第15話 日和の評価と影響※学校側視点
「本日の議題は、特定生徒の異常な成長についてです」
国立探索士高等専門学校の会議室。長テーブルを囲んで着席した幹部たちの前で、資料が配布されていた。通常の定例会議ではない。防衛省からの出席者が数名加わっていることが、この場の重要度を物語っている。
「まず、実地訓練のデータをご覧ください」
担当者の男性が壁面のモニターを操作する。グラフと数値が映し出された。会議の参加者たちは、そのグラフや数値に注目する。
「今季は初回課題のクリア率、82パーセント。これは過去5年間の平均値と比べると30ポイント以上も上回っています」
会議室に沈黙が落ちた。
探索士育成において、初回の実地訓練は最初の関門とされている。実際のダンジョンに足を踏み入れ、モンスターと対峙する。座学では得られない経験が、生徒たちの適性を浮き彫りにする。
脱落者が出るのは想定内でもある。むしろ、そこで適性のない者をふるい落とすことが、将来の犠牲者を減らすことに繋がる。ただ、今季の生徒たちのクリア率は異常に高い。
「それだけでなく、その後の課題のクリア数も非常に多くなっております」
資料をめくって、担当者が報告を続ける。
「特に突出しているのが、このパーティーです」
モニターに五人の生徒の名前が表示された。筆頭に、朝倉日和の名がある。
「彼女たちのパーティーは、課題難易度を三段階引き上げても問題なくクリアしています」
担当者は資料に目を落とした。
「失敗は一度もなく、毎回の損害も最小限。通常のカリキュラムでは二年次後半に到達する水準です。いえ、それ以上かと」
「通常と比べて、一年も早いというのか」
幹部の一人が眉をひそめた。異常なハイペース。
「はい。すでに仮資格は取得済み。さらに言えば、この成長ペースが維持されれば、二年次前半で実力だけは資格取得も問題ないレベルになるでしょう」
仮免許。それは探索士としての活動を、限定的ながら認める資格だ。通常は二年次の終盤、早くても二年次の中頃に取得するものである。正式な資格は卒業時に付与されるが、年齢制限があるため、日和たちが今すぐ正規の探索士になることはできない。
「問題は、影響がこのパーティーだけに留まっていないことです」
担当者がモニターを切り替える。クラス全体の成長曲線が表示された。
「朝倉日和の在籍するクラスは、他クラスと比較して平均成長率が一・四倍」
「彼女の影響なのか」
「そう考えられます。朝倉日和が知識をパーティーメンバーに共有し、さらにそれがクラス全体にも広がっている。指導官からの報告でも、生徒間での技術共有が活発に行われているとのことです」
防衛省からの出席者が口を開いた。
「戦力として見れば、喜ばしい状況ではないか。優秀な探索士が増えることは国益に適う」
「状況は、そう単純ではないかもしれません」
今の状況について、学校側の幹部が慎重に言葉を選んだ。
「教育カリキュラムには意味があります。段階を踏んで経験を積ませ、判断力を養う。急激な成長は、どこかに歪みを生む可能性がある」
「具体的には?」
「実力と経験のバランスです。高難易度のダンジョンでは、戦闘力だけでなく、状況判断や撤退の決断が求められます。若さゆえの過信が、取り返しのつかない事態を招くこともある」
会議室の空気が重くなった。
探索士の死亡事故。それは珍しいことではない。特に若い探索士が、自分の実力を過信して命を落とすケースが多い。
「とはいえ、足踏みさせる理由もない」
防衛省側が釘を刺した。
「現状、彼女たちは与えられた課題を問題なくこなしている。制度上の年齢制限はあるが、それ以外に制約を設ける根拠がない」
議論は平行線をたどった。
優秀すぎる生徒たちをどう扱うか。それは教育機関として、また国家戦力の育成機関として、相反する立場からの判断を求められる問題だった。
「一つ、確認したいことがあります」
沈黙を破ったのは、実地訓練を担当する指導官だった。
「朝倉日和の成長について、入学時のデータを再確認しました」
モニターに新たな資料が映し出される。入学試験の成績、初期の身体能力測定、適性検査の結果。
「入学時点では、確かに優秀な生徒でした。しかし、規格外とまでは言えない。トップ10パーセントには入るが、突出した存在ではなかった」
指導官は言葉を区切った。
「それが、わずか一年足らずでこの水準です。成長曲線が、途中から明らかに跳ね上がっている」
グラフが示すカーブは、確かに不自然だった。緩やかな上昇を描いていた線が、ある時点から急角度で上昇している。
「何かあったのか」
「それを調べました」
指導官は一呼吸置いた。
「朝倉日和本人への聞き取りで、一つの情報が得られています」
会議室の視線が集中する。
「彼女には、学外に師匠がいるそうです」
空気が変わった。
幹部たちの表情に、困惑と警戒が入り混じる。
「師匠? 誰だ」
「それが——」
指導官は首を横に振った。
「わかりません。本人も詳細を明かそうとしない。ただ、学校とは別に指導を受けていると」
沈黙が落ちた。
「それは、ちゃんと資格を持っているダンジョン探索士なのか?」
「それも不明です。ですが、彼女が隠しているとなると……」
資格を持っていない可能性が高い。探索士の育成は、国家が管理する領域である。無資格者による指導は問題だった。けれど、あれだけの成長を生徒にもたらす人物。有用ではある。その人物についてどう対応するべきなのか。
「聞き取り以外の調査は」
「進めています。ですが、該当しそうな人物が見当たらない。既知のトップ探索士の何名かに照会しましたが、全員心当たりはないと」
防衛省側の出席者が、静かに言った。
「正体不明の指導者が、国家の育成機関に影響を与えている。これは看過できる問題ではない」
正体不明の師匠。その存在が、会議室に新たな緊張をもたらしていた。
議論は、次の段階へと移行していく。




