第10話 ゲームと違う
この王国にも車が存在していた。
僕の記憶にあるクラシックカーに近い。執事を名乗るレナードという爺が運転し、僕とヴィクトリアは後部座席に座る。
既に夜だが、王都の道は車や馬車が入り乱れていた。
(本編開始前ってこんな感じなのか)
ゲーム内では車の普及率はそれなりだった気がする。
今の時点ではまだ馬車の方が多い気がするので、これから変化があるのだろう。
「馬車、使わないんですね」
「道も舗装されているし馬車よりも速い以上、車の方が良いわ」
という会話を最後にヴィクトリアは口を噤んだ。
疲れたのかもしれない。
もしくは使い魔風情とは会話するつもりがないのか。そうなるとお手上げだ。
(あれ……ゲームの時はどんな会話してたっけ。……まあ、いいか)
無理に頑張らず、焦らず会話して仲良くなろう。
うん、そうしよう。
ひとまず、魔法の技術が使われている王都の建築物をジックリと見ることにした。ゲーム通りの見た目であることは、僕に少し感慨深さを与えた。
たまに景色を見る僕をチラ見するヴィクトリアの姿が車窓越しに映った。
「到着しました」
貴族用の住宅街がある区画に入ってしばらくした頃だろうか。
執事レナードの低い声に車窓から見上げると周囲に比べて明らかに大きな屋敷があった。門扉には屈強そうな警備がいる。
これで別邸らしい。
公爵家って凄いなーと思いながらヴィクトリアの後に続く。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。客室を一つ用意して」
屋敷に入ると吹き抜けのロビーで侍女たちが出迎えてくれた。
高そうな調度品や、高そうな絵画、磨かれた廊下や螺旋階段、ロビーに並んだ侍女たちを見ていると高級ホテルにでも来たのかと内心ドキドキだ。
一方でヴィクトリアの言葉に戸惑う一人の侍女が僕を見た。
「客室ですか。そちらの……魔族に?」
一瞬、侮蔑のような眼差しを感じた。
……そう言えば、基本的には魔族は差別されているのだったか。忘れそうになる。
「なに? 何か問題でもあるわけ?」
「い、いえ、すぐに!」
慌てたように侍女が場を去る。それからヴィクトリアに連れられて、自室と思われる場所に到着する。
部屋の前で待機する別の侍女に彼女は呼びかける。
「セシリア」
「お、おかえりなさいませ、リトリア様。そちらのお方は?」
おどおどした平凡そうな見た目の侍女が上目遣いで主人を見る。
「仮だけど、わたくしの使い魔ね。何か軽食を用意して」
「は、はい! 少々お待ちください!」
命じられたセシリアは驚いたように手を動かしながらすぐに立ち去った。そうかと思えば、すぐに軽食らしきサンドイッチが入った皿を持ってきた。
「セシリア、お前は外にいなさい。エレノアは座りなさい」
ヴィクトリアの自室に招待された僕は長椅子に座らされる。
ふう、と小さく吐息を吐いた金髪の女王様は向かいの椅子に座る。
「さて、主人として最低限のことは済ませたわよ」
彼女はゆっくりと脚を組むと僕にそう言った。
「エレノア・オムニティス。お前、わたくしが命の恩人であることを理解してる? あの場で何もしなければ、お前は襲撃犯の一人として、明日にでも処刑されていたわよ」
「……ん」
ヴィクトリアの言葉に無言で頷くと彼女はにっこりと笑みを見せた。
獲物を捕食するような笑顔と、恩を売りつけるような言動には妙な既視感があった。
「だから助けた対価を払って貰うわ」
彼女と話をしていて既視感の正体に気づいた。
アルビーとの初対面に似ている。もしかしたら、アルビーのあの恫喝はヴィクトリアの言動を真似した物だったのかもしれない。
少し懐かしさと穏やかな気分でヴィクトリアを見つめると、彼女は僅かに言葉に詰まったような顔を見せる。拍子抜けしたのだろうか。
「使い魔として頑張りますが、契約期間は学園を卒業するまでですか?」
「それはお前が決めることではないわ、エレノア・オムニティス。さっきも言ったけど仮の契約よ。気に入らなかったらすぐに契約は解除するわ。嫌ならわたくしに尽くしなさい」
「……分かりました」
ヴィクトリアの気分次第なら、こちらとしてはどうにもならない。
頷いた僕を訝しむように瞳を細めた女王様は脚を組む。……長い脚だなと思った。
「そう。なら、まずは質問に答えなさい。……お前はなんであの広間に来たの?」
今日の夜会に何故来たのか。
どう答えれば良いのか。素直に答えるか。下手な嘘や誤魔化しが通用するとは思えない。真っ直ぐな瞳は、傲慢ながらも自信に満ち溢れており、偽りを許さないだろう。
目が泳ぐ。
すると、ヴィクトリアは僕の名前をもう一度呼んだ。
「エレノア・オムニティス。嘘はわたくしが許さないわ。正直に話しなさい」
どれだけ本当のことを話すか。
全てを話しても、信じてはくれないだろう。僕なりに少し考えて口にする。
「友達の頼みで、いずれ破滅する運命にあるあなたを救いに来ました」
「……破滅、運命、ね。その友人ってわたくしの知り合い?」
「アルビーという……僕を創った博士です」
「創った?」
実は少しだけ期待していた。
アルビーという存在をヴィクトリアが知っていることを。そこを起点に話をすることができるのでは、と。
その期待はヴィクトリアが首を横に振り、長い金髪が揺れ動いたことで消失した。
「知らないわ。ボケた人間の戯言を信じた訳?」
「ボケてはいないけど、今日死にました。遺言は……あなたを助けにいけ、でした」
ほんの一瞬だが、彼女の紫紺の瞳が揺れ動いた気がした。
「……あっそう。でもアルビーなんてわたくしは知らないわ。お前の言葉が真実という保証もないし。その人が存在するかも分からないもの」
腕を組んだヴィクトリアはそっぽを向く。
案の定だった。この不遜な少女が信じるとは──
「運命、か」
ぽつり、と言葉を反芻する。
それから僕を試すかのように目を向けると言葉を続けた。
「……なら、あの日のことも運命だったの?」
ヴィクトリアが語る『あの日』とは僕が初めて身体を動かした日のことか。ヴィクトリアと彼女の母ジュリアナを助けた時のことを言っているのだろう。
というか、それ以外に心当たりがない。
「……運命かは分かりません。でも、あなたと、あなたのお母さんのことは、助けたいと思ったから助けたんです」
そう答えるとヴィクトリアの大きな瞳が見開かれる。
しばらくの間、僕たちは見つめ合った。
嘘を見抜こうとする眼差しに、僕は精一杯誠実に応えるつもりで応じた。
「お前が……」
聡明な瞳を瞬かせ、無言で僕を見つめる彼女は何を考えているのだろうか。もしかして感謝とか言われるのだろうか。あっちでアルビーに自慢できそうだ。
──と、僕は思っていたのだが。
「……。それで?」
「え?」
「え、じゃないわよ」
何故か絶対零度の眼差しでジロリと睨みつけられる。
「わたくしがどう破滅するって言うの? 怒らないから言ってみなさい!」
つんと顎を逸らし、睥睨してくる女王様に僕は戸惑いながら頷く。
怒らないからと言う人は、大抵怒るのだが……。
「言っておくけど、わたくしがお前に時間を与える以上、適当な話だったら容赦しないわよ。ありとあらゆる手段を用いて、お前に後悔と屈辱を与えてやるわ」
この少女は一々、脅すとかの一手を挟まないと行動できないのだろうか。
内心で怯えながらも落ち着いて頭を回す。
「えっとですね……ざっくりとした説明になるんですが……」
ここで、彼女への説明がてらヴィクトリア・ブラッドベリーについて振り返ろうと思う。
悪役令嬢ヴィクトリアはゲーム序盤から登場し主人公の邪魔をするキャラだ。
「あっ、えっと……僕は、この世界に似ている世界の未来が少しだけ分かるんです」
途端、ヴィクトリアの表情がやや冷たい物に変わった。
絶対に信じていない。そう確信できる顔だった。
「それで?」
僕はめげずに話を続ける。
──ヴィクトリアが二年生になった時に主人公が編入してくる。
主人公は王子を始めとした男を攻略するのだが、その結果ヴィクトリアは学園主催の夜会で婚約破棄と断罪を受けることになる。
その後、領地の田舎で暮らすことになるが、実家が反社会勢力への支援や魔王勢力に与していたことが判明して、国家反逆罪で家の取り潰しと財産を没収される。
最後は主人公との戦闘で敗北、運よく生き残っても公開処刑という末路を辿るのだ。
──というような内容をざっくりと語る。
信じて貰えないと思ったが、適当に言うよりも正直に話すことにした。
「お前、不敬過ぎて三回は処刑済みね」
彼女の反応を見る限り、欠片も信じられていない。
いったい、どうすればいいのだろうか。
……そうだ。テロリスト襲撃の無かった本来の断罪未遂事件の話とかはどうだろうか。途中までは少なくともゲームと同じ展開のはずだ。
「今日の夜会って名前は忘れたけどお祭りの夜会でしたよね?」
「……闘技祭?」
「はい。その夜会で第二王子に断罪とか……婚約破棄とかされましたか?」
そう告げると雰囲気が変わった。
目の色が危険色になった。警戒。敵を見る眼差しだ。
その現場にはいなかったが、どうやら本当に断罪未遂を受けたようだ。非情に険しい顔で、暗く冷たい視線を向けてくる。
「……だとしたら何?」
「僕はその場にいませんでしたが、その際に嘘の証言とか証拠とかを出してきた相手や首謀者を当てたら少しは信じられますか?」
「……言ってみなさい」
ここはゲーム知識を活かす場面だろう。幸い、覚えていたので口は回る。
「結論から言うとあなたは近い将来、ある人が首謀者だと探り当てて報復するんです。その人は同じ公爵家のフラリス・ヴェルダントで……」
「ちょっと待ちなさい。フラリス? あの中立のヴェルダントが?」
「はい。幼少期から一緒にいて第二王子に惚れていたとか」
「確かにわたくしがあの男の婚約者になった時から泥棒猫みたいなところはあったけど、今回の件はフラリスではないわ。セレナよ。ルミナリエ公爵家の聖女気取り」
セレナ? ゲームでは殆ど登場しなかったキャラだ。
……というか全然知らない。どうしようアルビー。
「いや、でも……」
「間違いなく、セレナ・ルミナリエよ」
有無を言わせない、そんな口調だった。ヴィクトリアを見る。憎悪を宿した瞳には何かしらの確信があるようだ。
……これは失敗してしまったかもしれない。
思わず黙り込むとヴィクトリアは指を下に向けた。
「まあ、妄言にしてはそれなりね」
白く細い指先が向かうのは机に放置された軽食だ。
「食べていいわ。魔族は人間よりも食べないといけない生物よね? 繋ぎくらいにはなるわ」
「……いただきます」
おっかなびっくりでサンドイッチを口にする。
パンはふわふわで柔らかく、シャキッとしたレタス、それと分厚いベーコンにチーズ。
(え、うま……)
何かを食べるのは初めてではないだろうか。すごく美味しいと思う。
「お前の妄想話はともかく、わたくしが破滅しないように全てを捧げようなんて殊勝じゃない。なら、さっそく働いて貰うわ」
「どんな手伝いを?」
決まっているでしょう? とヴィクトリアは楽し気に唇を吊り上げる。
「わたくしを貶めようとした者への復讐をよ」
憎悪と冷たさと美しさが混ざり合った微笑は、ゲーム画面の悪役令嬢と重なった。




