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第33話 本契約、わたくしのエリー

 あの夜会のタイミングに合わせて憲兵団が一斉に捜査を行ったらしい。

 王国の将来を担う学園の生徒たちへの襲撃事件。それによる国家反逆罪として、ラトゥール侯爵家は取り潰され、カルディナ商会の人間も多数捕まった。

 ルミナリエ公爵家にも娘が関わったということで捜査が行われた。軽い不正が見つかった程度だが、教会に関する証拠は偶然の火事で地下室ごと消失したらしい。


「真の悪女はセレナ・ルミナリエだった。憲兵団の捜査中に不運にも火事が起きたルミナリエ公爵家は学園襲撃で被害を被った方への賠償と彼女の廃嫡を発表した」


「すごい不運ね」


 後ろから新聞を読み上げると読んでいたヴィクトリアは鼻で笑った。

 あの日の夜会で行ったヴィクトリアによる冤罪証明と教会から授与された灯火。そしてセレナの使い魔が起こした暴走劇は夜会に呼ばれた記者によって正確に書かれていた。

 ヴィクトリアの姿や怖い顔をしたセレナ、暴走した使い魔とそれを倒した僕が紙面で動き、信憑性を強めて王国中に広がった。


 そして遅れる形で教会が保護した平民を新たな聖女とする旨を公表、その平民を教会に導いたということでヴィクトリアに『灯火』の称号を与えることを発表した。

 今度、王都の大聖堂で正式な授与式を行う予定だ。


「祝福の灯火なんて二つ名じゃ、誰も悪女とは呼べませんね」


 灯火のネックレスを弄るヴィクトリアに声を掛ける。


「好きにすればいいけど、呼び方次第でわたくしも対応は変えるわ」


「……灯火様とか?」


「平民辺りは本当にそう呼ぶんじゃないかしら」


 ヴィクトリア以外にも『灯火』という称号持ちは過去にも複数いる。

 魔滅の灯火や発明の灯火といった魔王討伐や優れた魔道具の発明など、成し遂げたことに応じて二つ名が変わる。

 そしてヴィクトリアの場合は、世界に祝福をもたらす聖女を教会に導いたとして祝福の灯火という称号が与えらえたのだ。


「記事を読む限り、どこの家もポンポン廃嫡してるそうですね」


「我が家もゴミ掃除が捗ってるじゃない。今年もそういう時期なのよ」


 憲兵の捜査による結果とは別に、セレナたちにそそのかされて嘘の証言をしたことが公開された令息や令嬢を廃嫡した家も多かったらしい。

 そういった連中は学園からも退学処分を受け、今後は平民として生きることになる。ただ貴族ではあるので魔法は扱える。

 勉強もしていて読み書きもできる。腐らなければ平民より良い人生を歩めるだろう。


「というか普通に平民として店とかで働けばいいのでは?」


「公爵令嬢の冤罪に加担した元貴族の令息令嬢なんて雇いたいと思う? 平民と蔑み、金も無い見栄と矜持だけが肥大化したモンスターよ」


 セレナの処遇は、ミカエルが行った洗脳による影響も多少は考慮されるとして、本来なら憲兵塔送りからの処刑エンドのところを修道院送りで済んだ。

 一応僕からもお願いしたとはいえヴィクトリアが助命を嘆願したことが大きい。

 これには悪女ヴィクトリアが改心したなどと市民間での声が高まっているらしい。


「……多分、ミカエルはセレナを洗脳なんてしていなかったと思う」


 あれは即興の演技だったと思う。

 主の為に、少しでも自分が泥を被ろうという使い魔の忠義だろうか。


「本当に洗脳されていたかはどうでもいいのよ。完全にあの女の所為にするよりは、使い魔に一部の責任を押し付ける方が、都合が良かったもの」


「どういうことですか?」


「処刑なんて一瞬で終わるでしょ? 屈辱を噛み締めて、後悔して、うんと苦しんでから死なないと駄目。セレナは後世まで罪人として認知されたまま、生き恥を晒させないと」


 やっていることとは裏腹に、見惚れるような笑顔をヴィクトリアは見せる。


「セレナには生きた広告塔になって貰うわ。わたくしと敵対した結果としてね」


 ──あの日、ミカエルを仕留めた後のことだ。

 僕はすぐにヴィクトリアの下に向かった。そこで彼女が公衆の面前でセレナに重力魔法を使って跪かせた上で、殴り飛ばすという凄まじい場面を目撃した。


 驚いたことにヴィクトリアはこの短期間の間に重力魔法を習得したらしい。

 ゲームではかなり高難易度の魔法だったから、すごいことだと思う。


「なによ、あの使い魔は!? あたしにも一匹くらいよこしなさいよ! それに重力魔法ですって!? いつの間に覚えけぺっ!?」


「──これはわたくしのお母様を侮辱した分よ。ああ、他の謝罪はいらないわ。自分の使い魔に感謝して、つまらない修道院で一生を終えなさい。聖女の成り損ないが」


「……このッ!」


「憲兵! なにしてるの、さっさと連れて行きなさい」


 腰の入った良いパンチだった。殴り飛ばしてスッキリしたのか、もしくは彼女の中で一区切りついたのか、ヴィクトリアの表情は穏やかな物だった。

 それ以降は憲兵に連れて行かれたセレナとは会っていない。今後の人生に彼女が関わることは無いだろう。


「殺そうとしてきた相手を殺さないであげるのだから、わたくしって優しいわよね?」


「すごく優しいと思う。慈悲深くて惚れそうです。聖女みたい」


「でしょう?」


 悪役令嬢の微笑に、僕は精一杯の微笑みで応じた。



 ◇



「……すまなかった」


 ブラッドベリー家の屋敷、その応接間で第二王子カリウスがヴィクトリアに頭を下げていた。頭を下げているからヴィクトリアの視線が冷たいことにも気づかない。


「昔から知っていた筈だったのに、周囲の意見に流されて君を信じられなかった。確かに不遜で傲慢で手も出してくることは多かったけど、君は信念のある人だった」


 不遜で……の下りから、ヴィクトリアからカリウスに浴びせられる圧が増した。視線で人を殺せるなら彼は何度死んでいるのだろうか。

 だが、その視線に平気な顔で言葉を続ける第二王子もまた王族なのだろう。


「……それで? 寄ってたかってわたくしを私刑にして断罪した後は自己満足の謝罪? その腕はいつまで生やさずにいるつもり? アピールのつもりなら鬱陶しいのだけど」


 確かに。生やせるなら生やして欲しいものだ。

 王族なら高品質な回復薬などいくらでも手に入るだろう。


「教会からの回復魔法は断った。欠損を治せる回復薬は学園の生徒たちに使った。この腕は君を信じられなかった俺への罰だ。君の許可と、いつか自分を許せる時が来たら治す」


「結構よ。お前の理由にわたくしを巻き込まないでちょうだい」


「……そうだな、すまない」


「謝罪するなら王族らしくなんでもするの一言も言えないの?」


「あ、ああ……分かった。君への謝罪だ。カリウス・セレスタリアの名に懸けて、ヴィクトリアからの要求にはなんでも応じよう」


「今は結構よ。ただ、自分が吐いた言葉を忘れないことね」


 ──あの日の夜会を終えて数日。

 騒動が多少片付いたところに、第二王子がヴィクトリアに面会を申し込んできた。直接来たのは誠意の表れか。内容はともかく頭を下げての謝罪とは少し見直した。


『違うわね。これは恐らく誰かの入れ知恵よ。派閥の誰かね』


『えー……。それは、流石に穿った見方では?』


『甘いわね。お前みたいなのが騙されるのよ』


 ならば、非公式の謝罪の場を設けたのは何かの政治的な判断だろうか。

 そういうのは分からないが元婚約者同士、あるいは王家とそれを支えていたブラッドベリー公爵家の関係を表面だけでも修復させようという計らいか。


 つん、と顔を背けるヴィクトリアの背後に僕は待機していた。ミステリアスセクシーお姉さんとして色艶のある凛とした表情で佇んでいる。

 使い魔として彼女の護衛をしているのだが、どうやら第二王子は使い魔を連れて来ていないようだ。武器も持っていない。扉の前にいる護衛騎士が来る前に余裕で殺せる。


『この愚か者は都合の悪いことはすぐに忘れるわよ。愚かで感情的になりやすいから教会の傀儡にもされやすい。反省したような顔をしてるけど、恐らく婚約者の関係に戻らないかとか言いだすわよ』


『そんなバカな……』


 いや心当たりはあった。

 ゲームでも順当にいけば第二王子カリウスが次の王になる。カリウスルート以外でも教会の傀儡として君臨し、教会にとって都合が良い政策を行うのだ。


『この男の器は大したことないわ。傀儡であって王の器じゃないのよ』


 この面会で僕のお口はチャック。ヴィクトリアからは喋るなと言われていた。

 だから僕は静かに彼女たちの話を聞き、事態の行方を見守るしかない。


「何度でも言わせて貰う。……本当にすまなかった。ヴィクトリア。もし、もし……君さえ良かったら、また俺の婚約者に──」


 うわ、本当に言った。

 思わず愕然とした僕を他所にヴィクトリアは、ふん、と鼻を鳴らす。


「生憎だけど、既に終わった話を蒸し返すほど、わたくしは都合の良い軽い女になった覚えはなくてよ? 話は終わりね。なら帰りなさい恥知らずが」


 バッサリと切り捨てられ、反省したような顔で別邸を去るカリウス。

 外に塩をまくようにセシリアに告げたヴィクトリア。恐らくだが彼女たちの距離は二度と縮まることはないだろう。


「……で、ちゃんとさっきの撮ったわね?」


「ばっちりと」


 僕が手にするクリスタルには、しっかりとカリウスの言葉が録音されている。貴族の名前に賭けて、ヴィクトリアの要求になんでも答えると。

 矜持と面子が重視される貴族だ。それも王族が一度吐いた言葉は飲み込めないだろう。


「せいぜい、わたくしの為に活用させて貰うわ」


 今後ヴィクトリアがどんな要求をするのかは分からないが、その横顔は悪いことを考えている微笑が浮かんでいた。



 ◇



 こんな感じで人間関係がヴィクトリアの手によって清算されていった。

 レスティナも廃嫡と共に緩めの修道院に送られた。ブラッドベリー家でヴィクトリアを裏切った女中や侍女、護衛騎士や従僕はクビになる。

 唯一、アリシアに関しては驚くことにセシリアが嘆願したことでクビを免れた。


「セシリアからのお願いなんて殆ど聞いたことが無かったもの。あの子の管理下で侍女兼おやつとして、この屋敷に置くことにしたわ」


「おやつって……」


「それくらいの褒美があった方がいいでしょう? 人の好みにまで口は出さないわ」


 淫魔のおやつか。……あまり深く考えない方が良いだろう。ひとまず、クビの危機を乗り越えたアリシアは今後セシリアの責任の管理下で働くことになった。

 そんな話をしながら、僕たちはゆっくりと別邸の中庭を二人きりで散歩していた。

 薔薇や百合、その他にも色とりどりの花が咲き誇る中庭は見事なものだ。


「それで……ヴィクトリアさん」


「なによ?」


 そんな中で気になることがあったのでヴィクトリアに話しかけ、向き合う。


「復讐は果たされたと思うけど、仮契約は更新しますか?」


 ひとまず僕の考える限りでは大抵の者に報いを与えたと思う。

 ゲーム本編はまだ始まっていない。それでも、ヴィクトリアの運命の袋小路に風穴を開けることはできたと思う。

 今の彼女なら、主人公が来たとしても腐らずに前に進んでいける。

 きっと大丈夫だ。


(……アルビーは出てこないか)


 あれからアルビーとは夢で会えていない。

 男になれる気配もない。やはり彼女が学園を卒業するまで待たないといけないようだ。けれど彼女が今後も僕を使い魔として使役し続けるか不明だ。

 だから曖昧にせず聞くことにした。


 僕とヴィクトリアは仮の契約関係だ。他人がどう言おうと、彼女が契約を断れば僕の男に戻る道は失われる。その時はアルビーへの義理立ても十分だろう。

 そうなれば未練の消えた僕はこの王国から去る──


「もうしばらくすれば学園が再開するわ。その頃には二年生になってるでしょうけど」


「……ええ、そうですね」


 その話は知っている。

 今は学園防衛面の工事や警備の見直しなど細かいことがあるらしいが、いずれ確実に学園が再開されるだろう。その頃にはヴィクトリアは学園の二年生になる。

 遂にゲームをプレイした時期に突入するのだ。


「お前が知っているか知らないけど、学園では使い魔を使った授業もあるのよ。わたくしは忙しいから、他の使い魔に変更している時間も中々取れないの」


「……」


「それに、まだ復讐していない相手もいる。別にお前がいなくてもどうとでもなるけど」


「……相手は、第二王子とか? 土下座でもさせたら良かったじゃないですか」


「生温いこと言わないで」


 ヴィクトリアは僅かに視線を地面に落とした。


「だから……」


 そこで言葉を止める彼女を見て、僕は手を差し出した。

 なんとなくだが、言いたいことを察した。


「ヴィクトリア」


「……なによ」


「僕にあなたを助けさせて欲しい。学園を卒業するまであなたの使い魔でありたい」


 少し直球だったろうか。でも、口にしたことは嘘ではない。

 驚いたように紫紺の瞳が見開かれる。


「駄目かな?」


 そう口にすると彼女は僅かに唇を結び──ゆっくりと微笑を浮かべた。太陽ほど明るい物ではないが、満月が霞むような微笑だった。

 それから、静かに叱るような、噛み締めるような口調で囁いた。


「……生意気ね。いいわ。そこまで言うなら本契約にしてあげる」


 手を差し出される。その時、ゲームのテキストの一文を思い出す。

 ──貴族の握手は絶対遵守の契約に他ならない。矜持と面子にかけて守られる。

 貴族の握手がゲームと同じくらい現実でも有効かは知らない。あとで聞いてみよう。


「学園卒業まで使い魔として力を貸しなさい。──わたくしの、エリー」


 ただ、彼女の手を握ったこの瞬間だけは確信できた。

 きっと最後のその時まで──。

 ヴィクトリア・ブラッドベリーの運命は、僕が塗り替えていくのだと。


ここまで読了、そして応援をありがとうございました。

この作品が少しでも

「悪くないわね」「ふーん……続けなさい」「褒めてあげてもよくってよ」

と思ってくれた方は☆をお願いします。

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