第28話 告白と黙秘の魔法
あの血染めの舞踏会が終わった数日後、僕は喫茶店に来ていた。
隣には主人ヴィクトリア。向かいには以前セシリアを虐めていたアリシアが座る。これからアリシアと通じているレスティナに話を聞くらしい。
「レスティナは約束の時間から大抵30分は遅れて来るんです」
「最低ね」
アリシアとヴィクトリアのやり取りを聞きながらメニュー表を開く。店は貸し切りで僕たちの為だけに料理を作ってくれる。最高だ。
「アリシアさん」
「ひっ! な、なんでしょうか……」
化け物か何かを見るような怯えた表情で応じられると少し傷つく。
僕が何かやったのだろうか。今度、セシリアに聞いてみよう。
「この店に何度か来たんですよね。なら、おすすめのメニューを教えて下さい」
「あ、はい……」
アリシアの助言の下に、ヴィクトリアはローズティーに林檎タルトを選んだ。
淑やかなセットを注文して女王様は落ち着いた様子だ。アリシアも同様だった。仕方なく空気を読んで僕も同じ物にしようと思った時だった。
「エレノア。お前は遠慮しないで好きに選びなさい」
「え?」
「どうせ足りないでしょう?」
「……いいんですか?」
「さっさとしなさい」
僕はメニュー表を片手に、店員を呼んだ。
「あっ、すみません。ベリーパフェ・デストロイサイズ。それと、こっちのムートラビットグラタン」
「ご一緒にポテトは如何ですか?」
「じゃあ、それも。ケチャップもつけて下さい」
「かしこまりました」
それからしばらく黙々と食事を進める。
ヴィクトリアは優雅にティータイムを楽しみ、アリシアは注文したのに胃の調子でも悪いのか青白い顔で口も開かずに俯いたままだった。
その様子を見ながら、僕は触手念話で隣の女王様に話しかける。
『それにしてもあの車、憲兵に見つからなくて良かったですね』
『ええ』
彼女が畳んだ新聞の一面には、王都近郊で暴れた盗賊団『ブラッドハウンド・クルー』の構成員が憲兵団に捕まったという内容だ。
読む限り、僕たちのことは特には記載されていない。
『ほら、遠慮しないでいっぱい食べなさい』
『お、おう』
数日前の夜会から彼女の中で何か変化があったのか、なんとなくだが少し雰囲気が柔らかくなった気がする。気のせいだと言われたらそれまでなのだが。
先に店員が運んできたデカ盛りパフェに目を向ける。
ブルーベリー・ストロベリー・ラズベリーの三層ベリーに、薄氷のようなゼリーとシャーベットを重ねてある。下層にはチョコだろうか。
スプーンですくい食べると、圧倒的な甘味と僅かな甘酸っぱさに頬を緩める。
(冷たい物の後に温かい物を食べるのも良いな)
パフェを食べ終えてから遅れてきたグラタンを口にする。
ムートラビットの肉と肉厚なキノコを中心としたグラタンは熱々で、はふはふ言いながら食べるとあっという間に無くなった。
そうこうしていると、喫茶店近辺に配置していた触手ドローンが喫茶店に近づいてくる馬車を検知した。
「……来ましたね」
「そう。エレノア、お前は逃走か抵抗した場合はすぐに阻止しなさい」
アリシアは緊張しているのか顔を白くして、ヴィクトリアは楽しそうに笑った。
「始めるわよ」
◇
「遅刻よ。それも30分。それでその謝罪は礼節に欠けるわね」
ヴィクトリア・ブラッドベリー。彼女はその鋭い眼光でレスティナを睨んだ。
咄嗟に、レスティナは逃げることを選択した。自らの使い魔ミュートレイヴンをぶつければ逃げる時間は稼げる──
「それは悪手よ」
ぐしゃり、と使い魔が叩き潰され、首元には触手が巻き付かれていた。
いつの間にか椅子に座らされて、肩に手が置かれる。
「食事中はお静かにお願いします」
エレノア・オムニティス。
灰色の髪から覗く大きな瞳は無機質な緑色をしていた。
手に持った大きなパフェ用容器はレスティナの頭部を殴る用途なのか。冷たい眼差しに覗く殺意が少女の息を止めさせた。
「二回よ。お前がわたくしにした侮辱は。今のと、前の夜会でわたくしに放った暴言」
一連の動きの中でヴィクトリアは静かに脚を組み直す。
表情に変化はない。余裕を表情に浮かべたままだ。主導権はあくまで彼女にあった。
「わたくしはされたことに対して報復をするわ。当然、お前にもね」
テーブルの上に置いた手。指二本がとんとんとテーブルを叩く。
「言っておくけど、──お前と、お前の家は潰す。容赦はしない」
ヴィクトリアの冷たい声音にレスティナは震えた。
彼女はやる。想像する限り最悪の方法でレスティナも家も潰すつもりだ。
「そ、それだけは……!」
「でも、わたくしは鬼ではないわ。お前が行ったことの罪を認めて、誰に強要されて、誰に何を指示したのか。それを証言すれば、多少は軽くなるかもね。そうよね、アリシア?」
「……はい」
既にアリシアは悪女の手に堕ちた。レスティナはそれを理解した。
「ち、ちがっ……ワ、わ、私は何も……」
「相手に義理立てしようなんて考えなくて良いわよ。相手を庇えば、その処遇を悪くしないように呼び掛けてくれる。もしも、相手がそんなことを言っていた、あるいはそう思っているなら……そんな甘くはないわ」
「そ、そんなことは……」
ないとも言えない。全てがバレた状況に陥った時のことを考えたことはある。
それとなく対処方や庇ってくれるかも確認した。
だが、セレナはそんな事態には陥らないと主張するばかりだった。一度も自分が責任を取るとは決して言わなかった。
「わたくしは敵対した相手をどこまでも追い込む。その時、相手は都合が悪くなったら、お前に罪を押し付けるでしょうね。その為に取り巻きがいるのでしょうし」
そう言いながらヴィクトリアは懐中時計を取り出した。
「お前の所為で30分時間を無駄にしたわ。さあ、お前に命じた相手が誰なのか言いなさい。それとも義理立てして、一生修道院にいる?」
ヴィクトリアの睥睨に顔を伏せるレスティナ。
「どっちなの?」
沈黙は数秒ほどで、レスティナはゆっくりと顔を上げる。
「……言います」
「で、相手は?」
「セレナ様です」
その瞬間、ヴィクトリアは笑みを見せた。
獲物を捕食する猛獣の如き、笑みを。
◇
ヴィクトリアはすごく楽しそうにレスティナを攻めていた。
水を得た魚というか人を虐めることに喜びを得る人種なのかもしれない。
「……」
ヴィクトリアの話術によってレスティナが情報を漏らしていく。
それを用意したクリスタル結晶で録音、更には事前に設置した撮影用のクリスタルや、触手ドローンで撮影していく。
「……まあ、こんなところね」
僕を他所に、ヴィクトリアが話を進め、レスティナは証言することを決めた。
これで準備は更に進んだのだろう。
既にレスティナには触手ドローンを付けさせ、目的の夜会が終わるまで監視している。
あとは──。
喫茶店を出ると、すぐ近くに車が止まっていた。
僕に目礼する運転手は憲兵団の制服を着用している。扉が開くと、マーティンが降りてきて僕を見下ろした。
「すみません。遅れてしまって」
「構わない。今、来たところだ」
僕とヴィクトリアは彼らの車に乗り込む。アリシアは先に別邸に戻った。
「文句は遅れて来た相手に言いなさい」
「レスティナ・レイモンドか」
「ええ。それに──人の使い魔を勝手に使おうなんて誰が許したのかしら?」
「命令でも要請でもない冒険者への依頼だ。断ることはできた筈だ」
つんと顔を背けて、謝る気配もないヴィクトリアに、マーティンは平然とした顔を見せる。
真面目そうな偉丈夫の彼は、部下と思わしき男に一声かけて車を発進させた。
「そもそも、オムニティス嬢だけで良かったのだが、……ついて来たのか」
「当たり前でしょう? なんだってお前みたいな奴にエレノアを一人で行かせると思ってるのよ! エレノア! お前もよ!」
「ええ……?」
ちょうど夜会が終わった翌日、マーティンから一通の手紙が届いた。
──以前に言っていた件で力を貸して欲しい。
手紙の内容は具体的では無かったが、恐らく学園襲撃犯の口を割らせる手伝いだろう。というか、マーティンからの依頼でそれ以外に思い当たる節はなかった。
「いや、別に冒険者として仕事して、ついでにご飯とか……んッ!?」
隣からぱしんと太腿を叩かれた。衣装のスリットから露出した部分をしっかりと。
「エレノア! そういう軽率な行動は止めなさい! 恰好だけじゃなく言動まで品が無くなったら終わりよ!」
「大袈裟な」
「なんですって!」
……この人は僕を娼婦か何かと勘違いしていないか。
そう思いながらそっと脚を閉じる。
僕がため息を吐くと、マーティンがわざとらしく咳払いした。……今、笑ったか?
「オムニティス嬢。確認だが、以前言ったことは覚えているな?」
「……自白の件ですか?」
「そうだ。あの日言った言葉が冗談ではないことを祈りたいのだが、依頼を受領したということは、そういう技能を持っていると見ていいか?」
あるかどうかで言えば、ある。
触手の爪から発する体液に自白を促す効果があるのだ。そう説明しようとしたところで、ヴィクトリアが僕の頬を掴み黙らせる。そのまま彼女はマーティンを睥睨する。
「外部協力者を募るなんて珍しいわね。しかも、記録に残らないように冒険組合を経由しない指名依頼なんて。どういう風の吹き回し?」
「……相手はオムニティス嬢が捕まえた学園襲撃犯だが『黙秘の魔法』を使ってる」
黙秘の魔法。聞き覚えがある。多分、ゲームの中で。
何だったかと思い出す前にヴィクトリアの柳眉が僅かに動く。
「使い魔に用いる古代の使役・契約魔法を、人間用に流用した禁忌の魔法よね」
「ああ。命令に逆らうか、キーとなる名前や記憶を思い出そうとすると──魂が焼かれて死ぬ上に、呪印に仕込まれた呪いが周囲に伝染する」
「確か、その魔法は司教以上でないと解除できないんでしょ? 依頼すれば?」
「多忙につき協力できないと」
ふん、と鼻で笑うヴィクトリアに、マーティンは眉間に皺を寄せる。
「私の立場もあまりよくない。学園の警備不備に加えて、事件後の対応でも王宮や教会から圧力が来ている。この失態の責任を取らないといけないらしい」
「警備担当の責任者はマーティンでは無かったでしょ? 押し付けられたわね」
「……マーティン大隊長は、次の査問会で左遷候補筆頭なんだ」
ぽつりと運転席から声がした。
ミラー越しにこちらを見た男──おそらくマーティンの部下であろう彼は、軽薄そうに笑っていたが、その眼差しには上司を案じる真剣さがあった。
「ヴァルター。私のことは良いんだ。次の大隊長はお前に──」
「そうやって諦める前に、こうしてあらゆる手を模索してんだろうが。もう後が無いからこんな無茶だってやってる。今日を逃せばアイツも教会に引き渡されて終わりなんだ!」
「彼女への依頼は私が個人で勝手にやったことだ。お前たちとは関係ない」
「またそうやって──」
仕事の会話に移る男二人のやり取りに、ヴィクトリアは退屈そうな顔をした。
「どうでも良いのだけど」
そう前置きをして、彼女はマーティンを鋭く睨む。
「責任を押し付けられて、お前たちは終わる寸前。その瀬戸際で蜘蛛の糸のような小さな可能性としてエレノアに縋りたいということね?」
「……恥ずかしながら、やれることはなんでもやりたいんです」
ヴァルターと呼ばれた男の真剣な声音に、ヴィクトリアは目を細める。
『エリー。お前の触手で、黙秘の魔法を解除できる?』
ヴィクトリアの情報伝達魔法だ。
その内容に僕は少し考えてから答える。
『……流石にやってみないと分からないです。けど、可能性はあると思う。だから、やるだけやってみようかなって』
『そう』
短いやりとりの末、ヴィクトリアはよく通る声を車内に聞かせた。
「いいわよ。エレノアを貸してあげる。成功報酬は、今度開く夜会にわたくしの駒として参加すること。仮に失敗しても金銭は必要ないわ」
「……それだけか?」
「ええ。身勝手な理由で理不尽を押し付けられるのは気に入らないもの」
ヴィクトリアは悪役令嬢に相応しい不遜な笑みで応じた。
──いや、実際にやるのは僕なんだけど。
そんな言葉を呑み込んだ僕は車窓から外を見た。
「そう言えば、どこに行くんですか?」
「第二憲兵塔だ」
車は王都の喧騒を離れ、次第に静まり返った外壁付近へと進む。外壁で栽培している果樹がよく見える場所には、黒鉄と大理石で作られた塔があった。




