第25話 悪女の使い魔デビュー
血染めの舞踏会。
使い魔や奴隷を争わせて賭け事を行う貴族のストレス解消の場だが、その熱気ある広間の隅で、ヴィクトリアを始めとした少女たちが静かに座る。
フリーデリカ・ヴォルフガング。
カルロッタ・アッシュボーン。
フラリス・ヴェルダント。
いずれも公爵令嬢であり、理由は様々だが火遊びの最中なのは間違いない。
「学園襲撃の件で、少なからず心に傷を負った生徒たちがいるわ。わたくしたちが彼らのために夜会を開く……と聞けば、どれほど好意的に受け止められるかしら」
優雅に紅茶のカップを傾け、静かに語るヴィクトリアの声音は、耳を閉じれば純粋な思いやりに聞こえたかもしれない。
だが、エレノアには裏があるとしか思えず、他の令嬢たちも同様だ。
「慰安の名のもとに集いを開き、あの夜を乗り越えて笑顔を取り戻す。いい話でしょう? 主催はもちろん、あなた方。わたくしは末席を汚す程度で充分よ」
フリーデリカが眉をひそめた。
着崩したドレスを更に崩し肌を露出させ、出された肉料理を口にする。
「慰安なんて生温いこと言うやん。一旦、戦場でも経験させれば治るとちゃうん?」
「……き、傷を上書きしても……傷なのは変わらない。誰もがフリーデリカみたいに……脳筋じゃない……」
「荒っぽいのはともかく、話としては悪いものではないですね。けど、よりによってあなたがそんなことを言いだすのは……裏があるとしか感じられません。あの夜会での報復をしたいだけなのでは?」
幼少からヴィクトリアとの付き合いがあるフラリスが半眼を向ける。
菓子を摘まみながら、意図を問う藍色の少女にヴィクトリアは笑みを深める。
「裏? まあ、表にするには少し都合の悪い話もあるけれど。……たとえば、セレナ・ルミナリエが、あの事件に関与していたかもしれないという話とか」
フラリスが少し息を呑む。今、最も第二王子との関係が近いのはセレナだ。
だが、もしも、あの夜会の襲撃にセレナが関連しているのなら……。
「証拠は?」
「あの事件の日。買収された侍女がわたくしの自室に、とある封筒を隠そうとしたわ。ご丁寧にも偽造の確度を上げる為に我が家の封蝋を使おうとしたところを、その現場を目撃した別の侍女が教えてくれたのよ」
「それだけでは……」
「その買収された侍女に指示を出した下級貴族が、何度もセレナの屋敷を出入りしていたそうよ。偶然にしてはできすぎではないかしら?」
エレノアの視線をヴィクトリアは肌で感じた。
聞いてない、という視線を浴びせられるが、そもそも伝えていなかった。
「封筒の内容は?」
「警備の死角や交代の時間、学園の構造と、誰かに向けた襲撃を期待するような文脈。……それに銃弾の流通に関して。知り合いの憲兵に聞いたのだけど、現場で使われた銃弾の製造番号が添えられた資料もあったのよ。随分と丁寧だと思わない?」
「けど……それだけで、セレナと判断するのは……ひ、筆跡鑑定は?」
ヴィクトリアが目を向けるとビクビクするカルロッタ。
筆跡鑑定は既に行ってある。ヴィクトリアでもセレナの物でもなかった。
「だから、わたくしとしては、その下級貴族に証言させるつもりよ」
「下級貴族……」
そっと顎に手を置くフラリス。
当時、現場におらず第一王女といたフリーデリカと、そもそも夜会に参加せず魔族と趣味の悪い遊びに耽っていたカルロッタと違い、フラリスは夜会にいた。
だから、ヴィクトリアの断罪を見ていたフラリスなら思い至れる可能性はある。
「……もしかして、レスティナ・レイモンド?」
「ん~……誰?」
「……せ、セレナの取り巻き」
カルロッタの言葉に、肉にかぶりつくフリーデリカは咀嚼する。
「せやけど、仮に証言を得ても黒に近いグレー……その子を切り捨てるだけとちゃう?」
「いいのよ。ただ、その可能性があることを、冤罪を晴らすついでに夜会で示すだけよ。証拠と証言を用意して被害者たちの前でね。お前たちは場所だけ用意すれば良いわ。善意の主催者として、あの日の参加者たちを呼んでちょうだい」
「断ったら?」
フリーデリカが少しだけ低い声で問う。
「それならそれで構わないわ。ただ……封筒の中には、少し気になる記録も混じっていたの。たとえば、ヴォルフガング家が一部の関係者を庇ったと読めるような、そんな文書とか」
「それって……うちを脅してるってこと?」
フォークを突き付けられるも、ヴィクトリアは余裕の表情だ。
「ただ、お願いしているだけよ? ……それにここまで聞いて逃げるの?」
「あん?」
「お前たちも思っているのでしょう? ここまで話を黙って聞いていたのは、あの聖女を気取る女が堕ちる姿を見たいから。それにフリーデリカ。……お前、わたくしの使い魔があの聖女の使い魔相手にどれだけやれるのか見たいでしょう?」
ヴィクトリアの言葉にフリーデリカとカルロッタが反応する前に、フラリスが素早く「後ろ」と呟く。
結界が消失すると同時に、コツコツと足音が近づいてきた。
「ごきげんよう。まさか皆さんで、あたくしの噂話かしら?」
白銀のドレスに、月のように白い仮面。
セレナ・ルミナリエが、月光のように透き通るドレスでその一角へと入ってきた。取り巻きの一人にレスティナ・レイモンドを連れて、ゆっくりと周囲を見渡す。
緩やかに巻かれたラベンダー色の髪に教会の紋章付きリボンが揺れる。
「それとも秘密の会議? 何か悪い相談でも? やだ、仲間外れは寂しいわ。折角の五大公爵が揃ったんですもの。また、昔みたいに遊びましょう? 鬼はヴィクトリアね」
「……ごきげんよう、似非聖女様」
「あら、思ったよりも元気そうね。小さな悪女様」
ヴィクトリアはすぐに立ち上がり、優雅に一礼した。完璧な貴族の所作だ。
続くフラリスたちも同様に淑女の礼を披露して挨拶を済ませる。
「慈善と慰めを掲げた夜会を催す予定なの。清らかな聖女様にもご覧いただけたら、さぞ意義深いものになるでしょうし──お招きしようと思っていたのよ。……きっと聖女様なら、困っている人々を見過ごせるはずがありませんもの」
セレナは一瞬だけ微笑を返したが、その瞳の奥は鋭く光った。
「それは光栄ね。当然参加するわ。でもね、ヴィクトリア。何をするか知らないけど、あまりに欲深く手を伸ばしすぎると、聖なる光に焼かれるかもしれないわよ?」
「盗賊団に襲われるとか?」
「ええ、最近は物騒だもの。もしかしたら、そんなこともあるかもしれないわね」
ヴィクトリアは鼻で笑い、紅茶のカップを口元に運ぶ。
テーブルの前で立ち止まったセレナはその様子を見下ろす。
「女神はいつもあたくし達を見ているのよ。どんな不正も悪も滅ぼされるもの。──そういえば、まだだったわね?」
彼女は微笑みながら首を傾げた。
「例の騒動の件、テロリストなんて痛ましい方々が入ってくる前に、あなたがわたくし達に無礼を働いたこと、まだ謝罪をいただいていなかったのだけれど? ……もうお忘れかしら? あなたが自分の意思で跪いて、謝ってくれると思っていたのだけれど」
──あれだけのことをしておいてよく言うものだ。
一瞬沸き立つ憎悪を抑え込んで、ヴィクトリアは微笑を浮かべる。
「その件なら言った筈よね。わたくし、嘘と冤罪に対して頭を垂れる習慣がなくてよ。寧ろ、このわたくしに無理やり頭を下げさせたこと、謝罪するのなら許してあげても良いわよ」
その言葉に小さく吹いて、セレナは笑いだした。
コロコロと上品に笑いながら仮面の下に隠れた目尻を拭う。
「会わない内に冗談が上手くなったのね。でも、本当に困ったわ。謝罪の仕方が分からないのなら──聖女として、また悪女の頭を下げさせないといけないのかしら?」
「今のがわたくしの慈悲よ。それを断った以上、──お前は許さない」
セレナは頬に手を置き、ひっそりと囁く。
「許さないのは、あなたではなくて、学園にいる被害を受けた皆よ。学園襲撃を企てたのはあなただって、もっぱら噂になっているらしいじゃない。ああ、あれ以来、夜会にも出ていないから分からないのね? そうよね、あたくしなら──」
一息置いて、セレナは嘲笑を漏らした。
「──恥ずかしくて、もう外に出られないもの」
奥歯を噛み締める。
ふと、テーブルの下でヴィクトリアの手が誰かに握られた。エレノアだ。
僅かに視線を向ける。なんだ、その目は。言いたいことがあるなら触手念話を使え。
「……ふん」
別にこんなことで怒りを見せはしない。
だから、気遣うなんて余計なお世話だ。そんな念と共に手を握り返して、放す。
「それにしても、これで証拠なんて出てきた日には大変ね。本物の犯罪者にヴィクトリア・ブラッドベリーがなったら、公爵家もおしまいだもの」
安い挑発だ。
ヴィクトリアは立ち上がらず、ゆっくりとカップをソーサーに戻した。
「そうなる前に、わたくしが間違っていましたと過ちを認めなさい。そうすれば、あたくしも──聖女の慈悲をもって、あなたを赦しましょう」
両手を合わせ、神に祈るようにセレナは目を閉じる。
途端、光が顕現し人となった。
魔族──亜人と呼ばれる種族の中でも太古から存在する精霊族だ。妙な威圧感と共に男の形となった魔族は首輪を光らせて、ヴィクトリアを見下ろす。
「……『天使』」
周囲が騒めく中、カルロッタの小さな声音がその二つ名を言い当てる。
ルミナリエ領にあるダンジョンから出てきて暴れたクリムゾンフェンリスを一人で撃退した使い魔だ。
羽のように光を広げて空を飛び、幻影を生み出し、あらゆる属性魔法を駆使し、最後には神聖属性の剣で首を斬ったと新聞の一面を飾ったことがある。
「全て事実よ。ミカエルは、あたくしの騎士で最強の使い魔だもの」
そんなことは、どうでもいい。
重要なのはあれがわたくしに頭を下げさせた使い魔だということだ。
そしてまた、主の命令を受けた使い魔が悠然と実力を行使しようと近づいてくる。
「それでも、最後に笑うのはわたくしよ」
椅子から立ち上がったヴィクトリアはセレナとその使い魔を睥睨する。
「……よく聞こえなかったから、もう一度言ってちょうだい」
「あら? 随分と耳が遠くなったのね、セレナ・ルミナリエ。老け顔と言い、本当に同年代なのかつくづく疑わしいわ」
「……なんですって?」
セレナの背後では慄いたように取り巻きがヴィクトリアを見る。
強張る主に代わり、手でも上げるつもりか近づいてくる精霊族を鼻で笑う。
「聞こえなかった? なら、その腐った頭に刻みなさい。裁くのはお前でも、学園の生徒たちでもない。わたくし──いえ、わたくし達がお前たちを裁くのよ」
黒のパーティー仕様のドレスを身に纏い、黒い仮面で顔を隠した女性が盾のようにヴィクトリアの前に立つ。
灰色の髪を揺らす女性の眼差しに、セレナの使い魔を立ち止まらせる。
「……ああ、最近出てきたルーキーね。知ってるわよ、『灰の蛇』でしょう?」
最も、仮面など所詮は夜会の体裁に過ぎない。
セレナも誰なのか理解したらしい。エレノアを見て、余裕の表情で威圧する。
「空を飛べるのはあなたの専売特許ではないわよ。あたくしの天使ミカエルも飛べるのよ? それに神聖魔法も使える。何より手に入れたばかりの使い魔と、鍛え続けた使い魔では、経験も力もまるで違う。話にもならないわ」
「……それはすごいですね」
セレナの言葉に、エレノアは静かに応じる。
初めて発したエレノアの口調にセレナは眉を上げつつも、自らの使い魔への賛辞を敗北と認めたのかと口元を緩める。
「ええ、その──」
「でも──僕の方が強い」
それは主以上に不遜で、傲慢な言葉だ。それがセレナを閉口させ、ヴィクトリアに口角を上げさせる。
生まれた沈黙。
周囲の貴族たちは見守るばかりの状況下で、声が差し込まれる。
「使い魔同士で戦わせるなら、ちょうどいい場所があるやないか」
フリーデリカだ。彼女はナイフをテーブルに突き刺す。
「もう難しい言葉を聞くのも飽きたわ。ここは舞踏会。無粋な争いを見せ合うのも、時には良い酒の肴になるやん。そうやろ、ヴィトさん?」
彼女の言葉に、ざわめく貴族たち。
二階の回廊やバルコニーからは円形の闘技場が覗ける。ちょうど試合も終わり、掃除を行っている最中だ。
だが、その発言に貴族が札束を取り出し、帳簿係がせわしなく動き始める。
「悪女の使い魔デビューなんや。派手に散るか伝説の始まりとなるか。賭けといこうや」




