第7話 テロリストに死を
さて、悪い奴らを仕留めてアルビーとスタッフたちを派手に埋葬した。
黙祷を済ませ、空を飛ぶ。
僕がこれから向かうのは王都にあるエリュシオン魔法騎士学園だ。そこにアルビーから依頼されているヴィクトリアがいるらしい。
【触手噴射】
視界に表示される文字列と同時に背中から出る触手の先端が開き、よく分からないがエネルギー的な何かを噴射する。
多分、推進剤とか魔力とかそんなのだろう。
触手飛行は常軌を逸した加速力だった。気づけば地平線が一瞬で後方に流れていく。
……でもこの方向で大丈夫なのだろうか。カッとなった勢いでここまでやってきたのだが、これで王都が逆方向だったら悲し過ぎる。
そんな不安を胸中に抱いたからか、視界に文字列が表示された。
【飛行制御:座標指定済み】
この触手は意思でも持っているのか。いや、そういうシステムなのだろう。
僕の疑問に即座に答えてくれるのは大変ありがたい。
日本語で表示された文字を読む限り、多分アルビーが最後に指定してくれたのだろう。
「…………」
到着するまで、ここで少し僕が行うことを軽く振り返るか。
僕はエレノア・オムニティス。
開発者であるアルビー博士から命を救われた対価と、財産と、男にしてくれる報酬を条件に、ヴィクトリアを破滅の運命から救うことになった。
色々とあって、彼女を手伝う期間が半年ほど前倒しになったが、仕方がない。
だが、サポートをしてくれる筈のアルビーは先ほど死んでしまった。それはつまり、最終的に男に戻してくれる存在が消失したということだが……。
とはいえ他にやることもない。
友人の最期の頼みだ。対価と受けた恩と義理分の仕事はしよう。
それよりも問題はヴィクトリアだ。
アルビー曰く、彼女がいる学園がテロリストに襲撃されたとか。
ゲームでも展開によっては反社会的勢力と関わることもある。いずれにせよ危ない連中なのは間違いなく、ヴィクトリアの命の危機なのは間違いないだろう。
(……間に合うかな。もっと速く飛ばせるか?)
飛行制御は全面的に触手に任せている。僕は飛ぶという意思を伝達しているに過ぎない。だが、直後に噴射される勢いと速度が増したのは分かった。
【触手索敵:敵性反応あり】
アラート音。同時に文字列が表示される。
いったいどこにと思うと一瞬、頭に衝撃が奔った。デコピンでも受けたような痛みだった。
今のがモンスターで、頭突きで撃退したらしい。
遠ざかる景色に一瞬何かが吹き飛ばされたのが見えた。
(……あれ? 経験値は? 倒してなかったのか?)
いや、ここは現実だ。そんなものは無かった。ずっとゲームをしていたから頭がおかしくなっているのかもしれない。
色々と視界上に表示されている文字列の一つに目を向ける。
【触手機関 稼働率:99%】
先ほどの突然表示される文字列とは違い、常に表示される文字列やゲージがある。
稼働率というのもその一つだ。
(アルビーも、もっと教えてくれたら良かったのに。いや、そんな時間は……あったよな)
アルビーは僕に自作ゲームをさせて色々と学ばせてはくれたが、肝心の触手や、文字列、数字やゲージなどのシステムに関しては特に教えてくれなかった。
すぐにアップデートと修正を繰り返すから覚えても意味が無いと言っていたが、こんなことになるなら無理にでも聞いておくべきだった。
(でも、ゲームだってヒントはくれても答えは教えてくれなかったし、攻略本とか、そういうサイトや動画が嫌いって言ってたような。……まあ、今はいいか)
今の僕は殆ど直感で触手を振るっているだけだ。それなのに触手は僕が考え望んだ通りの結果を生み出す。本当に凄い。
加速する視界で雨が降って来るのを捉える。風も強い。雷鳴が一瞬で遠ざかる。
平原を越え、村らしき場所をいくつか通り過ぎると、王都が見えた。
(おお……本物の王都だ)
城壁に囲まれた多数の家屋や施設、中央にはそびえたつ王城。中世的な街だが見た目だけだ。実際は魔法によって見た目よりも拡張されたファンタジー建築物の筈だ。
雨が降る王都は夜でも明るかった。街路の灯りが途切れなく続き、巨大な舞台のようだった。もっと見ていたいが、今はそれどころではない。
(学園は確か……ん?)
王都上空で再び何かにぶつかった気がしたが、モンスターの表示はない。気のせいだろうと思い、最速で目的地の座標を目指す。
エリュシオン魔法騎士学園は王都の郊外近く、尖塔が特徴的な城を改装した建物だ。現実で見たことは無いが、この速度ならすぐに見えてくるだろう。
(なんだ? サイレン? モンスターの襲撃でもあったのか?)
突然けたたましいサイレンが鳴り響く。
眼下では、雨の中で慌てる王国民たちや、武装して城壁に向かう王立騎士団の人たちが一瞬で過ぎ去っていく。
モンスターの襲撃で城壁か結界が壊れたのかもしれないが、今はそれどころではない。
(エリュシオン魔法騎士学園……あれか?)
王都を突っ切ると、城らしき建造物が遠目に見える。
注視すると、視界の一部に緑色の長方形の枠が表示される。それを集中してみると対象物がより拡張されて、エリュシオン魔法騎士学園がハッキリと見えた。
(……あの人たちは王立憲兵団か。ゲームで見たのと制服が一緒だ)
ゲームでは選択次第で味方にも敵にもなった憲兵たちは、既に学園内でテロリストと争っているようだ。塔付近から激しい銃声や爆発音が雨音に紛れて聞こえる。
そんな時、少女と使い魔と思わしき一組が窓から飛び降り、そのまま憲兵団の団員たちに確保されているのが見えた。
その窓に目を向けると──
(見つけた)
一番高い塔の割れた窓にヴィクトリアの姿が見えた。
彼女だ。あれから成長した姿は、アルビーがゲームで見せてくれた姿そのままだった。同時にテロリストが持つ銃が彼女に向けられようとしていて──加速する。
今にも射殺されそうなギリギリのタイミングだった。
滑り込みセーフだったのは神の悪戯か、あるいはヴィクトリア本人が粘っていたからなのだろう。
きっとハッタリをかまして、大口叩いて、悪役令嬢然としていたに違いない。
飛来する銃弾を触手が弾く。ヴィクトリアを抱いて距離を取る。
名前は忘れたがヴィクトリア本人がゲーム内で断罪されていた広間だ。だが豪奢な筈の空間は見る影もない。
シャンデリアは粉々に割れ、大理石の床には穴が、窓は割れて雨風が入り込む。銃弾の餌食になったのか転がっていた生徒の死体を雨水が濡らしていた。
そんな惨状の中で、ヴィクトリアはゆっくりと瞼を開き、僕と目が合った。
(生ヴィクトリアだ。かわいい)
赤いドレスは彼女によく似合っていた。
端麗な容貌と美麗な肢体に赤い唇。長い睫毛に縁取られた紫紺の瞳に見惚れる。
──攻撃が来る。
触手的直感の囁きに身体をくるりと回すと、背中にわずかな衝撃。今は呆けている場合ではなかったと反省する。
「怯むな! ただの使い魔だ!」
黒づくめの連中が自動小銃を撃ってくる。
触手を盾のように展開し、背中を向けてヴィクトリアを守る。
「亜人が人間を守るな! 矜持を捨てた奴隷が! 貴様は亜人にあらず! 死ね!」
差別主義を感じさせる言葉と共に銃を発砲してくる。
だが、僕の白い肌と漆黒の衣装は銃弾を雨水のように弾く。頑丈だ。しかし、ヴィクトリアは一発でも被弾すれば危ないかもしれない。
「あ──」
身体を強張らせ、何かを言おうとしたヴィクトリアを一瞥する。
混在する感情に不安が見えた気がした。何か言った方が良いだろう。
「大丈夫。あなたは守ってみせる。僕の友人との約束だから」
先ほどの研究所を襲撃した連中の時とやることは同じだ。
……いや、違う。今度は守る。
殺意を以て殺そうとしてきたのだ。きっちり仕留める。
【触手学習予測:3%】
殺すと決めた瞬間に文字列やゲージが表示される。
構わずにその場を跳躍し、広間の上空で宙返りする。両腕でヴィクトリアを抱えている為、肩や背中から生やした触手を伸ばしてテロリストを狙う。
【触手:戦闘展開中】【残り稼働時間:45分】
残り稼働時間なるものが表示されたが、そんなに時間が掛かるとは思えない。
青白く光る触手を手足の延長のように振り回す。
閃光のように縦横無尽に動く黒い軌跡を彼らは捉えられず、一人ずつ斬り裂いていく。
「な、なんだこいつ!?」
「う、うわぁああッ!!?」
必死になって僕にしがみつくヴィクトリアが可愛かったので無駄に回転し、ついでに他の生徒に被弾させないように立ち回る。
そんな風に戦い、何人目かの相手の正中線や腰を触手で斬り裂いた時だった。
「動くな!」
と、姑息なことに生き残っていた女子生徒を人質に取るテロリストたち。
関係ないと攻撃しても良かったが、ヴィクトリアの前だ。
いくら悪役令嬢と言っても、最初から印象が悪くなるのは避けたい。
(この身体が勝手に動いていた時にも、似たようなことを研究所でやったな)
正確に狙った相手だけを攻撃する触手の技があった筈だ。
【触手飛沫】
──と考えた瞬間、触手の先端が裂け、無数の小さい肉片が飛散する。
その小さな肉片がテロリストの手や首を吹き飛ばし、触手に戻ってきた。人質になっていた女子生徒は返り血を浴びただけで無事だったが白目を剥いていた。
(あとは……)
テロリストはこれで立っている者はいない。
息があるのは残り一人。キッチリと息の根を止めないと。
「……待ちなさい」
辛うじて生き残っていたテロリストに触手でとどめを刺そうとすると、今まで黙っていたヴィクトリアが口を開いた。
(てっきり『無礼な!』とか『下ろしなさい!』とか言ってビンタするかと思ったけど……)
ひとまず下ろして欲しいのかと思って、彼女の脚を床につけさせる。
僅かにふらついたヴィクトリアは僕より身長がやや低かった。
「それを殺すのは待ちなさい。手土産になるわ」
誰に対しての手土産なのだろうか。少し考えたが思いつかなかった。
「聞こえないの? 憲兵がもうすぐ来るわ」
【触覚感知】
ヴィクトリアの言葉に同意するように文字列が表示される。その瞬間、見えない、聞こえない筈の憲兵たちが、規律的な足音で近づいてきているのが分かった。
恐らく施設内やこの塔で粘っていたテロリストを潰し終えたのだろう。もうすぐこの大広間に入ってくる。
「この惨状を見て、恐らく憲兵たちは魔族であるお前を犯人として捕らえそうね」
「僕は犯人じゃありませんが?」
「それを決めるのは憲兵よ。それにここにいる貴族がお前の為に証言すると思って?」
恐らく証言なんてしないだろう。
平民どころか、もっと下にいる魔族なのだ。ヴィクトリアも悪役令嬢だけあって、僕を助ける訳がない。むしろ僕が行ったと言いそうだ。
そうなると、この後の憲兵団との対応を考えなくてはいけない。逃げるか戦うか。
「お前、犯人扱いされて捕まって死ぬわ」
そのつもりはない。だが、敵となった憲兵団が厄介なのはゲームで散々学んだ。
そして捕まれば適当な理由で処刑される予感はある。ゲームでも主人公が冤罪で処刑されたことがあるから。
「たとえ憲兵を倒せても、次は国が相手よ。賞金首になって死ぬまで狙われ続ける。その覚悟があって?」
「関係ありません。力で言うことを聞かせます」
「それをやろうとしたテロリストは死んだけど?」
「彼らには力が無かった。だけど、僕にはある。どんな理不尽だって跳ね除けられる力が」
その為にアルビーが僕を創ったのだから。
僕の言葉に、ふん、と鼻を鳴らしたヴィクトリアは続けて言った。
「無謀ね。けど……助けてあげてもいいわよ」
足音の聞こえてくる扉からヴィクトリアに目を向ける。
「できるんですか?」
「わたくしを誰だと思ってるの? ヴィクトリア・ブラッドベリーよ」
ゲームで主人公に名乗った姿そのままで、僕に向けてくる悪魔のような微笑。
「その代わりに対価を払って貰うけど」
「分かりました」
悪役令嬢ヴィクトリアの発言に、僕はすぐに頷いた。
もともと、彼女に接近する必要があったのだ。これは幸運ではないか。
一瞬きょとんとした顔を見せた彼女は小さく笑う。
「判断が速いのは悪くないわ。……では他の文言は省略して、ひとまず仮契約。気に入らなかったら解約するから」
大広間に憲兵たちが怒号を上げて入場するが、そんな物は眼中にはない。
爛々と輝く紫紺の瞳が僕を見る。僕の頬に手を置く。
「──お前は今から、わたくしの使い魔となりなさい」
そうして彼女は僕の唇に唇を重ねた。
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