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第32話 慈悲

 セレナを中心に暴風が吹き荒れる。

 咄嗟にヴィクトリアを抱えて後ろに下がる。


 光を纏い、彼女の前に出現したのはセレナの使い魔ミカエルだ。

 一瞬、目が合う。だが、僕を無視するように目を逸らした彼は両手を広げ、まるで世界に宣伝するかのように大仰に笑った。


「この瞬間を待っていた!」


 そう言ってミカエルの背中からは黒い翼のような物が生える。

 色を変えたらしい。だが、見てくれを変えたところで──


「お前の触手に似てるわね」


 ヴィクトリアの言葉に、僕は視界を拡張する。

 よく見ると翼は小さな黒い触手を一本一本編み込んだような見た目をしている。

 それがつまりどういうことか。思考を纏める前に、使い魔の首輪を引き千切ったミカエルは声を荒げてセレナを睨みつける。

 その表情に天使らしさなど欠片もない。翼や表情も相まって、堕天使のようだ。


「このクソ主人が! 折角、洗脳したと思ったらつまらん終わり方しやがって!」


「……洗脳、ですって?」


「気づかなかったのか、間抜けめ!」


 苦痛に歪むセレナの肩をミカエルは蹴飛ばす。

 悲鳴を上げる彼女が床に転がる。

 大声を出すミカエルの言葉には疑問がある。だが直後に僕はヴィクトリアに命じられる。


「──行きなさい、エリー」


 行くってどこに? と思ったが太腿の紋章がぴりっと疼き、身体が前につんのめる。

 戦えということらしい。


「じゃあ、ヴィクトリアは下がってくれ」


「それは命令? このわたくしに?」


「……提案です」


 脚に力を入れ、飛び出す。同時に反旗を翻した使い魔ミカエルがセレナを蹴飛ばそうとする瞬間に、触手を出して割り込む。


「……!」


 受けてみて分かる。これは人間に向けたら即死する威力だ。


「……邪魔をするな!」


 暴風にテーブルや軽食などが吹き飛び、悲鳴や金切り声が上がる。


「いや、まずは貴様たちからだ! 我が野望を邪魔しやがって。見ろ! 貴様に負けたことで、クソッたれの主人と教会からはこんな物を取り付けられた!」


 バサッと黒い翼を広げるミカエルは叫ぶ。


「……こんな物?」


「醜い! 強さだけを得た触手で我が光は見る影もない。私は地に堕ちたのだ」


「あなたの事情は知りませんが、主人を洗脳するのはどうなんですか? ……本当に洗脳して──」


「うるさい!!」


 蹴りも殴打も、翼の斬撃も。ミカエルの攻撃はひたすら苛烈だった。

 ガギィィィイイン、と翼と触手がぶつかる。

 教会から取り付けられたという漆黒の翼は血のような赤い光が胎動している。

 見覚えがあった。僕がまだ研究所にいた時に見たモンスターの触手と似ているのだ。


「醜い。だが力が溢れる! これなら貴様にも負けん!!」


 そう言いながらミカエルは周囲に翼の先端を吐き出す。

 それは触手ドローンを劣化させたような見た目だが、宙に浮くと同時に周囲にいた子息令嬢に襲い掛かった。

 一人の令嬢が小さな触手に拘束される。人質にでもするつもりかと思ったが、次の瞬間に劣化ドローンは二つに斬り裂かれた。


「すまない。遅れた」


「あの化け物を囲め! 他の連中は避難誘導と学生の護衛を!」


 マーティンだ。ヴァルターもいる。

 外の警備をしていた憲兵たちが中の様子に気づいたのだろう。

 ミカエルの展開したドローンを憲兵たちが冷静に魔法や剣で破壊していく。その動きは迅速だ。組織化された動きには無駄がなく高い練度が窺える。

 拘束された学生たちも命を奪われる前に脱出することに成功したようだ。


「……あのドローンが弱いのか?」


 憲兵たちの中ではマーティンの剣技が一番冴え渡って見える。

 無駄な力みもなく、バターを切るようにミカエルドローンを斬る。その間に、ヴァルターや憲兵たちが着実に令息令嬢を逃がしていく。

 学園襲撃の二の舞は避けたいのか、全ての出来事が迅速に行われる。目まぐるしい展開が続く中、叱咤するように僕の頭にヴィクトリアの声が届く。


『余所見しないで早く倒しなさい』


 ヴィクトリアの情報伝達魔法が届く。

 すぐに見つけた。彼女は二階の回廊から僕を見下ろしていた。


『お前の提案を聞いてあげたわ。存分に戦いなさい』


 僕は下がれと言ったのだ。決して敵の攻撃が当たりやすそうな場所に移動しろとは言っていない。

 そう返事をしようとした僕の頬を抉るように翼が横に薙ぎ、触手で受け止める。


「余裕だな! それとも主を狙えばその顔も苦痛に歪むのか!?」


 空を飛ぶミカエルはヴィクトリアを狙うように翼を羽ばたかせる。

 憲兵たちの使い魔──鳥や飛行手段を持つモンスターも追うが地面に押し潰される。


「雑魚は消えろ!」


 広範囲に行う重力魔法だ。ぐしゃりとテーブルや軽食、床が潰される。


【反重力触手機構:稼働中】


 範囲内にいる殆どの憲兵たちも地面に伏せて動けない。

 その中で僕は重力に逆らい広間を飛ぶ。そのままミカエルに迫ると触手を振るう。

 彼が展開している触手の翼は、当時、僕の身体が戦った研究所で生き残っていた個体並に強いと思う。だが倒せない訳ではない。


「あなたの重力魔法はもう僕には効かない。その触手も」


「黙れッ!」


 幾度も翼と触手をぶつける。その度に火花が散る。

 僕が振るう触手の数を増やしていくとミカエルの被弾箇所が増えていく。


(ここだ)


 触手から触手を生やして天使の翼を貫き、制御を失ったミカエルは床に落ちた。

 僕は広間の壁に着地し、ミカエルを見下ろす。この触手、いつの間にか重力パワーで壁にも垂直に立つことができるようになったらしい。


「ぐっ……!」


 堕天使は険しい顔で僕を見上げる。

 ……ドレスの中を覗かれるのが嫌なので触手で捲れるのを防ぐ。


「気に入らないな。それだけの力があって主の意思に何故従う。貴様は選ばれた側だ。そんな枷を引き千切って好きにできる筈だ」


 トントン。首を叩くミカエルを僕は見下ろす。


「……別に奴隷みたいに従うつもりはありませんよ。僕にはやりたいことがある。ヴィクトリアが間違った方向に行ったら正したい。破滅ではない、幸福の明日に進ませたい。それは下僕でも侍女でも執事でもない、使い魔だからできることだと思う」


 返事は無かった。だから聞き返す。


「あなたは違うんですか? ミカエルさん。……投降しませんか?」


「……貴様が同じ立場ならするのか?」


 以前に戦った内容をやり直すように、ミカエルは翼を収束させる。


「使い魔は主を守る為にいる。主がどんな意思を抱いても、どんな道を行こうとも、その先を照らし続ける存在だ」


「……選んだ道が間違っていても?」


「間違っていても。その道がどれだけ険しく、愚かで、残酷でも。決して使い魔は主を裏切らない。あらゆる困難を、命を賭けて切り開く」


 その言葉を嘘だとは思わなかった。

 なんとなくだが、ミカエルがやりたいことが伝わる。


 たとえ道を違えても主を庇い、守り、盾となる。その覚悟を僕は受け取った。

 ……感服だ。凄いよ、あなたは。

 その先が死ぬと分かっていても進めるなんて。逃げようとか、裏切ろうとも思わないなんて立派な忠誠心だ。そう思いながら僕は拳を握る。


「なら、ミカエル。僕はあなたを殺す」


「来い、エレノア・オムニティス」


 壁から落ちる。

 自由落下。そこに触手噴射を加えて、ミカエルに向かって加速する。


「堕天ではない。この翼は、光を捨ててでも再び空を飛ぶ為の物だ!!」


「……ッ!」


 ミカエルは一振りの剣並に収束させた翼を突き上げる。

 対して、僕は触手を纏った拳を振るい──正面から打ち砕き、ミカエルの胴体を貫く。


「まだ……」


「いや、終わりだ」


 触手の翼がボロボロと崩れ落ちる。

 それでも相打ちを狙っているのか僕の胸元に手刀を振るう。それを触手で斬り飛ばす。

 その攻撃が最後の抵抗だったらしい。

 だらりとミカエルは僕にもたれかかる。胸を貫かれた状態で、彼は僕にしか聞こえない程度の声量で告げた。


「──都合の良いことだと分かってる。だが……あの愚かな少女に慈悲を……頼む」


「……僕は」


「地獄で待ってるぞ」


 何かを言おうとして、でも喉につかえる。

 ミカエルは返事を待つことなく、その身体から熱を消失させた。


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