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第23話 運命を捻じ切る

 咄嗟に触手を展開した上で、ヴィクトリアを抱き寄せなければ彼女は死んでいたと思う。

 何度も横転して横倒しになった車内で身を動かす。


 近くの家屋に衝突したようだ。割れた車窓からは、こちらを取り囲むように車が止まり、複数の人間が降りてくる。

 いずれも友好的な態度ではないのは、手に持つ銃を見れば分かる。

 いや、それよりも優先することがあると僕は自身の胸元に話しかける。


「大丈夫? 生きてますか?」


「……はきそう」


 僕の胸に抱いたヴィクトリアが身動ぎする。乱れた金髪を揺らし、紫紺の瞳が車外にいる連中を捉える。


「……『ブラッドハウンド・クルー』」


 その厳しい表情に思い出す。あれはゲームにも登場していた盗賊団だ。

 全員が盗んだ車を改造しており、銃撃戦やカーチェイスを得意とする機動型盗賊団。騎士崩れや賞金首などの猛者が揃い、街一つを焼いた盗賊だ。


「ここは王都の郊外だけど憲兵がいないわけじゃない。なんでこんなところに……」


「……多分、待ち伏せされていたのかもしれないわね」


「どういうことです?」


「さっきのタクシーの運転手は……人間に変装した魔族だった。どこかの貴族に命令されてこの道を通るような指示があって、あの盗賊団に金を払ってわたくしを襲わせた」


「完全に殺そうとしてるじゃないですか」


「……相手は『悪女』だもの。外で屋敷の従僕に金を渡して、独善的な義憤や同情でも抱かせれば、わたくしのスケジュールを漏らしても心は痛まないでしょうね」


 流石に車に衝突されて横転したのは少女の心身に堪えたのか。動きの鈍いヴィクトリアの美麗なドレスは一部が破け、髪は乱れ、肌は埃に塗れている。

 僕の胸元に顔を置いた彼女の乾いた笑い声は肌を伝って僕をくすぐった。

 それから顔を伏せたまま、ヴィクトリアは静かにため息を吐いた。


「……本当に裏切者が多くて困るわ」


 割れたガラス越しに盗賊たちが近づいてくる。

 だが、彼らには下卑た笑みはない。むしろ警戒するように台車に乗せた機関銃を持って近づいてくる。あれで僕たちを確実に仕留めようというのだろうか。

 後方には魔法使いと思わしき連中が杖を構えている。魔法と銃を兼ね備えた盗賊団は油断を感じさせない。反撃を警戒しているのかもしれない。


 盗賊たちが何かを投げ込んでくる。金属製の筒だ。

 いや、あれはゲームで見た武器だ。確か魔法使いを制圧する用の──


「……あれを弾いて!」


 ヴィクトリアの声とほぼ同時に触手で弾き飛ばすと煙が湧き出す。

 車の周囲は霧が発生したかのように白銀の煙が立ち上る。


 同時に、こちらが生きていることが露呈したのか。

 車外から銃弾を浴びせられる。

 壊れかけの車体を貫通し、展開した触手に銃弾が当たるも撃ち抜かれることはない。それでもヴィクトリアは肢体を強張らせ、それを抱きしめる。


「……ッ」


 幸い、まだ車内に突入するつもりはないのか煙が周囲に満ちるのを待っているようだ。

 牽制するように浴びせられる銃弾を触手で防ぐ。


「この煙って、確か魔法が使えなくなる奴じゃ……」


「……そのようね。確か、反乱を起こした魔法使いや魔族を制圧する手榴弾だったかしら。魔法の使えない状態であの機関銃を受ければ魔族でも死ぬ筈よ」


 確かに、至近距離から機関銃を撃ち込まれたら僕もどうなるのか分からない。

 ヴィクトリアは言うまでもないだろう。


「まさか……わたくしの復讐がこんな形で終わるとはね……」


 ヴィクトリアの顔が心許ないものになる。なんて顔だ。よほど打ち所が悪かったらしい。

 屈辱と僅かな後悔を滲ませて、目を伏せる彼女はドレスのスカートを捲る。そのまま太腿に装備していたホルダーから小型のナイフを取り出した。


「破滅にしては随分とつまらない終わり方ね」


「……それは?」


「バカね。盗賊に捕まればどうなるかなんて想像つくでしょ?」


 つまり自決用らしい。

 紫紺の瞳が揺れている。……悪役令嬢らしくない顔だ。


「……ちょっと!」


 ナイフの刀身を掴む。抵抗する彼女の力は弱く、握り締めると刀身が潰れた。


「情けない。あのヴィクトリア・ブラッドベリーがこれで終わりか? 匿名で糾弾され、周囲には笑われ、裏切られて、碌な報復もできずおしまいか。半端な悪女め」


「……なんですって?」


 バン、と僕の胸元を叩いたヴィクトリアが顔を上げる。

 紫紺の瞳が仄暗く燃え、憎悪が満ちる。

 少女が続けて口を開こうとする前に顎を持ち上げて見つめる。


「あなたはいずれ破滅する。そういう運命だ」


 それは間違いないだろう。色んなルートでこの少女は悲惨な目に遭う。

 もし、彼女がここに一人で来たのなら早めの悪役令嬢の退場だったかもしれない。


 ──なら、どうしてここに僕がいるのだろうか。


「そんな運命を壊して、理不尽を捻じ切って、あなたを明日に進ませる」


 決まっている。あの日、アルビーと交わした約束が頭を過ぎる。

 それに最近、一緒に過ごして思ったことがある。


 僕はこの少女を死なせたくない。

 傲慢で我儘で不遜。だけど悪い子ではない。切り捨てるには一緒に過ごし過ぎた。

 情が湧いた。それに友達との約束でもある。

 だから決めた。運命なんてものは触手で変えてみせるのだと。


「──その為に僕がいる」


 安堵させるように笑みを見せる。

 それに対してヴィクトリアは唇をぎゅっと引き締めて怒ったような表情を見せた。


「……エリー」


 何だ、その顔は。死ぬ前の別れ言葉と勘違いしていないか。

 初めて呼ばれた愛称に全身の細胞が活性化した、そんな錯覚に囚われる。


「大丈夫だよ、ヴィクトリア。あなたは僕が守る」


 魔法は使えない。相手は機関銃や手榴弾、車まで所持している盗賊団。

 だが、それだけだ。僕の触手稼働に影響などない。

 背中や脚から伸びた小さい触手は、既に壊れて、ひしゃげて、ガラクタのように転がった車内に根を張るように広がり続ける。

 繭のように展開する触手が周囲からの銃弾を防ぎ続ける。


「僕は力を示す。あとは、あなたが意思を示せばいい。……どうする?」


 盗賊団も準備はしていたが、──準備ならこちらが先に終えている。

 彼女の手を握り、車のエンジンスタートボタンに近づける。暗い車内で青白く点滅するボタンに、ヴィクトリアは小さく笑みを見せる。


「……生意気よ」


 彼女がボタンを押すと同時に、車内に変化が起きた。


【触手侵食】


 ジリリリリ、と脳内でSE音が鳴る。

 視界に半透明な図が浮かぶ。青白い人体図と車を稼働させる魔導エンジンを触手が繋ぐ。それを中心としてデフォルメされた車内に触手が広がる。

 フレーム、外装、エンジン。その全てを侵食し、塗り潰していく。



 ◇



 盗賊団『ブラッドハウンド・クルー』のジェイスは唸っていた。


「やっぱ、抵抗はあるよな」


 使い魔の情報は得ている。悪女が手に入れた空を飛ぶ使い魔だ。車内に閉じ込めれば殆ど動きを封じたに等しい。あとは魔法で防がせなければ機関銃で撃ち抜ける。


「ボス。もういいのでは?」


「駄目だ。そうやって油断してきた奴はすぐに死ぬんだ。使い魔は絶対に外に出させるな。弾薬代は気にするな。煙が十分にあの車を覆うまで撃ち続けろ。それから機関銃だ」


 牽制の攻撃と共に煙が満ちるのを待つ。


「あの煙が出る手榴弾。一つ300万カオスだっけ? 高過ぎないか?」


「海外からの密売品だからな。だが、あの中にいる小娘の首をブラッドベリー家に送れると思うと、それだけで買った甲斐があるもんだ」


 やはり準備は大事だ、とジェイスは思う。

 情報通りにこの道を通ることは分かっていた。

 更には前払いで結構な大金を得ていた。高価な武器だが十分に黒字の範囲だ。


「知名度が上がれば今回みたいに依頼してくれるお貴族様も増えるってもんよ。……それにしても怖いもんだ貴族ってのは。嫉妬か名誉の為か知らんけど、一時的にとはいえ憲兵を遠ざけて盗賊をけしかけるとは。まあ、俺たちは金さえ貰えたらなんでもやるけどな」


 ふと、バンと何かを叩く音がした。

 咄嗟に空を見ると部下が何かに吹き飛ばされて宙を舞っていた。機関銃の台車が傾き、地面に落ちた部下の首が折れるのを尻目に、ジェイスが片手を上げる。


「少し早いが、機関銃の撃ち方を……」


 悪女の使い魔による最後の抵抗だろう。盗賊たちに命じて機関銃を撃たせる。銃弾は横転した車を直撃する──その筈だった。


「……なんだ?」


 それは一瞬の出来事だった。

 一本の触手が機関銃に巻き付き、車内に引きずり込むのが見えた。それどころか複数の触手が同じように盗賊たちから武器を巻き上げていく。


「何の魔法だ? 幻影か?」


 同時に車の装甲がぐにゃりと歪み、本来の装飾が全て脱皮するように剥がれていく。その過程で銃弾が浴びせられるも、何一つ変化を妨げることはない。


「魔族の邪法? いや、どっちも魔力由来の筈だ。今の状況で使える訳がない」


 ジェイスは頭を振る。

 作戦とは常にイレギュラーが存在する。だが、今回はそもそも前提が違うようだ。


「てっきり触手なんてのは、幻影か闇魔法の類だと思っていたんだが……本物か?」


 穴だらけの塗装の下から現れたのは光沢のある漆黒の装甲。

 青白い模様が血管のように波打ち、車体の各部に流れていく。外れていたドアに小さな触手が刺さると無理やり車体に接合させ、色と形を変える。

 フレームが軋み、パンクしたタイヤは触手に呑み込まれ肥大化する。エンジン音を轟かせ、ジェイスたちの目の前で異形の車はその姿を完成させていく。


「なんだ、あの……」


 車、と言えば良いのか。

 あんな車種はみたことがない。部下もただ見ている訳ではない。予備の機関銃や自動小銃を向けて撃ち続けているも装甲は銃弾を弾くのではなく呑み込んでいく。


 盗賊たちが包囲を固める中、車下から飛び出した黒く艶やかな触手が地面を刺した。ゆっくりと車体が持ち上がり──四輪を地面につけて起き上がった。

 ズシン、と重量感のある音に、一歩盗賊たちは下がった。車窓部分は黒く何も見えない。人が乗っているのか。それとも既に死んで亡霊が操っているのか。


 今、自分たちは何を見ているのだ。

 頭を回しながら、部下たちにジェイスは指示を出した。


「後退だ。その化物車から下がれ! 仕方ない。油をかけて火をつけろ!!」


 ジェイスの指示は少し遅かった。

 漆黒の車の前面、無事だったヘッドライトが急にパリンと割れた。光を放つ穴から内部機構が露出する。瞳孔が開くように覗いたそれは銃身だ。


「野郎、人の武器をパクりやがった!」


 次の瞬間、機関銃の銃口が火を噴いた。

 ズガガガガッ!! 連射。重低音の連続が郊外に響き渡る。銃口から吐き出される弾丸が盗賊たちを薙ぎ払う。

 粉塵と火花が散り、悲鳴が上がる前に男も女も血飛沫と共に命を散らした。


「魔法部隊! スモークに構わず撃て! 爆発魔法で横転させろ! お前らは攻撃を止めるな! 撃ち続けろ!!」


 肉壁となった部下の背後に隠れたジェイスの判断で魔法使いたちが詠唱を始める。

 同時に他の盗賊たちは大量の銃弾を消費して攻撃を続けさせる。


 ──それらを笑うように、唸るようなエンジン音と共に漆黒の車が走り出す。

 奪った機関銃で魔法使いたちを狙い撃つ化物車。

 詠唱中の彼らを撃ち抜くも、辛うじて爆発魔法を撃ちこむことに成功した。


「……は?」


 そう思っていたが爆炎の中を走り抜ける車はジェイスの正面に来た。


「うそだろ」


 一瞬の痛みと共に、ジェイスの意識は赤黒く塗りつぶされた。

 肉塊を跳ね飛ばす車からは更に小型の触手が撃ち出され、盗賊を襲い始める。悲鳴と共に制御を失った車が横転し、魔導エンジンを破壊され、爆発する。

 逃げ惑う盗賊たちの背中に機関銃を浴びせる化け物車は、その背中を踏み越えて、一目散に郊外を走り抜けて行った。


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