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第18話 ハット商会

 ご飯を食べて、風呂に入って、ベッドで寝る。

 冒険者デビューから一夜明けて、ようやく疲れが取れた気がする。


「おはよう。お前、よく寝るわね」


「……おはようございます」


 既に朝食を食べ終えたヴィクトリアは食堂で新聞を読んでいた。

 家長のような恰好の彼女を見ながらテーブルに座ると、侍女たちが甲斐甲斐しく料理を持ってきてくれる。どうやら今日は和食らしい。


(初代王が好んだ格式ある料理だっけ? 実際は運営の好みで決まったとかアルビーが言ってたな)


 白米が艶々で味噌汁は塩加減が絶妙。おかずに肉魚をガッツリと頂く。美味しい。


「新聞に載ったわよ。灰の蛇ですって」


「……なんですか?」


「二つ名よ。わたくしより目立つなんてエレノアの癖に生意気ね」


 そう言いながらも、にんまり、と楽しそうに笑う悪役令嬢は新聞を振る。

 二つ名。ゲームにもあったがただの称号に過ぎない。

 能力値にも何の補正もつかないから気にしても仕方がない物だ。


「ふうん。灰の蛇か……」


 紙面にはヴィクトリア・ブラッドベリーの使い魔エレノア・オムニティスが大物賞金首であるトライデントシャークを仕留め、更にはどこかの盗賊団を壊滅させた内容が書かれている。

 更には空を飛ぶ僕と吊られるサメがショート動画のように紙面内を動いていた。


「なんというか……」


 この世の終わりみたいな絵面だった。

 王都の壁を越えて、魔王が質量兵器を引っ提げて来た、みたいな。


「ヴィクトリアさん。これでDランクくらいにはなれますかね?」


「なれるけど、運が良かったとか公爵家が後ろにいるからとか、マグレ呼ばわりするのもいるでしょうね。だから言い訳の余地を与えないくらい、指定討伐対象のモンスターを狩りなさい。……そんなことよりも、昨日の夜にマーティンが来たのは覚えてる?」


「マーティン?」


「前にも会ったでしょう?」


 マーティンという名前の男は覚えている。

 あの紳士的な隠れネームド疑惑のキャラだ。彼が昨夜来たらしいが記憶にない。頭を振るとヴィクトリアは、ふん、と鼻を鳴らして、手に持ったカップを傾ける。


「……お前、昨日帰って来てから、うんともすんとも言わないんだもの。ひたすらにご飯を食べたと思ったらすぐに寝るんだもの。仕方なくわたくしが応じる破目になったのよ」


「そ、そうだったんだ。ありがとう……ございます」


 どうやら昨日のトライデントシャークの死骸を持ってきた件や、改めて襲撃に関しての話を聞きに来たらしい。

 だが、僕は水風呂に沈んだ後に食事摂取機となり、食べ終えたらさっさと寝たらしい。


「あの男が途方に暮れるなんて久しぶりで面白かったから許してあげる」


 鈴を転がすような声で無邪気に笑う彼女に僕は頬を緩ませる。


「昨日、何があったのか。聞かせなさい」


「……分かりました」


 というわけでエレノア・オムニティスの初めての冒険について彼女に語った。

 昨日の冒険は色々と収穫があった。


【触手学習予測:7%】

【触手機関 稼働率:97%】


 戦闘を重ねたことで触手の学習機会を提供できたのだろう。学習予測の数値がいくらか伸びていた。他にも稼働率は少ししか減っていない。

 怪我ではなくただ長時間動いているのなら、あまり減らないのかもしれない。


(ご飯をいっぱい食べたくなるのは稼働率の低下を抑える為か? ……分からないな)


 このままだと稼働率はいつか0になる。

 そこに一抹の不安を覚えながらも僕は朝食と共に呑み込んだ。考えても仕方がない。不安になったからといって、何かが変わる訳ではないのだから。


「そんなことより、ヴィクトリアさんにお土産」


 触手の中から昨日手に入れた魔石を取り出す。有限だが収納機能があるので、魔石やモンスター素材なども全て所持したままだ。

 楕円形で小粒の魔石を受け取ったヴィクトリアは天井の照明にかざす。


「……他の戦利品は出さなくて結構よ。血塗れよね?」


「いや、そんなことは……拭き取ったし」


「絶対に出さないでちょうだい」


 そう言われると出して反応を見たくなってくるが、それを予想するようにジロリと睥睨されると触手の中を漁る手を止めざるを得ない。

 その後、僕は昨日の冒険譚や、彼女から求められた情報伝達魔法について喋り終えた。


「冒険者の活動はしばらく大人しくした方が良いわね。無駄に記者が騒ぎそうだし。一週間以内に冒険組合に行けば報酬も用意されていると思うわ」


「そうですね」


「というか、冒険に行く度にあんなに疲れていたら大変よね。あれは熱が原因なの?」


「まあ……慣れとかでマシにはなると思うんですが……」


「ふうん」


 そう言ったヴィクトリアはベルを鳴らしてセシリアを呼んだ。

 専属侍女は小瓶を持って来て、僕のすぐ傍に置いた。

 ゲームで見たことがある。回復薬だ。それも最高級の品質で最低2000万はするレベルの物をポンと出してきた。


「これは……」


「昨日みたいにお前が動けない度にわたくしが対応するのは面倒よ。……だから、しょうがないから用意してあげたわ。光栄に思うことね」


 あっ、これゲームで見た奴だ!

 ──というのを僕は体感した。だから知っている。ここでウダウダ言うと面倒なことになる。この場合の返答で一番好感度が高くなるには素直に礼を言うことだ。


(見ているか、数多の攻略対象とアルビー。あなたたちのおかげで、僕は前に進めるよ)


 贈り物を貰った時は笑顔を浮かべて良い感じの台詞を吐くと効果が高いのだ。

 浮かべるのが鏡の前で練習した蠱惑的な微笑。

 唱えるのは主人公が貴族の男を堕としてきた有名な台詞だ。


「ありがと。これを見る度にヴィクトリアさんのことを思い出すね」


「……は? なに、気持ち悪いこと言ってんのよ」


 何故か睥睨された。おかしい。この回答は攻略対象の男たちにも有効だったのだが……。

 それはともかく戦闘後の熱に有効かは不明なので、今度使ってみようと思う。


「それよりお前、監視の方は忘れていないでしょうね?」


 監視とは何の話だと思ったが思い出す。

 ヴィクトリアの復讐の為に、彼女の部屋に出入りする人間を中心に裏切りの可能性がある怪しい者の監視を依頼されていたのだ。

 冒険者としての活動をしながら、同時にドローンでの監視だったが、


「や、もちろんです。かなり絞られたかな」


「そういうのは報告しなさい」


「……はい」


 そこに部屋の扉がノックされる。セシリアから来客だと言われた。


「行くわよ。エレノア」


「どこへ?」


「わたくしの目的を忘れた訳じゃないでしょう? お前が空を飛んでいる間も、わたくしは復讐の為に着実に駒を進めていたのよ」


 そう言って、彼女は室内にあったボードゲームの駒を進めた。



 ◇



 ヴィクトリアが呼びつけたハット商会の人間は随分と悪そうな印象だった。

 帽子に黒のスーツは素晴らしい。マフィアみたいだ。

 しかし、控え目に言っても肥えた身体は締まりがない。僕を見る目は性欲の類ではなく、商品を値踏みする眼差しなのは商人故か。

 僕を連れて応接間に入ったヴィクトリアは開口一番にこう言った。


「成果は出ているんでしょうね?」


「もちろんでございます。ただ、今回はその前に自己紹介の時間を頂ければと」


 脚を組み、腕も組み、つん、と顔を背ける公爵令嬢ヴィクトリア。

 彼女の隣に座った僕は脚を叩かれる。開きかけた脚を閉じて座り直すと、ハット商会の男と視線を合わせる。

 ハット商会は、ゲームでも見たことがある有名な商会の一つだ。まさかヴィクトリアと繋がっているとは思わなかった。


「確か……ハット商会は貴族向けに魔道具や衣装を売っているんでしたよね」


「よくご存知で。他にも武器や一流のスーツと装飾品……そして情報も」


「金さえ積めばなんでもする豚よ」


「ブヒッ、バジル・ハットと申します」


 ユーモアたっぷりに笑った豚、もといバジルは僕に小さく頬を吊り上げた。

 なんとも悪そうな顔である。如何にも腹に一物抱えていそうだ。


「昨日は素晴らしいご活躍だったと聞いております。エレノア・オムニティス様、ですね?」


「はい、バジルさん」


「灰の蛇でしたか。王国初の魔族の冒険者で、トライデントシャーク討伐による賞金で億越えは確実。ブラッドベリーの使い魔だけはありますな」


 そう言って彼は僕に名刺を渡した。賞賛は世辞と受け流して受け取る。


「何か欲しい物や調べたいことがあればぜひともこの豚にご連絡を。多少値は張りますが他にはない良質な物を揃えさせて頂きます」


「豚、わたくしの使い魔に色目を使うより先にやることがあるわよね?」


「そうでした。こちらを……」


「ご苦労」


 バジルが差し出した封筒を受け取ったヴィクトリアは無言で中身の資料を読み始める。

 こういう時に邪魔をしてはいけない。

 それは僕とバジルの共通認識だったのか、彼は僕に目を戻すと鞄から小箱を取り出す。


「エレノア様にはこちらを」


「いえ、こういう物を貰うのは……饅頭ですか?」


 流石に賄賂とかを受け取るのはどうなのだろうか。

 そう思ったが、豚を自称する男は静かに微笑んで小箱をテーブルに置く。


「ヴィクトリア様とお付き合いになられるのでしたら、自然と私とも付き合いが深まるでしょう。なに、これは未来を視越した、ただの贈り物です」


 ここで勝手に開けるのもどうなのかと思って受け取るだけに留める。ヴィクトリアも何も言わないので、代わりに微笑を浮かべて小さく礼を返す。


「ありがとうございます。……バジルさんの帽子とスーツ、素敵ですね」


「おお、分かりますか。流石は伝説を名乗るだけはある。盗賊を狩り、王国が指名した大物賞金首を墜とした空を飛ぶ灰の蛇。その正体が礼節のある美女だとは」


 もしかして今、口説かれていないか。

 ……どうしよう。見た目は豚みたいな男なのに褒められると悪い気はしない。


「ん……ありがとうございます。あなたも素敵な豚さんですね」


「ブヒッ。今のはいいですね。心に染みました」


 個性的な笑い声を発するバジルはおもむろに立ち上がり一礼する。


「……もういいかしら? セシリア、お帰りよ」


 隣を見ると金髪の令嬢がバジルと何故か僕にも冷たい視線を向けていた。

 彼女は両手を叩いてセシリアを呼び出す。

 あわわ、と言いながらも侍女はバジルを連れて出て行った。……中々に濃いキャラだったと息を抜き、テーブルに置かれた茶菓子に手を付ける。


「お金とかって払わないんですか?」


「先払いで振り込み済みよ。……あっ、冒険者になるならお前の口座も作るわ。管理はわたくしがするけど良いわね?」


 王国では魔族が口座を持つことは基本的にない。

 僕名義で所持していても銀行がキチンと管理する気がしない。王国内の口座はヴィクトリア名義にして運用して貰う方が良いだろう。


(『お前のお金はわたくしのお金でしてよ?』くらい言うと思ったけど)


 むしろ小遣いや必要な物は出してくれるらしい。少し驚きながら姿勢を変える。


「ほら、また脚」


「ん……」


 ぺしっと太腿を叩かれて膝を立てた脚を下ろす。

 作法にうるさい悪役令嬢だ。叩かれ過ぎて太くなったらどうする。いや、彼女も僕が女と思っているから作法にうるさいのだろう。


(……この一瞬だけ男に戻りたい)


 艶めかしい太腿を撫でながら作法に厳しい主から渡された資料に目を向ける。


「……レスティナ・レイモンド?」


「匿名でわたくしに楯突いた三下子爵の令嬢よ。予想通りだけど裏は取れた」


「……ヴィクトリアさんって嫌われてるんですね」


 流石は悪役令嬢だ。

 しみじみと口にした僕に彼女は何かを言いたげだが、珍しく目を逸らした。


「注目を浴びるわたくしへの嫉妬よ。それに、こういう連中は何もしなくても勝手に嫌うものよ。みっともない連中よね」


 ただ、とヴィクトリアは一息吐いてから僕を見る。


「この三下に匿名とは言え、わたくしを糾弾する度胸はないわ。時間があればこうしてバレる程度の隠蔽能力しかないもの。やらせたのは別にいる。誰だと思う?」


 にっこりと笑ったままの悪役令嬢に僕は全力で頭を回す。

 ゲームとは違う展開で、前に彼女はその相手を言っていたはずだ。


「……セレナ・ルミナリエ?」


「正解。あの女を潰す為に、この女の弱みを握って脅していくわ」


 そんなことを、ヴィクトリアは無邪気な笑みを見せながら言った。


「ああ、そうそう。……セシリア! 来てた?」


「はいッ! 届いてました!」


 専属侍女も大変だな、とバタバタと部屋に戻ってくるセシリアを見て思う。

 彼女は水に侍女服を濡らしていた状態で、手紙を持ってきた。


「なんで濡れてんのよ?」


「も、申し訳ございません。その……水をこぼしちゃって」


「ドジね。まあ、いいわ」


 封蝋のされた手紙を開くヴィクトリア。

 それをざっと見た彼女はあくどい笑みを浮かべる。


「エレノア。箱を開けてみなさい」


 そう言って、彼女は僕にバジルから渡された箱を開かせる。

 ハット帽子のマークが印字された箱の中には黒い仮面。顔の上半分を隠すソレには所々に金細工が施され、高級感がある。

 鼻を鳴らしたヴィクトリアは「悪くないわね」と呟き、その仮面を僕の顔に宛がう。


「二週間後、仮面舞踏会に行くわよ」


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