第12話 使い魔の首輪
使い魔の契約に関する手続きを行う為に、王都の教会の中で大聖堂が選ばれた。
ゲームの中でも何度もお世話になった場所だった。
ステンドグラスには女神カオスが祈る姿。室内に余計な装飾は無いが、荘厳な雰囲気は自然と口数を減らしてしまう。
「ようこそ。今回、担当を務めますフリードリヒ・マーヴェントと申します」
「わたくしの下僕よ」
つんと顔を僕から背けたままのヴィクトリア。
先ほどから機嫌が悪いアピールをする彼女の言葉に紹介された青年は頷く。
「はい」
「……肯定するんですか」
「恥じることではございませんから」
上質な神官のローブに身を包んだ一人の青年だった。
短い髪、落ち着いた佇まいに清潔感のある装い、教会の雰囲気が彼の爽やかな笑みに若干の怪しさを滲ませている。
その怪しさは見た目だけではない。近所では評判の優男で、真面目に業務を行うが、同時に教会内の黒いことにも手を染めている悪役側の人間だ。
──そう、彼はゲームに存在するキャラなのである。
「レナード氏より話は聞いております。そちらの方ですね」
「ええ、そうよ。さっさとしなさい」
ヴィクトリアの不遜な態度にも、フリードリヒは笑みを浮かべたままだった。恭しく礼を以て応じた彼の視線は僕に向けられる。
「……素晴らしい品質だ。大事に育てられたのが一目で分かります」
顔を近づけて、頭の天辺から爪先、そして目をジックリと見つめてくる。
端正な顔だが、男に顔を近づかれても気分は良くない。自然と眉間にしわが寄る。
「しかし分かりませんね。あなたは人間でも魔族とも違う。……あなたは何者ですか?」
「僕は……」
僕は何者か。難しい質問に言葉が詰まる。
女ではないのに女と言われ、男と言っても信じて貰えない。
人のつもりでも身体からは触手が生えてくる。魔族とも違う。サイボーグのように視界には文字列やゲージが表示される。
(僕はいったい何者なんだ)
思考の沼に陥りそうになる僕を引っ張るのは一人の少女だった。
「どうでもいいわ。大事なのは、これが仮とはいえわたくしの使い魔になるということよ。下種な目で見ないで貰える?」
「失礼しました。流石はヴィクトリア様と契約された方だと感心しておりました。あなたに相応しい美しい方だ」
舌打ちと睥睨のコンボを決めるヴィクトリアに恍惚な表情を見せる青年だが、ゲーム上では重要なキャラである。
この大聖堂を始め、教会関係施設では他国から拉致してきた魔族や捕獲したモンスターの管理、調教が司祭以上の役職によって行われている。
この青年もまた、大聖堂にいるレアな魔族の管理、調教を行っているキャラだ。
「これを機会に地下の使い魔候補も見に行かれますか? このような方がお好みでしたら、ヴィクトリア様向けにあと5匹は用意できますよ?」
「興味ないわ」
ゲームでは寄付金を出すと教会から調教済みの使い魔を与えられる。
公にはされないが強さは金額で変わる。
より高額になるほど強力なモンスターや強いレア魔族が手に入る。
(……アルビーの設定した難易度が高すぎて、ここにはいっぱい貢いだっけ)
ゲームでは金を払わずに大聖堂を襲う選択肢がある。
強さによっては成功するが、大抵はフリードリヒに返り討ちに遭い、主人公が調教されるというバッドエンドに到達する。
逆に寄付金を払うほど仲良くなり、敵キャラ攻略の情報や使い魔の仕入れをしてくれる。
そういう意味で、公爵令嬢であるヴィクトリアは彼にとっては上客だ。
下僕扱いされようと、胡散臭い笑顔を浮かべるのにも納得できる。
「まさかヴィクトリア様が魔族の奴隷を使役する日が来るとは。以前にジュリアナ様に連れて来られた時には無反応であられたのに……時間の移り変わりは早いものですね」
「気が変わったわ。無駄口はいいから仕事をしなさい」
「では、そちらの魔族……失礼、名前は?」
名前を告げると少し驚いたような顔をフリードリヒは見せた。
「オムニティス……学園のテロリストたちを撃退したのはあなたですか」
ゆっくりと手を空に掲げ、ゆらりと水平に動かす。
「大雨の中一人で王都の空を飛んだ者がいると報告がありましてね。幻影魔法を疑ったんですが……」
「……」
「そう言えば、王都でも久しぶりに防空用結界が破壊されたとか。偶然でしょうか?」
「……難しいことはよく分かりませんね」
一応、フリードリヒとの会話前にヴィクトリアから言われていたことがある。
基本的に与太話が多いので、無視でいい。
先ほどの件で機嫌の悪い彼女からの援護はなく、僕は適当に応じていた。そんな僕の対応に言葉を重ねようとしていたフリードリヒに声が掛かる。
「マーヴェント」
「これはこれは、レナード氏。相変わらずお若いですね」
「世辞はいい」
助け船のつもりか、レナードが青年の前に出てくる。
「それ以上喋るとお嬢様の耳が穢れる。仕事をしろ。二度目はないぞ」
ただの老人かと思ったが、迫力がある。これは只者ではないキャラかもしれない。
対する司祭は老骨の言葉に静かに笑みを浮かべたまま頷いた。
「そうですね。時間は貴重だ。書類は全てできております。あとはサインを」
「できているなら早く言いなさい。無駄にお前と会話したじゃない」
「私程度に多大な時間とお言葉を掛けて頂き、大変ありがたく思います」
恭しく礼をする青年は、サインする公爵令嬢に書類の受け渡しを行う。
「では心苦しいですが、女神に仕える我々への寄付の方も……ありがとうございます」
そしてレナードから寄付金を渡された司祭は銀色の首輪を取り出す。
「今回の首輪はそちらでご用意された物を使用させて頂きます。なんて羨ましい」
羨ましい?
好き好んで他人の使い魔になろうなんて普通は思わないだろう。大抵が自分の意思ではなく、ゲームのように他の国から拉致されて無理やりあの首輪をつけられるのだ。
「『魔族は堕落した存在であり、神の意志によって使役されることでその罪を清める』」
ゲームで教会の構成員と敵対した時に彼らがよく呟いていた言葉だ。
自分勝手な言い分だと思う。
ふと思い出して口にした途端、驚いたような顔をフリードリヒに向けられた。
「……よくご存じですね。その通りです。海外では亜人と呼ばれる魔族は生まれながらにして罪を犯してます。それは邪神によって与えられた邪法を魔法と主張し、文明を壊し、盗み、暴力を振るうから。他にも諸説ありますが、女神カオス様は今から行う儀式をもって、悪しき魔族から人間の使い魔になることをお認めになられたそうです」
こういう教会のふざけた理屈が王国内に存在し、蔓延しているのだ。
王国での魔族差別は根強い。
その現状をゲーム主人公である聖女が変えていくが、それもまだ先の話だ。
「ではこれより、ヴィクトリア・ブラッドベリーの使い魔の儀を行います」
僕とヴィクトリアが並んで立ち、仲介人をフリードリヒが行う。
「この使い魔は神の意志により選ばれ、汝がその主人となる。汝の意志はすなわち神の意志。誓いを立てよ、そして共に歩むことを」
という文言を以て儀式は終了した。
ヴィクトリアがおもむろに僕に銀色の首輪を取り付けると、フリードリヒに手際よく手鏡を渡される。
「あら、似合うじゃない」
からかうようにヴィクトリアが微笑を見せる。
僕の首元には銀色を基調とした首輪が付けられていた。最初はやや大きかったが、魔法の力なのだろう、装備すると同時に僕の首のサイズに縮んでいた。
首輪にはブラッドベリーの紋章であるベリーと蔓が装飾として描かれており、指を這わせていると、仮とはいえ使い魔になった実感が湧いてくる。
「では、改めてよろしくお願いします」
「仮の契約よ。さっきみたいな真似をしたらすぐにそれを外すから」
ゲームの使い魔は自らの主人に逆らえず、性的にも暴力的な意味でも襲うことはできない。許可が無ければ魔法も使えず、有事の時には主人の肉壁となる。
特殊な魔法が掛けられた首輪の効果は絶大だ。
この首輪が僕を命令で縛り付け、同時に使い魔としての身元を保証してくれる。
「ヴィクトリアさん。なら、脚の紋章の方はなんですか?」
「ちょっと」
チラリと衣装のスリット部分を捲って腿に刻まれた幾何学模様を女主人に見せると、素早い動きで手を叩かれ衣装が元に戻る。
何故かレナードやフリードリヒは明後日の方向を向いていた。
「教会が首輪を使った方法を義務付ける前、貴族が使っていた特殊な使役魔法よ。建国時からある古い魔法だけど、これでお前との契約関係を憲兵団に証明したのよ」
初めて聞いた設定だ。
つまり僕の場合は二重の魔法で縛られていることになる。
「その首輪だけど壊さないように気を付けなさい。いつかわたくしの使い魔の為にとお母様が用意した物だから」
「……ちなみにいくらくらい?」
「その首輪は特注で作らせたとのことで5億ほどでしたか」
僕の言葉にレナードが答えた。……5億?
「お嬢様の安全の為に最上級の材料で作られましたから」
仮契約の使い魔にそんな首輪を使って大丈夫なのか。
いや、公爵令嬢の安全が優先か。
5億もの金を掛けて装着者に絶対の服従を強いる首輪だ。命令一つで自害の強要も可能だろう。これで僕の命はヴィクトリアの手の中にある。
それが少し不安に感じて──
【首元にウイルス検知】
【外部接続:拒否】【自動修正プロトコル:作動】
「……ん?」
【ウイルス排除:完了】
首輪から小さく割れた音が聞こえた。嫌な予感がした。
……もしや、今ので特殊な魔法が無効化されたか? 触手が5億の首輪を破壊して、ただのオシャレな首輪に変えてしまったのだろうか。
正直に言って命を握られるのは不安だったからありがたいが……。
「もし、これを壊したらどうなります?」
「首輪は頑丈で壊れることはないでしょうが、弁償して頂きましょう」
「お母様が残した遺品だから──精神的苦痛の分も含めて15億を請求するわ」
「15億!?」
ヴィクトリアは涼しい顔で髪を払う。冗談なのか判断が難しい挙動だ。
「……神はいつでも我々を見ております。どうかあなた方に祝福を」
何かに気づいたように僕を見るフリードリヒは、静かに頭を下げた。




