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第3話 悪役令嬢にはなりたいけど、人の恋路は邪魔したくない。


『水晶玉を掲げ、闇を撃て。初恋心はつこいごころを奪い、愛の香りで水晶玉に閉じ込めよ。』


 文字は読めたが、意味は分からなかった。

 木片に書かれた文字の解読に窮して、陽彩は、大きく溜息を吐いた。


「これだけ書かれてもねえ……はあ……とりあえず、水晶玉を掲げてみようかしら」


 途方に暮れた顔をして独り言を言うと、恐る恐る水晶玉を両手で持ち上げた。

 すると、ガラスの水晶玉から青い光が一本の矢の如く飛び出して、真っ暗な頭上を勢いよく撃ち抜いたのだ。


「あら、まあ、凄い!凄い!」


 陽彩は、思わず拍手しそうになったが、水晶玉を持っていたので出来なかった。


「あら?さっきまで海より青くて、何も映さなかったのに。急に透き通ったわ。あら、まあ、私の顔、とっても可愛い」


 死んでから可愛くなった所で何の意味もないが、テンションは上がった。

 ガラスに映る自分の顔は、美薗と同じように美人だ。


「生きていたら、モテモテだったわね」


 自虐的に笑うと、陽彩は空を見上げて仰天した。

 先まで真っ暗だった空が、澄み渡っていたのだ。

 そして、青空には人が映っていた。

 それは、まるで映画のスクリーンのようだった。

 普通の映画館と違うのは、立って見上げる所だ。


「首が痛くなりそうね。困ったわ。この後どうすればいいのかしら。これを見ろって事でいいのよね?映画なのか現実なのか、いまいち分からないわ」


 しかし、場所は、体育館の中だとすぐに分かった。

 バスケットボールを見て、ゴムのような独特の匂いを思い出した。懐かしい光景だ。

 陽彩が眉尻を下げて呟いた時、高校生くらいの男の子が、女の子に向かって、青いユニフォームを手渡した。どちらも顔が良い。

 物語の主人公とはそういうものだから、陽彩が思うに、これはフィクションだ。

 可愛いが、絵は古い。『エースをねらえ!』のタッチだ。

 男の子の顔は、まるで藤堂先輩だ。


「これ、洗濯しといて」


「分かった、明日でいい?」


「ああ」

 

 素っ気なく答えると、男の子は背を向け歩いて行った。 

 女の子は、受け取ったユニフォームを、ぎゅっと握り締めていた。

 二人のやりとりを黙って聞いていた陽彩は、ぽつりと呟いた。


「これって、女の子が主人公よね?あの二人、付き合ってるのかしら。多分、あの男の子と、くっつくのよね?」


 陽彩が首を傾げた時、女の子の心の声まで聞こえた。


(大好きなあいつの匂いがする。こっそり持ち帰ろうかな。だって、もう使わないし。記念に取っておくタイプじゃないし。今日だけは、洗いたくない)


 女の子がちらりと見遣った先を、陽彩も目で追った。

 すると、先程の男の子が、マネージャーらしき女子と楽しそうに喋っていた。


「あら、まあ、お蝶夫人!」


 思わず突っ込んでしまったが致し方ない。そっくりなのだ。

 あまりの驚きで陽彩が瞬きしている間、女の子は、ユニフォームを胸元に押し付けて悲しそうに二人を見つめていた。


「可哀そうに。女の子の片思いかしら?初恋心はつこいごころを奪えって言うんだから、女の子の方が、初恋って事よね?」


 陽彩は、だんだん気の毒になってきた。初恋が実らないとは、まさにこの事だ。


「あの二人が既に付き合っているのか、男の子が片思いしているのか、どっちか二択ね。という事は、失恋した初恋を水晶玉に閉じ込めろって事で、いいのよね?でも、愛の香りでって、どういう意味?」


 再び陽彩が首を傾げた時、またも心の声が辺りに響いた。


(引退試合で負けたのに、悔しくないの??めっちゃ幸せそう。好きって言えたら、変わってたのかな。私の方が、ずっとずっと近くにいたのに……彼女なんて作らないと思ってた。三年間、後輩、先輩、同級生問わずモテてたけど、全部断ってたから……)


 これは、完全に失恋のパターンだ。

 陽彩が、同情して女の子を見つめていると、突然、画面が真っ白になって、大きな黒文字だけが浮かび上がった。


『一年早く卒業する幼馴染は、彼女と同じ大学に進学する

 あいつの隣で笑う高瀬たかせ先輩が、羨ましい

 美人で、成績は学年トップ、おまけに運動神経も抜群で、性格まで良い

 敵う所が一つもないから、潔く諦めた

 言い訳したってしょうがない

 でも、あいつのユニフォームだけは譲りたくなかった』


 どうやら、女の子の感情とストーリーの設定を同時に表したものらしい。

 

「なるほど、初恋相手が幼馴染のパターンね。猶更、気の毒だわ。こういうのは、設定が大抵ご近所さんなのよ。家が隣とかね。この子、これまで頑張って耐えて来たのねえ……だったら、初恋心を奪ってあげる方が親切かもしれないわ。こちらとしても、罪悪感を覚えずに済むし、気が楽ね」


 水晶玉を見つめながら、ぶつぶつ喋っていると、知らない声が聞こえたので、陽彩は慌てて上を向いた。


「えっ、全員分を洗いたい!?一人で!?うちの部、洗濯機が壊れてるから大変よ?手伝うわ」


 柔らかな声の主は、お蝶夫人、否マネージャーだった。


「一人で大丈夫です」


 顔を見て言えないようだ。女の子は、俯いて答えた。


(親切な言葉が煩わしい。私って、性格悪いな……こんな邪魔しても、何の意味もないのに。先輩は、もっと近くで、あいつの匂いを知ってるのに)


「可哀そうに……」

 

 陽彩は、思わず呟いていた。女の子の心情を心底痛ましく思った。

 すると又、画面が真っ白になった。

 しかし今度は文字ではなく、別の風景が浮かび上がったので、陽彩が思うに回想シーンのようだ。

 そのシーンに黒文字で『一年前』と付け足しされたので、一年前の話らしい。


 洗濯係を願い出た放課後の、女の子が美容院に行くシーンが映し出された。

 その美容院は、行き付けのようで、おそらく歳が四十を超えているであろう男の美容師と親し気に話していた。

 お客がいなかったので、すぐに切って貰っていた。


 (髪の長さが同じとか嫌だし)


 心の声は、これまでの中で一番弱々しかった。

 女の子は、ばっさり切って、ショートカットにした。

 翌日、マネージャーに、「かわいい!深鈴みすずちゃん、ショートも似合うね」と笑顔で言って貰っていたが、意外な事に男の子は顔をしかめて、女の子の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。


「何で切ったんだよ、俺、長い方が好なのに」


「え??好き!?」


 一番驚いたのは、陽彩だ。想像していた話と違う。


「ちょっと、止めてよ!」


女の子が抗議の声を上げると、「ボサボサじゃん!」と笑っていた。


尚瑠輝なるきがしたんでしょ!」


 過去のやりとりを見て、陽彩は、自分が間違っている事に気付いた。

 明らかに、二人は両想いだ。

 女の子が勘違いしているよくあるパターンだが、これでは両想いの初恋心を奪う事になる。


「初恋心を奪ったら恋心も消える、なんて事にならないわよね?」


 陽彩は、罪悪感が芽生えて眉根を寄せた。

 とりあえず様子見する事に決めた。

 その晩、主人公美鈴は、髪を洗わなかった。

 湯船につかって「私って重症ね」と言っていたので、陽彩が思うに、「アイドルと握手をして手を洗いたくない」と同じ感覚なのだろう。

 幼馴染で初恋といえば、好きの度合いは相当なものに違いない。


「困ったわ。悪役令嬢にはなりたいけど、人の恋路は邪魔したくない」


 陽彩が頭を悩ませていると、いつの間にか回想シーンは終わっていた。

 ユニフォームを握り締めた美鈴が、ぽつりと呟いた。


「引退試合が終わったから、明日から受け取る匂いもない……」


 美鈴は、最後のユニフォームを学校ではなく自宅で、手洗いではなく洗濯機で、洗濯していた。

  

「あいつの匂いを吹っ切る為に、お気に入りの柔軟剤を使おう」


 美鈴は今にも泣きだしそうな顔をして、洗濯機の前で独り言を言っていた。

 それを見ると、陽彩は胸が痛んだ。

 ひょっとしたら、両想いになる二人の未来を消してしまうかもしれない。

 陽彩は、水晶玉を持ったまま、がっくりと項垂れた。


 

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