第2話 どうせ転生するなら、悪役令嬢が良かった!
ふらりと立ち寄った文化祭で、陽彩は、『ヒロイン御断り食堂』に入った。
それを死ぬほど後悔する事になるとは、思いもしなかった。
校門から入る時、陽彩は、高校名を見るのを忘れた。
後で気付いたが、「まあ、いいわ」そう呟いて、うろうろ歩いて回った。
ハイヒールを履いてスーツを着て、三十路を過ぎて、高校の文化祭に入ったのは初めてだ。
「夜に文化祭なんて、変わってるわね。でも、お客さんは意外と多いわ。セーラー服に学ラン……母校がブレザーだったから、何だか新鮮ね」
若い子たちを見ていると、陽彩は若返った気がした。
弾ける笑い声に、胸が躍る。
「まるで縁日ね。楽しくなるわ。たこ焼きは売ってるかしら?お腹がすいたわ」
陽彩が、屋台を探そうとしていたら、ハンサムな高校生が、声を掛けて来た。
「御食事は、いかがですか?僕たち三年一組は、出し物が食堂なんです。食べて行かれませんか?」
今時の若い子にしては、丁寧な言葉遣いだった。何より、飛び切りハンサムだ。
(まあっ、ちょっとラッキーね)
「メニューは、何かしら?」
陽彩が聞くと、その高校生は、微笑みを浮かべて、歯の浮くような台詞を言った。
「御食事は、お弁当の形式になっているので、お好きなものをお選び頂けます。綺麗なお姉さんには、申し訳ない食堂名なんですけど、『ヒロイン御断り食堂』っていうんです。お姉さんみたいに美しい人が来るって知ってたら、『ヒロイン・ウェルカム食堂』にしたんですけど。惜しい事をしたな~」
心底悔しそうに言うものだから、陽彩は、思わずクスッと笑ってしまった。
「男前に言われると、本気にしちゃうわよ。でも、ヒロイン御断りね、その気持ち分かるわ。本命は悪役令嬢だけど、面白そうだから入ってみようかしら。案内してくれる?」
陽彩は、微笑み返して、三年教室まで案内して貰った。
階段を上がると、横手に食堂があった。
開け放たれたドアの上に、深緑色の暖簾が掛かって、入り口の左横には、シンプルな白い立て看板があった。
黒文字で、『ヒロイン御断り食堂』と力強く書かれてある。
「いらっしゃいませ」
陽彩を出迎えたのは、いずれも男子高校生で、彼らも又、飛び切りハンサムだった。
(まああっ、今日はラッキーデーね。目の保養になるわ)
陽彩が、うきうきしながら教室に入った途端、真っ暗になった。
「停電?すぐ付くわよね?」
その場に立っていると、ぱっと明かりが戻った。
でも、何もかもが入る前と違う。
陽彩は、きょろきょろ回りを見て、困ったように眉を下げた。
「どうして椅子も机も消えたのかしら?会社から帰る途中、高校の文化祭に寄って、三年一組に入った筈だけど。これって、何かの演出かしら?」
陽彩が、呆然としていたら、凛とした声が、辺りに響いた。
「迷宮を抜け出すには、化け猫に転生する他なかった」
「えっ!?」
陽彩は、慌てて振り向いた。
「どなた?」
陽彩は、思わず尋ねてしまった。
突如として現れた謎の男は、幽霊のように、ぷかぷか浮いている。
だぼっとした青いローブを着込んでいる為、足があるかも分からない。
大きなフードをすっぽり被っているので顔も見えず、見るからに不気味だった。
陽彩は、恐怖で後ずさった。
「僕のことは、PPと呼んで欲しい。Pack・Pacificの頭文字だ。普段は、こうやって人の姿をしているが、化け猫高校の理事長だ。君は、化け猫高校の夜の文化祭に迷い込んだ。因みに、化け猫高校の正体は、動く森だ。この森は、変化が得意なんだ」
「化け猫高校!?動く森が変化!?」
陽彩は、ぎょっとして目を剥き、改めて辺りを見渡した。
森の中の迷宮というより、緑色の迷路に見える。
道幅という表現が正しいか不明だが、とりあえず狭くないので、迷宮に思えない。
普通に進めば、出口に辿り着けそうだ。
ただ、困った事に空が見えない。
頭上だけ暗く、壁に触れると柔らかだったが、実物より少し硬い。
「これって、芝生よね?森の中に人工芝がある理由が分からないわ。なぜかしら?」
陽彩の質問には答えず、化け猫高校の理事長、通称PPは淡々と喋った。
「君を案内したのは、化け猫高校の三年生だ。上手に化けていただろう?あの子は、口も上手いんだ。君は、交通事故にあった。化け猫たちの妖力が強まる夜は、亡くなった人間の魂を呼び寄せ易い。君は、ヒロインになるのを断ったから、乙女ゲームには入れない。転生の選択肢は、化け猫しかない」
「ヒロインお断りって、そういう意味だったのね。私、本当に死んだのね?」
陽彩は、呟くように尋ねて視線を落とした。
これが化け姿なのか、体型は変わっていないが、スーツはセーラー服に変わって、ハイヒールはローファーになっていた。
(化け猫高校の生徒に仲間入りしたのかしら?)
記憶を辿れば、少しずつ思い出してきた。
陽彩は、間違いなく青信号を渡った。
突っ込んで来たのは、車か、トラックか?それは、思い出せない。
どちらにせよ、もう人には戻れないようだ。
「死を怖がるな。僕は、この世と、あの世の監督者でもある。人の世界と仏の世界は、一本の細い糸で繋がっている。それが目に見えるのは臨終の際だが、僕は、常に糸の上を行き来している。化け猫に転生した者たちは、歳をとらない代わりに、己が意志で死ぬことは叶わない」
「死んだのに死ねないなんて、化け猫は大変ね」
陽彩が肩をすくめると、PPは話し続けた。
「先程、動く森の中と言ったが、今いる迷宮は、地獄に続いている。ヒロインを断った君は、乙女ゲームそのものを拒否した。言うなれば、悪役令嬢に転生して奮闘するチャンスも失ったという事だ。本来は、このまま地獄逝きだが、迷宮を抜け出せるチャンスが、一度だけある。極楽浄土へ逝けるよう、君を化け猫に転生させた。君には、初恋弁当を作って貰いたい」
「地獄逝き!?悪事も働いてないのに!?」
陽彩は、目を丸くして愕然となった。
すると、PPが、今度は丁寧に教えてくれた。
「初恋弁当が完成した時、『運命の子供』が現れて、ノワを割ってくれる。ノワを割れるのは、運命の子供だけだ。その正体は、仏の世界(あの世)の精霊だが、普段、人の世界(この世)に全く興味が無い」
真面目腐って語るPPに、陽彩は、半ば呆れ返って尋ねた。
「無いなら意味も無いでしょう?ノワが何か知らないけど、何の為に割るのかしら?第一、お弁当が出来たら現れる理由は何かしら?」
陽彩は、不機嫌な面持ちを隠さず質問攻めにしたが、PPは真剣な顔つきで、質問の一部にだけ答えた。
「純情な恋心で作った初恋弁当は、強烈な輝きを放ち、精霊をも惹きつけ、呼び寄せる。君に頼む理由は、君が大手のケータリング会社に勤めていたからだ。君の仕事は、迅速かつセンスも良かった。安心して任せられる」
褒められて嬉しくなかったのは、人生初だ。といっても、人生は終わってしまったが、強引に押し付けられては困る。陽彩は、声を荒げて訴えた。
「勝手な事を言わないで!初恋なんて、大抵実りませんよ?苦い味に決まってるわ。嘆きの涙味ね。そんな事に時間を使うなんて、馬鹿げてる!」
「悪いが時間だ。他の客が来たようだ。僕は、忙しい」
PPは、正当な苦情を無視して、マントから青いガラスの水晶玉を取り出すと、半ば朽ちかけた木片と一緒に陽彩に押し付けた。
「それでは、検討を祈る」
「そんな!待って!まだ、ノワが何か」
陽彩が言い終える前に、自分勝手で無責任な理事長PPは、忽然と姿を消していた。
「どうせ転生するなら、悪役令嬢が良かった!そうだわ、運命の子供に頼めばいいのよ。それが良いわ。とりあえず、水晶玉の使い方を読まなくちゃ。それにしても、この水晶玉、青すぎて顔も映らない。化け猫姿を一目見たかったんだけど、これじゃ無理ね」
木片に書かれた黒い太文字は、母国語ではなかった。
しかし、読める。
もう人ではないからだ。
陽彩は、ここにきて、ようやく自分の死と向き合った。




