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音色  作者: 上野奏空
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恋音②

「しゃらららーん。」

 ピアノを弾く奏音の髪がなびく。

 アタシはこの子に恋をしている。


 制服がかわいいからという理由だけで勉強をがんばって、なんと、県内一頭のいい高校に合格。びっくり。親は驚きすぎて学校に電話かけてた。

 電話で確認したけれど、やっぱり合格していたようで、晴れて今日からこの高校の一年生。

 ずっと憧れていたかわいい制服に身を包んで、家を出る。

 学校は、私の家から徒歩3分の好立地。

 桜の花びらがひらひらと舞っていて、制服に模様がつく。

 色んな子がいるな、とあたりを見渡す。


 わ……。


 桜吹雪の中、一人の女の子にくぎ付けになった。

 つやつやで長い黒髪、白い肌に長いまつげ、存在感の無い忘れ鼻、そして桃色で薄めの唇。

 ちょーかわいい。仲良くなりたい。


 なんて思っていたら、入学式でまさかの隣。ラッキー。

 話しかけちゃえ。

「ねーねー! あなたかわいいね! 名前なんて言うの? アタシは愛梨、橋本愛理。」

「愛梨ちゃんか、素敵な名前だね! 私は花咲奏音だよ。よろしく!」

 そう答える奏音の声は水のように透き通っていて綺麗だった。容姿に加えて、声までかわいいとか反則じゃん。

 絶対仲良くなりたい、そう思った。


 奏音はピアノを弾くことが好きだった。放課後は毎日、音楽室に行ってピアノを弾いていた。

 奏音とはなるべく一緒にいたかったから、バイトがない日は私も音楽室についていった。でも本当は、放課後に奏音とどこかへ遊びに行きたかった。

 クレープ食べたい。服見たい。プリクラ撮りたい。

 確かに奏音のピアノはめちゃくちゃすごいけど、ピアノだけじゃなくて私も見てほしい。私との思い出も作ってほしい。


「ねー、奏音。遊びいこーよー。」

「わーん、ごめんね愛梨ちゃん。今日もピアノ弾くから無理。」

 毎日これの繰り返し。

 一日ぐらい弾かない日があったっていいじゃん、と思ったけれど、上目遣いでアタシのことを見る奏音に文句を言うことはできなかった。

 本当にかわいすぎるな、こやつ。


 家に帰っても奏音のことばっかり考えている。

 もしかして、アタシ奏音のこと好きなのかな。

 こんなに考えちゃうってことはそうだよ。きっとそう。

 これって恋じゃん。

 なんか照れちゃって、机をバンバン叩く。

 いつから? 入学式から?

 アタシ、ちょー一途じゃん。かわいいー。


「か、奏音―。」

 昨日、恋をしていると気づいてから、何だかうまく話しかけられない。

 アタシの変化に気づいた奏音は心配そうに顔を見つめてくる。

 か、かわいい。

「愛梨ちゃん、大丈夫? 具合悪い?」

 奏音は手のひらをアタシのおでこに当てる。

 ひんやりしていて気持ち良いな、なんて考えている余裕がないくらいドキドキ。

 ヤバ、近い。

 真っ赤に染まっていく顔を隠すように後ろを向く。

 ガタンっ。

 バランスを崩して、椅子ごと倒れた。

「きゃー! 愛梨ちゃん、大丈夫?」

「へーき、へーき。」

 ピースをして見せる。

 奏音は安堵の表情を浮かべていた。

 まっかっかなアタシはバレてない、セーフ。


「奏音―! 夏休み遊ばない?」

 セミがうるさい7月。もうすぐ夏休み。

 いつの間にか、一方的なぎこちなさは消え、また最初の頃みたいに話せるようになっていた。

 奏音と遊びたい。夏休みぐらいは遊んでくれるべ、と思っていたのに、「ピアノの合宿があるから」と断られた。

 ガビーン。

 何で遊んでくれないんだよ。

 ていうかピアノの合宿ってなんだよ。

 ムキ―。

 心の中ではかなり怒っていたが、あのかわいい顔で言われるとやっぱり責められない。

 でも遊びたかったよ、ひーん。


 一か月も奏音と会えないなんて……。と悲しくなったけれど、ここは進学校。一週間ほどの夏期講習がある。

 ありがとう、夏期講習。夏期講習に感謝してるのはアタシぐらいっしょ。

 楽しい夏にしちゃうんだから。


 そう思っていたのに、夏期講習に奏音は来なかった。

 LINEへの返信も無し。

 もうピアノの合宿に行ってるのかな。

 普通にサボり? 奏音に限ってそんなことはないか。

 家に突撃しようと思ったが、家の場所を知らない。

 アタシって全然、奏音のこと知らないじゃん。

 押してダメなら引いてみろって言うもんな。

 がんばって夏休みだけ引いてみようかな。

 夏休み中はこの思いを胸にとどめて干渉はしないようにした。


 夏休み明け、9月1日。

 奏音は学校に来なかった。

 なんだか嫌な予感がした。

 担任の先生が口を開く。

 耳をふさぎたくなった。

「花咲奏音さんが亡くなりました。」


 奏音は、体が弱く、今年一年生きられるかどうかすらギリギリの状態だったらしい。

 登校が早かったのは、毎朝、送ってもらっていたから。

 帰りが私と一緒のときは、私の家まで歩いたあとで、わざわざ学校まで戻って迎えを呼んでいたらしい。

 そんなに体が弱かったら、遊びになんて行けるわけがない。

 ピアノは好きと言っていたけれど、他のこともやりたかっただろうな。でも、ピアノしかできなかったんだ。

 なのにアタシは毎日のように奏音を誘った。

 断るのもつらかっただろうな。


 どこかに行く誘いだけじゃなくて、トランプとかUNOとか学校でできる遊び提案すればよかったな。


 押してダメなら引いてみろなんて思わずに、ここらへん歩き回ってれば、もしかしたら会えたのかな。最後に会いたかったな。


 もっと思い出作ればよかったな。

 

 後悔ばかりがどんどんと溢れ出てくる。

 しかし、奏音が死んだ現実味がないのか、感情がバグっているのか、不思議と悲しくはなかった。

 ただ、花咲奏音が死んだことは紛れもない事実だった。

 いつも一緒だった彼女はもういない。

 ピアノの音はもう聴こえない。


 休日。何もする気が起きずに町中をぶらぶらと歩きまわっていた。

 学校の先輩の絵が文化会館に飾られている、と誰かが話していたのを思い出す。特別、気になるというわけではなかったが、行く当てもなかったので、文化会館に向かった。


 中に入るとすごく涼しくて、今まで暑かったんだということに気づく。

 汗がどっと流れ出て気持ち悪い。


 少し歩いて、展示スペースを見つける。

 

 その中の一枚の絵に目がいった。

 これ、アタシの学校だ。

 夕焼けと桜の花びらと校舎。なんだか懐かしい気持ちになった。

 その絵に引き寄せられるように足を進め、絵の前で立ち止まる。

 たくさんの色の絵の具が何層にも重なって、まるで恋をしているときの心の中みたい。

 絵の下に目をやると、「初恋」と書いてあった。

 久しぶりに目が湿る。

 今、頭に思い浮かんでいるのは、ピアノを弾いている奏音だった。

 きれいな黒髪をなびかせて、とびっきりの笑顔の奏音。

 もう一回、聴きたいなぁ。


 しゃらららーん。


 私の思いに応えるように、遠くでピアノが鳴ったような気がした。

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