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第16話 日和の師匠は誰なのか※学校側視点

「では、その師匠とは何者なのか。調査結果を報告してもらおう」


 会議室の空気が、再び張り詰めた。


 防衛省からの出席者が促すと、担当者の男は新たな資料をモニターに映し出した。朝倉日和の身辺調査報告書。学校側が独自に行った調査の結果だ。


「まず、朝倉日和の家族関係から確認します」


 担当者が淡々と読み上げる。


「父親は五年前に事故で他界。母親は一般企業の事務職で、ダンジョン関係との接点はありません。親類縁者についても同様。探索士の資格を持つ者、あるいは戦闘経験のある者は確認されていません」


「つまり、家族や親類の線はないと」


「はい。候補から除外して問題ないかと」


 幹部の一人が小さくため息をついた。最も可能性の高そうな線が、あっさりと消えた。


 モニターが切り替わり、次の情報が映されていく。


「次に、学校外での接触者です。中学時代の教師、部活動の顧問、習い事の講師。いずれも特別な技能や戦闘経験を持つ者はおりません」


 一人ずつ、候補が消されていく。該当する人物が見当たらない。会議室の空気が、少しずつ重くなっていった。


「日常的に接触する人物——行きつけの店で働く店員、近隣住民なども調査しましたが、やはり該当する人物は見当たりませんでした」


 沈黙が落ちた。調べれば調べるほど、手がかりが遠のいていく。


「アパート暮らしのようだが、そこの住人は? 管理人は?」


「そちらも調査済みです」


 担当者がモニターを操作する。一人の男の情報が表示された。住人の情報を順番にチェックして、該当しないことを確認していく。


 凪原透。三十二歳。


「アパートの管理人です。元サラリーマンで、二十九歳のときに退職。その後、現在の管理人職に就いています」


「二十九で?」


 少しだけ引っかかり、指摘する。その質問は想定済みだったのか、担当者の言葉は止まることなく回答を続ける。


「退職前に投資で資産を築いたとのことです。時期を見ると、ダンジョン出現後の株価高騰に乗じた形ですね。ダンジョン関連銘柄で効率的に利益を上げたようです」


「つまりダンジョンに関係がある、と?」


「……強引に解釈すれば、そうとも言えます。ダンジョン出現の初期から関連銘柄に目をつけていた。先見の明があったのか、あるいは――何らかの情報を持っていたのか」


 もしかすると——今まで一切出てこなかった、わずかな可能性に縋るように問いかける。正体不明の人物に関する可能性があるのではないか。


「資産があり、管理人という仕事。拘束時間は限られている。誰かを指導する時間は、十分に確保できる」


「確かに」


 担当者は一度言葉を切った。それから彼は、重々しく首を横に振って否定した。


「戦闘歴なし。探索士資格もなし。資格を取得しようとした形跡すらありません。武道の経験もなく、スポーツ歴も特筆すべきものはない。経歴上は——完全な一般人です」


 担当者は淡々と続けた。


「該当する可能性は」


「極めて低いかと。あれだけの成長を生徒にもたらすには、相応の実力と知識が必要です。この人物の経歴からは、そのどちらも読み取れません」


 会議の参加者たちは、早々にこの候補を外した。少しだけ変わった経歴ではあるが、ありえないとまでは言えない。それだけの話だ。


 朝倉日和に関して調べた。洗った。それでも、該当する人物が出てこない。


「身近に該当者がいないとすれば——」


 指導官が重い口を開いた。


「別の可能性を考えるべきではないでしょうか」


「別の可能性?」


「はい。身近な人間ではなく——全く別のところから接触した人物」


 指導官はモニターを操作し、朝倉日和の成長曲線を再び表示させた。


「こちらを見てください」


 入学時からの成長を示す折れ線。緩やかだった上昇が、ある時点から急角度で跳ね上がっている。


「この急上昇が始まった時期。数ヶ月前です」


 指導官は言葉を区切った。


「ちょうど、あの事件があった頃と一致します」


 会議室の空気が変わった。あの事件——その言葉だけで、誰もが何を指しているか理解していた。


「ガルゴスの件か」


「はい」


 数ヶ月前、実地訓練中に起きた異常事態。初級ダンジョンに、本来出現するはずのないガルゴスが発生した。生徒たちは全滅の危機に瀕した。


 そこに、正体不明の人物が現れた。


「仮面をつけた男。圧倒的な戦闘力でガルゴスの群れを殲滅し、生徒と指導官の命を救った。その後、大量の魔石とドロップ品を生徒たちに渡し、ダンジョン内部へ消えていった」


 指導官が報告書を読み上げる。


「その後、出入り口の監視を続けていますが、その人物が出てきたという報告はありませんでした。既知の探索士との照合も試みましたが、該当者なし。正体は依然として不明です」


「その人物が、朝倉日和の師匠だと?」


「可能性の一つとして考えられます」


 指導官は慎重に言葉を選んだ。


「朝倉日和の成長が急上昇したのは、あの事件の直後からです。時期が一致している。そして、あの場には彼女も居合わせていた」


 会議室がざわついた。


 推論としては筋が通っている。状況証拠は揃っている。だが——


「証拠は」


「ありません」


 確かな証拠はないから、指導官は首を振った。


「接触した記録も、その後の関わりを示す痕跡も、何一つ確認できていません。あくまで状況からの推測です」


 防衛省側の出席者が、低い声で言った。


「推測であっても、無視できる話ではない」


 その言葉に、誰もが頷いた。


 正体不明の人物。国家が管理する探索士の中に該当者がいない。既存のデータベースに存在しない実力者。そのような存在が、国家の育成機関に影響を与えている可能性がある。


「対応を協議すべきだ」


 幹部の一人が発言した。


「しかし、相手の正体がわからない以上、どう対応すべきか——」


「まずは朝倉日和への聞き取り、それから周辺の監視を強化する」


 防衛省側が結論を急いだ。


「朝倉日和本人の行動を記録し、接触者を継続的にチェックする。だが、例の師匠、正体不明の人物には気づかれないよう慎重に」


「それで尻尾を掴めるのか」


「わからん。だが、現時点ではそれしかない」


 議論は堂々巡りに陥りかけていた。


 調べても出てこない。追っても掴めない。手がかりが少なすぎる。


「一つ、確認しておきたいことがあります」


 沈黙を破ったのは、学校側の幹部だった。


「現時点で、朝倉本人に危険な兆候は見られていません。成長は異常ですが、素行に問題はなく、むしろ周囲に良い影響を与えている。その師匠とやらが、我々にとって脅威となる存在かどうか——それすらもわかっていない」


「だからこそ問題なのだ」


 防衛省側が静かに言った。


「国家でも把握できない存在が、育成機関に関与している。それが善意であれ悪意であれ、制御の外にあるということ自体が非常にリスクだ」


 危機感。その場にいる誰もが反論できなかった。


「もし、その師匠が敵だった場合——」


 防衛省の出席者は、テーブルを見渡した。


「その時、我々に対処できるのか」


 沈黙が落ちた。


 あの事件で見せたという戦闘力。報告にあった、ガルゴスの群れを単独で殲滅するほどの実力。それが敵に回ったとき、止められる探索士はいるのだろうか。


 答えられる者は、いなかった。


「——引き続き、監視は継続する。朝倉日和の動向、接触者の情報を記録しろ。何か動きがあれば、即座に報告を」


 解決策は出せないまま、状況を見て対処するという場当たり的な対策しか出せずに会議は終わった。

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