第18話 変わっていく日常もある
「お母さん、透さん! あっちのショップで耳のアクセサリー買おう! みんなつけてるよ、かわいいよ!」
透は今、日和とその母親の陽子と一緒に、人気のテーマパークに来ていた。休日ということもあって人出は多く、どこを見ても賑やかだ。
まさか自分がこんな場所に来る日が来るとは。色とりどりのショップが並ぶ景色を眺めながら、透は小さく息をついた。
少し先を歩いていた日和が振り返り、目を輝かせてショップを指差した。周囲を見れば、確かに来場者の多くが頭や耳にアクセサリーをつけて歩いている。
訓練場では真剣な表情でトレーニングに励む少女。その成長ぶりに学校側が注目するほどの実力者になっている。そんな日和が今、年相応の少女の顔をして、アクセサリーショップに駆け寄ろうとしている。
「そうだね、行こうか」
透が答えると、日和はぱっと笑顔になって走り出した。陽子も、娘の背中を見ながら優しく微笑んでいる。
***
今日ここに来ることになった経緯は、二週間ほど前に遡る。
日和がテーマパークに行きたいと言い出した。探索士としての活動が順調で、かなりの収入を得ている日和は、もっと母親と一緒に過ごしたいと考えていたらしい。生活のために働いていた陽子の勤務時間を減らすよう説得し、ようやく休日が取れるようになった。それで一緒に遊びに行こうという話になり、透も誘われた。
母娘の時間に割り込んでいいものか。透は迷った。けれど二人に強く押し切られ、それならせめてと車をレンタルしてドライバーを買って出た。
「運転、ありがとうございました」
アクセサリーショップに向かう途中、横に並んで歩く陽子が改めて礼を言った。
「大丈夫ですよ。それより、楽しんでいますか?」
「はい、もちろん。こうやって日和と一緒に出かけるのは久しぶりで」
陽子の表情は柔らかく、本当に嬉しそうだった。
「あの時、透さんに相談して本当に良かったです」
あの時。透にはすぐにわかった。今から一年ぐらい前、日和がまだ中学生だった頃、探索士の学校に進学したいと言い出して、陽子が心配して相談してきた時のことだ。
「いえ、俺は特に何も。決めたのは日和ちゃんですから」
透は本心からそう思っていた。自分がしたのは、学校ならちゃんとした指導があるだろうし日和なら大丈夫だと、そう伝えただけだ。大したことは言っていない。
けれど陽子にとっては違ったらしい。あの一言で背中を押されて、娘の選択を見守ろうと思えた。その結果が今の生活に繋がっている。
「透さんのおかげで、この先も娘と一緒にたくさん思い出を作っていけそうです」
陽子は静かに、けれど確かな感謝を込めてそう言った。透は少し戸惑いながら、軽くうなずくことしかできなかった。
日和の変化を一番近くで見ているのは母親だ。娘が急に強くなっていく姿を見て、何かしら気づいていてもおかしくない。もしかしたら、自分が日和を鍛えていることも薄々わかっているのかもしれない。
自分はやれることをやっているだけだ。日和が結果を出しているのは、彼女自身の努力が大きい。こうして感謝されても、その温度差にどう応じればいいのか正直わからなかった。
「あの子、家でもずっと透さんのことを話してるんですよ。今日も絶対連れていくって」
陽子がくすっと笑いながら、そう言った。
***
「透さん、どれにする?」
ショップの中で、日和が棚に並んだアクセサリーを物色しながら振り返った。猫耳、ウサギ耳、角のついたカチューシャ。どれも派手だ。
「ああ、いや。俺は別に——」
「だめ。せっかく来たんだから、みんなでつけよう!」
有無を言わさぬ勢いだった。日和と陽子の二人だけ付けるのかと思っていたけど、自分も対象だったのか。陽子も楽しそうに商品を見比べている。透は観念して、一番地味な黒い猫耳を手に取った。
三人揃ってアクセサリーをつけてパークを歩く。日和は白色の猫耳を選び、陽子は花飾りのついたウサギ耳のカチューシャ。透の頭には黒色の猫耳。
最初に向かったのはジェットコースターだった。急降下の瞬間、日和が隣で悲鳴を上げている。透は平然としていた。毎晩のように底なしの奈落を飛び越えたり、巨大なモンスターの突進をかわしたりしている身だ。遊園地の乗り物で怖いと感じる感覚は、とうの昔になくなっていた。
「透さん、全然平気なの? すごい」
降りた後、日和が目を丸くしている。というか、日和も慣れているだろうに。本気で怖がっているとは思えないし。ちゃんと楽しんでいる、ということなのだろうか。
その後もアトラクションに並び、レストランで食事をして、パレードを見て楽しんだ。日和は終始テンションが高く、陽子はそんな娘を微笑ましそうに見守っている。透はその二人の間に立って、荷物を持ったり写真を撮ったり、自然とそういう役回りを引き受けていた。
ふと、家族連れの集団とすれ違った。父親らしき男が子どもを肩車している。その隣に母親。透は一瞬、自分たち三人がどう見えているのかを考えて、妙な気恥ずかしさを覚えた。
不思議な感覚だった。
以前の透なら、こういう場所には縁がなかった。静かに一人で暮らして、誰とも深く関わらない。日が暮れたら眠り、ダンジョンを攻略し、朝が来たらまたアパートの管理をする。大きな出来事もなく、穏やかに生きていく。それが自分の人生だと思っていた。
それが、弟子を取った。その母親と三人でテーマパークに来ている。猫耳をつけてジェットコースターに乗っている。
距離感が近い。数ヶ月前の自分が見たら、何と言うだろうか。たぶん、信じないだろう。小さなきっかけだったけれど、どんどん変わっている。この先、どうなっていくのだろうか。透は、ふと気になった。
***
夕方になり、パークを出る頃には三人とも心地よい疲労感に包まれていた。
駐車場に向かう道を歩きながら、透は少し前を行く母娘の背中を見ていた。日和が今日買ったお土産の袋を揺らしながら、陽子に話しかけている。陽子が笑う。日和も笑う。穏やかな光景だった。
「透さん、今日はありがとうございました!」
日和が振り返った。夕陽に照らされた顔が、屈託なく笑っている。
「俺も楽しかったよ。ありがとう、日和ちゃん。陽子さん」
透は自然にそう返していた。
変わらない日常を送っているつもりだった。毎晩ダンジョンを攻略し、朝になればアパートの管理をする。そのサイクルは今も同じだ。けれど、日常の中身は確かに変わっている。人との距離が近くなった。誰かと時間を共有するようになった。自分の生活の中に、他の誰かの存在が当たり前のように組み込まれている。
煩わしいかと聞かれたら、そうではない。むしろ——悪くない。
透は二人の後を追って、歩き出した。賑やかなテーマパークの喧騒が遠ざかっていく。夕暮れの駐車場に、三人分の足音が静かに響いていた。




