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第26話 天使との戦い

 ──そもそも、今はどういう状況なんだっけ? 少し整理してみよう。

 まず、色々あったが僕たちは無事に仮面舞踏会に参加した。そこで出会った公爵家の令嬢たちとヴィクトリアが話をした。

 公爵家に関しては設定的なことしか知らない。ゲーム的に関わったのは女キャラよりも男キャラが多かったからだ。


 ただ、フラリス・ヴェルダントだけは知っている。

 ヴィクトリアとは幼少期からの付き合いだ。ゲーム本編が始まる前に、フラリスが冤罪でヴィクトリアを陥れ、第二王子の婚約者に成り代わろうとした女だ。


『フラリスさん、思ったよりも良い子でしたね』


『言っておくけど、第二王子一筋の腹黒よ。あの男以外に関してなら、普通ね』


 他二人は特に知らない子だった。変な喋り方をする露出の多い少女と、男の魔族たちを侍らせた欲望丸出しの暗い少女。

 前者は戦闘狂で、後者は頭のおかしい変態だった。


『似非関西弁の人はともかく、あの人はなんなんだ?』


『逆ハーレム願望を、使い魔を使って叶えた女よ。あそこにいた男以外にも屋敷にうじゃうじゃいるから』


『……ちなみにヴィクトリアさんもそういう願望が?』


『は? あるわけないでしょう。お前、調子に乗ってるわね、エレノアの癖に』


『す、すみません』


 彼女たちが話している所に参上したのがセレナ・ルミナリエ。ヴィクトリアの復讐相手であり、主人公に代わって勝手に聖女を語る偽物だ。

 ヴィクトリアとセレナは仲が悪く、気がつくと使い魔同士で争うことになっていた。


『一応聞きますが、今日は戦うつもりって無かったんですよね?』


『ええ。けどね、状況というのは常に変わるものよ』


 結界で攻撃から観客を守り、見た目よりも拡張された円形の闘技場は、硬く広い地面のみと簡素な作りだ。

 多くの観客たちに見守られながら、僕はセレナの使い魔と対峙する。


「エレノアと言ったかな。私はミカエル。始める前に一つ賭けをしないか?」


「……賭け?」


「何、簡単だよ。負けた方が勝者の言うことをなんでも聞く」


 相手は男、全体的に白い。頭一つ分は高いが、僕を見る視線は情欲が見え隠れしている。

 きっとエッチな同人誌のようなことをするつもりだ。

 主人が主人なら使い魔も使い魔だ。だが、ちょうど良い申し出だ。


「いいでしょう」


「では始めようか。騎士気取りのお嬢さん」


 セレナの使い魔ミカエルは背中から白い光の翼を広げて空を飛ぶ。


「灰の蛇とか言ったか。空を飛ぶのだろう? その特権は今から私だけのものだ」


 空から無数の光の羽が降ってくる。


「貴様に要求するのは一つだ。我が聖女に頭を垂れろ。主に代わり貴様が謝罪するのだ」


 直後、僕の身体がグンと重くなった。

 視界に表示される赤い警告アイコンとアラート音が脳内に響く。


【警告:重力重圧超過】

【強制圧力:頭部・関節部】


 何が起きたのかはすぐに理解した。

 重力魔法だ。

 魔法使いが研鑽を重ねた先で掴める強力な魔法の一つだ。その強さにはゲーム内でもお世話になったが、精霊族なら使用可能だろう。


「……ッ」


 身体が重い。膝や関節が悲鳴を上げているのが分かる。

 自然と頭が下がる──倒れてしまいそうだ。これでは飛ぶのが難しい。


【触手学習予測:9%】

【重力補正:54%】


 だが、触手をバカにしてはいけない。

 文字列やゲージが急上昇していくのを見ながら、地面に触手を突き刺して転倒を防ぐ。

 少しずつ動けるようになってきた。

 その合間に、ミカエルが白い光の翼を羽ばたかせる。


「……フッ!」


 翼から神聖魔法の礫を放つ。光属性魔法の上位互換、ゲーム主人公が使っていた魔法だ。威力によってはモンスターを即座に浄化させる。

 僕は触手を傘のように展開しようと──


「余所見をしたな」


 肉薄される。咄嗟に腕をかざすが、防御をすり抜ける。

 光の剣が脇腹に刺さった。


「──か、あ」


【緊急破損箇所検索】

【損傷発生:中度】

【損傷部位:右脇腹】

【緊急再生プロトコル】


 刺された。頑丈だと思った身体が初めて明確なダメージを受けた。

 痛みよりも、視界に表示される赤い文字列と悲鳴のようなアラート音に息が止まる。夢中で触手を振るうも、重力環境下では対応が遅れる。


「フッ……遅い。愚鈍な蛇だな」


 重力魔法で動きを遅らせて攻撃する。剣士に有効な戦術だが実際にやられると苛立つ。


「もしやと思ったが、やはり神聖魔法は有効か」


「な、に」


 余裕の表情で光の槍を振るう彼に、僕は触手でなんとか応じる。


「似た相手とセレスタリアの山で戦う機会があった。貴様のような人型だが、あれは紛れもないモンスターだった」


 ガリガリ、と防御に使う腕を槍が擦る。

 赤い文字列が表示される。軽微とか、表示される色んな文字列に不安を煽られる。


【触手機関 稼働率:91%】


 身体が熱い。体内だけではない、痛みによる物は瞬時に治っていく。


「高速再生か。知ってるぞ。それにも限界はあった。拘束し、斬り刻み、解明したからな」


 重たい触手を振るう──いない。

 幻覚。どの属性魔法かはともかく目を欺かれた僕の全身を槍や礫が襲う。それだけではなく、触手のようにミカエルは光の翼を伸ばし、僕のドレスを斬り裂く。


「ぐっ……ぁ……」


 連続する槍の一撃が、僕の身体を何度も刺す。

 この身体は剣や魔法で傷を生じたことはない。だが、神聖魔法は別なのか。


【触手機関 稼働率:89%】


 胴体部分を刺された時が一番、稼働率の減少が大きかった。触手での防御が遅いから腕で防ぐが、それも軽微なダメージとして文字列に反映される。


【損傷発生:軽微】

【損傷部位:左前腕】

【緊急再生プロトコル:15%完了】


 肩を掠めて傷を負う。治る。傷を負う。治る。

 血飛沫が舞う。ドレスを構成する触手が斬られる。アラート音がうるさい。


【触手機関 稼働率:87%】


 稼働率が今までにない勢いで減少している。危機感が僕を焦らせる。


「貴様は魔族ですらない、人を真似たモンスターだ。つまりは、あらゆる魔法の中で、神聖魔法こそが最も効率よく貴様を殺せるという訳だ」


「……ッ」


 重力魔法を継続する中、光の礫も同時に撃ってくるのを横に飛んで躱す。

 見上げるとミカエルは空を飛び、僕を見下ろす。余裕の表情だ。

 こういった夜会で、僕のような使い魔や奴隷を葬ってきたのだろう。


(重力だ。戦う為に──重力が邪魔だ)


【重力補正:67%】


 でも、こちらもただやられている訳ではない。反撃の機会は十分にある。

 ミカエルが光の翼を収束させる。そのまま大剣のように振り下ろしてきた。

 触手で弾き返すと火花が散る。

 舌打ちと共にミカエルが飛翔し、再び上空から礫を撃つ。その姿に僕は言葉を吐いた。


「セレナって少女。あれは聖女になれませんよ」


「……セレナ様をバカにしているのか?」


「バカにしているのではありません。バカだと言ってるんだ」


 僕の言葉にミカエルは目を細める。攻撃がより苛烈になる。


「もうすぐ本物の聖女が来る。そうすれば、聖女ごっこは終わりだ。魔力もそこまで強くは無いし、教会は何も言ってないのか?」


 僕は知っている。『聖女』はセレナというぽっと出の少女ではない。僕が操作してきた主人公が必ずどこかにいる。


「それと、僕より弱い奴を殺したからって、僕より上になった訳じゃない。ゴチャゴチャとうるさい羽虫が。何が『天使』だ。口で戦いたいのなら学会にでも行け」


 ぶちっ、と何かが千切れる音がした。


「──このっ、地面を這う虫けらが△■■■……!!!」


 ミカエルが叫ぶように何かを言っていた。

 彼は何語を喋っているのだろうか。


【触手翻訳】


 うまく聞き取れなかった言語が、意味を伴って脳内に流れ込んでくる。


「貴様のような娼婦こそ、あの悪女には相応しいだろうなあ──!! そもそも女の癖に戦おうなんぞ生意気なんだよ!!」


「……女の、癖に?」


 その言葉で、何かが切れた。身体の奥から何か熱が込み上げてくる。

 拳を握り反射的に開きそうになった唇は、その後に続く言葉で閉じた。


「私の主人が計画していたぞ! ヴィクトリア・ブラッドベリーを破滅させて領地に引き篭もらせるだけでは済まさない。女としての幸せも、人間としての尊厳も、何もかも奪い尽くしてやるってな!」


 脳裏にヴィクトリアの横顔が思い浮かぶ。

 ゲームのスチルではない。現実の彼女の怒った顔が、凛々しい顔が、笑った顔が。


「どこまで憎まれているんだろうな、貴様の主人は! 王国の誰もがあの女を悪女と呼ぶ。悪として死ぬ為に生まれた女だ。死んだ暁には記念日も作られるだろうよ!」


 肩を光の槍が掠める。

 ズン、と腹の奥に響く重力が身体の動きを阻害してくる。


「貴様も同罪だ。重力魔法への抵抗力と、神聖魔法に対する防御力だけは褒めてやる。だがもう十分だ。悪女の使い魔らしく、先に死ね!!」


 とんでもない罵詈雑言。その後も攻撃をしながら憂さ晴らしをするように光の槍を振るい、幾度も突き刺そうとしてくる。


「これが正義! 神の意思が貴様を否定する! この舞台は、正しい者が勝つ場だ!」


 鼓動が高鳴る。自身の血圧数が上昇していることや、心拍数が増加していることを文字列や数値で表示してくる。


「さあ、大人しく貴様の首をよこせ!」


 神聖の光を帯びた槍が触手を弾き、僕のドレスを浅く斬る。

 咄嗟に掲げた腕をギャリギャリと掠める光の槍は、触れるだけで痛みを与える。


【触手機関 稼働率:85%】


 これ以上、稼働率は減らせない。今すぐに迎撃しなくては。

 だが、その前にすることがあった。

 触手念話を起動させて今もきっと僕を見ている悪役令嬢に呼びかける。


『ヴィクトリア。ちょっとごめんね』


『なによ』


『あの天使の言葉って聞こえてる?』


『……古代魔族語ね。ちょっと訛りが強いしスラングも入っているようね。興奮してるのか早口が多くて聞き取りは難しいわ。けど、魔法の詠唱では無いから安心しなさい』


『そっか。僕は聞き取れもしなかったので。そろそろ本気出します。あと……』


『なに?』


『あと、あなたはちゃんと祝福されて愛されている存在だから』


『……お前は何を言ってるのよ』


 彼女の呆れが伝わってくる。でも、いいのだ。ただの自己満足だから。

 ジュリアナがあの日、ヴィクトリアを庇う姿を見た。

 アルビーは命を賭して、契約という形で僕に彼女を救うように言ってきた。


 誰もが彼女を悪女と言う? ふざけているのか。

 何も知らない人間がヴィクトリアを悪く言うな。確かに口も態度も悪い時はあるし、手が出ることもある。

 だが、そんなことで世間から悪女扱いされる筋合いはない。


 母親に愛され、変な爺に推され、たくさんの変な下僕に慕われている。

 見惚れるような紫紺の瞳に秘めた輝きを僕は知っている。


『そんなヴィクトリアのこと、僕は好きだから』


 情報伝達魔法を経由して相手の戸惑いが伝わってきた。引いてしまっただろうか。

 あとで、戦闘の興奮で変なテンションだったと誤魔化しておこう。


『……ふん』


 一瞬の沈黙の後にヴィクトリアから魔法が返ってくる。


『そんな当たり前のこと、お前に言われるまでもないわ。わたくしは愛されて生まれてきたもの。──そろそろなんて言わず、今すぐ本気を見せなさい、エリー』


 僕は彼女との会話を止める。

 それから、抉るように胸元に突き出された光の槍を掴む。


「なにっ!?」


「……ようやく動けるようになってきた」


 純粋な一撃なら、正直に言ってレナードの方が強かった。単純に重力魔法で身体が動きにくい中で神聖魔法による攻撃が身体に効いた。それだけだ。


【重力補正:87%】


 腕から触手を数本生成し、天使の身体を貫き闘技場の壁に刺す。

 胸元や腕、脚を刺されたミカエルが情けない悲鳴を上げる。


「ぐぅううッ!? いたっ、ぎぃ……」


 僕はそれを見て背中を向ける。まだ飛べるほど重力に慣れた訳ではない。

 だから脚力に物を言わせて、跳躍する。

 空中で宙返りして硬直するミカエルの背後へ──翼を掴む。


【触手機関 稼働率:83%】


「ここからは──僕の番だ」


 翼は神聖魔法の塊だ。それを、ダメージを負いながら掴める触手の方が凄い。並大抵のモンスターは触れるだけで浄化されるが、この触手はより強力な存在なのかもしれない。

 いや、今はそれどころではない。

 ミカエルに刺した触手を引き抜く。振り上げた踵を──


 彼の頭に落とす。


 地を割るような衝撃音と共に光の翼が引き千切れ、霧散する。

 翼を無くしたミカエルは地面に墜落した。


「あああぁぁッッ……!!?」


 呻き声と共に地を這う男の背中に着地する。

 すぐに脚を触手で突き刺すと悲鳴が、上空から観客たちの歓声が聞こえた。


「ぐっ……このッ、女、風情が──!! ならば、せめて……!」


「……ッ」


 重力が強くなる。僕だけではない、脚の下にいる彼もまた重力に巻き込まれている。敗北するくらいなら巻き添えにして相打ちを狙っているのか。


(そんなこと、させるわけないだろ)


 先ほどの比ではない重みにアラートが響く中、視界の隅でゲージが上昇していく。


【重力補正:100%】

【補正限界に到達】


 この戦闘中に唐突に出てきたゲージが最大値に到達した。

 重力に対しての抵抗はここが限界なのか。


(いや、アルビーが創った僕は、そんな程度じゃない筈だ)


 こんな敵ごときアルビーは想定済みだ。

 ヴィクトリアを妨げるあらゆる壁を、触手で破壊できるように。


(なあ、そうだろう? アルビー)


 僕の考えに賛同するように補正限界の文字列が消失し、新たな文字列が出現する。


【システム解凍中】


 何が起きようとしているのか。

 見つめる僕に、インターフェース上で文字列が置き換わり、新たな文字列に変わる。


【反重力触手機構:稼働開始】


 小難しい文字だ。よく分からないが、なんとなく何ができるのか理解できた。

 ドクン、と鼓動が高鳴る。

 背中から新たに展開される触手が身体に掛かる重力を減らす。それどころか周囲の重力すら無効化していく。その変化はミカエルにも伝わったらしい。


「中和、だと? どうやって……」


「……降参しますか?」


「誰がッ!?」


「そうですか。……そうじゃないとな」


 声量は小さく。しかし、この男に聞こえる程度に告げる。


「あんた、さっき古代魔族語で罵倒したよな。確か……ヴィクトリアに屈辱を与えるとか、悪女だから死んでいいとか、そんなこと言ったよな」


「……聞こえていたのか」


「犯し、壊し、奪い、そして生まれたことを後悔させて死に至らせる。あんたたちにそんな権利があると思うか? ──僕がいる限り、そんなこと、させると思うか?」


 この状況下でも睨んでくる男に内心感心する。忠誠心のある奴なのだろう。出会い方が違えば友達になれたかもしれない。

 でも、こいつは仕えるべき主を間違えた。そして、戦って分かったこともある。


(こいつは痛みに対して、弱い)


 その確信に、自然と笑みが浮かぶ。


「負けた方が勝者の言うことを聞くんでしたよね? なら、戦いの間に聞かされた罵詈雑言。精神的に傷つけられたこと。僕に向けた欲望混じりの視線。そして、お前の主が僕の主にしたこと。その全てを未熟な主に代わって謝罪して貰おうか!」


「ことわ──」


 了承以外の言葉が聞こえた瞬間に触手を振り下ろす。神聖魔法を抜きにすれば脆弱な身体だ。攻撃力はあるが防御力は低いようだ。

 悲鳴が響く。涙と汗に濡れた男を見下ろして僕は告げる。


「謝罪するか死ぬか、どっちだ!」


「クッ。化け物が。こんなこと、私にしていいと──」


「この舞台は、正しい者が勝つ場だ。だっけ? じゃあ、負けるお前は正しくないな」


「ギッ、ヒッ、やめっ……! アガッ……!!?」


 触手を刺して捻る。大きな悲鳴が上がった。

 何度か触手で刺して捻り続け、そろそろ殺そうかと思った時、小さく掠れた声がした。


「……ゆ、ゆるして」


「聞こえませんね。先ほどの罵倒で出した大声はどうした?」


「ある、主に代わって……謝罪する……謝罪、します!」


 なんてみっともない謝罪だ。聞いているこちらが冷めてしまいそうになる。

 邪魔に感じた仮面を取って頭上を見上げる。

 観客席は静まり返っていたが、勝利のピースサインを見せると徐々に拍手と歓声が聞こえ始めた。


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