第19話 評価と自分のズレ※日和視点
「よし、回収完了した。撤退しましょう」
日和の指示に、パーティーの五人が頷き即座に動き出した。依頼で指定されていたドロップ品は全て確保済み。残存モンスターの気配もない。進行ルートと撤退ルートの確認は、ダンジョンに入る前に済ませてある。
来た道を迷いなく戻りながら、日和は周囲に意識を張り巡らせた。気配察知。もう呼吸するのと同じくらい自然にできるようになっていた。前方、後方、左右の壁の裏側にも意識を向けて確認。何もいない。問題なし。
日和が特に警戒の指示を出していないこともあって、メンバーの足取りは軽かった。それでも、いざとなれば即座に動ける心構えだけは全員が持っている。
その後は何もなく無事に戻ってこられて一息つくと、隣を歩く美月が軽い調子で声をかけてきた。
「日和、今回もスムーズだったね」
「うん。みんなの動きが良かったから」
「またそれ。日和の指示があったからこそだし、自分の手柄を認めないと」
いつもの謙遜に、美月が肩をすくめた。日和は曖昧に笑って誤魔化した。
ダンジョン攻略を終えて、待機していた車両に乗り込んだ。今回は少し遠い場所にある普段よりも難易度が高めのダンジョンだった。課題の地点まで到達して、指定のアイテムも入手。問題なくこなせた。
――また評価が上がるのかな。
達成感よりも先に、そんな考えが頭をよぎった。
***
学校に戻ると、すぐに報告書の作成に取りかかった。パーティーのリーダーとして、日和が主導で進める。
リーダーという役割は、気がつけば日和のものになっていた。日和としては東郷に任せるべきだと思っていた。彼のほうが真面目で責任感が強くて、リーダー向きの性格だから。
「東郷くんの方が向いてると思うんだけど」
リーダーが確定する前に、日和はそのことをストレートに提案したことがあった。けれど、東郷は首を横に振った。
「俺は、リーダーにはふさわしくないと思う。緊急時に焦ってしまうから」
東郷は淡々と言った。自分の弱点を認めることに、躊躇いはない。もっとふさわしいと思える人物がいるからなのか。
「判断が遅れて指示が出せなくなる。だが、日和さんはそうじゃない。冷静に対処できる。君の方がリーダーに向いてるよ」
他のメンバーも同意した。実力、視野の広さ、指示の的確さ。どれをとっても日和が適任だと。
ダンジョンでの的確な指示。メンバーとの連携。適切な攻略。それは師匠と一緒にシミュレーションを繰り返して組み上げた戦略だ。自分一人で考えたものではない。そう伝えても、それでもリーダーを頼むと言われてしまった。なので日和は、役目を引き受けることにした。
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報告書を書き終え、すぐ指導官のもとへ提出に向かう。この後にも訓練するので、仕事は早く終わらせておきたかった。
「無事に帰還したな。しかも、消耗はこれだけか。本当に安定している」
指導官は日和から受け取った報告書に目を通しながら、感心したように言った。毎回、日和たちのパーティーは消耗が少ない。それだけ効率的にダンジョンの攻略を進めているということだった。
「しかも、まだまだ余裕がありそうだ。素晴らしい。一年目とは思えんよ」
「ありがとうございます。仲間のおかげです」
「謙遜するな。お前たちの攻略成功率は、他のパーティーと比べても突出している」
指導官の声に力がこもった。それが事実であると示すように。ここでも、謙遜だと言われてしまうのか。出来ることをやっただけなのに。そう思うが、口には出さないように黙っておく。
「このまま実績を積み重ねていけば、資格を取得した時点で上のランクから探索士の活動をスタートすることになるはず。高難易度の依頼も回ってくるだろうな。未知のダンジョンへの派遣もありえるだろう」
日和は内心で少し身構えた。
高難易度の依頼に未知のダンジョンへの派遣。それは正直なところ、日和はあまり望んでいなかった。報酬はいいらしいけれど、事前の情報がない場所に放り込まれるのは怖い。日和は安全に、確実に攻略を進めたかった。ダンジョンでは何が起きるかわからないから、とにかく危険を下げて挑みたい。
「期待しているぞ」
指導官の言葉に、日和は頭を下げた。期待。最近、その言葉を聞く機会が増えた。ありがたいとは思う。けれども、その期待に応え続けなければならないという圧が、少しだけ重くなっていた。
***
放課後、学校を出て帰路につく。
今の生活に、日和はなんの不満もなかった。むしろ、予想以上である。
探索士としての収入は仮資格の段階で既に十分にある。学費と生活費の一部は自分で払えるようになった。受け取りを渋る母親の陽子を熱心に説得して、支払っても問題ないとアピールしたのを、ようやく受け入れてもらえた。
母親の激務をどうにかしたかった。勤務時間を減らしてもらい、一緒に過ごす時間が増えた。この前も一緒にテーマパークに行って遊んだ。あれは、とても楽しかった。お母さんとの生活を楽にする。日和のその目標は、もう達成していた。
余裕のある資金は、師匠に教わりながら資産運用を始めている。陽子も一緒に勉強していて、将来の不安を少しでも減らそうと親子で取り組んでいた。これも師匠のおかげだ。
師匠には頼りっぱなしだった。訓練に攻略の仕方、戦略、生活の知恵。何もかも。
いつか恩返しがしたい。それが今の日和の目標だった。けれど、どうやって恩返しすればいいのかがわからない。あの人が欲しがりそうなものなんて、自分に用意できるのだろうか。
もしくは、師匠が困っている場面で助けに入る。そんな機会は訪れるのだろうか。師匠の実力は、一緒に訓練すればするほど底が見えなくなっていく。超えるだなんて一ミリも思えない。それぐらい大きすぎる差があった。
だからこそ、訓練に手を抜いて今よりも離れたくなかった。あの人の背中についていく。鍛えてもらって、満足のいく成果を見せる。師匠に鍛えてもらえたからこそ、私は強くなれたんだと証明する。それが今の自分にできる精一杯だと思っていた。
日和のダンジョン攻略そのものへの情熱は、正直に言えば薄れつつあった。もう、これ以上無理をしてまで続ける理由はないと考えてしまう。
探索士の活動をコントロールできないだろうか。活動を徐々に減らしていって、現状を維持する。だけど、探索士の仕事は日本の経済活動や産業に大きく影響していた。それを知って手を抜くのは、ちょっと嫌だった。
それに、パーティーのメンバーはやる気に満ちていた。美月は楽しそうだし、伊吹と神崎は前のめりに次の依頼を探している。東郷は責任感からダンジョンの攻略を休もうとはしない。
ダンジョンからの帰り道、よくすずなと目が合った。すずなは、小さく苦笑した。言葉にはしなかったけれど、その表情だけで十分に伝わった。あまり目立ちたくない。日和と同じ気持ちを抱えている顔だった。そんな彼女も一緒にダンジョン攻略に参加してくれる。
みんなが頑張っているのに自分だけ手を抜くわけにもいかない。リーダーを任されたのだから。
アパートに到着した。管理人室の前を通りかかる。いつもと変わらない佇まい。扉の向こうから物音はしない。静かだった。あの人はいつもそうだ。そこにいるのに、気配を感じさせない。
この扉の向こうに、規格外の師匠が普通の管理人として暮らしている。あの人を表舞台に出そうなんて気持ちはない。あの人の秘密は、自分だけが知っていればいい。
日和は小さく息を吐いて、自分の部屋へと向かった。今日も訓練がある。異空間の訓練場で師匠と過ごす時間だけは、評価とか期待とか、そういうモノから無関係でいられた。




