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第15話 風呂と寝る前に

 フラフラしながら脱衣所を通り過ぎて入った浴室を、僕は一瞥する。


(やっぱり広くて豪華だ)


 天井には蔦模様のレリーフに黒曜石の床。洗い場には蛇口やシャワーヘッドがついている。少し離れた場所にはサウナ室まである。

 そして巨大な浴槽に張られた乳白色の湯からは薬草の香りが漂う。


(湯気、すごいな)


 浴室内はむわりと白い湯気が視界を妨げるが、問題はない。

 用があるのは隅にある小さな水風呂だ。無言で水風呂の中に身体を沈めていく。


(ああ~気持ちいい……)


 身体の全てを水中に入れると培養槽に浸かった気分になる。

 不思議なことに、この身体は息継ぎが必要ないらしい。培養槽の液体が特殊なのかと思ったが、普通の水中でも呼吸の必要が無いようだ。


 そんな訳で水風呂の中で触手再稼働に必要な時間が0になるのを見届ける。

 ちなみに、いきなり冷水に沈んだが凍えるような感覚はない。今の体温が高いからか、寧ろ生温いとすら感じてしまう。


【触手:再展開可能】


 やがて冷却が完了した内容の文字列が表示されるが、そのまま水風呂の中に留まる。


(それにしてもレナードって……あんな忠臣キャラだったのか。まあ、戦った後に納得したような顔をしてたし、冒険者の件はなんとかしてくれるだろう)


 先ほどの状況を頭の中で思い返していると、頭上に影が差す。

 見上げると、気弱そうで平凡な顔をした少女が僕を見降ろしていたので顔だけ出す。


「どうかしましたか?」


「きゃ! あっ、い、生きてた……。リトリア様、生きてましたー!」


 僕の問いかけには答えず、裸の侍女が背後を振り返る。

 確かヴィクトリアの専属侍女セシリアだったか。

 彼女の視線の先には、裸のヴィクトリアが浴槽の縁に腰掛けて、半眼を見せていた。


「いつまで息継ぎしないで潜るか賭けていたけど……お前、死ぬ気だった訳?」


「いや、死ぬつもりはないですね」


「なら、わざわざ水風呂に入りたがる頭のおかしい習性でもあるの?」


「全く。合理的かつ効率的な頭の良い理由があったので」


「わたくしたちを無視して水風呂に直行する理由が? エレノアの癖に生意気よ」


 無視も何もいたのか。……というか生意気って何がだ。

 そんなことを思いつつも、ヴィクトリアと平然と言い合える自分に内心驚く。


「そういえば、ここで会うのは初めてですね」


「そうね」


 この別邸は男女で浴室が別れている。

 最初に男湯に行こうとしたら、途中でレナードに会って、紳士的に止められたあげく、女湯の入り口まで案内された記憶が蘇る。

 それ以来、人がいない時間にこっそりと入浴するようにしていたのだが……。


(不思議だな。エッチなのに興奮しない)


 湯の蒸気で彼女の肢体が薄っすらと隠れていても、僕の目は全てを見透かしていた。しかし男のアレが無いからか、もしくは全身が冷えたからか、普通に応対できていた。


「ヴィクトリアさんたちは戦いの音が聞こえてなかったんですか?」


「何も聞こえなかったけど……セシリアは?」


「聞こえませんでした」


「……となると、恐らくレナードが結界を展開したのね。それで音が漏れなかったのよ。エレノア、何があったのか話しなさい」


 外にも響いていた筈なのに憲兵の一人も来ないのには理由があったらしい。

 ひとまず、レナードと戦ったこと。その後、身体の為に浴室に来たことを話した。


「レナードに勝つなんてやるじゃない。……というか、戦うと身体が熱くなるって不便ね。まだ、そこにいるつもり?」


「いや、もう十分です」


 ざばり、と水風呂から身体を出す。

 充分に冷却できた。そうなると今度は熱い湯に入りたくもなってくるが、ヴィクトリアに不快気な顔で指差される。


「ばかエレノア。お前、ここをどこだと思っているのよ」


「……?」


「服。脱ぎなさい」


 そういえば衣装を着用したままだった。実際は触手で僕の身体の一部なのだが、風呂場には風呂場のルールがある。

 服は脱衣所で脱ぐものでタオルを浴槽に入れてはならないとかだ。


「……失礼しました」


 これは僕が悪い。少し躊躇いつつも、ドレスを構築する触手を解除して裸になる。

 変に恥ずかしがったら負けだ。妖艶に笑って堂々と行こう。

 僕のセクシーボディに対して彼女たちはそれぞれ反応を示す。


「その衣装って触手だったのね」


「はわわ……す、すごい……」


 そんな訳で彼女たちのいる浴槽に入り直す。


「……はぁ~」


 じんわりと熱が身体に染み込む。

 僕の髪の毛が勝手に動いて一つに纏まり、湯に触れることを避ける。


「お前、その髪……!」


「ヴィクトリアさん。お風呂は静かに入るもんですよ」


「……何よ! エレノアの癖に!」


 少し機嫌を損ねたのか、浴槽の縁に腰を下ろしたままの彼女は何度か脚で湯水を僕に掛けた。一応使い魔なので反撃は堪える。

 ……いや、あと2回やってきたら風呂に沈めてやる。

 そう思った考えを察知でもしたのか攻撃が止んだ。


「見なさい、セシリア。あれが男を自称するわたくしの使い魔よ」


 攻撃方法を陰湿な物に変えてきた。侍女を巻き込んで堂々と小馬鹿にしてくる様は

悪役令嬢だ。

 確かにこうしてセクシーボディを晒した以上、男ではないのは事実だが……。


「そ、その……エレノア様はそのようなことをされなくても魅力的な方だと思いますよ?」


「虚言癖で台無しよね」


 小馬鹿にするように告げるヴィクトリアを無視して湯に浸かる。


(ヴィクトリアにはいつか僕が男だってことを理解させてやろう)


 湯のおかげか主人への苛立ちも、レナードとの戦闘の疲れも抜けていく気がした。

 あとはベッドに就寝すれば完璧──


「……あ、戦いで部屋バラバラになったんだ」


 あの老人はなんてことをしてくれたのだろうか。

 他にも部屋はあるだろうが戦いは広範囲に及んだのだ。寝る場所が無いかもしれない。

 そんなことを考えながら呟いた僕の独り言を拾う者がいた。


「なら、わたくしの部屋に来なさい」


「……え?」


 当然のような顔でヴィクトリアは口にした。


「いつまでも客扱いなのもね。そもそも使い魔って一緒にいるものよ。暗殺や毒殺を防ぎ、共に戦い、主に寄り添って貰う一生涯の存在なのだから。仮の契約だけどね」


 確かに使い魔の存在意義を考えると納得だ。

 もしかしたらアルビーもこの事態を読んで、僕を女の身体にしたのかもしれない。

 男の身体ならそもそも浴室でヴィクトリアと遭遇しない。それに使い魔であっても彼女の部屋で寝る機会もなく、関係構築に手間取った可能性はある。


(でも、ちょっとモヤモヤするな。……自分の胸でも揉めば落ち着くかな?)


 ヴィクトリアの中ではもう僕は女なのだろう。

 多少、性的な視線を向けてくる使い魔の女という扱いか。それどころか虚言癖持ちの使い魔扱いをされた以上、頑張って男だと主張する意味はない。

 胸元に手を置きながら、ヴィクトリアの近くで控えている女性に目を向けた。


「セシリアさんは僕が男だって言ったらどう思いますか?」


「え?」


 平凡な顔つきの彼女は、その目線を僕の顔、胸、腰の順に向けた。

 数秒ほどの思考の末に遠い目を見せるセシリアは恍惚とした笑みを浮かべた。


「いけない感じがして好きです。……あ、すみません。寝室の準備をしてきますので」


 専属侍女セシリアはそうして走り去っていった。きっと、この世界で僕が男だと信じてくれる人は出てこないかもしれない。

 しばらくしてヴィクトリアは浴槽に浸かった。

 彼女と同じ目線になった僕は、専属侍女が走り去った脱衣所の方に目を向ける。


「……流石に藁の寝床とか嫌ですよ」


「そういうチンケな弱い者イジメはしてはいけないってお母様から言われているわ」


 彼女が小首を傾げると金髪が肩に流れた。


「未来の使い魔には優しくしなさい。これがお母様の教えよ。……たとえ仮でもね」


 感謝するなら、お母様に言いなさい。

 そう言って、ヴィクトリアは機嫌良さそうに笑った。



 ◇



 今日の寝床は本当にヴィクトリアの寝室になった。

 レナードとの戦いを経ても、残った空き部屋くらいはあるだろうと思っていたが、ガタガタ言うなと怒る暴君には逆らえなかった。

 反対する侍女も執事も誰もいない。彼女が言った時点で決定事項だった。


「ベッドは……そうね、ここから端までは許してあげる。ここが国境よ。感謝しなさい」


「え、あ、……ありがとう、ございます」


 見た目が麗しい女二人がバカみたいにデカい天蓋付きのベッドに寝ることになった。別に僕自身もどうこうするつもりはないし、使い魔を縛る魔法もある。

 そもそもゲームでも主人公と使い魔が一緒に寝ているシーンもあった。それがこの世界では当然のことで、彼女にとって僕は人の形をしたペットみたいなものなのだろう。


(……まあ、本人が言うんだし、男とか女とかもういいや)


 決して男でないと否定され続けて拗ねた訳ではない。単純に疲れたのだ。

 こういう時は寝るに限る。

 与えられたベッドの面積は人が一人分程度だが、客室の物よりもふかふかだ。


「じゃあ、おやすみ」


「ええ」


 目を閉じる。それから数分ほど経過しただろうか。

 隣でヴィクトリアが身体を起こし、おもむろに僕の腰に乗ってくる。


「……エレノア」


 ヴィクトリアが馬乗りになって首元を触ってくる。

 ひんやりとした手が首筋を撫でる。


「……なに?」


 正直に言ってヴィクトリアからベッドに呼ばれた時点で、きっと何かある──そんな予感は、薄々抱いていた。

 顔を寄せてくる端麗な容貌に僕は息を止める。

 自然と身体が強張るが、彼女は気にした様子も見せなかった。


「お前の首輪……見た目が変わってるわね?」


 その言葉の意味を理解するのに数秒かかった。

 微かな吐息が掛かり、ヴィクトリアの手が首輪に触れる。


「気づかないと思った? 装飾がお前の触手と似た色になっているわ」


「……え?」


「気づかなかったの? 本当に?」


 まさか、寝室に誘って一緒に寝ようとした理由はこれを聞き出す為か。

 そういえば、レナードとの戦いの後、首輪を見ていなかったが……。手鏡を渡されて首輪を見る。確かに装飾が少し違って見えた。


「ほら、怒らないからどうして首輪がこうなったのか話しなさい」


 心当たりはあるが、そっとヴィクトリアを見上げる。


「……それって大体最後に怒る奴ですけど、話しても怒らない?」


「もちろんよ」


「本当に?」


「……いいから」


 有無を言わせぬ態度と徐々に冷たくなる視線に僕は洗いざらい話すことにした。


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