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第2話 対価

「エレノア。至急やってもらいたいことがある」


 意思疎通ができたことを確認したアルビーは最初に研究室の扉をロックした。


「わし以外とは会話をするな。今日からどこに監視の目があるか分からない。今後は開発スタッフも裏切る可能性がある。会話には触手念話を使え」


 よく分からなかった。小首を傾げるとアルビーは言葉を続ける。


「思念を飛ばす……要するにテレパシーだ。わしの名を心の中で呼びかけてみろ」


 そう言いながらアルビーがコンソールを弄る。

 するとカシャ、と音を立てて視界上に【触手念話】と文字列が表示される。


「インターフェース上に表示されたな? では念じろ。不可視の触手を通じてわしに送るイメージで。名前でも服を脱げでもいい。お前の思念をわしに送れ」


 そんな無茶苦茶な、と思ったが僕自身が現在進行形で無茶苦茶な状態にいるのを考えれば、まあ挑んでやろうという気持ちになれた。

 どのみち培養槽の中では喋ることも難しいのだ。やらない手はない。


(……あれ? なんかできそうだな)


 不思議なことにやろうと思った途端、なんとなく方法が分かった。

 不可視な触手の先端を目の前の男に刺す。接続するイメージで思念を送る。


『……アルビー』


 アルビーはニヤリと悪そうな顔で笑った。


『システムに適応してるな。それと、わしのことはアルビー博士と呼ぶように』


 彼の口は動いていない。だが、不思議なことに頭の中に直接声が聞こえる。


『……アルビー博士。……あなたも触手念話ができるんですか?』


『いや、わしのは情報伝達魔法と言って海外の魔族が使う魔法だ。お前の触手念話はそれを応用した物になる。……やはりコミュニケーションに問題はなさそうだな。触手基幹システムに異常は……まあ、わしが作ったからには100%問題無いが良好だな』


『……?』


『こっちの話だ。自分の天才さに心底驚いているところじゃい』


 そう言って腰に手を置いて僕を見上げるアルビー。

 精悍な顔つきに非常に満足気な表情を浮かべている。しばらく僕を見て何かに浸っていた彼は、老人とは思わせぬ鋭い眼光を見せる。


『それより、お前の話を聞かせろ。話はそれからだ。……いつから目覚めていた?』


『ええっとですね……』


 威圧的で不遜。まるで尋問を受けているような気分で僕は話す。

 気がついたらこの身体の中に意識があったこと。動けず、喋ることもできず、アルビーからゲームの話を断片的に聞かされてきたこと。

 今まで身体が動かなかったが、ヴィクトリア達を助けようとしたら何故か動けるようになったこと。

 そこまで語り終えるとアルビーは眉間にしわを寄せて白髪を弄る。


『随分と素直だな。まあ、嘘かどうかはこちらで判断するが』


『嘘を吐いてもしょうがないですから』


『なるほど。……では、対価を貰おうか』


『はい?』


 ふ……と彼は口端を上げる。


『先ほどのやり取りを見ていたな? 見ろ、この頬の傷を。年甲斐もなく殴ってきた腐れ大司教にやられた傷だ。さぞ、天才開発者であるわしが憎たらしいらしい。そんな悪党から身を削ってお前を守った対価を貰おう。……無償で人を助ける訳がないだろう?』


 ガラスに手を置き、培養槽越しに見つめてくる彼の姿はまるで悪魔のようだった。


『た、対価って言われても……』


『なに、わしには難しいがお前なら簡単じゃい』


 なんだろう、若さとかだろうか。

 悪魔のように対価として命を奪い取るつもりではないのかと思いながら、一歩後ずさりした僕は培養槽のガラスに背中をぶつけ、腕組みするアルビーの言葉の続きを待つ。


『──お前にはヴィクトリア・ブラッドベリーを破滅の危機から救って貰う!』


 瞬きする僕を無視して、アルビーは培養槽に顔を押し付けて叫んだ。

 ──雨の中で見た金髪の少女が脳裏に蘇る。


『わしがどれだけあの娘を推してるか分かるだろう!?』


『……まあ、聞いてましたから。ファンなんですよね。公式にファンアートを採用して貰ったとか』


『ほう。よく覚えてるものだ』


 僕の言葉にアルビーは目を光らせる。


『なら話は早い。無事に学園を卒業するまでヴィクトリアを守り抜け!』


 かつてアルビーの語ったゲーム通りなら、悪役令嬢ヴィクトリアの結末は破滅にある。もしもそれを防いだら、ゲームの流れを変えることになるのでは?

 僕の疑問は言葉にしなかったが、触手念話で伝わったらしい。

 『知ったことか』と傲慢にもアルビーは腕組みをして胸を張った。


『ゲームはゲームだ。そして現実はそれを模倣しようとしているだけだ。そしてそれらよりも優先するのがヴィクトリアだ。シナリオが破綻しようが彼女が無事ならそれで良い』


 アルビーらしく明快な回答だった。


『お前が関わるのはゲームシナリオが絡む学園の二年生から卒業までで良い』


 そこまでアルビーが情報伝達魔法で伝えてくると、きゅっと唇を結ぶ。


『細かいことは言わない。彼女を襲う全てを潰して彼女を助けてやってくれ。……頼む』


 頭がおかしくなったのか、培養槽のガラスに大の大人が顔を叩きつけ始める。

 ガラスに痕が付くどころか割れるから止めて欲しい。


『頼む!! 必要なサポートはする。成功報酬に人生何回も送れるだけの財産も渡す!! 他にもできることはする!! だからあの娘を頼む!!』


『わ、分かった。分かりましたから……』


 ただならぬ気配に圧されて僕は首肯してしまった。

 強引に押された結果だが、つい先ほどのやり取りで殺処分されかねない危機をアルビーに救って貰ったのはなんとなく分かる。

 助けられた恩と報酬。それで少女を一人学園卒業まで助ける。正直言って、手に余ると思うのだがアルビーはそう思っていないらしい。


『よし、合意は取れたな』


 額から血を流し、にんまりと笑うアルビーは言葉を付け加える。


『では、まずその身体だが』


 パチンと指を鳴らす。

 培養槽の内側にディスプレイが表示され、僕の姿を鏡のように映した。


(……かわいい)


 全身に管が刺さった一人の少女が映った。きめ細かな白い肌に培養液の中で揺れ動く灰色の髪は肩くらいの長さだ。

 顔立ちは整っていて人形と言われても納得してしまいそうだ。


(やっぱり、僕は……女だったのか)


 何気なく触れた胸元は確かに主張しており、無機質な深緑の瞳を瞬かせる。

 こんな輝かしい美貌の持ち主が全裸を晒して白髪の爺に見られている。自意識は男だが、なんとなく胸元を腕で隠そうとすると、アルビーはふん、と鼻で笑った。


『安心しろ。わしを誰だと思ってる。コンプライアンスには配慮してこちらからは一部分が光で隠されて見えない仕様だ』


『……凄いんですね』


『当然じゃい。そもそもお前の頭から爪先までわしが作ったからな?』


『それはそれかと……』


 今更かと手を下ろすと機械的な管が邪魔に感じる。

 全身に突き刺さるそれらに触ると、アルビーが『待て』と告げた。


『それらは勝手に引き抜くな。お前の肉体は調整中だ。うっかり人語の通じないモンスターに変貌しても責任は取れないぞ』


 それでは下手に動けないではないか。折角動けるようになったのにガッカリだ。

 培養槽内でため息を吐く僕を見て、アルビーが顎に指を置く。


『そうだな、内部機関は変えられないが、今後の見た目に関してはお前の意見を聞いてもいい。せっかくだ。言ってみろ』


『いや、そう言われても……』


 この見た目は美少女で素晴らしい。

 気を抜くと自分に惚れてしまいそうだ。これだけ可愛いならきっと男にちやほやされる毎日だろう。生まれながらにして成功が確約されているボディだ。

 だけど……。


『なら、この身体を男にしてくれませんか?』


『ん? ……どういうことだ?』


『実は僕、──中身は男なんです』


 美少女ライフも興味はある。だけど、僕の性認識は男だ。女ではない。今後、男に抱かれるつもりもキスをするつもりもない。

 男と顔を近づける? 手を繋ぐ? 想像しただけで嫌だ。

 僕の意識も主観も男なのだから、名残惜しいが男の身体にして貰おう。


『……ふむ。エレノア・オムニティス。一つ聞こう』


 僕の主張に顔色を変えないアルビーはつかつかと培養槽の周囲を歩き出す。様々な機器や数値を表示するコンソールに手を置きながら、彼は白衣を翻す。


『主人公を背後から見下ろして操作するタイプのゲームをするとしよう。プレイヤーが操作する対象は男と女、どちらがいい?』


 いきなり何の話だ?


『……自分と同じ性別では? その方が共感できるし』


 困惑しつつもそう返す。アルビーは、やれやれ、と首を振り、肩を竦めた。


『お前はまだゲーマーの入り口にも立っていないようだな。……いいか、わしは野郎のケツなど見たくはない!』


 そうアルビーは言った。ぺん、と自らの尻を叩く。


『……つまり、却下だ。カッコいい背中を見せるなら男でも可だが、そもそも女でもカッコいい背中と良い尻を見せれば良い』


『…………いや、ふざけるなよ。男に戻せ、男に!』


 なんたる暴論か。そんな理由で女体を継続してたまるか。

 そもそもゲームをするなら、プレイヤーの尻ではなく周囲の景色とかモンスターとか、エフェクトの効いた必殺技とかもっと見るべきところが多くあるだろうに。

 そう主張したのだが、アルビーは僕をバカにするように鼻で笑って椅子に座る。


『エアプが。……だが、そこまで言うなら条件をつけよう。いや報酬と言うべきか』


 半眼を向ける僕に、ふっ、とアルビーは椅子をくるりと回して告げる。


『先ほどのヴィクトリアの破滅を防ぐ話だが、彼女を学園から無事に卒業させられたら……そうだな、好きな時に男の肉体になれるようにしてやろう』


『本当ですか!?』


『ああ、わしの言うことを聞けば余裕だろう。……ただし! 失敗したらお前は美少女として死んで貰う。良い感じの花畑でひっそりと美しい死に顔を晒すがいい』


『美少女として……死ぬ……!?』


 それはそれで悪くないな。

 いや、そんな簡単に男のアイデンティティを捨てたくはないが。


『ヴィクトリアはあらゆるルートで悪役として悲惨な目に遭う。今回はゲームではなく現実でも同じようなことが起ころうとしている。……わしはただ、あの娘には生きて学園を卒業し、幸せになって欲しいだけなんじゃい』


 まるで孫を好き過ぎる祖父みたいだ。

 僕の視線に対して、アルビーは不敵な笑みを見せた。


『では、これから忙しくなる。よろしく』


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