第30話 真実を明確にしなくては
遂に学生たちを慰安する夜会を開催する日がきた。
準備は万端、会場は先日出会ったフラリス・ヴェルダントの別邸だ。
「公爵家の中で中立・公平を謳うヴェルダントですもの。学園での時のように平民や下級貴族も集まりやすいわ」
ゲーム内では貴族の細かい事情については学ばなかったので、そういうものかと頷く。屋敷の周辺にはテロリストを警戒しているのか、憲兵団や家の騎士が警備を担当している。
会場となる広間は豪華だった。
天井に設置された魔導具はどういう理屈か雲一つない星空を映し出し、音楽隊による優雅な演奏が耳を楽しませる。
妖しさすら感じられる夜会の雰囲気は、以前に参加した血染めの舞踏会とは大違いだ。
今回、僕は紫紺色のドレスを着用しヴィクトリアの隣を進む。
彼女はゲームでも見た悪役令嬢らしい姿だった。真紅のドレス。瑞々しい肢体。堂々とした美貌は、歩く度に人々が道を譲っていく。
『注目されてますね』
『いつものことよ。それに今回はお前も見られてるわよ』
『僕が?』
『あれだけ大勢の前でセレナの使い魔を負かしたんですもの。セレナが教会に取り入ってうまく情報統制しようとしても、人の口に戸は立てられない。ここにいる貴族の大半は間違いなくお前が賞金首を討伐できる実力の持ち主だと確信しつつあるわ』
『そうなんですか』
『あとは学園襲撃で生き残った平民や下級貴族はお前に少なからず感謝しているんじゃないかしら。まあ、傍にいるわたくしが眩しくて近づけないのでしょうけど』
それでも近づいて来る勇気のある学生たちにヴィクトリア仕込みの挨拶を行った後、僕たちは会場の一角、少し離れた壁際に向かう。
学生たちもあまり近づかないここには黒い布を掛けた祭壇があった。
献花台だ。ここの一角には消音魔法が掛けられているのか、足を踏み入れた途端、ぴたりと音楽隊の演奏が聞こえなくなった。
ヴィクトリアが持参した真紅の薔薇を祭壇に置く。僕はその隣に青白い百合を置いた。
「──死者の魂が偉大なる女王の光に導かれんことを」
献花台の管理をしていた司祭が頭を下げる。
「あなた方のように、悼む者がいる限り死者は決して孤独ではありません。死者にもあなた方にも女神の祝福があらんことを」
小難しいことを言っている男はフリードリヒ・マーヴェント。
ヴィクトリアの下僕だ。
王都の大聖堂で仕事をしている筈の司祭が怪しげな笑みを浮かべる。
「フリードリヒさん。なぜここに?」
「わたくしが呼んだのよ。今回の夜会では使えそうだから他の司祭と代わって貰ったわ」
「ヴィクトリア様が呼ぶのなら、どこへでも参じるのが下僕の務めです」
「ふうん」
ヴィクトリアが呼んだのなら何かしら役に立つ場面があるのだろう。
司祭と献花台から去ると、魔導照明はその明かりを少し増した。
夜会の音楽も最初からあったように柔らかな音色を奏でられている。人々のざわめきも耳に届く。同じ空間の筈なのに魔法って凄いんだな、と実感させられた。
「……」
気づくと、ゆっくりとヴィクトリアが周囲に目を向けていた。
誰かを探しているらしい。その視線を追いかけると一人の少女が佇んでいた。
「あの子は?」
「……ああ、前に会った時は仮面を着けていたものね。あの子がフラリス・ヴェルダント。あっちにいるのが第二王子のカリウス・セレスタリアよ」
藍色の髪の少女、フラリスが第二王子と何かを会話していた。主催者と第二王子は何やら非常に和やかな雰囲気である。
第二王子は礼服だが、片腕が無いのか上着の腕部分が揺れていた。それでもそこに悲壮感を感じさせない為か、平然とした様子で応対しているようだった。
「……あの男、ちゃんと来たのね」
ヴィクトリアの元婚約者。そう認識するとなんとなく、彼女の横顔を見る。
彼らを見るヴィクトリアの横顔には嫉妬も怒りも感じられなかった。
「……なによ」
「いや……横顔が綺麗だねって」
「は?」
褒めたのに冷たい目を向けられる。
ここで目を逸らすと好感度が下がる気がして、グッと堪える。
「嘘じゃないよ? 本当だよ? ヴィクトリアは可愛いから」
「……あっそう」
ヴィクトリアはしばらく僕を睨むと、つんと顔を背けて、肩をぶつけてくる。
そんな中、何かを見つけたらしく目を細める。その視線を追いかけるとフラリスや第二王子の会話に混ざる白いドレスの少女を見つける。
恐らくあれがセレナだろう。少し疲れたように見える。
セレナの背後を付き人のように従うのはレスティナで、チラリと僕らを見た。
「今日まで周囲への根回しや、夜会での醜態で発生した噂の沈下工作、教会への追加寄付やメディアの買収……おおよそ聖女候補のすることではないわね」
どうやら血染めの舞踏会での敗北から忙しかったようだ。
「役者は揃ったわ。準備はできてるわね?」
「ええ。いつでも」
ヴィクトリアの言葉に僕は頷く。
今日の僕の仕事はあまり多くない。彼女の護衛と、用意した映像クリスタルに保存された内容を指示に従って順番に投影するだけだ。
エリー、とヴィクトリアは僕の愛称を口にした。悪役令嬢の顔で彼女は僕を見た。
「わたくしの復讐。しっかり見ていなさい」
そう言って、彼女は会場の中心に歩みを進める。
広間に広がる音楽が変わる。
歩くだけで存在感を主張する彼女は当然のように生徒たちの目を集める。
「──お前は、今日も聖女を偽るのね。セレナ・ルミナリエ?」
何の合図もなくヴィクトリアの声が広間の空気を引き裂き、空気が変わった。
まるで王女のような気高い立ち振る舞いと、よく通る声に誰もが息を呑んでいた。
「随分と鋭い視線ね。ヴィクトリア・ブラッドベリー?」
その中で唯一、両手を祈るように握ったセレナが小首を傾げる。
「先日、ある令嬢が身に覚えのない冤罪で糾弾されたわ。匿名の方から証拠や証言もあると言われた。力づくで頭を下げさせられた」
「それは当然よね。だって──」
セレナの嘲笑を含んだ声を無視して、ヴィクトリアはその声を広間に響かせる。
「でもわたくしは思うのよ。あの日、無実の人間を冤罪に陥れ、あまつさえ暴力を振るったことは、果たして許されることかしら? たとえ、直後に痛ましい事件が起こってうやむやに流されたとしても名誉を損ねたままで良いものかと」
彼女は歌うように次々と言葉を紡いでいく。
ゆっくりと両手を広げ、指先の一つ一つに意思を込める。
「亡くなったわたくしの良きお友達──アンドリュー・シルヴァンやリュカス・アストリアの言葉を一つ借りるわ。真実を明確にしなくては。そうでしょう? カリウス殿下?」
突然、第二王子に話が振られた。
彼の視線が泳ぐ。何かを言おうとして言えない。その震える手にフラリスが触れる。フラリスの微笑はまるで牽制するようにセレナやその取り巻きを近寄らせない。
やがて、第二王子カリウスは小さく頷いて意思を示した。
「……冤罪である、証拠はあるのか?」
その言葉にヴィクトリアは破顔した。
罠に引っかかった獲物を見る捕食者のような笑みだと僕は思った。
「では、証拠を見せましょう。紳士淑女の皆様と共にご確認下さい」
彼女の指パッチンに合わせて、僕は用意した映像を魔導スクリーンに投影する。
映像には侍女のアリシアが手紙を偽造している様子が映される。
内容は僕の知らない令嬢や子息に陰湿な虐めを指示する物だ。他にも噂を流すように当時の取り巻きにも指示を出す旨の内容を書いていた。
「これが我が家にいる侍女が行ったことよ。他にも、護衛騎士や女中、従僕も行っていたわ」
映像はアリシアだけではない。
護衛騎士や女中などが金を渡されてヴィクトリアの予定を話す場面もあった。貴族に対する明確な裏切り行為に周囲にいる令息令嬢たちは騒めく。
「わたくしの父は王宮勤めで忙しいから、家の膿を出すのに苦労したわ。……それと、わたくしが物を盗んだと証言をした相手にも話を聞いてみたわ」
映像が切り替わる。
どこかの部屋にいる知らない女学生や男子生徒──匿名で証言を出したという人物たちが、ヴィクトリアが盗んだという証言を撤回していく。
誰もがとある少女や、その取り巻きに依頼されたと主張していた。
「取り巻き……?」
「誰のことを言ってるんだ?」
「まさか……」
涙を流し、ヴィクトリアに対して許しを乞う姿に周囲は騒めく。
映像にいる者たちはこの場にもいる。改めて真偽を問われると自らの罪を認める者しかいなかった。
僕の知らないところで、ヴィクトリアは根回しを頑張っていたらしい。
(……アルビー、見てるか。これが生の悪役令嬢ヴィクトリアだ)
「エレノア。余計はことを考えないで、次よ、次」
映像を切り替える。
証言を撤回する相手は学生たちだけではない。
エリュシオン魔法騎士学園の教員、証拠の捏造を依頼された事務員。
『あの日、私はセレナ様に逆らえなかったんだ……あんな風に迫られて……貴族としての矜持を忘れ、断れなかった自分が恥ずかしい!』
『脅されたとはいえ……捏造は事実だ。すまない。すまない……!』
『ヴィクトリアさん、あの日、庇えなくてすまなかった……私は怖かったんだ。あの女に弱みを握られて……これでは教師失格だ……』
彼らは下級貴族の三男や四男のような貴族籍を失った者たちで、燻っていた貴族のプライドをセレナにくすぐられ、あるいは弱みを握られ脅されたと主張した。
なんにせよ、あれでは教員としての信用は失われただろう。学園の再開は別の理由で延期するかもしれない。
『大丈夫よ。学園長と掛け合ってちゃんとした質の教員を用意させたから』
セレナは微笑を保ったまま固まっていた。頬を汗が伝い、その指先は僅かに震えていた。
「セレナ様、これはいったい……」
「黙りなさい」
取り巻きの震え声を一喝するセレナは微笑みを保ったままだ。
それでも、その瞳の奥に宿る焦燥は隠しきれていなかった。
「次よ。次、次……」
他にも学園の使用人や、貴族に頼まれて自ら傷を作った平民もいた。一部の者は既に学園を去っているらしいが、今日はフラリスからの招待で呼ばれた者も多い。
生徒たちに睨まれて泣き出す者や、素直に罪を認める者、逃げようとする者もいた。
これらの映像は僕の触手ドローンだけではない、ヴィクトリアが多額の金を支払い、バジル・ハットに依頼をして脅しや買収で撮った物らしい。
『実はヴィクトリアこそが裏の支配者か何かだったのか?』
『失礼ね。ちゃんとした金銭を支払って、サービスを受ける。商売の基本じゃない。大事なのはそんな商売人とのコネがあるかどうかよ』
ちなみにセレナやレスティナが依頼した連中は、いずれも教会派と呼ばれる貴族が多く、教会やセレナに対して妄信的な信者が多かったらしい。
まあ、だからなんだという話だが。
セレナだけではなく、全員等しく何らかの形で断罪するとヴィクトリアが決めた。なら、大人しく彼女の為に報復されて欲しい。
『わたくしは優しいからこの映像を流して職を失った者はハット商会で雇い直すように依頼したわ。あそこは事業拡大で人材を欲しているからちょうど良かったわね』
『そんな人材でいいんですか?』
『使い捨てになるかは、その人材の今後の努力次第よ』
主を裏切った使用人を雇う者はいない。信用を失った教員が雇われることはない。平民が貴族を貶めれば罰を受ける。
これから更に廃嫡する者や解雇される者もでてくるだろうが、自業自得だろう。
『その……セレナ様に言うようにってお願いされて──』
「でたらめじゃない! 全部、捏造よ!! 映像なんていくらでも捏造できるわ! それこそヴィクトリア・ブラッドベリーが金で証言を撤回させたのよ!」
一人の使用人が口にした途端、遂にセレナが声を荒げた。
「セレナ。もうよせ、これが本当なら……」
「うるさい! 指図するな!」
睨むセレナに第二王子は思わず閉口させられた。
「騙されないで、皆! これは陰謀よ! あたくしを陥れようとする悪女の罠!」
怒りに顔を朱色で染める聖女候補を冷ややかに見るのはヴィクトリアだけではない。周囲の目は徐々にこの茶番劇の終わりがどこに繋がっているのか察し始めているのだろう。
ひそひそと囁き合う声がする。
対して、ヴィクトリアは顎を逸らし正面からセレナを睨みつける。
「陰謀? これだけ大勢の真実を語る者がいるのにそう仰るのね?」
「当たり前よ。あたくしに冤罪を擦り付ける訳? 恥を知りなさい。親の顔が見てみたいわ。この悪女め!」
セレナの応酬にヴィクトリアは静かに吐息する。
どこか余裕然として、子供の戯言に呆れる親のような顔をすると、僕に目を向ける。
合図だ。映像を切り替える。
『これでヴィクトリアは終わりね』
新たな映像がスクリーンに投影される。
これは比較的最近の物だ。そう、僕の触手ドローンで撮影したもので臨場感たっぷりだ。
とある喫茶店。
フードで顔を隠した令嬢に侍女アリシアが捏造された手紙を渡したシーンをヴィクトリア指示の下で、撮影し直した物だ。
静まり返る広間に少女の声が響く。
『でも見つかったら?』
『大丈夫よ。あの女のことなんて誰も信じないもの』
そう告げる令嬢の顔が見えた瞬間、映像が途切れる。
広間を静寂が支配する中、ヴィクトリアだけが名前を口にした。
「レスティナ・レイモンド」
フードで隠れた顔はレスティナ・レイモンドだ。
これで彼女も黒であることが公となった。
周囲の目はセレナの取り巻き──その一人のレスティナに向けられる。
「お前、わたくしを嵌めようとしたわね?」
ヴィクトリアの問いかけにレスティナは狼狽えたように身体を揺らす。
咄嗟にセレナを見て、ヴィクトリアを見て、今にも泣きそうな顔を見せた。
「──レスティナ。いいのよ、正直に言いなさい。誰かに脅されてわたくしに罪を擦り付けようとした。そうよね?」
まるで聖女のような慈愛の表情でヴィクトリアはレスティナに語り掛ける。
常にそんな顔をしていれば、悪女なんて呼ばれないのではと僕は思った。
「──あ」
慈母のような表情で呼びかけられたレスティナは頬に涙を伝わせる。まるで、今まで誰かに脅されて行った卑劣な行為を、許されたかのように。
「レスティナ? こんな悪女の言葉に騙されては駄目よ? ……レスティナ? ねえ!」
レスティナは震えた声で言った。
「……脅されて、やりました」
「それは誰に?」
セレナの顔色が変わる。レスティナを庇うような立ち位置にヴィクトリアが既にいて、彼女は叫ぶことしかできなかった。
「待ちなさい! レスティナ! レスティナァアアア!!」
セレナの声はレスティナには届かなかった。
──既にレスティナはヴィクトリア側についていたからだ。それを前提として見るとレスティナの演技力は素晴らしいと思う。
貴族よりも役者としての方が輝けると僕は思う。なんだ、あの頬を伝う涙は。
「お前を苦しめたのは誰?」
「──セレナ様です」
その言葉に周囲のざわめきは大きくなった。




