第16話 冒険者の恥さらし
結論だけ言えば、首輪のことを話してもヴィクトリアは怒らなかった。
それでも馬乗り状態は止めないのは、あくまで自分が上だという意思表示だろうか。
「触手侵食ね……ふーん……何がどうしてそうなった訳?」
寧ろ、僕の視界に表示された謎の文字列【触手侵食】の機能に興味を示した。
べたべたと僕の身体を触る彼女の質問に頭を回す。
「えっ、いや、触手を刺したら勝手になったというか」
「なら、この枕にもやってみなさい」
色々と触手を刺してはみたが、特に変化は無かった。
いったい、なんだったのだろうか。
それよりも首輪を弄り続けるヴィクトリアの端正な顔を見上げて謝意を示す。
「……壊してごめん」
「ああ、良いわよ。だって──」
悪い事をしたのは事実なのでヴィクトリアの言葉よりも先に口にする。
「弁償するから」
「……15億を返済できるの?」
見上げると、訝し気な彼女の紫紺が瞬いた。
その瞳を見つめながら方法を模索する。……高いけど、できない訳ではなかった。そうアルビー製ゲームの知識を持つ僕なら。
「冒険者なら」
「一攫千金って訳? 無謀ね」
「そんなことはない。……僕は強いから」
ふん、と鼻で笑うヴィクトリア。だがゲームでは大金を稼ぎ、攻略法も大抵は頭に入っている。それを現実では触手で実践するだけ──要は、できない理由はない。
「……なら、やってみなさい」
嘲笑が呆れたような吐息に変わった。
「いいこと、エレノア・オムニティス。お前は仮とはいえ、このわたくしの使い魔だもの。口にしたのなら成し遂げなさい。いいわね?」
「分かりました」
ようやく彼女は僕から降りると思い出したように手を差し出す。
「お手」
無言で拒否すると太腿の紋章を中心に、あのピリピリする不快感が働く。
それは、差し出されたヴィクトリアの手を両手で握ることで消失した。
「……まあ、合ってるわね。いいこと、エレノア。首輪の効力が無くても紋章の方は効力があるから、わたくしに逆らおうなんて考えないことね」
ふん、と手を振って僕の手を解く。
「じゃあ、おやすみ」
一方的に語って、彼女は無防備に背中を向けて寝た。
紋章に対する信用なのだろうか。僕を信頼している、なんて甘い考えではないだろう。
とはいえ、僕自身もヴィクトリアを害するつもりは今のところは無い。
「……おやすみ」
その身体に毛布を掛けてから、僕は彼女の背中を向けて目を閉じる。
なんだか、レナードと戦った時以上に疲れた気がした。
◇
それから数日を経て、僕とヴィクトリア、それにレナードが冒険組合の施設にやってきた。
車を降りて、三階建ての洋風ビルのような建物内に入る。
内装は魔法で拡張され五階まであり、外と中が一致しないファンタジーの作りだ。頭の中にある現代日本の建築とは異なる技術に文化の違いを感じた。
「確か、組合の事務所以外にもテナントが入っているんですよね?」
「ええ、冒険者向けの武器とか道具類の販売よね」
ゲームと同じか確認しておいて何だが、そちらに用はない。
今回は一階の冒険組合の受付にのみ用がある。
「エレノア様。遅くなり申し訳ございません。使い魔の冒険者申請は一般の物よりも審査に時間が掛かってしまいました」
「い、いえいえ、本当に、対応してくれてありがとうございます。レナードさん」
一階の酒場と併設した冒険組合の施設は冒険者たちが集う場だ。ゲームと比べてあまり内装も変わっていない。
流石に見知った冒険者や受付がいないのは時間がゲーム本編前だからだろうか。
「やっぱりお嬢様が来るような場所じゃないな……」
「お前、もしかしてわたくしをバカにしてる?」
「い、いや……危ないし」
「だから護衛としてレナードがいるんでしょう?」
本来、ここには一人で来るつもりだった。
だが主の義務とか何とか言って、ヴィクトリアもついて来た。暇なのだろう。ただ、そうなるとレナードも車を用意して護衛として参加……という流れになった。
ただ、建物内にいるのは貴族ではない。乱暴な荒くれ者たちが大半だ。脚を踏み入れると彼らの視線を感じたが、目を向けると因縁を付けられるので無視が一番である。
「……嫌だわ。これじゃあ、夜会の時と一緒じゃない」
「どういうことですか?」
「わたくしが一番目立つってこと」
人間の視線が圧となって感じる中、ヴィクトリアは涼し気な顔をしていた。
「ヴィクトリアさんは注目を浴びやすいでしょうね」
「まあ、当然ね」
注目を集めているが僕たちに近づいて来ないのは、護衛としてレナードがいるからだろう。腰に剣を下げて堂々と騎士のように進む姿は思わず道を譲りたくなる。
そのおかげで特に絡まれることもなく受付に到着した。
「ちょっと、そこのお前。何を呆けてるのよ」
「えっ」
「すみませーん! 冒険者登録をしたいのですが」
受付前で仁王立ちする悪役令嬢に代わって冒険者登録の要求を行う。
受付の人は少し遅れて反応すると礼儀のある態度で応じてくれた。
「か、かしこまりました。それでは登録対応を行いますが、冒険者に関する説明は必要でしょうか?」
「お願いします」
頷くと受付の人は軽く冒険組合について説明してくれた。
冒険組合とは、冒険者や傭兵などが国や貴族からの依頼を請け負う者たちのために設立された組織だ。
冒険者にも色々とあって討伐系や探索系など用途に応じて色んな人が活躍している。加入は基本的に金さえ払えば良いが、犯罪者は加入できない。
「加えて亜人の場合も……その……」
チラッと僕を見る受付の人に、ヴィクトリアは胸を張って仁王立ちする。
「話なら通してるわ。続けて」
「こちらのレナードさんからの推薦を頂いてます」
「早くしなさい」
事前に渡されていた書類を提出する。
上級貴族の中でもその頂点に君臨する令嬢が促すと、顔を青くした受付嬢が頷く。
「冒険者は依頼の達成状況や実力を加味してランク付けが行われます。Fから最高のSまであり、推薦を受けた場合でも一律Eからのスタートになりますがよろしいですか?」
「はい、お願いします」
それからもいくつか説明を受ける。
要約すると、依頼の報酬から税を取ること、依頼をこなせばランクが上昇するなどだ。
そうして冒険者であることを証明するカードを受け取る。……二人分、受け取る。
「あれ、これ……」
「ああ、わたくしのよ。折角だから登録したわ」
「折角だから……!?」
ヴィクトリアはまるで記念品を受け取るような軽い口調でカードを仕舞う。
「エレノア。わたくしたちは帰るわ」
「あ、はい。来てくれてありがとうございました」
「夕飯までにランクの一つでもあげてきてもよくってよ。せいぜい派手にやりなさい」
と指を突き付けて無茶苦茶を語る令嬢は爺を従えて去って行った。
こうして僕は一人になった。
誰も話しかけてくることはない。当然だ。多少頭のある者なら今の相手が誰なのか、おおよその検討がつくだろう。
そうでなくても貴族と正面から衝突したいバカは少ない。
「おいおい、魔族がこんなところで……」
ただ、少ないだけでいない訳ではない。
明らかにこちらをバカにしたような態度と顔で近づいてくる冒険者に対して、首輪に指を置く。
「すみません。この首輪が見えませんか? これ、ブラッドベリー家の紋章です」
「だ、だから何だ!」
「僕はブラッドベリー家のヴィクトリアお嬢様の使い魔ということです。僕に何かすれば公爵家が黙ってませんが?」
デンデデン! と僕は首を反らし、両手を広げて、首輪をアピール。
確かに僕は魔族だ。
彼ら平民以下の奴隷的な存在だが、この首輪が僕の生命線である。刻まれたベリーの紋章が荒くれ者を黙らせる。
さて、掲示板にある依頼を取ろうと──
「へぇ……最近の魔族娼婦は冒険者もやるのか? 娼館は裏通りですよ」
背後から掛けられた声に思わず脚を止めた。
声を掛けてきたのは隅で僕らを見ていた冒険者の男女混合グループだ。ゲームでもいた。恐らく女がいるから気が強くなっているタイプなのだろう。
ニヤニヤと下卑た顔と視線をこちらに向けてくる。バカにするような口笛が聞こえた。
「……この格好は機能性を追求したファッションです。二度とその呼び方をするな」
そう言うと、グループの中の女が沸騰したかのように顔を赤くした。
「なんだその口の利き方は! 公爵家だろうが魔族だろ、魔族が!」
「魔族ってのは、すぐに腹が減って理性が飛ぶ欠陥生物だろ? そんな格好で討伐依頼とか、冗談きついぜ。夜会じゃねーんだぞ、この冒険者の恥さらしが」
「尻を振る相手、間違ってるぜ。モンスターなんかより、あっちの路地の方が稼げるんじゃないか?」
ペラペラと口を動かし、嘲笑する相手は複数人だ。
剣士や短剣使いに魔法使いまでいる。それなりに理想的なメンバー構成に見えなくもないが、性格の悪さと口汚さが僕の中の評価を大きく下げた。
「何、見てんだ? ……ああ! ほら、食えよ。金が無くて、腹、減ってんだろ?」
「リーダー、やさしー!」
どさ、と足元にゴミを投げられる。
食べかけの肉だ。骨付き鳥は美味しそうな見た目をしていたが埃で汚れてしまった。
「……」
受付に一瞬、目を向ける。
事務作業に勤しむ彼ら彼女らは、チラリとこちらを見ると視線を下げる。澄ました顔だ。こういった出来事は今に始まったことではないのだろう。
ゲームの時はこんなイベントは無かった。
多少は荒くれているけど親切な男と関わったくらいで、差別も侮蔑も受けなかった。
「おら、いいぞ。這いつくばって食えよ。感謝しろよ、お前ら魔族は人間様の為に存在しているんだから。それを食って主人の為に働くんだな?」
「というか魔族が冒険者ってありえないんだけど」
グループの近くにいる冒険者たちは笑っている。いや、誰も彼もが笑っている。
周囲の視線がじわじわと圧し掛かる。
こちらが何も言わないことに、どこまでも調子づいて近づいて来る。
「何か言ったらどうだ? 震えて何も言えないのか?」
──魔族は差別されている。
ゲームでも文字で知っていたが、実際に自分が受けるとなかなかどうして──
「では、言わせて貰おう。……食べ物を、粗末にするな!!」
──腹が立つものだ。
最初に煽ってきた男の首を蹴り飛ばすと椅子ごと吹き飛ぶ。周囲で剣やら銃やらを構える冒険者たちに邪魔をするなと睨んで威圧する。
殴り掛かってきたリーダーと呼ばれる男の首を掴み、テーブルごと床に叩きつける。僕の背中にナイフを突き立てようとする女の手首を掴んで刃を奪い、顎を殴る。
「食べ物を粗末にする奴はクズだ。あんた達のような品の無い存在が、真面目に頑張る冒険者たちの評価まで下げるんだ。この、冒険者の恥さらしが!!」
「き、さま。俺たちを誰だともごっ!!?」
「誰だろうと食べて下さい。床に捨てたのはあんただろ。食え。でなければ殺す」
食べ物を床に捨てた男の頭を踏みつけた瞬間、水の弾丸が飛んでくる。
同時に僕の足に抱きつこうとする敵を蹴り上げて防ぎ、狼狽する魔法使いの女に向けて蹴り飛ばす。
最後に剣を振りかぶった冒険者にナイフを投げつける。
数秒ほどで全員が床に転がった。
室内が静まり返っていた。冒険者の第一印象としては及第点だろう。
──舐めたら殺される。
それが王国の冒険者というものであることはゲームで教わっていた。それはそれとして腹が立つので徹底的にやらせて貰った。
公衆の面前で一人の魔族に倒されたのだ。彼らの冒険者としての面子は潰れたも同然だ。
周囲で見ている、あるいは警戒している冒険者や受付窓口に告げる。
「一つお聞き下さい。僕の邪魔をするなら……誰だろうと容赦はしない。覚悟しろよ」
よし、決まったな。
しかし、差別されるというのはこんなに嫌なのか。
男とか女の性別の強要をされるのもだが、単純に魔族とか人種でどうこう言われるのも嫌だ。あと、食事を粗末にすることも異常に頭に来た。
(意外と僕って短気なのかもしれない)
そう思いながら、足早に掲示板からEランク向けの依頼書を適当に取る。
受付で唯一平然とした顔をした女性に話しかける。
「騒がしくしてすみません。椅子とかテーブルの弁償なんですが……」
「それでしたら、あちらのパーティーに請求するので問題ありません」
「……そうですか。どうも」
「いえ、彼らには手を焼かされていたので、スカッとしました。……ですが、今の騒ぎで憲兵が来る可能性もあるので依頼を受注されるなら急いだ方が良いかと」
「そうですね」
そうなると冒険者とはいえ、魔族の僕の方が不利になるだろう。
受付嬢に頭を下げて、手続きの済んだ依頼書に目を向ける。
内容は王都からしばらく離れた場所にある村周辺のモンスターの駆除だ。
一応、数人での受注が前提となっている物もあるが触手の数を含めれば問題ない。
『いいか、エリー。派手にやれ。お前という存在をいつまでも隠せるとは微塵も思わん』
耳に届くのはアルビーの声だ。
『いずれ教会の耳にも入る。そうなると強引にお前を捕えようとするかもしれない。そうなる前にブラッドベリー家の好感度を稼ぎ、同時に冒険組合での地位を築け。有用さをアピールしろ。味方を増やせ。たぶん無理かもしれないが極力仲良くしておけ』
昨日、冒険組合に行くことが決まった夜に、久しぶりにアルビーと会った。
夢の中で、ほんの少しの時間だったけど新たな指針を得た。
『冒険業は今後の布石だ。稼ぐ手段の一つ、そして他の領に魔族が一人でいても問題ない基盤を作るためのものだ。実績を作れ。力を示せ、エリー』
冒険組合の外に出る。様々な目線を受けながら堂々と外に出る。
空は晴天だ。昨日の曇天が嘘のように晴れ晴れとしている。
『この王国の飛行手段は少ない。空戦力はドラゴンライダーと浮遊船くらいだ。ゲームでもやっただろ? 空はエンドコンテンツの一つ。強いモンスターは空にもいる』
冒険組合を離れて、王宮に続く大通り近くの広場に向かう。
衣装が目立つのか僕自身が美女過ぎて目立つのか。
ざわめきがさざ波のように押し寄せ、何故か軽い騒ぎになっている。このままでは憲兵団が訪れそうな勢いだ。
『他の冒険者と違って、明確にお前が有利な点』
目を閉じる。
昨日の夢でも僕は培養槽にいて、彼は、アルビーはガラスの向こうにいた。白衣に白髪、その眼差しは熱く、命の輝きに満ちていた。
ガラス越しに重ねた手は、彼の熱が伝わってくるようだった。
『それはお前が空を飛べることじゃい』
依頼内容はゴブリン10体。オーク10体。たったそれだけだった。
それがEランク冒険者の依頼だ。これでランク上昇は厳しいだろう。
『魔族に厳しい組合員もいる。そういう奴らを黙らせるには通常の依頼を受けるだけではダメだ。賞金首、盗賊、強い奴らを潰して自身を示せ。どうせだ、派手にやれ!』
風が頬を撫でる。周囲の視線は気にならない。
どこからか紙が飛んでくる。風に吹かれてきた紙を掴む。
『盗賊はボーナスだ。奪い、犯し、放火し、壊すことしか能の無い人型のモンスターじゃい。同情の余地なし。聖女のような慈悲は与えるな。迷わず潰せ』
盗賊団。賞金首の顔が書かれた用紙だ。
こういう賞金付きの依頼は、唯一ランクを無視して対応することができる。
【触手噴射】
『飛べ、エリー』
触手を背中から出す。体内で脈動する何かに合わせて飛翔する。
周囲のざわめきも、視線も、何もかもをねじ切って、僕は空を飛んだ。
『サーチアンドデストロイあるのみ! 誰よりも速く、誰よりも高く、駆け抜けろ!』
「……分かったよ」
派手に、と二人から依頼されたのだ。なら、応えよう。
王都の壁上空を通り抜ける。
今回は何かを破ることは無かった。首輪の紋章が僕を正体不明のモンスターではなくブラッドベリー家が保証する者であるという身分証の機能を果たしたからだ。
それが触手侵食によって判明した首輪の仕様の一つだ。
その上である一つの真実が判明した。
──以前、王都の結界を壊したの、どうやら僕の可能性が高そうだ、と。
『エリー、今回の追加指令は簡単だ。冒険者ランクをCにまで上げるんじゃい!』
加速する。
久しぶりに空を飛んだ気がする。風が気持ちよかった。




