第13話 主従関係の第一歩
大聖堂を出て、別邸に戻った。
首元にピカピカの首輪を着けて戻ってきた僕を侍女や女中、使用人たちが見ていた。注目の存在となった僕を自室に連れ込んだヴィクトリアが口を開いた。
「さて、これからのことを話そうと思うのだけど」
「むぐ?」
「……食べながらで良いわ」
昼食は野菜と茸たっぷりのシチューに鶏肉のソテーだ。主食となる白い丸パンはふんわり柔らかい。シチューに浸けて食べると更に美味しい。
彼女の自室に運び込まれたそれらを食べながら耳を傾ける。よく考えたら公爵令嬢に対する態度として不敬極まりない気がしたが、今更気にしても仕方ないだろう。
「ヴィクトリアさんは食べないんですか? シチュー、美味しいですよ」
「お前を見ているとお腹がいっぱいになるのよ」
「見るだけじゃなくて、ちゃんと食べないと健康に悪いですよ」
そう言うと、ヴィクトリアは小さく鼻を鳴らして腕を組む。よく見る彼女のポーズは女になって分かったのだが、恐らく胸が重い故に自然と生まれる仕草だろう。
「お前こそ食べ過ぎで健康に悪いと思わない?」
「美味しい物を食べて健康が悪くなる訳ないじゃないですか」
「もう頭がバカになってるじゃない」
悪役令嬢の侮辱は、美味しい料理で聞き流す。
ただ、思ったよりも燃費が悪いのか、気が付くと五皿目を突破していた。
「でもまさか……襲撃であの王子が負傷して、攻略対象二人が死ぬって」
食べながら当時の夜会での話をヴィクトリアから聞かされていたが驚いた。
第二王子のカリウス・セレスタリア。
王立騎士団団長の次男アンドリュー・シルヴァン。
王立魔法評議会会長の次男リュカス・アストリア。
初期攻略可能キャラである次男三人組の内、二人が昨日の襲撃で命を散らしたらしい。
「あの取り巻き二人は銃弾でハチの巣になったし、優柔不断なバカ王子はよりにもよって利き腕を吹き飛ばされていたもの。ざまあないわね」
ヴィクトリアは悪い笑みを浮かべていた。
「不敬……」
「よくってよ。散々人を悪く言ったのだもの。不敬なんてわたくしが許すわ。何より、わたくしに婚約破棄を突き付けておきながら、我が領の回復薬や医者に頼るんだもの。陛下はバカ王子に激怒しているらしいし、笑ってしまうわね」
不遜極まりないが、夜会という公衆の面前でわざわざ婚約破棄を宣言した王子の行為の方が不快感は強い。もちろん、それで腕を吹き飛ばされて良い訳ではないが。
だけど、それでも思うのだ。
何故、わざわざ人前でヴィクトリアを断罪して辱めようとしたのか。仮にも王族なら、もっと賢く動けなかったのだろうか。
侍女を呼んで、デザートのプリンをもう一皿頼むと僕は彼女に尋ねた。
「笑った貴族たちはともかく、匿名の人を見つけ出して復讐するのはどうなんですか?」
「人にチクって自分は安全なところにいようって性根が気に入らないわ。誰かの陰に隠れればわたくしに攻撃しても大丈夫。そう勘違いしないように教えてやるのよ」
やるなら徹底的にやる。それがヴィクトリアという少女の考え方だ。
それとも、と彼女は眦を吊り上げる。
「お前、わたくしにまた逆らうつもり? 仮とはいえ使い魔にした以上、今度は容赦しないわよ」
指パッチンして彼女は僕に向かって指を差す。
「わたくしの命令に従いなさい!」
途端、太腿の紋章から全身に掛けてピリピリとした感覚がした。
一瞬息を止める。
静電気を浴びたような感じだが、我慢は可能だ。対して首輪からは特に痛みや何かを強制させるような効力は感じられなかった。
やはり壊してしまったかもしれないが、とりあえず使い魔らしく従おう。
「……分かりました。でも、ヴィクトリアさん」
「なによ」
「復讐と言うけど、使い魔として僕はあなたに何をしたらいいんでしょうか?」
「基本的には戦闘時とか雑用でお前を使うつもりよ。考えることはわたくしがするから、お前はわたくしの指示に従う暴力担当ね」
「他には?」
「わたくしの護衛とかね。それ以外は好きにしていていいわよ。何かあるの?」
結構、良い感じの待遇に思える。自由時間があるというのが個人的にはグッドだ。
「なら、お願いがあって……冒険者になりたい、です」
「冒険者?」
訝し気な顔をするヴィクトリアにどう説明するか悩む。
ヴィクトリアの破滅の回避に、それなりのランクに到達した冒険者になる必要があると夢の中でアルビーが言っていたが……。
「今より強くなればより戦闘面や護衛で役に立てる。なによりヴィクトリアさんの運命を変える為には冒険者になってランクを上げる必要があるらしいんです」
ウジウジ考えるよりも正直に言うことにした。
無言で見つめてくるヴィクトリアと視線を重ねる。
数秒おいて開いた唇からは冷たい声音が鼓膜を震わせた。
「エレノア・オムニティス。復讐を手伝えと言ったけど、誰も運命を変えてなんて頼んでいないわ。……運命っていうのはね、自分で切り開くものよ。誰かにして貰うことではないわ」
凛とした表情を見せるヴィクトリアは静かに僕を見る。
何やら不服そうに片方の眉を吊り上げる彼女をジッと見返す。
解釈一致の言動だった。
悪役令嬢ヴィクトリアなら、きっとそんなことを言うと思った。誰も頼らず、誰も信用せず、徐々に人間不信に陥っていく。そんな末路が微かに見えた気がした。
「──でも、僕は仮とはいえあなたの使い魔だ。つまり、あなたの一部だ。僕が行う行動も、掴んだ結果も、変えた未来も、その先の明日も、ヴィクトリアさんの物だ」
「……」
「僕はヴィクトリアさんを助けたい。助けさせて欲しい」
紫紺の瞳と視線を交わす。
闇夜に輝く一等星のような瞳には様々な感情が浮かび上がり、かすかに揺れて見えた。それを僕が読み取ろうとする前に、彼女はぷいっと顔を背けると腕を組んだ。
「……し、しょうがないわね。そこまで言うなら許してあげる。特別によ!」
「ありがと」
上手くいった。ただ、提案しておいてなんだが問題がある。
それは使い魔としての護衛問題だ。
冒険者としてどこかに行くのは大丈夫だ。空を飛べるからすぐに戻って来られる。ただ、それでも彼女の傍を離れることが問題になる。
たとえば、急にヴィクトリアが襲われても傍にいないと対応できない。
何か良い手はないものか。
「あ」
「……今度は何よ」
「護衛問題と、あとは諜報で役立つ物があるんでした」
いつだったか、身体が勝手に動く時に魅せられた行動の一つを思い出す。
ここは主人にアピールするチャンスだろう。
さっそくと立ち上がって、触手を背中から出す。
「思ったけど、それって出した時に痛くないわけ?」
「全然」
なんとなく背中から出してみせたが、全身から出すことも可能だ。
今ではそういう物だと慣れた。
何の違和感も不快感もなく、あるのが当然だとすら感じていた。
「……触手ドローン、起動」
告げた途端、黒い触手の先端が自切した。
ポロリと千切れたソレは床に落ちる前に重力に抗うように宙に浮いた。
【触手:補助展開中】
【触手航空機:起動】
視界に文字列が表示される。合わせて触手の切れ端が形を変えると、手のひらサイズの黒い触手になった。
ふよふよと浮遊する小型の触手はギョロリと目を開けた。
「うわ。何よ、その黒くて素早く動く小さい奴は」
「ドローンです」
害虫を見たような眼差しをするヴィクトリアだったが、その容貌が突如、僕の視界では二つの角度から見ることができるようになる。
一つは僕の視点。もう一つは触手ドローンによるものだ。
デュアルウィンドウと言えば良いか。
二つの視点を同時に見ることが可能になった。そのことをヴィクトリアに伝える。クッションを盾にしていた彼女は胡乱気な目をしながらも拒絶はしなかった。
「ドローンと言ったわね? 視界共有と浮く以外には何ができるの?」
「相手の皮膚に潜り込むとか、噛むとか……」
「殺意の塊じゃない。……口、どこよ」
ドローンにぐぱっと口を開いて見せた瞬間のヴィクトリアの表情は忘れられない。
あの悪役令嬢も年相応に怯むのだなと思った。
「頑丈なので、いざという時の盾にもなりますよ」
「エレノア。お前、まさかと思うけど、これをわたくしの護衛と称して近辺に置き続けるつもり? こんな気持ち悪いのを? お前、バカなの?」
「……でも強いですよ。肩とかお腹に巻かせて貰えたら」
ゲームでも使い魔の種類によって主人公の肩に乗る物もいた。
それらといったい何が違うというのか。
「は?」
たった一文字なのに随分と辛辣な声に僕は目を逸らした。
もう一方の視点では冷たい表情をしたヴィクトリアが僕に半眼を向け続ける。そこから更にスッと表情が消えていって、まるで精巧な人形のようだと思った。
「──こんなのを連れて歩くバカがどこにいるって言うのよ!?」
雷が落ちた。触手ドローンがビクッと震える。
「せめて見えなくするとかしなさいよ!」「こんな物をつけさせてわたくしを陥れるつもり!?」と怒涛の勢いでの口撃を受け続ける。
そんなに怒ることだろうかと、僕は天井を見上げた。
「──お嬢様? 大丈夫でしょうか?」
コンコンと外からドアがノックされる。
確か侍女のセシリアとか言ったか。ヴィクトリアはツカツカと僕に近づいて来て、無言で両頬を手の平で掴む。
「それ、消しなさい」
悪役令嬢怖い。慌てて触手ドローンを消そうと思ったが……あれ? 消すってどうやるんだ? 思い出せない。
いや、落ち着け。制御を思い出せ。
「お嬢様、開けますよ」
開けたら最後、あの気弱そうな侍女が悲鳴を上げるのは間違いない。
そうすれば騒ぎになって終わる。ヴィクトリアの使い魔をクビになって、更には処刑されるかもしれない。
……それは嫌だ。嫌だ。隠れないと。
【触手迷彩】
ドアが開く。その直前だった。
カシャ、とSE音が脳内に響くと共に表示された文字列。
「……お嬢様?」
目の前には驚いたような表情のヴィクトリア。
伸ばした手は僕の頬を掴んだままで、表情には驚きが見えたが、セシリアが「お嬢様?」と再度問いかけると、表情を通常の物に戻して振り返る。
一応、僕の頬は掴んだままだ。
「セシリア。わたくしは返事をまだしていなかった筈だけど?」
「も、申し訳ございません。ですが、もしものことを考えると……」
「そう。ただ、今後はうるさいペットがいるから、あまり気にしないで頂戴」
「し、承知しました」
頭を下げるセシリアの視線は素早く左右に向けられた。
一瞬見せる強い眼差しは、とても普段からおどおどしている侍女の物ではない。何か訳ありなのだろうなと思う。
だが、侍女の瞳には僕は映らない。
何せ触手ドローンも、僕自身も、彼女からは見えていないのだから。
「使い魔の方は……?」
「ああ、お手洗いね。食べ過ぎたんじゃないかしら? ……もう、いい?」
ドローン視点からも僕の姿が存在せず、不自然に虚空に手を伸ばしたヴィクトリアが映り込む。ゆっくりと体勢を変えながらも侍女に紫紺の瞳を向けると、おどおどとした侍女が「す、すみません」と言いながら扉を閉めた。
数秒、沈黙が室内に広がる。
ゆっくりと振り返り、自らが伸ばした手の先に爛々と輝く瞳を彼女は向ける。僕の頬をつねっていた手がそっと頬を撫でる。
「……お前、使えそうね」
至近距離で獲物に向ける獰猛な笑みをヴィクトリアは見せた。
その後、迷彩状態が解除されてからは怒涛の勢いで質問された。
「し、質問は一つずつお願いします」
「誰に命令してるの、エレノア? お前はわたくしの質問に答える義務があるのだけど」
触手で何ができるか。触手ドローンはいくつ出せるのか。もっと小さくできるのか。形は変えられるか。音声は拾えるのか。口はあったが発声器官はあるのか。他の媒体に目で見た映像を移せるのか。
正直に言って僕も知らないことは知らないので、色々と試してみた。
◇
それから数十分は経過しただろうか。
「なるほど……」
手の中に光る小さなクリスタル状の結晶を握るヴィクトリアが艶やかに笑う。
彼女が魅せる蠱惑的であくどい微笑と視線の先には廊下を進む侍女や女中、従僕たちの姿がクリスタルによって投影されていた。
結論だけ言えば、彼女が所有する録画用の媒体に触手は接続可能だった。
「こういうことができるなら大幅に計画を修正できるわね。なんで先に言わないのよ」
少し機嫌良さそうに僕の触手の一つを腕に絡めるヴィクトリア。
柔らかい腕の感触と、どこか艶美な姿に、何故か目が離せなかった。
「いや、僕も戦闘以外でここまでできるとは思わなくて」
「お前の触手でしょう? なんでわたくしよりも分かってないのよ」
映像はリアルタイムで表示されている。
音声も拾える。
現在、触手ドローンがどれだけの時間稼働できるのかを確認している。空を飛び、屋敷周辺を探索しており、王都を見渡すことが可能だ。
「見慣れた景色だったけど、中々悪くないわね」
新たな玩具を手にしたような、ご満悦な女王様はさておき、
【触手機関 稼働率:98%】
この程度なら稼働率は減らないようだ。恐らく複数のドローンを展開しても問題ない気がする。だが、無駄に数を増やし稼働させ続けるのはあまり良くない気がした。
「身体に異常はある?」
「今のところは無いけど、あまり数は増やさない方がいい。それと……」
「なに?」
「……ドローンを稼働させ続けているからか、お腹が減った」
呆れられることはなかった。
「お前の場合、触手なんて生えてるものね」
寧ろ、少し真剣な顔をするヴィクトリアが指を鳴らす。
はわわ……とドジっ子侍女が部屋に転がり込んでくる。彼女に女王は告げる。
「すぐにおかわりを。大盛りで」
「あ、その、材料が切れてしまったらしく……おかわりがありません。至急、買い出しに向かっている所で……」
「賄いでもなんでも良いわ。さっきのじゃなくていいからなんとかしなさい。生でもいいから」
「いや、それはちょっと……」
侍女を締め出したヴィクトリアが僕と向き合う。真剣な眼差しに思わず背筋を伸ばす。
「エレノア。わたくしの運命を変える為に冒険者になると言ったわね」
「は、はい」
「使い魔の冒険者なんて聞いたことが無いけど、上手くやれば評判になるわ。お前なら大物狩りや盗賊も皆殺しにできそうだし爺に言っておくわ」
ふっ、と相好を崩して彼女は笑った。
「まあ、魔族は人よりも食べるのだし、冒険者になる理由は運命とかより、自分の食費くらいは自分で稼ぎたいってことにしましょうか。その方が爺も納得でしょうしね」
あんまりな言い草に頬に熱が集まるのを感じた。




