第19話 令嬢訓練、憲兵との昼下がり
仮面舞踏会。
ヴィクトリア曰く、特別な舞踏会で上級貴族も下級貴族も参加できるらしい。
「場合によってはお前にも出て貰うわ」
「いや、そんなダンスとか作法とかできません……ですわよ?」
「どんな口調よ。……いい、エレノア? 仮とはいえ、お前はわたくしの使い魔よ。今後も夜会に出る機会はあると思いなさい。ちょうど良いから教えてあげる」
そんなことを急に言われてもと戸惑うが、時間は待ってくれない。早速、淑女の礼や挨拶などの礼節を仕込まれる。
念のためにとダンスや食事のマナーや作法まで数日間、教えられ続けた。
『エレノア、聞こえるわね?』
『聞こえますよ。時間が経つのは早いですね』
『そうね。だからこそ、日々を有意義に過ごすべきよ。この数日のお前は淑女への第一歩を歩み始めた小娘ってところだけど、それでも成長は感じられるから褒めてあげる』
そんな数日の合間にヴィクトリアは情報伝達魔法を習得した。
システムのサポートも無しにできた彼女はやはり天才だと思う。
『これ、使えるわね。……何よ、その動きは。もう忘れたなんて言わせないわよ』
ダンスや礼儀作法で失敗すると、尻や太腿を叩かれる。ボディタッチどころではない。
『まさか、お前にドレスの着方から下着の付け方まで教えることになるとは思わなかったわよ。赤子以下ね。普段の黒い衣装以外に着ないの?』
『触手は便利なんで、衣服の模倣さえすれば着替えなんて必要無いですし……下着なんて今まで着けたこともありませんでした……』
今は訓練として、触手ドローンを経由せずに触手念話と情報伝達魔法での会話をしている。こうしているとアルビーとのやり取りを思い出して懐かしく感じた。
『それより、冒険組合からお前宛に手紙が届いていたわよ』
トライデントシャークの換金や盗賊討伐の報酬を口座に振り込んだこと、冒険者ランクの昇級試験の日程調整を行いたい、という内容だった。
ヴィクトリアに許可を貰った僕は冒険組合に徒歩で向かう。
貴族の屋敷が集う区画を出て冒険組合がある大通りを進むと通行人から注目を浴びる。
僕が美女だからなのだろう。罪な女で申し訳ない。
「……エレノア・オムニティス」
「うわ、びっくりした」
目の前に黒い大木がいた。いや、身体の大きな男だった。憲兵団の制服を身に着けていた男の名前は確か……。
「すまない。驚かせるつもりはなかった」
「それはいいですけど……マーティンさん、でしたっけ?」
「ああ。どこに行くんだ?」
「冒険組合に」
「そうか。では一緒に行こう。女性の一人歩きは危険だ」
「いや、一人で食べ歩くのが好きなので」
そう言って断る僕に彼は赤い瞳を向けてくる。
嘘かどうか、それを見抜こうとする目だ。同時に自分の感情は見せようとはしない。
「……先日、君が捕まえた盗賊団についての話を聞きたいのだが」
歩くと彼はついてくる。頭一つ分は大きな体躯。短い茶髪に妙な威圧感がある。
「先日、そちらの屋敷に行ったが待たされた上に追い返されてしまった。……今日は話が通じそうなので任意で聞かせて欲しい」
冷たい声色だった。だが遠慮のない言葉は理知的に感じる。
この態度は、この王国ではかなり貴重な部類だと僕は最近知った。
腹の中はともかく表面上は普通に接してくれる。決して差別しない。食べ物を投げつけ捨てることもしない。それだけで個人的には好感度が上がるようになってしまった。
「……かつ丼とか奢ってくれるなら話してもいいですよ」
「冒険組合には無かったと思うが? ……まあ、それくらいは構わない。ちなみに組合の酒場なら、からあげの方が美味しいと言っておこう」
「詳しいですね。冒険者だったんですか?」
「学生時代はそうだった」
そんな訳で、威圧感のある憲兵にエスコートされる。車道側に立ち、歩幅を同じくする紳士的な男に連れられて冒険組合に向かう途中、僕は今日の予定を口にしていた。
「なるほど、昇級試験か」
「何かあるんですか?」
「いや、恐らくだがオムニティス嬢の場合は、まず合格だろう。トライデントシャークを倒せる実力の持ち主をEランクにし続ければ組合のランク評価が破綻するからな」
「……試験って何をすると思いますか?」
「推測だが、Dランク相当の依頼を複数受けさせられる。設けた期間の間に討伐数が一定数に到達したら昇格させる……とかではないだろうか」
マーティンに扉を開けて貰い、一週間ぶりに冒険組合の施設に入る。相変わらずの騒々しさが僕を迎え入れた。
だが、僕が脚を踏み入れると同時に僕を見た冒険者が閉口する。
急速な勢いで静まり返る空間に、僕は思わずマーティンを見上げた。
「これはマーティンさんがいるからですね」
「どういうことだ?」
「憲兵の制服を着た人が来たら何事だって皆が思いますよ」
「なるほど。しかし、私が見る限り、君を見て静まり返ったと思うが」
「……いや、まさか」
頭上から低い声が落ちて来る中で受付に進む。
そんな時に一人の受付嬢が明るい声で僕に手を振った。
「あっ、エリーさん!」
確か、名前はカーラと言ったか。
出会った時からやけにグイグイ来る冒険組合の受付嬢だ。彼女がトライデントシャークや盗賊団関係の処理をしてくれたらしい。
他の受付嬢よりも可愛らしいと感じる顔にセミロングの髪。カーラの受付カウンターに行くと、彼女は嬉しそうに笑った。
「久しぶり。全然来ないからどうしたのかと思ったよ」
「少し屋敷にいて訓練を」
カーラはチラリとマーティンに目を向ける。
対する男は、僕に目を向ける。
「オムニティス嬢。一つ聞きたいが、彼女は君を担当している組合員なのは本当か?」
「……ええ」
何の話だ。と思ったがカーラの視線に僕は無言で頷いた。
僕は空気の読める男だ。可愛らしい受付嬢の無言の頼みに頷く程度、問題ない。
「カーラさん、悪いんだけど、ご飯はまた今度ね」
「……えっ、二人で食べるの?」
「話がてらここで食べるけど、もしかして美味しくないとか?」
「いや、そういう意味じゃなくて。……まあ、そこのテーブル席なら大丈夫か」
何かまずいのだろうか。
マーティンを見上げると彼もきょとんとした顔で首を傾げている。カーラは信じられないような顔で僕を見る。
彼女はおもむろに衣装の襟ぐりを掴んで僕を引き寄せると、顔を近づけて囁く。
「……憲兵だからといって油断しちゃ駄目よ。もしもの時は大声で助けを呼んで」
「お、おう……」
大袈裟だ。男同士で軽くご飯を食べる。ついでに少し話をするだけだ。
「それと、Dランクの昇級試験ですが都合の良い期間を教えて下さい」
プライベートの顔から受付嬢の顔に切り替わる彼女に尋ねる。
「……どういう試験なんですか?」
「Dランクですと、期間を定めての一定数の討伐と討伐したモンスターの種類で判断します。簡単に言えばDランク以上のモンスターをそれなりに倒せば大丈夫」
「じゃあ、それが終わったらご飯に行きましょうか。奢りますよ」
「楽しみにしてます」
それから事務的な対応をしてカーラと別れた。
一応確認すると、トライデントシャークや盗賊の賞金は2億カオスだった。
(借金完済はまだまだだな)
大金だがあまり実感はない。
ゲームで予習したから現実でも大して苦労せずに倒せた。それだけだったから。
「最速で億越えの冒険者か」
「奢ってあげましょうか?」
「いや、それはいい。私が出す」
茶化すようなことを言いつつも、僕の返答に真顔を見せたマーティンと食事をする。
組合の受付から少し離れた場所に併設された酒場。
徐々に喧噪が戻って来た空間、その窓際のテーブル席で話をする。
「なるほど。ヴィクトリアの使い魔として冤罪を晴らす為に動いていると」
ごくん、と嚥下したからあげ定食は美味だった。だけど、ペラペラ話すつもりはなかった。
この間の冒険を中心に、ヴィクトリア関係は少しだけ語った。
「からあげなら、やはり定番のコカトリスだが、ヘルホークは辛味がある」
「ほふっ、あつっ……んぐ……」
「ヘルホークの方が好みか。おっと、次のおかわりが来る前に一つ質問だ」
「いいですけど、分からない物は分からないので」
「それで構わない。あくまで任意だ。話したくなったら話してくれ」
からあげを食べて、申し訳程度にサラダを食べて、エールを飲む。最高だ。
「よく食べるな」
「ん……初めて食べるので」
「……そうか。ここには無いがデビルストリガーやウィンドファウルは大貴族も好んでいるから、帰ったらヴィクトリアに頼んでみると良い」
マーティンは食べ方が非常に綺麗だった。
昔から作法を教わってきたのだろう、背筋を伸ばしカトラリーを使い熟している。自然と僕もヴィクトリアから教わった内容を思い出して食事をする。
(……食事作法、学んで良かった)
そう思った僕は内心でヴィクトリアに感謝した。
「ヴィクトリアは問題の多い令嬢だが、彼女の冤罪や、周囲の誤解を解きたいと思う君の考えは立派だ」
「……どうも」
いくらかは話してしまったが、アルビー関係やヴィクトリアとの細かい内容は伏せた。あくまで学園で受けた冤罪を晴らす為に動いている、みたいなことは語ってしまった。
決して嘘ではないし、復讐なんて暗いことを語って邪魔されても困るのだ。
「他にも何か隠していることがあるか?」
「え? いえ、何も」
「……そうか」
隠せるところは隠したつもりだったが、マーティンは少し微妙な顔をした。
何か感づかれたかもしれない。これ以上の質問をさせる前に、僕からも質問をする。
「ところでヴィクトリアさんとは仲が良いんですか?」
「良いというか……。私が学園にいた当時、第一王子の婚約者だった彼女と出会ってしまったことをきっかけに、色々と後処理を任されるようになったんだ」
「苦労人枠ってことですか?」
「苦労人か……」
ふと、遠くに目を向けるのは過去に思いを馳せているのだろう。
「本当にあの頃は大変だった……ヴィクトリアだけではない。亡きアルト殿下は毎日のように騒ぎを起こして、その後始末をよくやったものだ」
第一王子はゲーム本編開始前に帝国との戦争で亡くなったことで、学生の第二王子が代わりにヴィクトリアの婚約者になっているという設定だった。
「結局、色々話しましたけど僕から何を聞き出したかったんですか?」
言葉が直接的過ぎただろうか。マーティンは苦笑した。
「君が、あのテロに関する犯人ではない。それを確定させたかった。それだけだ」
会計は本当にマーティンがしてくれた。
グレイヘイブン家は伯爵家で、更には憲兵団の大隊長を務めているらしい。高給取りだから、奢り程度は余裕なのだろう。
「屋敷まで送ろう。最近は何かと物騒だからな」
「……ごちそうさまでした」
「ああ、美味しかったか?」
「はい。……あの、マーティンさん」
「なんだ? まだ食べたりないか?」
「いや、そうではなくて。……僕、冒険者になったんです」
「うん?」
だからどうした? と首を傾げるマーティンに僕は告げる。
「何か困ったことがあったら依頼して下さい。僕は強いんで。あと、人に自白させるのも得意です」
「自白?」
決して、結構な額を奢って貰ったことに引け目を感じたからではない。
散々ヴィクトリアとか王族に振り回されてきた苦労人枠のマーティンに少しだけ共感したからだ。
何より、憲兵団の偉い人との関係なら構築しておいて損はない。
「ええ、触手でぷすっと。あのテロの犯人がまだ何も喋っていないなら呼んで下さい。あなた方とは別のアプローチで何かできるかもしれないので」
捜査はあまり進展していなかったのだろう、マーティンは考える素振りを見せた。
「考えておこう。しかし、君にメリットがあるとは思えないが」
「今後もヴィクトリアさんを気に掛けてくれるなら、それくらいは容易いです」
「……良い使い魔だな、君は」
紳士な男に屋敷まで送り届けられた。
何故か土産にからあげを持たされたが、そんなに物欲しげな顔をしていたのだろうか。
(さて……ヴィクトリアに何て説明しようか)
マーティンに色々と知られたことをヴィクトリアにどう話そうか悩んでいると、屋敷内にあるドローンがある声を検知した。場所を特定すると僕は即座に移動した。
場所は女子トイレだった。
バシャ、という水音と何かを叩くような音に、僕は迷彩機能を起動させて入る。
以前、男子トイレに行こうとしたら、偶然レナードと遭遇して紳士的に立ち入りを禁止されて以来、女子トイレに行くことに躊躇はしなくなった。
「なんでお前みたいな愚図が専属侍女なんてやっているのよ!」
「とっとと辞めなさいよ」
「薄汚い血を引いている癖に」
トイレ内は事前にドローン越しに見たのと同じ光景だった。
いじめだ。
セシリアが、複数人にモップの先端で突かれ、バケツに入った水を掛けられていた。




