第20話 先輩探索士の来校※日和視点
「今日の特別授業、楽しみだね」
美月の弾んだ声に、日和は曖昧に頷いた。
「私も、あの、……いっしょに、いい?」
少し遅れてやってきたすずなが、おずおずと日和の隣に並んだ。わざわざ自分たちを探していたようだ。一緒に行きたいと。
「もちろん。一緒に行こう」
日和と美月も笑顔で言うと、すずなの表情がほんの少しだけ緩んだ。安心したように小さく頷く。
講堂に向かう廊下は、いつもより生徒の数が多い。現役の探索士が行う特別授業。参加は希望制らしい。希望者が殺到して、人数制限で希望しても参加できない生徒もいたという。けれど、日和たちのパーティーには指導官から直接声がかかっていた。今回は先輩の探索士と交流するのに有意義な機会だから。将来の合同攻略や人脈形成を見据えて必ず参加するように、と言われた。
優先的に参加させてもらうことが決まっていた。断る理由もないので来たけれど、正直なところ少し面倒だった。
講堂の前方に、三人の先輩探索士が並んでいた。いずれも現役で活動している実力者たち。周囲の生徒たちがざわめく中、日和はパーティーのメンバーと一緒に席についた。すずなが日和の右隣に、美月が左隣に座る。
***
講義が始まった。
内容は実地に基づいた経験談が中心だった。ダンジョン攻略の判断ミスによる事故例。パーティー運用の実例。撤退判断の重要性。
周囲の生徒は食い入るように聞いている。美月も聞き漏らさないようにメモを取り、近くに座っていた東郷は真剣な表情で頷いていた。伊吹と神崎は、強くなるためにはどうしたらいいかという話に興味津々。
隣に座るすずなは背筋を伸ばして前を向いているものの、たまに日和の顔をちらりと窺っている。日和が落ち着いているのを確認して、自分も安心するように視線を戻す。
日和も姿勢を崩さず聞いていた。先輩に対する敬意は当然ある。けれど、語られる内容の多くは既に理解しているものだった。撤退の判断基準、索敵の優先順位、消耗管理の考え方。全部、師匠との訓練で叩き込まれたことと重なる。
ふと、視線を感じた。
講師の一人――三十代前半に見える男性が、こちらを見ていた。目が合う。男は軽く口角を上げて視線を外し、何事もなかったように講義を続けた。
気のせいかと思ったが、その後も何度か同じことがあった。話しながら聴衆を見渡す自然な動きの中に、日和のところで視線がほんの一瞬だけ長く留まる。興味を持たれている。見られている。
日和は表情を変えなかった。真面目に話を聞いている態度を崩さない。内心では、新しく学べることもないし早く終わらないかなぁ、と思っていたけれど。
学びというよりも、確認作業に近い。間違ったことは言っていない。現場を知っている人の言葉には重みがある。だけど、日和にとっては今さら感があるのも事実だった。
ちょっと期待していたけれど、特別授業はこういうものなのか。日和は小さく息を吐いた。自分がどこか浮いているような感覚。
***
ようやく講義が終わり、生徒たちが講堂を出ていく中で、学校の先生が日和のもとへ歩いてきた。
「朝倉、ちょっといいか」
呼ばれたのは日和だけだった。
「講師の方が、君と話をしたいそうだ。応接室に来てくれ」
「私だけですか? パーティーのメンバーも一緒に連れていきますか?」
「いや、いい。とりあえず朝倉だけ来てくれ」
なんで私だけなんだろう。リーダーだから代表として、ということだろうか。一緒に講義を受けていたメンバーに目配せすると、美月が小さく手を振った。行っておいで、という顔。すずなは不安そうに日和を見ていたが、日和が軽く頷くと、唇をきゅっと結んでから頷き返した。
それから、呼びに来た先生の後についていく。
応接室の扉を開けると、講師の一人が待っていた。三十代前半に見える男性。軽く整えられた髪と、清潔感のある身なり。少しだけ軽そうな印象があるのに、先程の講義では立ち居振る舞いはしっかりしていた。
男が立ち上がり、笑顔を浮かべて手を差し出した。
「君が朝倉日和だね。よろしく。講義、ちゃんと聞いてくれてたみたいで嬉しいよ」
柔らかい声だった。言葉遣いも丁寧で、態度にも嫌味がない。でも、何かが引っかかった。
同じ大人の男性。だけど透の気配とは、まるで違う。師匠のそばにいるときの安心感が、この人にはない。
日和は警戒しながら、その手を握った。そして、すぐに離す。
敵意ではない。殺気でもない。それなのに、本能的に距離を取りたくなるような、微かな違和感。うまく言葉にできない。ただ、気配察知で感じ取れる領域の、もっと曖昧な部分が反応していた。
早く話を終わらせて帰りたい。できれば、この人とはあまり関わりたくない。
「まあ、座ってよ。堅くならなくていいから」
男はソファを示しながら、自分も腰を下ろした。日和は促されるまま向かいに座る。先生は、会話を邪魔しないように少し離れた椅子に腰掛けていた。
「君たちの記録は前から注目していたんだ。一年目であの成績は本当にすごい。判断力も損耗管理も、正直なところプロで活躍している探索士より上だよ」
「ありがとうございます。仲間のおかげです」
「いやいや、リーダーである君の実力が大きいんだろうね」
しばらく、日和にはあまり刺さらない褒め言葉が続く。日和はいつもの返答を繰り返す。愛想笑いを浮かべながら、心の中では冷めた感情が広がっていた。
この人、なんで私をこんなに持ち上げようとしているのか。最初の警戒から、疑う気持ちで見てしまう。
それに、この人がわざわざ自分だけを呼び出してまで伝えたいことが、それだけとは思えなかった。
男は少し間を置いて、何気ない調子で切り出した。
「ところで――」
笑顔は変わらない。声のトーンも柔らかいまま。けれど、その目だけが微かに変わった気がした。観察するような、値踏みするような。それを向けられた日和は、商品を見るような視線に思えた。
「君の師匠について、少し教えてほしいんだが」
「師匠のこと、ですか?」




