーの攻略成功率は学年トップ。政府からも注目されている。おまけに見た目も良い。広告塔としても申し分ない。


 この子を手に入れる。田村は、そう決めていた。



***


 情報を集める中で、一つ引っかかることがあった。正体不明の師匠の存在。


 表舞台に出てこない指導者。それが田村には理解できなかった。弟子がこれだけの実績を上げているのだ。普通なら名乗り出る。自分が育てたと公言したほうが、あらゆる面で得をする。それをしないのは、不自然だ。


 犯罪者か。反社会的な思想の持ち主か。


 いくつかの可能性を考えたが、田村の中でもっとも説得力のある仮説は別にあった。


 実は大した実力者ではないのではないか。


 朝倉日和のポテンシャルが高かっただけ。師匠を名乗る人物は、それに乗っかっているだけだ。表に出れば実力を問われる。他の探索士を育ててみろと言われて失敗すれば、化けの皮が剥がれる。だから隠れ続けている。


 それ以外に、合理的な説明が思いつかなかった。


 ならば、その師匠という立場を俺が頂こう。田村は計画を立て、特別授業という機会を利用して、学校側に個別面談の場を用意させた。実績のある探索士という肩書きは、こういう時に便利だった。



***



 目の前の少女は、師匠について詳しく語ろうとしない。質問をはぐらかし、曖昧な返答を繰り返す。語れないのだ。田村は確信を深めた。


「君の師匠は、なぜ表舞台に出てこないんだ?」


「師匠は、静かに暮らしたいと考えているので」


 予想通りの答え。田村は頷きながら、次の手を打った。


「君を育てるだけの力があるなら、他の子たちも育てるべきじゃないか。それが国への貢献だろう。たった一人だけを育てることに使うのは、もったいない」


「何度も言いますが、師匠は静かに暮らしたいと」


「実は――君の師匠は、それほどの実力者ではないんじゃないか?」


 少女の表情が変わった。ムッとした顔。感情的になっている。やはり子供だ。慕っているのは事実のようだが、弟子にここまで慕われていながら表に出ようとしない人物だ。ますます怪しい。


 田村の中で、仮説は確信へと変わりつつあった。


「そんなことありません。私の師匠は強いです」


「だったら表に出てくるべきだ。隠れたままでいる以上、何か理由があると考えるのが自然だろう」


 日和は口を閉ざした。田村は畳みかける。


「提案がある。俺が、君の師匠の代わりを務めるというのはどうだ。そうすれば、周囲からしつこく師匠のことを聞かれなくなる。聞かれたら、俺の名前を出せばいい。静かに暮らしたいという君の師匠の望みにも合致するはずだが」


「必要ありません」


 即答だった。迷いのない声。しかし、田村は動じなかった。


「強情だな。師匠の正体は明かせない。代わりを立てるのも嫌だ。だが、君が実績を上げ続ければ追及の声は増えていく。隠し通すのは無理だ。いずれ事実は明らかになる。その時に困るのは師匠本人であり、君も巻き込まれる」


「正体がバレることは、ありえません」


 バレないと確信を込めた日和の言葉に、田村は思わず口元が緩んだ。そんなわけがない。隠し事はいつか必ず露見する。そして、その時に明らかになるのは師匠の実力が大したことないという事実だ。


 田村の中で、仮説はもはや疑う余地はなかった。


「君の師匠よりも、俺のほうが実力は上だと思うが」


「そんなことはありません」


「表に出てこない人間と比較しようがないだろう。出てこないのだから、比べようがない」


「私は知っています。師匠の強さを」


「まだ学生の君に、実力差の正確な把握は難しいと思うが」


「いいえ、わかります」


 同じ言葉の繰り返し。論理ではなく感情で返している。田村は内心で失笑した。ここまで頑固なのは、むしろ都合がいい。こういうタイプは、事実を突きつければ一気に揺らぐ。


「それなら、実際に見てもらおうか。俺の実力を」


 田村は立ち上がった。


「その後で、もう一度聞かせてくれ。どちらが君の師匠にふさわしいか」


 ムキになった子供を誘導するのは簡単だった。日和は普通の表情だけど、心の中は怒りに震えているだろうな。日和が立ち上がったのを見て、田村は計画通りだと歓喜する。後は仕上げるだけ。


 二人は応接室を出て、学校の訓練場へと向かう。そこで実力を見せつける。


 将来を期待された若手の探索士に実力を見せつけて、自分の傘下に引き入れることに成功した。その時も、最初は反発された。だが結局、実力差という現実を見せれば納得する。俺のもとにつくほうが得だと気づいて。それからじっくりと時間をかけて、優秀な駒として育てている。今回も、やることは同じだ。


 隣を歩く少女の横顔は、まだ怒りを抑えたままなのか普通の表情。うまく、感情をコントロールできているな。これなら、広告塔を任せられそうだな。田村は将来のことに考えを巡らせながら、余裕の笑みを浮かべていた。


 ――まだ学校に通っている子供に負けるわけがない。


 田村は一片の疑いも持っていなかった。自分の判断が正しいと。自分の実力が上だと。その認識が、どれほど致命的な誤りであるか。田村は、まだ知らない。

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