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第14話 レナードとの散歩

 数日が経過した。ここでの生活も慣れてきた。

 学園は襲撃の件でしばらくは休みなので、ヴィクトリアは雇われの家庭教師から勉強を学ぶことにしたらしい。

 悪役令嬢は勉強しないと思ったら大間違いだ。

 寧ろ、誰よりも努力家だと思う。ただ、その努力が報われなかった結果、自分を慰めるように怠惰な贅沢三昧の日々を送り始めるのだが……。


「お前の妄言では、わたくしを陥れた者の中にこの屋敷の女中か侍女、護衛の証言とわたくしの私物が証拠として提示されたと言っていたわね」


 少なくともゲームではそういう記述があった。

 ただ、侍女や護衛の名前は知らないと伝えると彼女はふん、と鼻を鳴らした。


「ドローンでわたくしの部屋に出入りする人間を中心に屋敷内の監視をしなさい。運が良かったら裏切りの証拠を掴めるわ。動きがあったら言いなさい」


 ──あの日、あくどい笑みを浮かべたヴィクトリアから使い魔としての仕事を命じられた。それは今も続行中だ。

 小型の鎖に擬態した触手ドローンを衣服につけたヴィクトリアは僕を引き連れて経済、経営、魔法、魔導工学など、実に多様な内容を学んでいた。

 教授と呼ばれる偉い学者たちが講義を行い、そして誰もがヴィクトリアを褒めていた。


 僕も見てはいるが現代日本の知識を以てしても難しい。

 普通に難関大学レベルではないのか。

 しばらく頑張ってはみたが、そもそも使い魔として主の傍にいるように言われているだけで授業を聞く道理はない。


「……ヴィクトリアさん。学校の授業もこんなに難しいの?」


「これより数段は低いわね。そもそもわたくしたちが学園で学ぶ理由は有能な人材の顔合わせや教育による下級貴族の質の底上げが主な目的だもの」


 なら彼女が通う理由は無さそうだが、貴族特有のしがらみとかがあるのだろう。


「で、お前の方はどうなのよ」


「今のところは問題なし。襲撃があってすぐだから動かないんじゃないですか?」


「ふーん。触手に関しては何か分かった?」


「いえ……」


「アルビーという男も不親切ね。マニュアルくらい渡しなさいよ」


 僕は僕で監視の他に、視界に表示される文字列やゲージを弄り、ドローンの制御や触手に対して理解を深める努力をしていた。

 インターフェース上に表示される文字列やゲージは、常に表示される物と突発的に出現する類の物がある。その中でも学習予測と書かれている物に注目する。


【触手学習予測:5%】


 ドローンを使用するに伴い、少し数値が増加した。

 どうやら、この触手は僕の動きや思考を学習しているらしい。ゲージの増加と共に、より馴染む感覚がある。どこまで進化するのか——それはまだ分からない。


 これ以外で言えば、今のところは動きがない。

 ヴィクトリアがレナードに一任したという冒険者の話はどうなっているのか不明だ。


「ああ、レナードにはドローンを近づけるのは止めた方がいいわ」


「え? どうして?」


「昔は戦争でも活躍した強い剣士だったらしいから、姿を消しても見破る可能性があるのよ。何より先々代から仕えているから裏切りの可能性は低いわね」


「そういう相手が実は……ってパターンはあると思いますけど?」


 ヴィクトリアからの情報を踏まえて、今は五台のドローンを稼働させていた。

 それは昼も夜もずっと動かして、ヴィクトリアの部屋や、彼女に近しい侍女や侍女長などの衣服に迷彩状態で張り付けていた。


 多数のドローンを動かすと、視界上にドローンからの情報が多数展開される。

 一斉に別々の音や光景が入り込んでくるのだ。

 常人ならこれで発狂しそうだが、不思議と目や耳や脳が疲れることはない。これは特殊な身体だからなのか、問題なく全てを確認できていた。


 監視はヴィクトリアと別れて客室に戻ってからも続く。


「……ふーむ、けしからんな」


 たまに侍女たちやヴィクトリアの着替えの場面が映る。

 ……淑女は下着まで常に気を配っているのだなと感心させられる。勉強目的で自身の下着を真似して細部を作り込みながらも、なんとなく首輪を弄る。


「邪魔だな、これ」


 いずれは慣れるのかもしれないが気になる。

 常に触手を服の見た目にしているとはいえ、常に全裸に等しい僕が初めて身に着けた物が首輪なのだ。久しぶりの装飾品に違和感があるのかもしれない。

 首輪をじゃかじゃかと弄っていると、コンコンと控え目に部屋の扉がノックされた。


「は、はい!?」


 慌てて触手をドレスに変化させて部屋の外に出る。

 タキシードを着用した爺のレナードが優美に一礼した。


「このような時間に失礼します」


「はあ」


「エレノア様、散歩しましょうか」


 なんとなく否と言わせない態度と言葉で散歩の誘いをしてきた。

 ドローンはバレていないと思う。

 恐らくは冒険者関係の話をするつもりなのだろうと思い、応じる。


「……既に謝罪しましたが、改めて先日は申し訳ございませんでした。こちらとしては侮辱の意図はないですがエレノア様にとって不快な発言をしてしまいました」


「あ、や、こちらこそ、急にカッとなってすみません」


 謝罪を済ませた僕とレナードは別邸の離れを歩く。既に時刻は夜だ。

 王都の家から勤める者や、夜勤以外の侍女や女中は離れで休息中だ。だが、妙なことに人の気配はなく、まるで無人の場所にいるようだった。

 別邸の離れとはいえ、騎士の一人もいないとは警備はどうなっている。


「皆様には席を外して頂きました。今夜は本館にしか人がいません」


 そう静かに語るレナードの横顔にはしわが刻まれる。

 柔らかな照明だけが静かに僕と彼の影を照らす。


「貴方が来られて数日。たったそれだけで屋敷の空気が変わりました。この屋敷の中心であるお嬢様があれほど楽しそうにしているからでしょう」


「そうなんですか?」


 出会った時から不遜で傲慢な態度なのは変わらないと思ったが、実は僕という存在に多少はテンションが上がっていたのだろうか。

 いや、単なるリップサービスの可能性もあるから油断はできない。

 僕の視線に老人は穏やかに微笑む。


「はい、ジュリアナ様がご存命の時以来でしょうか」


 コツコツ、と執事の革靴が音を立てる。

 少し歩く速度が上がった。僕は彼の後ろを追いかける。


「ヴィクトリア様のお願いを私はこれまで聞いてきました。私にとっては孫娘のようなものだ。これからも望む限り叶えて差し上げたい。──しかし、使い魔に関しては別です」


 いくつかの廊下や階段を経てレナードが止まった。彼の視線を追いかける。

 廊下の壁に剣が垂直に掛けられて飾られていた。


「冒険者になりたいとヴィクトリア様から聞きました」


 おもむろにその剣を取り、鞘から抜いた白刃を見下ろす。


「魔族風情が冒険者? 魔族という蔑称を与えられ、この王国では泥に塗れたパンを食べるので精一杯の、奴隷として生きるしか道の無い魔族が?」


 突然、執事の口調が冷たくなった。

 ゆっくりと握った剣で、レナードは壁を指す。

 廊下の壁には盾や槍、剣など、武器が飾られている。好きな武器を選べということか。いつの間にか僕に向けられた声音は剣のように硬く、言葉の冷たさが耳朶に響く。


「魔族には優しくない国です。その魔族にヴィクトリア様が惑わされたとあれば国中からの笑い者。一族の恥だ。それもどこの馬の骨とも知らぬ魔族ともあれば……」


 一歩。レナードは剣を握って近づいてくる。


「そこらの子爵や男爵ならまだ良かった」


 剣を下段に構え、明確に僕を睨みつける。

 ここに来ても、僕は彼の行為が本気なのか冗談なのか決められなかった。


「だが、彼女は偉大な五大公爵の一つ、ブラッドベリーの娘だ。ぬるま湯に沈めて駄目になっては困る。気まぐれで魔族を飼われ、家門と自身に傷をつけられるくらいなら──」


 レナードは正確には僕の首輪を睨みつけていた。

 首輪に刻まれる、ブラッドベリー家の紋章を、ずっと。


「──たとえ恨まれようと、その首、貰い受ける!」


 そう言った直後にレナードが斬り掛かってきた。

 武器を選ぶよりも触手的直感で上体を反らす。白刃が空を裂き、風が頬を掠めた。直後に花瓶や壁に斬撃の痕が刻まれた。


「我々は彼女の為に……ブラッドベリーの為に死ぬ覚悟ができている! エレノア・オムニティス。貴女はどうだ? 死ねるのか?」


 後ろに躱す。横に飛んで躱す。背後には鬼気迫った表情の爺が近づいて来る。

 連続して剣尖が突き出される。

 狙いは首輪。抉るような一撃はまるで避けてみろ、と言わんばかりだ。


「この屋敷にいる侍女は! 女中は! 従僕は! そして使い魔も! ブラッドベリー家に命と忠誠を捧げて貰う! 死ぬまで! 死してなお! その覚悟があるか!」


 叫ぶ声には誇りがあった。信念があった。

 振るう刃には激情が乗り、レナードが口を開く度に速度が上がる。


「答えろ! エレノア・オムニティス!」


 腹部を狙った横薙ぎ。これは躱せない。

 迫る白刃を触手で防いだ僕は、自分を睨みつける老骨に答えた。


「……ブラッドベリー家に命を捧げる覚悟なんてありません」


 無言の返事として繰り出されたレナードの蹴りは人間のソレとは思えなかった。

 防いだ触手ごと身体が浮き、背後の壁を壊して吹き飛ばされる。


「覚悟なき者に居場所は必要ない」


 吹き飛んだ先は僕が使っていた客室だ。姿見やベッドが無残な姿になったがレナードの攻撃は終わらない。

 壁を壊し、白い斬撃が飛来する。別の壁を壊して廊下に戻る僕に爺は剣を振るう。

 間に触手を割り込ませると火花が散った。視線が交錯する。


「……僕は」


 何を言う? 覚悟とは何だ? そんな小難しいことを言われても分からない。

 考えてパッと浮かんだ答えは一つだった。


「僕はヴィクトリア・ブラッドベリーの使い魔だ。彼女は、僕が守る。降りかかる火の粉も、向けられる刃も、全てを僕が叩き潰す」


 それが約束であり、僕が男に戻る唯一の方法だった。

 覚悟ではない利己的な物だったが、浮かんだ言葉を口にすると、スッと馴染んでいく感覚があった。

 触手で白刃を弾き、睨みあう。


「その言葉には信用が足りない。首輪は返して貰おう」


「それをあなたに決められる筋合いは──無い!」


 そうだ。何故、そんなことを言われなくてはいけないのか。

 決めるのは僕で、ヴィクトリアだ。

 たとえ執事であろうと、長く仕えていようと、他人が僕たちの間に挟まるな。


 鼓動が高鳴る。感情の昂りに応えるように触手が打ち出される。

 背中や胸、肩、脚、首。全身から生み出された針のような触手が周囲に刺さる。それらを飛び退いて回避するレナードと距離を置いた瞬間、視界に文字列が表示された。


【触手侵食】


 首輪に刺さった触手が青白く輝き、周囲を照らす。

 視界に半透明な図が浮かぶ。

 人体図と首輪の間を触手が繋ぎ、首輪内部に触手が入り込む。同時に表示されるゲージが増加していくに連れて、まるで元から僕の一部だったかのような気分になる。


「……この首輪は渡さない。これは僕の物だ」


 廊下を駆ける。振り下ろす黒い触手が、レナードが振り上げた刀身を砕いた。

 擦れ違い、空中で振り返って着地する。

 一瞬遅れて砕けた刃が廊下に落ち、甲高い音を立てた。


 静寂が広がる。

 これで首輪を破壊する武器は無い。それでも壁に掛けてある別の武器を取るなら、レナードがヴィクトリアの所の執事であっても容赦はしない。


「──ふむ。ひとまず良いでしょう」


 ゆっくりと振り向き、握った剣を捨てるレナードは穏やかな表情をしていた。

 殺意もなく激昂もしていない。胸元に手を置いて僕に一礼する。


「数々の無礼、お許しください」


 丁寧な口調には怒気など欠片もない。

 剣と共に戦意を捨てたかのような態度に僕も息を吐く。


「エレノア様の覚悟を見させて貰いました」


「……そうですか」


「今宵は素晴らしい散歩でした」


 そう言ってレナードは背中を向ける。


「では、またいずれ。共に散歩をしましょう」


 小さく笑う彼の目は全く笑ってはいなかった。

 照明の消えた廊下、その闇夜に溶けていくようにレナードは去って行った。


「……なんだったんだ」


【触手:停止】

【触手:冷却中】【再稼働必要時間:3分】


 いずれにせよ戦闘の必要性は無くなった。

 ため息を吐くと同時に文字列が出力され、急激に身体が熱を帯び始める。慌てて廊下の壁に手を置いて、気絶することだけは防ぐ。


(冷却か……どこかで身体を冷やさないと……)


 多分、このまま待っても回復するだろう。

 だがこんな埃っぽい、壁に穴が開き、花瓶や調度品が割れ、斬撃の痕が残る空間にはいたくない。犯人に間違われたらたまったものではない。

 ゆっくりと移動する。

 客室は見晴らしが良くなり、嵐に遭遇したようにグチャグチャで横にはなれない。


「この時間なら……まだ……」


 ここからなら浴室が近い。あそこには冷水がある。水風呂がある。

 そこで一気に冷却しよう。

 そう考えて、重い脚を進めた。



 ◇



 灰色の髪の女性がゆっくりと本館に向かう。

 その姿を遠く離れた場所からレナードは見ていた。


(お嬢様。お言葉通りに試させて頂きました)


 手を抜いたつもりは無かった。

 年老いていても、最後の一撃で倒せると思っていた。そうしてお灸をすえて意識の改善、怯えるようならば本気で使い魔から退いて貰うつもりだったのだが。


「……驕っていたのは私だったか」


 最初にヴィクトリアの使い魔が、エリュシオン魔法騎士学園を襲ったテロリストを皆殺しにしたと聞いた時、耳を疑った。

 そんな使い魔はいないからだ。少なくともあの日までは。

 ともすれば、あの襲撃の前後に古き使役魔法でエレノアを使い魔にしたことになる。


 ヴィクトリアに確認してもはぐらかすばかりだ。

 レナードにとってエレノアは当主の娘に擦り寄る謎の存在でしかなかった。

 既に当主であるヴィンセントに報告はしているが、王宮での業務が多忙になり離れられない。任せるという言葉のみが返ってきた。


『──レナード。そんなに気になるなら爺のやり方でエレノアを試してちょうだい』


 ヴィクトリアからその言葉を貰ったのは使い魔の儀式を大聖堂で終えた後だった。

 既にこの数日間に、あらゆる手段でエレノアについて調べたが学園襲撃以前の情報が全く得られなかった。

 ブラッドベリー公爵家の力で調べて分からないのは異常だ。

 ならばレナードに試せることは一つだ。剣を振るう。それだけ。


 エレノアをヴィクトリアの使い魔にするというのなら、主人をあらゆる敵から守れるだけの力はあって欲しい。

 学と礼節と礼儀は後から教えればいい。使い魔に必要なのは従順さと力だ。忠を尽くし、主人の絶対的な危機を乗り越えるだけの力があるのか。


 だからレナードは試して──そして理解した。

 あれは戦場以来、久しく見なかった怪物の類だ。


「……鍛え直すか」


 冒険者になりたい、だったか。

 自身の膨大な食費を稼ぐという建前に対して、裏の意図が掴み切れない。如何にエレノアが暴食の化身だとしても、それ如きで公爵家の財が揺らぐことはない。

 もちろん、公爵家の財産を魔族に使うことに対して反発はあるかもしれないが。


(しかし、あれなら冒険者としてすぐに成り上がれる)


 少し反抗的だが自身の主に対する敬愛を感じられ、普段の人柄と言動にも問題はない。交流を重ねればヴィクトリア自身の成長にも繋がりそうだ。

 これなら冒険組合に推薦しても問題ない。

 使い魔の、それも魔族の冒険者の誕生を組合が渋るかもしれないが、あそこには貸しがある。今すぐに返して貰おう。それが今日の散歩の返礼だ。


「この歳になっても、まだ悔しいと思えるとはな」


 散歩と称した戦い。それで分かったことは多くある。

 エレノアの力は凄まじい。並の剣や技量ならすぐにへし折れる。だが、触手を用いた戦闘は随分と力任せに感じた。あの美麗な容貌に対して獣のように荒々しい。


 確かにあの触手なら数の差など無視して蹂躙できるだろう。

 レナードも小手先の技術を力で圧殺された。

 だが、力と駆け引きに優れた技量ある相手と戦った時にエレノアがどうなるのか。


 あれは磨けば間違いなく輝く宝石だ。

 膨大な力に驕らず、技量と研鑽を積み重ねれば、淑女らしい優美な姿で相手を屠る素晴らしい使い魔になれるだろう。

 老いた自身が少しでも彼女の研磨剤になれたら良かったのだが。


 いや、むしろそうなりたかった。

 年甲斐もなく興奮していた。

 久方ぶりに血潮が騒いでいた。人間と魔族の混血であるレナードの鼓動が高鳴る。


「流石はブラッドベリーの血筋。良きモノを拾う才は変わりませんな」


 ──ああ、次の散歩はいつ誘おうか。


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