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第17話 変わらない日常の中で

 目を開ける。見慣れた石壁の天井。薄青い光を放つ壁面、微かに漂う冷たい空気。セーフゾーンの一角で、透は黙々と準備を始める。


 軽く屈伸して、首を左右に回す。関節が小さく鳴った。身体の調子を確かめるのは、もはや呼吸と同じくらい自然な動作だった。異常なし。いつも通り。


「さて、今日はどうするか」


 独り言が石壁に反響して消えた。


 透はボックスから武器を取り出す。長剣、短剣、槍、弓、杖――。今夜は片手剣にした。最近拾ったものだ。刀身に薄い紋様が浮かんでおり、魔力を流すと淡く発光する。性能は確認済みなので、実戦でも感触を確かめておく。


 得意な武器を一つに絞らない。感覚を鈍らせないため普段から様々な武器を使い、どれでも対応できるようにしている。


 軽く素振りを二度。重心のバランスは悪くない。


 透はセーフゾーンを出て、ダンジョンの通路へと足を踏み入れた。



***



 すぐに気配が2つ。前方の通路、左右の壁際に潜んでいる。待ち伏せ型のモンスターだった。こちらに気づいているようだ。だが回り道をするのは面倒なので、ここは倒していこうか。透は歩調を変えずに進み、左側の壁から飛び出してきた影を、振り向きもせずに斬り落とした。


 続けて右側。こちらは飛びかかるタイミングを逸したのか、わずかに動きが遅れた。その一瞬の迷いが命取りになる。透の剣が閃き、モンスターは地面に崩れ落ちた。


 所要時間、およそ三秒。


 魔石が二つ転がる。そこそこのサイズのそれを拾い上げて、ボックスに放り込んだ。戦闘も問題なさそうだな。



***



 戦闘と回収を繰り返しながら、透の思考は別のところにあった。


 以前は、ただ攻略すればよかった。強い敵を倒し、新しい階層を開拓し、自分の限界を試す。三十二年間、その繰り返しだった。目的は生き延びること。そして、いつか終わりが来るのかを確かめること。


 だけど、今は少し違う。道中で拾ったドロップ品を仕分けながら、透は考える。


 耐熱の護符。効果は中程度だが、初心者が持つには十分だ。現実のダンジョンにも炎系のモンスターはいるらしい。日和に渡しておいた方がいいだろう。


 回復薬の素材。これはストックしておく。日和の訓練を次の段階に進めれば、消耗品の需要は増える。


 ステータス強化の結晶。小さいが、継続して使えば効果は出る。ただ、今の日和にはまだ早いかもしれない。基礎が固まらないうちに底上げしても、感覚がズレるだけだ。


「これを使うのは、もう少し後になるが集めておこう」


 入手したアイテムを別のボックスに分けて収納する。いつの間にか、ドロップ品の仕分けが「自分用」と「日和用」の二系統になっていた。



***



 中層に差し掛かったところで、透は足を止めた。


 目の前に広がるのは、巨大な空洞。天井が見えないほど高い洞窟の中に、無数の浮遊する岩が漂っている。この階層のボスエリアだった。


 岩場に腰を下ろし、戦いの前に一息つく。


 ふと、日和のダンジョン探索士を育成する学校での話を思い出した。


 パーティー戦。役割分担。前衛と後衛。索敵と殿。連携して一体の敵を崩し、確実に仕留める。日和は色々と教えてくれた。仲間との息が合った瞬間の高揚感。互いの背中を預ける信頼。自分一人では大変な場所にも、チームと協力して進んでいく。


 それを聞いていた透は、適切な助言を返しながら、心のどこかで小さな感情が生まれていたことを覚えている。


 連携か。


 透は空洞の天井を見上げた。浮遊する岩の隙間から、青白い光が降り注いでいる。


 透にとって一人でやるのが当たり前だった。物心つく前からそうだ。誰かと一緒に戦う、誰かと背中を預け合うという発想すら、持ったことがなかった。パーティーを組むことの意味を、知識としては理解している。だが実感として分かるかと言われれば、透は正直なところ分からない。


 少しだけ羨ましい、と思った。面白そうだと。


 その感情に透は少し驚いた。一度も感じたことのないものだった。


 ――日和をここに連れて来ることはできないだろうか。


 ふと浮かんだ発想だった。転送系のアイテムなら、いくつか心当たりがある。空間を繋ぐ効果を持つものもあった。それを使えば、もしかしたら。不可能ではないかもしれない。


 だが、透はすぐにその考えを打ち消した。それはやらない。


 ここに連れてきたとしても、戻れなくなるリスクがある。安全の保証もできない。どれだけ彼女が育ってきたといっても、このダンジョンのレベルにはまだ遠い。


 そもそも、その必要があるのか。日和は現実のダンジョンで十分に成長している。自分がやるべきことは、あくまで訓練と助言だ。余計なことをする必要はない。


 余計なことはしない方がいい。透は立ち上がり、ボスエリアへと一人で足を進めた。




***



 空洞の中央に降り立つと、浮遊していた岩が一斉に振動を始めた。


 地鳴りのような音とともに、岩の群れが凝集していく。巨大な四足の獣が、岩を纏って姿を現した。全長は目測で十メートル以上。光る双眸が透を捉え、空洞全体が震えるほどの咆哮を上げる。


 透は片手剣を肩に担いだまま、動かなかった。


 獣が地面を蹴った。突進。岩の脚が床を砕きながら迫ってくる。透は最後の一瞬まで待ち、半歩だけ横にずれた。質量の塊がすぐ横を通過していく。すれ違いざまに、後ろ脚の関節を一閃。岩の装甲の隙間を正確に捉えた。


 獣が体勢を崩す。振り向きざまに尾を振り回してきたが、透は身を低くしてかわし、露出した腹部に二撃目を叩き込んだ。そうやって攻撃を続ける。


 敵を倒すのに一分もかからなかった。崩れ落ちた岩の残骸の中から、大きめの魔石が転がり出る。ボスにしては、あっけない。もっとも、この辺りの階層に出現するボスに手こずるようでは、生き残って戻るのは難しい。


 魔石を回収し、次の階層への通路に足を向けた。



***



 ボスを無難に倒し終えて次の階層へ進む。攻略を続けながら、もう一つ気になっていることがあった。


 少し前から、アパートの周辺に妙な気配があった。


 視線だ。誰かが見ている。それも素人ではない。意識的に消された気配。一般人なら絶対に気づかないだろう。けれど透にとっては、隠しているつもりの気配ほどわかりやすいものはなかった。


 その視線が向けられているのは日和。それから、アパートの住人。


 おそらく、日和の周辺を探っている。学校で日和の実力は評価されているらしい。あの子の成長が注目されているのだろう。見込みのある生徒は、こうやって周辺を探られたりするのが普通なのか。それとも、日和が特別なのか。それは、ちょっとわからないな。


 透自身にも何度か視線が向けられた気配があった。


 だが、すぐに外れた。


 一般人だと判断されたのだろう。まあ、経歴上はその通り。元サラリーマン、投資で資産を作って、今はアパートの管理人。探索士とは無縁の人間。そう見えるのが当然だし、そう見えるようにしてきた。それが、うまく進んでいるのかな。気づかれていない。


 通路の先に、罠が多く仕掛けられた区画があった。床のタイルの色がわずかに違うことに気づいていた。透はその手前で止まり、ボックスから小石を取り出して投げた。タイルが沈み込み、壁面から無数の針が射出される。数秒で止まった。透は針の間を悠然と歩き抜けた。


 日和も気づいているようだ。誰かに見られている、という感覚に。


 気配察知の訓練が実を結んでいる証拠だった。先日の訓練では、人間の視線の気配を題材にさせてもらった。ダンジョン以外の場所で、人間の視線がどういう質感を持っているか。敵意や悪意という攻撃の気配とは違う、探りを入れてくるものの違い。日和はすぐに感覚を掴んでいた。すでにダンジョンという実地で経験したからこそ、飲み込みも早い。


 それでも、監視されていることを知りながら生活を続けるのは、気持ちの良いものではないだろう。


 だから、対策を打つことにした。


 透は以前ダンジョンで入手したまま放置していたドロップ品の中から、小さな石を使うことにした。乳白色の、一見すると何の変哲もない丸い石。結界系のアイテムだ。設置した周囲に、悪意や敵意を持つ者を遠ざける効果がある。正確には、対象に「ここには用がない」という認識を無意識のうちに植え付ける類のもの。日和を監視している者たちは、自然と視線を逸らしてしまったり気を抜いてしまう。


 このダンジョンのアイテムがどこまで現実で機能するか、すべてを検証できているわけではない。だが、何もしないよりはマシだろう。意味はあるはずだ。


 アパートの敷地の四隅に埋めた。目立たない場所に、自然に。住人には気づかれない。日和にも言う必要はない。これで、監視の目が少しは減ってほしい。


 日和には安心して過ごしてほしい。それに、あのアパートは透が管理している場所だ。住人の安全を守るのは管理人の仕事の範疇だろう。他の住人に影響が出ても困る。管理人として、それくらいはやっておくべきだろう。


 もちろん、バレないようにやる。それは大前提だ。




***



 奥の階層に進むと、群れで行動するモンスターの一団がいた。十体ほど。そこそこやりそうだ。透は片手剣を構え直し、敵の視界をくぐり抜けて踏み込んだ。


 最初の三体を一息で斬り伏せる。残りが散開しようとするが、遅い。透の動きは流水のように滑らかで、一体ずつ確実に仕留めていく。七体目が背後から飛びかかってきたが、透は振り向きながら剣を振り上げ、顎から脳天まで一刀で断った。


 残り三体。もう遅い。ようやく戦闘態勢に入ろうとしていたモンスターに殺気を当てて動きを硬直させる。その隙に距離を詰め、三体まとめて片付けた。


 大量の魔石が散らばる。一つずつ拾い集めながら、透はふと思った。


 毎晩同じように眠り、同じようにダンジョンに来て攻略し、同じようにモンスターと戦い続けている。


 透自身のルーティンは何一つ変わっていない。けれど、頭の中で考えていることは変化している。アイテムを拾えば弟子のことを考え、罠を見れば引っかからないようにする方法をどう教えるか悩み、モンスターの動きを見れば訓練メニューを考えている。


 まあ、やっていることは今まで通り。ダンジョンの攻略を進めて生きて帰るだけ。


 透はそう結論づけて、奥へと歩き出した。変わらない別世界のダンジョン。変わらない戦い。けれどその足取りは、少しだけ以前とは違っていた。


 その日も生きたまま帰還して、アパートの管理、弟子を鍛える日々を続ける。

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