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第10話 秘密の告白

 日和が差し出した手のひら。その上には壊れたネックレスが乗っていた。宝石の部分が粉々になって、鎖に砕けた破片が引っかかっているだけの状態。


 なるほど、そうなるのか。


 透は内心でそう思った。反転召喚の媒介として使ったのだ。あのネックレスを通じて日和の位置に自分自身を飛ばして助けに行った。使用したのは初めてだったから、壊れるかどうかはわからなかったけれど、多少無理な使い方をしてしまったので無事では済まないかもしれないと考えていた。


 失敗したな。透は反省する。ここまで見事に壊れてしまうなんて。いや、あの時は壊れるかどうかなんて気にしている余裕がなかったというのが正直なところだ。あの瞬間、ネックレスが危険信号を伝えてきたとき、考えたのは日和の安全だけだった。彼女を無事に助けるためにはどうすればいいか、透は考えて行動に出た。


 だから壊れたこと自体は構わない、と透は思う。問題は、日和がそう思っていないということだ。自分が壊してしまったと。それは大きな間違いである。


 申し訳なさそうな表情。眉が下がって、目が潤んでいるようにも見える。せっかくのプレゼントを壊してしまったと、本気で責任を感じている。日和のせいじゃないのに。


 透は、できるだけ軽い調子で返した。深刻な空気にしたくなかった。こちらが重く受け止めたら、日和はもっと自分を責めてしまうだろう。


 透は一度部屋の奥に戻った。ボックスから同じ効果を持つネックレスを取り出す。別世界のダンジョンで手に入れたものだ。同じ種類のアイテムはいくつか持っている。日和に渡したのと全く同じ効果。仲間が危機に陥ったとき、それを持ち主に伝えるアイテム。


 玄関に戻って、日和に差し出した。それを受け取ってもらえなかった。


「そんな! また壊してしまうかもしれません」


 なんとか押し付けようとしても、日和は首を横に振って拒絶の姿勢を見せている。これは困った。こうなると簡単には折れてくれなさそうだ。


 新しいネックレスを受け取ってもらわないと、本当に困る。再びダンジョンで危険な目に遭ったとき、気づけなくなる。初めての実地訓練でいきなりあんな事態が起きたのだ。二度目がないとは限らない。むしろ、探索士を続けていく以上、危険は避けられない。


 無理やり渡すこともできるけれど、それでは意味がない。壊すのが怖いからとダンジョンに持っていかなかったら気付けなくなる。日和が納得して、ちゃんと身に着けてくれないと。


 透は眉を寄せたまま、少し考えた。


 ……駄目だな。こうなったら、理由を説明するしかない。ネックレスが壊れたのは日和のせいではないこと。そして、なぜ新しいものを身に着けてほしいのか。それを伝えるには、隠してきたことを話すしかない。


 三十二年間、誰にも明かさなかった秘密。


 幼い頃の記憶に縛られ続けて、ずっと守ってきた「普通の自分」。両親にも言わなかった。会社の同僚にも、友人にも。誰一人として、透の本当の姿を知らない。


 それを、今から話す。


 透は小さく息を吐いた。


「あー、その、ね。日和ちゃん」


 話すぞ。今まで話したことのないことを告白するのには、とても勇気が必要だった。ただ、事態を良くするためには必要なこと。これを話さないといけない。自身の秘密を。


「実は、そのネックレスが壊れたのは俺のせい、なんだよね」


「え? どういうことですか?」


 日和が目を見開いた。意味がわからないという顔。当然だろう。透は言葉を続けた。


「あのネックレス、お守りだって渡したけど、本当はもうちょっと特別な効果がある。身に着けている人が危険な状態になったとき、俺に伝わるようになっていたんだ」


「伝わる……?」


「日和ちゃんがダンジョンで大変なことになったとき、ネックレスが反応した。それで、俺はそのネックレスを媒介にして日和ちゃんのところに飛んだ。そのときに壊れたんだと思う」


「あ。確かにあの時、ネックレスが光っていたような……?」


 日和の表情が困惑から驚きに変わった。口が少し開いている。その時の状況を思い出して、理解しようとする。


「でも、飛んだというのは――」


「あの日、ダンジョンに現れた仮面の男。あれは俺だよ」


 静寂。


 日和が固まった。目が大きく見開かれたまま、まばたきもしない。数秒、そのままの姿勢で透を見つめていた。


 やがて、口が動いた。


「凪原さんが……あの人、だった……?」


 驚きが大きすぎて、処理が追いついていないのだろう。透は黙って待った。急かす必要はない。


「でも、声が――」


「変えてた。声を変えるスキルがあるんだ」


「スキル……」


 日和は眉をひそめて、何かを思い出そうとしている様子だった。


「今思えば、声は違っていたけれど……話し方のようなものが凪原さんぽかったような気もします」


 透は内心で苦笑した。声は変えていたけれど、話し方の癖までは変えられていなかったらしい。もしかしたら、あのまま黙っていてもいつかはバレていたかもしれない。


「じゃあ、凪原さんは探索士なんですか?」


「いや、資格は持っていない。ただ、その——生まれたときから、毎晩眠ると別の世界のダンジョンに飛ばされるようになって。三十二年間、ずっとそれが続いている」


 日和の顔に、また別の表情が浮かんだ。驚き。それから疑問。そして、何かが繋がったような納得の色。


「三十二年……毎晩……」


「誰にも言ってなかった。昔、親に話したら色々と面倒なことになってね。それ以来、誰にも話すことなくずっと黙ってた」


 自分で言葉にしてみると、あらためて長い時間だなと思う。三十二年。生まれてからずっと。毎晩ダンジョンに行って、朝になったら普通の顔をして日常に戻る。それを三十二年間。誰にも言わず、一人だった。


 日和は黙って聞いていた。途中から表情がころころと変わるのが見えた。驚いたかと思えば考え込み、何かに気づいたように目を見開いては、また静かに頷く。透の言葉を一つも聞き逃すまいとしているようだった。


「だから、ネックレスが壊れたのは日和ちゃんのせいじゃない。俺が使ったから壊れた。だから、ダンジョンに行くときは壊れたものじゃなくて、新しいネックレスを身に着けて入ってほしいんだ」


 透は改めて、新しいネックレスを差し出した。


「また何かあったとき、気づけるようにしておきたい。初めてのダンジョンであんなことがあったばかりだし、これからも何が起こるかわからないから。君が一人前のダンジョン探索士になるまで、見守らせてほしい」


 少なくとも学生の間は、大人である自分がどうにかしてあげたい。そう思いながら伝えた。


 日和はしばらく、透が持ってきた新しいネックレスを見つめていた。それから、ゆっくりと両手で受け取った。


「はい。本当にありがとうございます」


 ようやく受け取ってもらえた。これで日和の安全は確保できる。話してよかった。秘密を話してしまったことは少し落ち着かないけれど、必要なことだったのだから仕方がない。それで、予想以上にスッキリした気持ちにもなっていた。


 これで話は終わりだ。


 そう思って、透が軽く笑みを浮かべたとき。


「あの、凪原さん」


 日和がまだ帰らない。ネックレスを両手で握りしめたまま、まっすぐにこちらを見ている。その目に、さっきまでとは違う光があった。


「こんなことお願いすると、凪原さんに迷惑かもしれないですが」


 一度、言葉を切った。息を吸い込む音が聞こえた。それから、日和は深く頭を下げた。さっきの謝罪のときよりも、ずっと深く。


「私を鍛えてください。お願いします!」


 透は目を瞬かせた。


 鍛える。指導してくれ、ということだろうか。ダンジョンで戦う力を教えてほしいと。


 日和は頭を下げたまま動かない。本気だった。その姿勢や声の震えから、全身で伝わってくる。冗談でも思いつきでもない。本気で、心の底から願っている。強くしてほしい、と。


 これは、ちょっと困ったなぁ。


 透は頭を掻いた。やっぱり事実を隠しておくべきだったかと、少し後悔が頭をよぎる。正体を明かしたら、こうなる可能性は考えなかったのか。いや、考えていなかった。ネックレスを受け取ってもらうことしか頭になかった。


「ちょっと、日和ちゃん。頭を上げて」


 日和が顔を上げた。目が真剣だった。この子はいつもそうだ。冷静で、落ち着いていて、けれど決めたことには真っ直ぐに突き進む。母を楽にさせたいという思いで探索士の道を選んだのも、この真っ直ぐさがあったからだろう。


 彼女のお願いを断ろうと思えば断れた。適当に理由をつけて、ごまかすことだってできただろう。三十二年間、そうやって自分は生きてきたのだから。


 でも、この子の願いを叶えてあげたいと思った。自分には、それを出来る力がある。三十二年間、ダンジョンの攻略を続けてきた経験と知識がある。それを伝授する。


 透は小さくため息をついて、それからほんの少しだけ笑った。


「わかった」


 日和の目がぱっと輝いた。


「その代わり、厳しくするよ」


「はいッ!」


 元気のいい返事が返ってきた。


 こうして、透は日和を弟子に迎えた。三十二年間守ってきた秘密に、初めて他人を踏み入れさせた日だった。

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