第20話 専属侍女の秘密
僕の脳内にある現代日本情報から『いじめ』というワードが出力される。
いじめの対処方法は色々あるが、『報復する』が正解だと僕は思う。冒険者と一緒だ。舐められているからやられるのだ。
声を上げねば、拳を振るわねば、奪われるだけなのだ。
「──おい」
「ひっ!?」
セシリアと侍女たちの間に立つと迷彩状態を解除する。
同時に小型触手ドローンで室内の照明を点灯と消灯を繰り返させる。
彼女たちから見れば突然、人が現れたホラー展開だろう。怯む二人の侍女に対して、睨みつけてくる侍女が僕に怒鳴りつける。
「何よ、あんた!」
彼女が三人組の中のリーダー的な存在なのだろう。
見たことがある侍女だった。確か、この屋敷に初めて来た時に僕を睨んでいた女だ。そういうのは、ちゃんと覚えている。
「……ッ、魔族風情が何よ! 何、見てんのよ!」
キャンキャンと吠える侍女の前で触手を出して無言で近づく。黒く、太く、大きな触手を見上げた彼女たちは悲鳴を上げた。
「ちょっと……!」
二人の侍女が逃げる中、後ずさりする主犯と思わしき侍女を無言で追い続ける。
そうして壁際に追い詰めてから背後の壁を叩く。ブラッドベリー家の屋敷で働いているだけあって、どこかの下級貴族の子女なのだろう。
「ひっ」
それなりに綺麗な顔、その顎を持ち上げてジッと見つめる。少し力を入れ過ぎて侍女の背後の壁に穴を開けたのを見ないようにして僕は告げた。
「よく聞こえませんでしたが何か言いましたか? ……ちゃんと大きい声で言えよ」
「……ッ、この……淫売が、退きなさい!」
頬に平手した侍女が腋の下を潜って、逃げて行った。
中々根性のある女だ。よし、泣いて謝るまで浴室、トイレ、鏡の前、ベッド、廊下で触手ドローンを駆使したホラー劇を見せてやる。
淫売呼ばわりしたのだ。僕から逃げられると思うなよ。
「ま、まって……」
そう思っていたが背後からセシリアに声を掛けられる。
水に濡れた侍女と、逃げた侍女たち。
思わず関わってしまったが、ヴィクトリアの専属侍女なら恩を売っておいて損はないだろう。そんな打算ありきで、僕は彼女を助けることにした。
◇
「ち、散らかっててすみません」
「ああ、……うん、別にそれはいいんですが」
セシリアの室内は酷い物だった。
整理整頓ができない、という話ではない。
物が壊され、衣服、下着、シーツや枕まで乱暴に破かれ、落書きされていた。強盗に荒らされたような惨状に、セシリアはあはは……と誤魔化すような笑みを見せる。
「……着替えて。こっちはやっておくから。……お風呂、行きます?」
「いえ、この時間は清掃中なので……」
恐らく侍女間での人間関係とかそういうのもあるのだろうが、女のいじめは陰湿で怖い。
それを理解しながら、残骸を片づけている間に、セシリアに着替えて貰う。彼女が鼻を啜り、タオルで濡れた髪を拭くまで僕は無言で手伝うことにした。
「……ありがとうございます」
「いや……あ、これ、僕ほどじゃないけど、派手目な下着ですね」
「わ、わあ! 捨てて下さい、汚いですから!」
少しだけ空気が明るくなった頃に、セシリアがマグカップを持ってきた。
中身はレモンティーだった。甘酸っぱさにホッと一息つく。
「……私、魔族と人間のハーフなんです」
僕が促すまでもなく、一通り片付いた彼女は語り始めた。
助けてくれたお礼なのかもしれない。僕も少し興味が湧いたので無言で聞く。
セシリアはヴィクトリアの母ジュリアナが教会に寄付金を払って手に入れた使い魔で専属侍女として傍に置いていたという。その際、首輪は着けさせなかったらしい。
「リトリア様……ヴィクトリア様とは生まれた時からの付き合いなんです」
「リトリア……その愛称は?」
「ジュリアナ様とヴィクトリア様から許可を貰い、呼ばせて頂いてます。ジュリアナ様が亡くなった後は、そのままリトリア様に私の権利が移されました。遺言で私をリトリア様の専属侍女にすると……光栄でした」
そのことに少し誇りを抱いた様子で微笑む侍女。
地味な容姿の彼女は、どこからどう見ても人間にしか見えない。以前、風呂場で見たことがあるが、その肌には尻尾や羽の類は存在せず、目も普通だ。
「ただ……それがアリシアさん。さっきの方にバレてしまって……その……」
「いつから?」
「半年くらい前からでしょうか、嫌がらせを……」
他の家に言い触らされたくなければ、と先ほどの侍女に脅されていたらしい。
そして日ごろからセシリアはいじめを受けていたという。
「私はドジでのろまで……それでもリトリア様は私を専属侍女として使い続けて下さいました。でも、アリシアさんたちはそれが気に入らなくて……」
隣に座る彼女の容姿は人並み外れた者ではない。
魔族は基本的に男女問わず容姿端麗で構成されているが、彼女は地味な見た目だ。ヴィクトリアと並べるとパッとしない。
もちろん普通に可愛らしい少女だと思うが、耳が尖っている訳でも体毛が濃い訳でも角や尻尾がある訳ではない。言われなければ人間だと思っていた。
「ほ、本当なんです。ほら、角だって」
証明するように緑の髪を指でわしゃわしゃすると、小さな角が覗いた。
側頭部付近にある丸みを帯びた角だ。
恐らくは悪魔族だ。レア種族ではないかと思ったが、セシリアは頭を振った。
「淫魔族です」
「……サキュバスってこと? 凄いじゃないですか。レア中のレアだ」
「絶滅危惧種という意味ではそうですね。別段、魔力も強い訳ではないですし……アリシアさんには薄汚れた淫売の血だって」
大体の事情は把握した。しかし疑問がある。
「どうして僕にこのことを?」
「エレノア様のことはずっと見ていました」
そんなカミングアウトをされた。
確かに、専属侍女である彼女とは話す機会は少ないが毎日顔を見る機会はあった。僕が彼女を見ていれば、当然、セシリアも僕を見ていたのだろう。
「それで……私、勝手にエレノア様に対して親近感を抱いたんです。使い魔と侍女では役割が違いますけど、同じくリトリア様に仕える者として志を共にしているんだって。……ごめんなさい」
そう言って謝られた。セシリアは何も悪いことをしていないのに。
それにしても淫魔と触手か。
悪役令嬢ヴィクトリアを支えるには卑猥に聞こえて、少し面白いと思った。
「謝らないで欲しい、セシリアさん。僕たちは同じ主人を支える立場、いわば職場の同僚みたいなものです。年齢とか仕事内容は違っても、主人の為に力を尽くす。その理念は僕も、あなたも一緒のはずだ」
「……エレノア様」
「様付けはヴィクトリアさんにして下さい。客でもないですし、使い魔なので」
将を射るには馬から。
そんな言葉があったのを僕は思い出す。ヴィクトリアの専属侍女の好感度を上げれば、自然と主であるヴィクトリアの評価も上がるだろう。
仲良くなることは即ち、僕への信頼も増え、最終的には男になる道に繋がる。
そういう打算ありきで僕は彼女に優しくすることにした。
「とりあえず、敬語も結構です」
「で、で、でしたら! 私にも普通に接して下さい!」
「お、おう……」
「す、すみません。大声を……」
「いえ、それなりに普通に接することにします」
ギャルゲーをプレイしたことは無いが、男の好感度を上げることだけは無駄に時間を割いてきた。
その対応は彼女にも多少は効果があるだろう。
これから着実に、堅実に、好感度を積み上げていくのだ。──と思っていたが。
「じゃあ、エリーさんって呼んでいい?」
「ええ」
「私のことはセシーとかセッシーでいいよ?」
「じゃあ……セシリアさんで」
「ふふっ、それだと変わってないよ? もしかしてエリーさんって恥ずかしがり屋?」
いや、距離感。なんか滅茶苦茶、グイグイ来る。
踏み込むつもりがこちらに踏み込んでくる侍女。もしかして王国民はカーラといい、一度仲良くなると一気に距離感を詰めて来る種族なのだろうか。
とはいえ、これが彼女なりに勇気を示した結果なのかと思うと無碍にはできない。ひとまず愛称の件は保留にして、僕はセシリアと別れた。
◇
その日の夜になって僕は今日の出来事を女王様に語った。
「──ということがありました」
「ふうん。大冒険って訳ね。エレノア・オムニティス」
フルネームで呼ぶヴィクトリアは妙に機嫌が悪い。
食事に釣られてそれなりの情報をマーティンに漏らしてしまったのが問題だろう。それに関しては言い訳の余地も無い。
なので、前屈みになり上目遣いで彼女を見上げて慈悲を乞うばかりだ。
「……そんな卑しい目をしてもダメよ」
顔を背けるヴィクトリアは先ほどから紙の資料に目を向けている。
机の上に丁寧に置かれたクリスタル状の映像結晶。そこに更に一つクリスタルを置く。彼女は彼女で復讐という暗いことに万進中だ。
その準備は僕の手伝いもあって着々と進んでいる。
「……」
「……」
しばらくの間、無言な時間が続いた。
ヴィクトリアの私室、長椅子に寝転がる僕は、ヴィクトリアのペンを動かす音や、映像結晶を整理する音に耳を傾ける。
「お前、セシリアをどうしてわたくしの専属侍女にしたか分かる?」
「ヴィクトリアさんのお母さんから指名されたから」
「それだけだと思って?」
その詳細な内容を聞く前にヴィクトリアの私室のドアがノックされる。
どこか小馬鹿にしたような表情は凛としたものに変わる。表情はどこか冷たく近寄りがたい、悪役令嬢ヴィクトリアの顔が覗く。
「お前は消えなさい」
「言い方」
だが言いたいことの意味は分かる。
触手迷彩機能を起動させて、僕は周囲に同化した。それを確認してヴィクトリアが扉に声を掛けると、一人の侍女が入って来た。
背筋を伸ばし、どこか自信のある様相は侍女の服を着た貴族のようだ。
「失礼します」
少女はアリシアと言ったか。
短めの金髪で気の強そうな顔立ちだが、その相貌はどこか強張っている。
「ああ、来たわね」
対するヴィクトリアは椅子に座り、淑やかな態度を見せる。
気品と冷たさを感じさせ、アリシアに警戒を強めさせたようだ。
「お嬢様、どういったご用件でしょうか?」
「そうね。……その前に、お前こそ、わたくしに何かあるのではなくて?」
質問に質問で返すヴィクトリアにアリシアは沈黙する。
嫌な空気だ。まるで生徒が問題を起こして教師が叱責する数秒前のような。その言葉を吐いた女王から続く言葉はなく、侍女はしばしの閉口の後に、こう答えた。
「いえ、何も」
その言葉にヴィクトリアは冷ややかな笑みを浮かべた。
相手を見下し、端麗な容貌に得体の知れない威圧感を放っている。その圧力に次第に耐えられなくなったのだろうか、徐々にアリシアの顔が青ざめていく。
「本当に?」
それでもアリシアは頭を振った。
「……し、知りません」
「そう。──エレノア」
指を鳴らし、呼ばれた。だから僕は事前の指示を受けた通りに行動する。
触手を出してアリシアを拘束した後に姿を見せた。肢体を這い回り、脚先から首まで巻き付いてぎゅっと縛る。これで動くことは叶わない。
ゆっくりと立ち上がったヴィクトリアが拘束にもがく侍女を見る。
「お嬢様! いったい何を……」
「お前、今わたくしに嘘を吐いたわね。知らないって何を知っているの?」
「離して下さい! こんなの横暴です! 離してッ……」
ぱん、と叩く音が響く。
平手打ち。ヴィクトリアの手がアリシアの頬を叩いて、自らの唇に指を置く。
「わたくしが話しているのよ。黙って答えなさい。……先日の夜会でわたくしの私物を持ち出したわね?」
「なんのことか……」
「わたくしが持っていた月光樹のイヤリング。お前が持ち出したのでしょう? 調べたらすぐに分かることよ? それでもわたくしは優しいから、お前に機会を与えたのよ。自白する機会を」
朗々と唄を歌うようにヴィクトリアは言葉を奏でる。
「セシリアに盗むように指示を出して断られたものね。だからわたくしが不在の時に持ち出した。ああ、それにハンカチとブローチ、いずれも一点物の特注品よね」
よく通る声が言葉を紡ぐ。その度にアリシアの青褪めた顔は青を通り越して白く染まっていく。
舞台の主演女優のように振る舞うヴィクトリアは僕の肩に触れる。
僕は要望通りに触手を一本出す。黒く太く青白いラインが奔る触手の先端からは体液が滴る黒い爪が姿を見せる。
「口が堅いことは悪いことではないわ。でもね、それなら聞き方を変えるだけなのよ、アリシア・ヴェリーナ。エレノアは知っているわね? わたくしの使い魔。凄いのよ、この爪には自白を強要できる毒があるんですって」
クス、と笑う少女は世間話をするかのようにアリシアに語り掛ける。
「それとも毒とか麻痺とかがお好み? 媚毒なんて物もあるんですって。悪趣味よね。でも、まだ試したことないから、お前で試させて貰える?」
「い、いや……」
あらあら、とヴィクトリアはわざとらしく笑ってみせる。
「媚毒が良いですって? 物好きね。なら、媚毒を打ち込んでから一晩、王都のスラムに放置すればどうなるでしょうね。下賤な輩にはしたなく腰を振って、父親も分からない子を孕んで……その先はお前も貴族の端くれなら分かるわね?」
「や、あ……」
「それとも、セシリアにしたように物を壊されるのがお好き? でも、お生憎様。わたくし、物を切ったり割ったりする気にはなれないわ。だって、使えるもの。物ってそうでしょう? だから、わたくしだったら、──お前の一族を壊すわ。その方が遥かに有意義だもの」
最上級の令嬢にパワハラされる侍女の構図だが特に止めるつもりはない。
今日の出来事は、いじめの件も含めて全て報告済みだ。
そこからどうするかはヴィクトリアに任せる。
「土下座させて、財産を没収させて、その原因がお前にあると言って、生かしてあげる。皆殺しなんて野蛮なことはしないわ。全ての責任はお前にあると教えてあげないと」
「まっ、まって……! 私は、私は悪くない!」
「悪くない? だったら話せるわね」
「そ、それは……」
いつの間にか全身を震わせるアリシア。彼女に纏わりつく触手をヴィクトリアは撫でる。
睥睨し、見下ろし、堂々とした様子で彼女は告げる。
「罪を認め、全てを話し、わたくしに全てを捧げて駒となるなら……そうね、処罰の内容を少し考えてあげる。わたくしは寛大だもの。どうする?」
「……」
「どうするの!」
「は、はなし、話します……」
ヴィクトリアの一喝に、アリシアは泣きながら全てを話した。




