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第9話 今後の方針

【触手:冷却中】【再稼働必要時間:5分】


 たぶん、夢だと思った。

 目の前で白髪の白衣の男がニヤリと笑って拍手していたから。


「おめでとう。なんだかんだで上手くやれるとは。即興芸にしては十分だ」


『……アルビー?』


「博士をつけろ、エリー」


 僕は培養槽の中にいた。

 視線を下げると管は刺さっているが成長した蠱惑的な肢体が見える。ガラスの向こうには、死んだ筈の男が後ろに手を組んだまま歩いている。


「いや、わしは死んだ。だからこそ、お前はわしを見ている」


『……どういうことだ?』


「これはお前の行動をトリガーにして起動する夢と記憶……現実でイレギュラーが発生した場合に備えて残された保険だ。この『わし』はあくまで本体が残した残滓に過ぎない」


 そう言ったアルビーを名乗る男は両手を広げる。

 何やら意味深なことを口にするが、


『つまり、あなたもアルビーってことでいいですか? 夢アルビー?』


「……まあ、それでいい」


 ふん、と鼻で笑う夢アルビーの姿は生前の姿と変わらない。


「エリー。お前は殆ど寝ていたがわしにとっては長い付き合いじゃい。なにせ……」


 唐突に語り始めると思った途端に彼は黙り込む。

 そのまま培養槽の周りを歩き始めるアルビーを視線で追いかけるのにも疲れた頃、ようやく口を開いた。


「話していて分かったが、お前はバカだ」


『はあ?』


 何を今更なことを。

 怒りでも煽るつもりだったのか。温厚な僕で無ければ殴っていただろう。


「事前に計画を話しても忘れるだろうと思っていた。アドリブ的な行動など無理だろうと。加えて今後も誰かに探られて情報を抜き取られる可能性も高かった」


 白衣を翻すアルビーは言葉を続ける。


「そこで状況と貴様の行動をトリガーに、おおざっぱな指示を都度出すことにした」


『指示って言っても、結局はヴィクトリアが良い感じに学園を卒業する手伝いをすればいいのでは? 手伝いと言っても戦闘面だろうけど』


 そう言うと、やれやれと言わんばかりの顔でアルビーは首を振った。


「そう上手くはいかないだろう。何が起きるか分からないのはお前も体験した筈だ。何よりもヴィクトリア自身がお前を信用するとは限らない。気まぐれで使い魔にしただけで明日には捨てられるかもしれない」


『確かに……仮契約らしいし』


「だが、既にお前は彼女の運命を変えつつある」


 そうなのだろうか。


「思い出せ。ゲーム内でも今日の出来事は記載されていた。原作開始前の闘技祭の夜会でヴィクトリアには闇落ちするに十分な出来事が起こった筈だ」


『えっと……あ!』


 アルビーの言葉で思い出す。

 戦いを終えて、この場で落ち着いて振り返ると簡単に思い出せた。


『……断罪未遂事件か!』


「そうだ。本来はヴィクトリアが冤罪で王子たち攻略対象に糾弾される」


 なんで忘れていたのだろうか。

 テロリストは本来存在しなかったが、ゲーム的にはヴィクトリアが他の公爵令嬢によって王子の前で貶められるのだ。

 ブラッドベリー家の侍女や護衛が買収され証拠や証言が出たことで、王子に疑われて糾弾される。あと一歩のところで断罪されるところまで追いつめられるのだ。


「本来のヴィクトリアは母親の死をきっかけに全ての欲求を我慢して親の命じられるままに将来の王妃となる為に努力していたが、これをきっかけに心を壊したのだ」


 後日、無実であったことをヴィクトリア自身が証明するが誰にも信じられずに心を病んでしまう。そして本当に悪女としての道を歩み始めるのだ。

 誰のことも信じようとはしない。

 物を盗み、取り巻きを使って陰口とろくでもない噂を広げ、気に入らない相手は弱みを握ってとことんまで陥れる。そういう女になるのだ。


『そうだった、そうだった。それでヴィクトリアのお父さんも何も言えなくて病んで……みたいな暗い話だったね』


「これ以上は涙を流さずに語ることはできんからな……ティッシュ、ティッシュ……」


 そうなる流れの筈だったが武装テロリストの参入によって話が変わった。


「亜人解放連合。あのテロリスト集団が来たのはただの事故か……。いずれにせよ、あのまま放置すればヴィクトリアも撃たれていた。良くやった。わしが褒めてやろう!」


 よーしよし、と飼い犬を撫で回すように培養槽のガラスをアルビーは撫で回す。指紋が残るから本当に止めて欲しい。

 満足したのか一歩、培養槽から離れたアルビーは頷く。


「今日のようなことは今後も起きるだろう。既にゲームとは状況が変わりつつある。知識を活かし、理不尽はお前の力とスペックで跳ねのけろ。圧倒的暴力でねじ伏せるのだ!」


 おーと力強く腕を掲げるアルビーはジロジロと僕を見る。


「ん? なんだ? 不満そうだな。文句なら言ってみるがいい」


『いや、今日みたいなことを乗り越えても、もう男に戻れないんだなって思うと……』


 流石に夢の残滓となったアルビーでは難しいだろう。

 そう思っての発言だったが、その考えをバカにするように鼻で笑われた。


「男になら今の状況でも変えることは可能だ」


『……え?』


「お前がそういって駄々をこねると思って! 夜な夜な必要な機能を仕込んでましたー! 報酬の場所も、男に戻る方法も、すべてお前の中にある!」


 自分を褒めるように拍手するアルビーは戸惑う僕に勢いよく指を突き付ける。


「ただし! 条件は変わらず! お前がヴィクトリアを破滅から救えなければ美少女として死んで貰う! 綺麗な死に顔を晒して! 火葬からの女神のところで転生エンド!」


 そう言って目を丸くする僕を無視して言葉を続ける。

 身振り手振りの激しい男は、キメ顔で言った。


「エレノア・オムニティス。お前はわしの最高傑作だ。歴代の魔王を全て束ねても敵わないスペックがある。わしの言うことを聞き、自身への理解を深めれば、お前の男体化は自ずと解決する。だから安心して励んでくれ」


『アルビー……』


「わしは死んでも約束を守る男じゃい! ……だから、お前も守れよ」


 ガラス越しにサムズアップを見せ、ゴツンとガラスに拳を叩きつけてくるアルビーに同じように拳をぶつけるとピシリとガラスに罅が入った。


【触手:冷却中】【再稼働必要時間:30秒】


 ふと視界に表示される時間が1分を切ったことに気づく。

 同じものを見ているのかアルビーが眉間に皺を寄せる。


『アルビー。この表示はなんなんだ? 初めて見るが……』


「お前の肉体は人間体である都合上、戦闘後に体内冷却が必要になる。冷却自体はいずれ慣れるだろうが戦闘可能時間には注意してくれ」


『……そういう触手の仕様とかあんまり教えてくれなかったんだけど』


 バン、と培養槽のガラスを叩かれる。中身が一部漏れ始める。


「甘ったれるな! そういうのは直感とゲームで培ったノウハウで理解しろ。そんなものよりヴィクトリアを理解しろ! 戦闘なんぞ二の次じゃい!」


『いやいや……』


「いやではない! 見ろ! お前の所為でもう時間がないではないか!」


 ピッ、と主張するように時間が減っていく。


「いいか、エリー。よく聞け。わしからの指示は二つ。ヴィクトリアからの信頼を勝ち取れ。冒険者になって遠出しても問題ないランクになれ。……以上!」


『……アルビー!』


「また会おう。怪我による稼働率の低下には気を付けろ。マジで死ぬからな」


『アルビー!』


「シーユー!」


 手を振るアルビー。その直後、ぶつっと世界が暗転した。

 ゆっくりと意識が浮上していき、瞼を開く。


「ちょっと! いつまで寝ているつもりなのよ!」


 ぺちっと頬に何かが当たる感触と共に意識が完全に覚醒する。


【触手機関 稼働率:98%】【触手:再展開可能】


 木製の天井と僕を見降ろす金髪の少女。


(あ、ヴィクトリアだ)


 整い過ぎて近寄りがたい美貌と上品な佇まい。長い髪の毛先が僕の頬をくすぐり、頭を動かすと額には冷たい氷嚢の感触がした。

 ……徐々に何があったのか思い出してきた。途中で倒れたのだ。


「熱があったようなのでヴィクトリアに頼んで氷を出して貰った」


 少し離れた場所からマーティンの低い声が聞こえた。


「安心しろ。運んだのは私ではない。浮遊魔法でヴィクトリアに運んで貰った」


「……ありがとうございます」


 礼を口にすると、ヴィクトリアはジッと僕を見て、ふん、と鼻を鳴らす。


(たぶん、手間を掛けさせるなんて減点ね、とか思ってそう)


 そうして鈴を転がしたような可憐な声を彼女は聞かせる。


「手間を掛けさせるなんて使い魔として減点ね。熱が下がったならとっとと起きなさい」


 ここは応接室だと言う。途中で意識を失った僕を連れてきたらしい。

 寝転んでいた長椅子から起き上がり、頭に氷嚢を乗せたまま周囲を見渡す。

 ここにいるのは僕の頭付近に座っていたヴィクトリアと、机を挟み似たような長椅子に腰掛けたマーティンだけだ。


「大体の取り調べは完了した」


 そう淡々とした口調で語る彼の顔を見る。

 ……やはり知らないキャラだ。

 赤い瞳が僕の内心を探るように見つめてきて、そっと視線を逸らした。


「エレノア・オムニティス。話ができそうならいくつか聞きたいのだが」


「必要無いわ。こちらで聞くもの。それに倒れたばかりの淑女に取り調べを行おうなんて恥を知りなさい。紳士らしさが足りないなら婦人会に駆け込まざるを得ないわ」


「……出会ったばかりの使い魔に随分と優しいんだな」


「わたくしはいつも優しいわよ。お前の目が節穴なだけね」


「そうか。これまで使い魔を所持していないように見せかけていただけで実は隠していた……ということにしておこう。こんな状況下だ。変な冤罪を重ねられたくなければすぐに教会に申請した方がいい」


「明日の朝一でするわ」


 ノックと共に憲兵が入って来る。

 迎えの車が来たという。その言葉でヴィクトリアは立ち上がった。


「行きましょうか、エレノア」


「どこへ?」


 そう問いかけると、やや人を小馬鹿にしたように笑う彼女は告げた。


「決まってるでしょう? わたくしの家によ」



 ◇



 ブラッドベリー家の紋章が入った車が遠ざかっていくのを見送り、マーティンは再び校内に戻る。

 校内は酷い物だった。

 亜人解放連合を名乗るテロリストによる王族を始めとした令息令嬢への襲撃。杜撰な警備状況を突かれ、死傷者は十数名、重傷者を含めれば二十を超える。


「よりにもよって王立騎士団長と王立魔法評議会議長の次男が死亡か」


「第二王子に至っては、命はあれど右腕は欠損。治療は可能だろうがこれ以上無いレベルの失態だ。常駐部隊は何してたんだ?」


「その時間帯、隊員は持ち場を離れていたところをテロリストに全員殺されたらしい。普段から平民を見下す癖に、肝心なところで役立たずだったな」


 取り調べ室と化した応接間の一つから出てきたヴァルターがその外見と同じく軽薄な口調を聞かせる。

 平民上がりで憲兵になった者として愚痴を言いたい気持ちは分からなくもない。

 そう思いながら優秀な部下から渡された調書にマーティンは目を通す。


「あーあ、残業どころか徹夜祭り決定だな。となると飯だが……」


 明るい赤色の髪を揺らして、今回のテロリストの撃退に尽力した部下のヴァルターは周囲を見渡して「あれ?」と呟く。


「あの子たちは?」


「帰らせた」


「帰らせた!?」


「私が取り調べをした。特に問題は無かった。何より公爵家令嬢の留置は難しい」


「……お前も大変だな。昔からあの悪女ちゃんの担当を押し付けられて」


「ああ、良い迷惑だ。……私に何かあったらお前が担当になるようにしておく」


「それなんて罰ゲーム!? こっちは平民だっつーの」


 溜息と共にヴァルターは肩を竦める。

 普段の陽気さは凄惨たる現場でも変わらず、手に持った資料を揺らす。


「噂の悪女ちゃんが連れていた使い魔、さっきチラッと見たけどあれはヤバいね」


「……ヤバい?」


「顔が良い! 神秘的な眼差し! 服は露出多いし、魔族的っつーか未来的過ぎんだろ! それにスリットから覗く美脚に巨乳! けしからん! それを帰らせた!?」


「ああ、主人の方から話は聞けた。何も問題は無かった」


 それよりもマーティンとしては気になることがある。

 事前に頼んでいた資料を受け取り、最も信を置く陽気な部下に尋ねる。


「エレノア・オムニティス。身体的特徴はともかく、どう思う?」


「あー……名前だけど偽名の可能性が高そう。一部とはいえ伝説上に存在するモンスターの名前を使った家系の魔族ってなんだよ。それに教会が調教してる魔族や、奴隷商で販売してる魔族のリストも漁ったけど、あんな子はいなかった」


「……ふむ」


「あと、学生たちから触手を出したという証言があったが、そんな魔族は見たことも聞いたこともない。幻覚でない本物の触手を体内から出してるなら……魔族かも怪しい」


 マーティンとヴァルターは壁際による。

 泣き喚いた学生が担架に乗せられて運ばれていくのを見ながらマーティンは話を促す。


「亜人解放連合を名乗るテロリストだが……首謀者は分かったか?」


「調査中。そっちはカルディナ隊が行っているが……適当な下級貴族を連れてきてでっち上げそうだから、こっちでも調査してる」


「賢明だ」


「そういえば、昔にもこんな感じの名前を名乗ったテロ組織がいた気がするな。模倣犯ならともかく、残党の可能性も含めて調査しておくか?」


「……ああ、そうだな」


 既に大半の学生は帰宅、あるいは病院か教会に連れて行かれた。話を聞く前に強引に学生を連れ帰った貴族も多く、しばらく学園再開の目途は立たないだろう。


「学園側も学園長の首は飛んだな。……飛ぶと言えばなんだが、妙な話があって」


 窓を指差すヴァルターにマーティンも目を向ける。

 多数の車や馬車が無秩序に並んだ中庭、そこから先に王都の街並みが見えるのは旧王城であるエリュシオン魔法騎士学園の特色だ。


「どうも襲撃があった時間帯に警報が鳴ったらしい」


「それで王立騎士団が?」


「ああ、だがモンスターの姿は見つからなかったらしい。外壁が破壊された訳でもないんだとか。じゃあ、何が原因で警報が鳴ったかというと……」


「結界の故障か?」


 ニヤリと青年は笑い、その指はゆっくりと空を指す。

 雨は止み、先ほどの曇天が嘘のように星空と月が覗いている。だがヴァルターが指差すのは空ではなく王都上空を覆う不可視の結界だろう。


「何らかの飛行物体が結界に衝突して穴を開けた痕跡があったらしい」


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