第1話 生まれ変わったら、悪役令嬢になりたい。
陽彩は、つい最近まで乙女ゲームに嵌まっていた。
もともと漫画オタクなので、興味は直ぐにゲームから漫画の方へ移って、あっという間に転生ものに魅了された。
たくさん読み漁って読み耽ったが、正直なところ、飽きてきた。
「何か他に面白い事を見つけたいわ」
新しい興味が欲しい、そう思っているうちに、気分をパッと変えたくなった。
それが、先日の話だ。
「髪、切ろうかな?」
陽彩は、肩先の黒髪を指先でくるくるいじりながら考えた。
「赤く染めてイメチェンしてみる?」
呟きながら思案した後、マンションを出て美容院へ足を運んだ。
少し遠いが、歩いて行ける距離だった。
そして、その帰り道、級友に出会したのだ。
陽彩が、ショートヘアにしたのは高校以来だが、結局は無難な茶色に染めた。
一方の美薗は、短かったくせっ毛が肩下まで伸びて、地毛の赤毛は黒髪ストレートに変わっていた。
「結婚式ぶりね。元気にしてた?買い物の帰り?」
陽彩から声を掛けたが、左手に持つ紙袋が大きかったので、誘うのは躊躇われた。
そもそも、お出かけの装いに見えなかった。
昔の美薗は、服装も髪型もオシャレで、コンビニに行く時でさえ驚く程ちゃんとしていた。
それなのに鞄も持っていなかったので、陽彩は驚いた。
おそらく財布だけ持って出掛け、紙袋に入れているのだ、そう見当を付けた。
美薗は、紺のデニムに黒のフード付きトレーナーで、スニーカーを履いていた。
その恰好は、昔ボーイッシュ だった陽彩が好んだ服装で、今の二人は、何もかもが正反対だった。
化粧でさえ、ほぼナチュラルメイクに変わっていたのだ。
陽彩は、白いシフォンワンピースを着て、水色の薄手のカーディガンを羽織っていたが、二十代前半と大きく変わったのは、踵の高いハイヒールを履くようになった事と、自分に合うメイクを覚えた所だ。
それに付け足すなら、ブランド物のバッグを持つようになった。
それは、職場が変わったせいもある。
陽彩の驚きを感じ取ったのだろう、美薗が首をすくめて笑った。
「ふふっ、若い頃と全然違うでしょう?子育てで忙しくて、いつの間にかナチュラルメイクになったの。今日は、羽伸ばしのショッピング。下の子二人、お義母さんに預けて慌ただしく出て来ちゃったから、ほぼスッピン」
それを聞いて、陽彩は口元に微笑を浮べた。
「たとえスッピンでも、とびきりの美人よ。私なんて、一重で吊り目よ。美薗みたいに堀が深い顔になりたかったわ。しょっちゅう、ハーフに間違われたじゃない?あの頃が懐かしいわ」
ほんの一瞬、昔を思ったが、すぐに話題を変えた。
「上の子は、女の子だったわね?今、何歳?」
「今年で六つよ。世話が掛からない大人しい子なんだけど、下の双子が、やんちゃで。心配になって、羽伸ばしを早めに切り上げたの。買ったのも、子どもの服や靴。気付けば、子供用品ばかり選んでる。きっと無意識ね、自分のを買おうって思わないの」
双子と聞いて、陽彩は、目を見開いた。
三十路を過ぎての子育ては、相当な苦労に違いない。
「頑張ってるのね。毎日お疲れさま。少しお喋りしたいけど、やっぱり急いでるわよね?双子ちゃん、泣いてるかもしれないし。引き留めたら、お義母さんも困るわよね?」
陽彩が寂し気な表情を見せると、美薗は昔と同じ人懐っこい笑みを浮かべた。
「全然大丈夫。ほんとは夕方までに帰ればいいの。それに、お義母さん、陽彩に感謝してるの。結婚式が終わった後、披露宴の間ずっと子守りをしてくれたでしょう?お義姉さんも感謝してた。那奈ちゃんが小さかったから、つきっきりだったでしょう?そんな中、いたずらっ子の壮太君の面倒を見てくれる人がいなかったから、本当に助かったの。うちの人も言ってた。優しい友人をもって良かったなって。私も、久しぶりにお喋りしたいから気にしないで」
二人は、近場のカフェに入って互いの近況を話し合い、高校時代の思い出話にも花をさかせた。
その際、陽彩は、ふと乙女ゲームを話題に持ち出した。
「高二の文化祭を覚えてる?私たち、白雪姫の劇をしたわね。美薗は、白雪姫で、私は継母を演じて絶賛されたじゃない?とっても楽しかった。私ね、小さい頃から悪役好きなのよ。生まれ変わったら、悪役令嬢になりたいわ。乙女ゲームには、悪役令嬢がいるから面白いのよ。ヒロインなんて、ぞっとする。心優しいキャラなんて、考えるだけでうんざり。今ちょうど持ってるわ。実は、売りに行こうか悩んでて。バッグに入れたままだったのを思い出したわ。ちょっと飽きちゃって。試しにプレイしてみる?確か、マリオパーティが好きだったわね?ゲームなんてどれも似たようなものよ。きっと気晴らしになるわ。貸してあげる」
陽彩が手提げ鞄から取り出すのを見た美薗は、苦笑いして止めた。
「気持ちは嬉しいけど、ごめんなさい。ゲームしてる暇がないの。子育てで手がいっぱい。そもそも似てる要素がないわ、全然違う。それより、婚活してみたら?陽彩は、言うほど吊り目じゃないでしょう?童顔だから可愛いし、若く見える。でも、もう三十代も後半。可愛いを武器に出来るのも、残り短いでしょう?現実を見るって大事だと思わない?男の人は年を取っても、渋いって言われるけど、女の人は老けたって言われるの。最愛の人だけが、年を取っても可愛いって言ってくれるの。言わないバカが多いけど。若い時は可愛かったねとか言う男って最悪。そういうのには、当たらないように気を付けて!とにかく、良い人を見つけて、老後に後悔しない生き方を勧めるわ」
真剣に婚活を勧められたが、結婚する気は起きなかった。
ただ、美薗に言われたからではないが、ゲームも漫画も段ボール箱に詰め込んで、押し入れの奥に突っ込んだ。
「楽しかったけど、もう十分。ごちそうさま~次の趣味は、何にしようかな~?」
陽彩の中で、乙女ゲームは過去のものになった。
本当に好きだったが、悪役令嬢は過ぎ去ったのだ。
「さあ、新しい興味を見つけよう!」
気分が晴れ晴れとして、明日が待ち遠しくなった。
「やっぱり髪を切って正解ね。確かに若くはないけど、職場には私より若い子なんていないのよ。それに、運命的な出会いなんて然う然うないから、どうせ独身で終わるわ。貯金をしっかりして、老後の為にボケない努力をすれば平気よ」
結婚が全てじゃない時代だ。
陽彩は、二十五を過ぎて、運よく大手企業の社長秘書になれた。
給料は上がったが、ストレスの溜まる職場だ。
運命の出会いがあるわけでもなく、既婚者の社長は、目の保養にもならない。
ほとんどの男性社員が既婚者で、他は好みじゃない。
心が潤う恋愛なんて、一生期待できそうになかった。
これも、乙女ゲームに嵌まった理由の一つだ。
いつか誰かが言っていた、運命の相手に出会える人は稀なのだと。
自分は、その稀に入れそうもない、陽彩は心底そう思った。
三十三を超えた時、結婚の二文字を自分の中で消去したが、その時の陽彩は知らなかった。
運命の相手に出会えるかどうか、それを決めるのは、人ではない。
天である。どんな運命も、人の想像を超えて可能性に満ちている。




