第31話 お前は聖女ではない
レスティナが認めた。セレナの取り巻きの一人が認めた。そのことに周囲は騒めく。
「ず、ずっと……ヴィクトリア様を脅すように色んなことをさせられていて、ヒグッ……今日だって、あんな酷いことを……でも、もう隠したくない……!」
頬を伝う涙。それを拭うレスティナは嗚咽を漏らす。
「その酷いことってこれかしら?」
演技派レスティナの言葉にヴィクトリアが僕を見る。
映像を切り替える。
投影された内容は今日の物だ。レスティナに付着させた触手ドローンが撮影した物で、先ほどまでヴィクトリアがニヤニヤ笑って弄り回していた内容だ。
『お待たせしました』
『遅いわよ、この愚図が』
『……申し訳ありません』
偽造の手紙を、レスティナがセレナに渡す場面だった。
ブラッドベリー家の蜜蝋がされたソレにセレナは態度を変え、満足そうに笑っていた。
『レスティナ、やるじゃない。これでアイツを潰せるわね』
『はい。申し訳ありません……偽造文章の精度を向上させたり、あの家の印鑑の入手に時間が掛かったと、あそこの侍女が言ってまして……』
『間に合ったし、許してあげるわ』
『今夜、あの悪女を成敗されるんですよね?』
『ええ、そうよ。期待していて頂戴』
映像のセレナは今の彼女と同じ白いドレス姿だ。
同時にレスティナから受け取った手紙を小さなポーチに仕舞う。そのポーチも彼女は所持していた。
広間にいる令息令嬢の視線が彼女に集中した。咄嗟にセレナの手がポーチを庇う。
「ちがっ! これはヴィクトリアの不正の証拠で……」
セレナの声に被せるように投影した映像の音量を少し上げる。
『それと……あの侍女からの連絡なんですが、ヴィクトリア様の自室に……あの手紙だけではなく、追加の資料も隠しておくことに成功したそうです』
『やるじゃない。約束通りお前の実家の借金は、あたくしがなんとかしてあげる』
『ほ、本当ですか?』
『ええ、あたくしは聖女。有能な部下にはキチンと施しをするものよ』
セレナの顔色が青白く染まっていく。
「違う!! これはレスティナがやったことで……!」
セレナが叫ぶも、スクリーンに投影された映像は止まらない。
「大変だったわね」
「……ヴィクトリア様」
ヴィクトリアはレスティナに微笑んだ。気がつけばレスティナはうっとりとした表情でヴィクトリアを見上げていた。
レスティナの実家が抱えていたという借金は、あの日の喫茶店でヴィクトリアが即金で支払った。その瞬間にレスティナは鞍替えを決意した。尻の軽い女だ。
『セレナ様。ところであの手紙は……確か学園が野蛮な平民たちに襲われた時に関する物でしたよね? 確か、警備をわざと手薄にしたとか……大丈夫ですか?』
『ええ、大丈夫よ。偶然、あの日に警備を移動させただけ。何人か死んだけど、あんなのは不運な事故よ。どのみち、あんな連中が生きていても大成もしないでしょうしね。……ああ、レスティナ。お前は別よ』
『あはは……ありがとうございます。では、以前言っていたように本日の夜会でヴィクトリア様の罪を告発されるんですね? 楽しみです』
『期待していなさい。最高のショーを見せてあげる』
『まあ、怖い。正義の鉄槌が落とされる訳ですね?』
『ええ、もちろんよ。ふふっ』
そのやりとりを経て、タイミング良く、悪い顔をしたセレナの姿で停止した。
広間は静かだった。
だが、やがて理解を得た令息令嬢の声が一斉に業火のように広まった。
「お前がやったのか!」「許せない!」
「人殺し!」「この悪女め!」「何が聖女だ!」
先ほどまで彼女に向けていた尊敬や敬愛のような物は消え失せ、恐ろしい獣を見るような眼差しでセレナを見つめる貴族や平民たち。
罵倒し、陰口を叩く者もいる中、セレナは両手を組んで無実を訴える。
「嘘よ! 皆、騙されないで! ……カリウス様、あたくしを助けて! カリウス様!」
「不運な事故だと? これが本当なら君は何をしているんだ?」
吐き気を抑えるように顔を歪めた第二王子はセレナから逃れるように一歩下がる。
怒りを滲ませた顔で失われた腕を握るカリウスを庇うようにフラリスが前に出る。彼女は広間にいる警備に命じて、セレナからポーチを奪い取らせる。
「はい。どうぞ、悪女様」
そして、フラリスはポーチをヴィクトリアに渡した。
「あら、主催者直々になんて殊勝じゃない」
「……そろそろ茶番を終わらせて貰えますか?」
「もう少し楽しませてちょうだい。その間、お前はアレと戯れていればいいでしょう?」
アレ──すなわち第二王子のことだろう。
フラリスは不快そうな顔でヴィクトリアを睨みつける。
「昔から思ってましたが、アレとかバカ王子とか、カリウス様に対する敬意はないんですか?」
「無いわね。アレは優しいだけの男だもの。教会が祭り上げているだけで王の器ではないわ。アレを選ぶのは止めておきなさい。きっと飽きるから」
「……私は飽きませんが」
「いいから。主催者らしく仕事をしなさい」
そんな女たちの小言でのやり取りの末、一度ポーチを受け取ったヴィクトリアはそれをフラリスに返した。
彼女は藍色の髪を揺らして、ポーチの中から手紙を取り出した。
主催者自らが今回の件に介入するという意思表示らしい。
「これを私たちが見たところで本物かどうかの判断は難しいでしょう。ですから」
フラリスは僅かに声を張り上げて、献花台に目を向ける。
一人の司祭がゆっくりと僕たちに近づいて来た。
「この証拠文書の真贋を確認するため、教会の公認鑑定士に対応して頂きましょう。フリードリヒ・マーヴェント様、お願いいたします」
司祭のローブを纏い、杖を持ったフリードリヒが静かに頷く。
厳かな雰囲気を漂わせていると、先ほどの下僕ムーブは演技だったのかと思わせる。
「フリードリヒ。こちらの手紙も鑑定しなさい。わたくしの部屋に隠されるようにあった、学園襲撃の時間帯に警備を変えるように指示を出している手紙よ」
「かしこまりました」
確か、教会は中立的な立場で、司祭以上は魔法や使い魔に関する専門的な知識を持つとされるため、貴族社会での信用度が高かった筈だ。
その中でも『教会公認の鑑定士』という肩書は、司法と並ぶ絶対的な信頼性を与えるのは、ゲームだけではなく現実でも同じらしい。
「……これはおかしいですねえ」
あまり時間は掛からず鑑定は終わった。
にやけた顔をしたフリードリヒを広間に集った者たちが注目する。
「本来、貴族が出す書簡には封緘や押印に認証魔法が付与されているものです。それにより、手紙の真正性──誰が出したか、内容が改竄されていないかを保証しますが、王国で保管されている認証式とは異なるようですね」
「つまり?」
「──これらの手紙は偽造された物かと」
「なるほど。……ちなみに筆跡鑑定を出したけど、わたくしの物では無かったわ」
そうして鑑定に関する書類を僕に渡してスクリーンに投影を促す。
偽造された文書。鑑定結果。
それらが令息令嬢の目に晒され、ヴィクトリアは笑みを浮かべた。
これで決着はついたのだろう。これから金銭で買収された者たちはセレナを売るだろう。それに騙されて糾弾した者も彼女を見放す。
「可哀そうに。わたくしに冤罪を押し付けてまで殿下の目を惹きたかっただなんて……。でも、テロリスト集団に情報を売って、負傷した殿下を助けて気を惹こうなんて……お前程度の売女がそんなにうまくいく訳ないじゃない。身の程を知りなさい」
「……は?」
ヴィクトリアの言葉にセレナの顔から表情が抜け落ち、次の瞬間には激昂に染まった。
「はああ!? あたしっ、あたくしがそこの男に興味があったなんて言い方やめてよね! あんな男、王族であること以外に何の価値もないから! 大体、そこの司祭だってお前の手の者だろうが! フラリスも! どうせ買収したんだろうがっ!!」
「あら? 神聖な教会の司祭と、公平のヴェルダント公爵令嬢になんて口をきいている訳? 謝りなさい。これまでの悪逆非道の数々も含めて、皆に謝罪されるのが筋では?」
「ちがう……ッ!! あたしは悪くない……!」
間違いなく不敬だと思う発言だったが、第二王子は何も言わなかった。
普段の聖女ムーブしか見ていなかったのか。顔を赤く染め、目を見開き、歯を剥き出しにし、殺意に顔を歪めたセレナの姿に、周囲の学生たちは引いている様子だった。
ヴィクトリアはまるで怯えたように口元を覆い、怖がるような顔を僕に向けた。
「あら、わたくし、眩暈が……。エリー、受け止めなさい」
演技と分かっていても、内心ドキドキさせられる。
絵面としてはセクシーお姉さんが美少女を支える構図だ。でも、ここは男の姿の方がきっと絵になったに違いない。
しかし、男女間だったらこんな距離感にならなかった気もする。難しいところだ。
(そもそも本当に男に戻れるんだろうか。……いや、今はそれどころじゃない)
そんな考えを誤魔化す為に強めに抱き寄せる。
「……かしこまりました、ご主人様」
周囲の男たちは弱々しいヴィクトリアの姿にわずかに相好を崩し、それからセレナを蔑むような一瞥を与えた。
だから彼らは知らない。
僕を見上げたヴィクトリアの紫紺の瞳に宿る喜悦を。
口元を手で覆うのはセレナに罵詈雑言を浴びせられたからでも、ましてや冤罪に苦しめられたことによる悲しみの嗚咽を押さえる為でもない。
ただ、復讐相手が潰れていく様を見て、浮かんだ笑みを隠していただけだった。
「容姿も頭脳も優れたわたくしへの嫉妬に狂い、人々からの賞賛を求めて、情けない男に媚びて、王族に嫁ぐことで聖女になりたかったのでしょうけど、お前には無理よ」
まだ言い足りないのか、彼女は僕の腕に抱き留められながら言葉を続ける。
セレナを擁護する者はいない。寧ろ、今にもヴィクトリアにとびかかりそうなセレナを警備の者が押さえていた。
床に仰向けで倒されて、それでも吠える少女に向かって、ヴィクトリアは告げる。
「──だって、教会は別の人間を『聖女』にするもの」
「……は?」
「あら? 知らなかったの?」
僕を見上げるヴィクトリアはどこか妖艶に微笑む。
つくづく顔の良い女だと僕は改めて思った。
「ねえ、フリードリヒ? 確か、リュートアチュル村の生き残りだったわね。なんでも大火の中で逃げ延びた善良な平民だとか」
「…………」
「まあ、お前の立場からは正式に公表されるまでは言えなかったわよね。どのみち数日以内に教会から公表予定だから今教えてあげる」
ヴィクトリアは僕から聞き出した情報を元に、ゲーム主人公をハット商会に探させた。
顔も名前も出身の村まで分かっていたので探すのは容易だったらしい。
ゲームと同名の村は何年も前に大火事で滅んでいたらしいが、その近隣の村に主人公と思われる人物を発見した。
そのうえで怪我の治療などで神聖魔法が使えることを確認して教会に知らせた。
「平民が魔法を、それも神聖魔法を使える訳がないでしょう!?」
「お前のところから輩出した聖女以外は、誰もが平民だった筈よ。それにこれは教会の決定よ。調べたところお前の数倍の魔力量だったらしいわ」
「……嘘よ。証拠が、そう、証拠がないわ。お前の出まかせよ!」
ちなみに嘘ではない。本当だったのはヴィクトリアと共に確認済みだ。
ヴィクトリアの報告を受けた教会は調査を行い──結果、セレナよりも魔力量があり、強大な神聖魔法を行使できる才能ある平民を保護したらしい。
そこからすぐに主人公を聖女とするのが決定した。その旨を記した感謝状と特別な称号と装飾品を授与する式を大聖堂で開くらしい。
「ああ、そういえば教会から無理を言って先に貰ってきたのを付け忘れていたわね。エレノア、あれを着けて貰える?」
僕は無言で、うっかり忘れていたらしい彼女の首元にネックレスを着けた。白い首筋に光るのは浄化の結晶という特別な石で、石の中に白銀の炎が灯っている特殊な物だ。
「あれって灯火……?」
「嘘!?」
「教科書で見た……本物じゃないのか」
魔王を討伐したり、新しい物の開発で暮らしを豊かにしたり、世界平和に貢献した者に対して教会から与えられる称号と装飾品のゲーム仕様は現実でも同じだった。
ただ、ゲームとは違って所持するだけで学のある者ほど感嘆し、ヴィクトリアを見る目が変わる。『灯火』と呼ばれる称号は教会の権威に基づいているからだ。
そしてここにいるのは学生だ。知恵のない平民ではない。
正しくヴィクトリアが身に着けた物の価値と、その背景まで察する者が大半だろう。
「それっ……本当に灯火なの!?」
「貨幣と同じくこれの偽造が重罪なのは授業でも出ていたでしょう?」
「そういうことじゃ……!」
「あら? 希代の悪女が持っていることがおかしい、と言わんばかりね? そうよね、だってこれはわたくしがお前たちと違って世界の平和に貢献した証だもの」
学生たちの中でも、特に驚愕の表情を浮かべたのは聖女を輩出してきた家系のセレナだ。大きな目を見開き、震える指先をヴィクトリアの胸元に指す。
「本当に聖女をお前が見つけたって教会が認めたの!? 悪女のお前が!」
「ええ、お前なら本物かどうか分かるでしょう? 聖女が力を注いだ特別な石なんて実家にあるでしょうし。……これに誓って今日吐いた言葉に嘘はないと言っておくわ」
淡い白銀の炎が薄っすらと周囲を照らし、フリードリヒがゆっくりと跪いた。熱心な教会の信者なのだろう、フリードリヒに習うように頭を下げ、涙を流す学生もいた。
そして、ヴィクトリアとセレナのやりとりに周囲はざわりと騒ぐ。
「──セレナ様は聖女じゃない? 偽物だった?」
聖女の誕生を教会が公表する。
それはつまり、この王国では新たな魔王が誕生したことと同義だ。
今まで公表が無かったのはセレナの所為ではない。魔王が出現しなかったからだ。──という言い訳はもう通じない。
魔王を倒す為に聖女は強力な神聖魔法が使えなくてはならない。ただ、使える程度のセレナではダメだ。今の時代ではゲーム主人公以上の才と魔力量でなければ無理だろう。
生まれた時代が違えば可能性はあったかもしれないが、
「あたくしはっ……!」
「選ばれたのは平民でお前は聖女ではないわ」
──多分、この時だろうと、後から振り返って思う。
「は、はは……」
ヴィクトリアの言葉の中でセレナを最もキレさせたのは。
「ははは、はははは、ハハハッハ……!!」
壊れたように笑いだすセレナに、シンと静まり返った広間。
しばらく笑い声が響いたが、それも止まった。
ゆっくりと顔を上げて、感情が失せた顔をした少女が呟いた。
「みんな死ね」
途端、彼女を中心に暴風が巻き起こった。




