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第4話 計画の始動

『自爆シーケンス。カウント開始。残り20分』

『施設内モンスター全解放。職員は直ちにマニュアル項目S-34に従い──』


 研究所内に響く無機質なアラートに、セカマは忌々しげに舌打ちした。


「余計なことしやがって」


「構わないわ。目標の奪取は目前。20分もあるし私がいれば止めることもできる。そうなる前に全てを終わらせることは貴方たちなら容易。今、この瞬間の為に教会の寄付金で育てられた貴方たちだもの。できない訳がない。そうでしょう?」


 ヘヴンの言葉にセカマは黙り込み、魔導無線機でいくつか部下に指示を出す。

 雇い主であるヘヴンは、あのカオス教会の大司教の孫娘だ。教会の手足として育てられた自分たちは従うしかない。


「時間は有限。なら、何事も素早くしましょう。貴方たちはその為にいるのだから。これ以上、私の時間を奪わないでくれる?」


 勝手な言い分だ。

 だが、傲慢なことを口にする女に無言で応じる。逆らうなと上司に言われたからだ。

 感情を堪えると爆発音が響く。少し遅れて魔導無線機に連絡が入る。


『扉、開きました』


「ご苦労」


 セカマとヘヴンは他の構成員たちの行動を見守っていた。

 研究所の最下層までほぼ制圧済みだ。丸腰のスタッフは一人残らず殺害した。モンスターの駆除は他の部下に対応させている。

 あとは最重要研究室に逃げた研究者を殺すだけだ。その後はヘヴンの指示に従い、必要な研究資料や『殺戮兵器』を回収する手筈となっている。


 連携の取れた動きで、武装した構成員が数人で中の研究室に自動小銃を突きつける。

 銃声音が響く。発火炎が照明の消えた室内を幾度か照らす。

 やがて静寂が広がった。

 逃げていた研究者もこれで全員が死んだ。そうヘヴンが確信する。


「終わった? 終わったわね。さあ、ご対面よ」


「ボス。まだ危険ですのでお下がり下さい」


「早くしてって。私、遅いのは嫌いなの」


「……先に行ってもいいですが何かしらの反撃を受けても対応できませんよ」


「ちっ、使えないわね。早く行きなさい」


 最初にセカマの部下たちが、その背後をセカマが、更にその後ろにヘヴンが続く。

 研究所内の電源は破壊され室内は暗い。辛うじて培養槽を稼働させる予備電源は動いているのか、僅かな光源が培養槽の中身を照らす。

 白い煙が室内に充満している。霧のようなそれは銃の威力を軽減させる物だろうが、脆弱な研究員の肉体から命を奪えないほどではない。


「人工的な魔粒子の霧ね。無駄な抵抗だこと」


 千切れたケーブルが火花を散らし、破損したコンソールは不気味な文字列を描く。中央に存在している培養槽のガラスには罅が入り、遠目からは中身が見えない。


「ちょっと、培養槽には撃たないでって言ったでしょう。使えないわね」


「……申し訳ございません」


 舌打ちするヘヴンの足元には、血の海に沈む研究者がいた。


「貴方がいけないんですよ。私の作った魔王候補たちを容赦なく粉砕して。それにちょっと貴方たちの子供を弄ろうとしただけでパパに告げ口するんですもの。おかげで研究者をクビ。ムカつくから貴方たちの殺戮兵器、私の物にするわね」


 アハ、と笑うヘヴンは死体を脚で小突く。

 重要な地位にある研究員だったらしいが、適当に証拠を作って教会に反旗を翻したとヘヴンが告げ口すればこれだ。

 後でバレたら怒られるかもしれないがヘヴンは大司教の孫娘だ。なんとでもなる。


「安心して。貴方の作った兵器で世界を変えるから」


「ボス」


 恍惚に浸る依頼主にセカマが口を開く。

 不機嫌そうな顔をするヘヴンは「ああ」とコンソールに触れると、


「まず自爆シーケンスを止める。貴方たちは兵器を回収しなさい。傷つけないように」


 室内に充満していた煙が消えつつある。

 培養槽の罅から漏れ出る培養液が床とセカマたちの靴を濡らす。視界を妨げていた物が無くなり、銃を構えた男たちの視線を釘付けにする。


「……美しい」


 それが培養槽の前に不用意に近づいた男の最後の言葉だった。

 ──ゴトン。

 前触れも無く、自動小銃を構えたままの男の首が胴体から転げ落ちた。その瞬間、セカマたちは躊躇いなく引き金を引いた。


「ちょっと! 撃つなって言ったでしょう!?」


 ヘヴンの金切り声が銃声にかき消される。

 発火炎が研究室を不規則に照らす。ガラスを割り、照明を破壊する。

 やがてセカマの合図で銃声は鳴り止む。

 培養槽のガラスが完全に割れて中身が露わになっていた。


 中には一人の女性が立っていた。

 女性は神秘的で非現実的な美しさを備えていた。

 更には端正な容貌と美麗な肢体を余すことなくセカマたちやヘヴンに晒していた。


 肌はきめ細かく、公爵貴族や王家に連なる者でさえ及ばぬ、透き通るような輝きを放っていた。

 肢体の美しさは魅惑的で、腰まで伸びた髪は劣化などなく艶を放っている。

 人間魔族問わず誰もが目を奪われるような顔立ちには凛とした表情が浮かぶ。


 ヘヴンが思わず見惚れ、セカマはその異質さに目を奪われつつも警戒を強める。

 既に部下の首が飛んでいるのだ。

 油断はできない。見れば見るほど、美しさの影にある異質さに気づかされる。


(銃弾は当たった筈だが傷がない。魔力は感じないが並の魔族よりも硬い。……何より、この殺戮兵器の攻撃が全く見えなかった)


 女性が一歩、前に踏み出す。

 直後に生じる悪寒と人生で培われた死の予感がセカマに叫ばせた。


「ボス、ボス! 切り札を!」


「えっ、え……?」


「早く!」


 セカマの叫びに、ヘヴンは慌てて切り札である杖を出す。

 装飾の施された美麗な杖だ。それを振るった途端に神々しい光が女性を包み込んだ。


「緊急停止プロトコル!」


 目の前の兵器の無力化方法をヘヴンは準備していた。動きを止め、ダメージを与え、抵抗を封じて、生きたまま研究素材にする為の道具を用意してきた。

 聖女が振るう神聖魔法。

 あらゆるモンスターを消滅させる魔法を劣化ながらも模した魔道具に、目の前の殺戮兵器を停止させる為のシステムを組み込んだ物だったが──


「は? 停止しない? 他の研究所の兵器には通じたのに……!?」


 光は放たれた。だが何も効果は無かった。本来はその肢体を地に伏せ、身体を硬直させる筈なのに。細胞が焼け爛れ、あの美貌が歪む筈なのに。

 灰色の髪の女性はゆっくりと小首を傾げた。色艶のある眼差しがヘヴンを捉える。


「防御陣形! 撤退路を確保! 3番と5番が殿! 私と2番が──」


 セカマたちの判断は素早かった。自動小銃を構える。

 銃声音は響かなかった。

 引き金を引く前に、セカマたちは股下から頭頂部までを触手で貫かれ天井に突き刺さった。研究室の床から突如生えた触手はよく見ると女性の背中から伸びた物だ。


 天井に突き刺さった肉塊から血が滴り落ちる。

 数秒置いて、即死したセカマの手から自動小銃が滑り落ちる。呆然と見上げていたヘヴンが震えながらも振り向いた。


「え、エレノア……いや、エリーよね。私、私よ、ヘヴンよ。ほ、ほら、アレ……アル……博士と一緒にあなたを作ったのよ。少しの期間だったけど覚えて──!?」


 気が付くと、ヘヴンのすぐ真横に女の形をした殺戮兵器がいた。

 深緑の瞳には感情は見えない。

 瞳孔の奥に、無機質な環が幾重にも浮かんでいるだけだ。


「ひっ!?」


 咄嗟のことにヘヴンは動けない。

 青白く光る黒い触手は赤く染まった室内を仄かに照らす。

 想定していない状況だった。鉄臭い匂いと、予想を超えた展開はじわりとヘヴンの精神を侵食していく。それでも奥歯を噛み締めて、正気を保つために微笑を浮かべる。


「お、覚えてない? 貴方、一日中眠っていたものね。身体も、もっと小さかった──」


「──エリー」


 喋った。この殺戮兵器の口は飾りではなく喋ることもできるのか。

 驚きと恐怖を呑み込み、発狂を堪えてヘヴンは頷く。


「そ、そう……エリーって」


 女性がヘヴンの頬に手の平を置いて安堵させるように微笑んだ。

 多少は顔が良いと自負しているヘヴンに見惚れた訳ではないだろうが、このまま見逃して貰えないか。言葉が通じるなら交渉はできる。

 なんなら身体や金銭を差し出しても良い。豚のような男相手より遥かに良い。

 そうだ。最悪、命さえ無事ならやり直せる。命があればいずれは勝てるのだ。ヘヴンを無能と切り捨てたここの研究所の人間を皆殺しにできたように。


「私たちって友達なのよ? エリー」


 そう答えた直後、ヘヴンの頭に触手の先端が、爪が頭頂部に刺さった。

 爪が脳髄を抉り、視界に火花が散る。理性も言葉も霧散し、ただ白目を剥くことしかできなかった。


「う?」


「──僕の愛称を気安く呼ばないでいただきたい」


「……オッ!? ぁ、あえ? こ、こえは……?」


 ガクガクと震えるヘヴンの手足を触手で拘束しながらエレノアは囁く。


「嘘はいけませんね。あなたは確か、僕を殺そうと培養槽の設定を弄っていたのを見つかって、ここを追い出された人だ。アルビー博士がよく愚痴ってましたよ。監視にしては随分と無能の働き者だったってな!」


「あ、あえ……」


 壁に両手足を広げ、磔となったヘヴンをエレノアは見上げる。

 ヘヴンの手から杖が落ち、カツンと音が響く。


「アルビー博士や研究スタッフたちが滅茶苦茶キレてたから、よく覚えてます」


 ゆっくりと語る女性の言葉に耳を傾けている余裕はヘヴンには無かった。口端から泡を吹き全身が痙攣していく。


「私の……けいか……かんぺ……」


 股から小水を垂らし、その肌が黒く染まっていく。やがて呼吸困難に至り、血の涙を流して、死に至る姿を深緑の瞳で捉える。

 触手が肢体から外れると、物言わぬ死体が床に倒れ伏した。

 壊れた研究室に静寂が広がる。

 死体を無視したエレノアは既に事切れた白髪の男性に屈み込み、静かに瞼を下ろす。


『自爆シーケンス、残り10分』


 ここで行うことはもうない。

 エレノアは裸体のまま研究室を出て、地上に向かう。


「ギャア!?」


「どうなってる! 想定よりずっと強いぞ! うわっ!?」


 解放されたモンスターたちが他の男たちを襲っていた。銃声音。悲鳴。それらを無視してその間を歩いていく。

 誰もエレノアを襲うことは無かった。

 あくまで襲撃者である人間たちに対して、連携して攻撃し、武器を壊し、命を奪う。


 一歩、一歩、外に近づく度に床を這う小さな触手がエレノアに集う。ゾザザザザ、とその量は地上に近づくほどに増えていく。

 襲撃者の血を啜り、肉を喰らう触手は細い糸へと変わり、編み込まれていく。やがて黒の衣装が形を成し、その肢体を包み込んだ。


 あっけなく全ての人間の命が尽きた。その死骸に目も向けず、通り抜けるエレノアの背中にモンスターたちは追従していく。

 無言の背中に、爪を、牙を突き立てることはない。

 既に格付けは済んでいる。

 エレノアと戦い、勝つ為に触手の付与を始めとした改造によって知能を上げたモンスターたちは、漆黒のドレスを翻す彼女の背後に続々と集う。


 今はこの場からの脱出を。それが知性を宿したモンスター達の総意だった。

 その思いで背後に続くモンスター達を従え、エレノアは進む。


 そのスピードを徐々に上げていく。

 人の速度を優に超えた速さで、駆け上がって行く。


『残り2分』


 自爆まであと少しとなった時、壊された出口が見えた。

 外は静かだった。

 山の中腹、誰にも気づかれない場所で、外に出たエレノアは背中から触手を出す。

 無言で振り向き、手を振るとモンスターたちは四方八方に去って行った。もう会うこともないだろう。次に出会った時に敵意を抱いていたら殺す。それだけだ。


 エレノアは一人で残った。静かに目を閉じて黙祷。ただ、その時を待った。

 やがて研究所が爆発した。

 爆風に押されるようにエレノアは空を最高速度で飛んだ。


 行先は王都、エリュシオン魔法騎士学園だ。


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